フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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140「ユウ VS ヴィッターヴァイツ(被支配体) 3」

『気を付けて。今度は魔力も乗ってるよ』

 

 俺には魔力が見えないけれど、ユイが教えてくれた。

 トレヴァークは魔力許容性が低いが、皆無ではない。

 ユイから借りて使っている俺に対して、さすがフェバルだ。敵は自前で魔力も纏えるのか。

《ディートレス》で防げなくなった。今度こそこのまま直撃を食らうとまずい。

 形勢はこちらが不利だと、向こうも思っているだろう。奴は自信に満ちた顔で迫り、圧力をかけてくる。

 普通の人間にはとても出せない、恐るべきオーラだ。まともにぶつかれば肉片と化す。

 でも俺の予想が正しければ――。

 継戦能力を高めるため、《マインドバースト》はあえて弱めに抑えてある。おかげであと十数分くらいなら保つだろうけど、攻撃を避けるのは難しくなった。

 俺の力が尽きるか、一発もらうのが先か。それとも。

 根比べといこうじゃないか。

 出す力を落とした分、一撃をかわすだけでも確実ではなく、神経を削らなければならない。気剣のリーチが生み出すコンマ数秒の猶予が、辛うじて身をかわす余地を作り出している。だがあまりに速い拳を100%見切ることは不可能で、どうしても勘に頼る必要が生じる。勘が外れたときに勝負は終わる。

 時折拳がすれすれを通り、拳圧で肌が切れた。ただでさえ痛いのにさらなる痛みが走るが、致命傷となる攻撃だけはどうにかかわす。

 刻一刻と小さなダメージを刻んでいく俺と、まったく無傷の敵。

 徐々に詰みに向かっているが、こちらがまだ何かを狙っているのは奴もわかっているだろう。だが精々魔法気剣による逆転の一発を狙っているとしか思っていないはずだ。

 そして、どんな攻撃が来ても自慢の《剛体術》で防げると思っている。だからこその余裕だ。

 

「どうした。ダメージが大きいのか。動きが落ちているぞ」

 

 こんな台詞が出て来るのが証拠だ。

 見た目にもひどいダメージを受けていることは、敵を錯覚させるのに役立った。

 わざと抑えていることには気づいていない。

 普段俺のような雑魚の力の大小なんて、ほとんど気にしたことはないだろう。1の力と2の力の差など100万の前には無視できるもので、普通は一撃で決着がついてしまうからだ。

 そこもお前たちの隙だ。利用させてもらう。

 だけど、さすがにきつい。

 まだか。まだなのか。

 防戦に徹していれば、一撃あたりの賭けの分は良くなる。が、勝率は1ではない。繰り返し攻撃を受ければ、いずれ必ず賭けに負けるときがくる。

 ついに肌をかすめた。

 脇の肉が千切れ、血しぶきが上がり、俺は大きくよろめいた。

 

『ユウ!』

 

 ――――!

 

 気付けば、目前に拳が迫っていた。

 もう避けられない。

 覚悟を決めて、正面から受け止める。

 

 

「なに……?」

 

 

 奴は、勝ったと思っただろう。殺したと思っただろう。

 

 一思いに頭を叩き潰すつもりで放ったに違いない渾身の拳は。

 

 俺の顔面、肌一枚のところで止まっていた。

 

「……やっとか」

 

 間に合った。

 そこで、奴もとうとう違和感に気付いたらしい。

 あれだけ終始余裕だったのに、ほんの一瞬でも焦りの色が見えた。

 

「時間切れだ」

 

《マインドバースト》

 

 一転攻勢をかける。

 今まで抑えていた分を、一気に爆発させた。瞬間、倍以上にも膨れ上がった気力に、奴はもう対応できない。

 さあ、雷の気剣。今こそ力を発揮するときだ。

 

《デルスタンレイズ》

 

 雷撃の力と、気力を合わせて。強烈なスタン攻撃を叩き込む。

 

「ぐおおっ!」

 

 よし。効いている。思った通りだ。奴の《剛体術》を上回った。

 通常の《スタンレイズ》を打ち込んでも、ダメージを受けるのは被害者の意識だ。奴の精神にショックを与えることはできない。

 だけど、電気の力で肉体そのものを痺れさせるならば。

 奴の意志には関係ない。強制的に動きを止められる。

 

 そして。

 

 足を踏み込む。力を溜める。

 手は片方しか使えないけれど。足なら二つとも健在だ。

 避けられないことを悟り、敵は気力を高めて防ごうとする。

 無駄だ。

 いくら力を高めようとしても、今のお前ではもう俺の攻撃は防げない。

 

《気裂脚》

 

 筋肉で膨れ上がった図体に、深々と蹴りがめり込んだ。

 血を吐き。吹き飛ぶ。何度も床をバウンドして、部屋の壁を何枚か貫通したところで止まった。

 被害者の身体には申し訳ないなと思うくらいの手ごたえはあった。おそらく死なないぎりぎりのところだ。手当の仕方が悪いと本当に死んでしまうかもしれない。

 これを受けて立ち上がるようなら、もう無理だ。

 警戒を解かずに、穴の開いた壁を通って倒れている敵の元へ歩いていく。

 

『やったね。こんな狙いがあったなんて』

『ぎりぎりだった。上手くいったよ』

 

 気付いたきっかけは、床に叩きつけられたことだった。

 最初、お前が壁を砕いて飛ばしたとき。

 そうだ。分厚いコンクリートの壁を千切り、猛スピードで砕き飛ばすほどの力があった。

 そんな馬鹿みたいな力で殴られて、俺の身体が丸々残っているのはおかしい。あそこで死んでいてもおかしくなかった。

 なのに怪我はしても、命は無事だった。妙だ。

 考えてみれば簡単なことだった。

 いくらチート能力で補強しようとも。お前が操っているのが元々普通の人間である限り、限界がある。

 本来の性能を超えて無理に力を引き出していたのだろう。いつまでもパワーが保つはずがない。

 なのに、まるで自分の身体のように、支配した相手の調子と相談せずに使ってしまった。

 しかも自らの優位を示すために、途中で無理なパワーアップまでさせてしまった。

 俺には見えていた。見た目こそ立派になったけれど、最初のときほど力の充実はなかったよ。

 そこまでわかっていれば、ただ耐えるだけでよかった。お前は力で圧倒しながら、止めを刺す前にリソースが尽きてしまったんだ。

 戦闘者らしくないミスだったな。

 これは予想になるけれど、たぶんお前は本当の普通の人に自分という怪物エンジンを載せて動かしたことがない。普段はもっと有能な駒に対して同じことをしていたんだろう。

 ラナソールとトレヴァーク。二つの世界がお前の思うようにさせなかった。

 だから慣れないことをするしかなかった。あまりにスペックの違う身体の調子までは、正確に把握できなかったというわけだ。

 

 敵は大の字で横たわっていた。まだ息はしているようだ。

 俺の足音に気付いた奴は、急に高笑いを始めた。

 

「くっくっく。はっはっはっは!」

 

 笑い声を聞いていると、癇に障って仕方がなかった。何がそんなに可笑しいんだ。

 そして奴は、ゆっくりと身体を起こした。立ち上がったことに俺は驚いた。

 だけど、全身血に塗れていて、傷だらけだ。常にふらついている。明らかに戦える状態じゃない。

 本来起こして良い状態じゃない身体を、無理に起こしている。止めないと命に関わるぞ。

 

「貴様のことを少々見くびっていたぞ。思ったよりやるではないか。あくまで雑魚の範疇ではあるがな」

 

 雑魚の範疇の部分はシカトして、降参を促した。

 やめろ。これ以上動かそうとするな。

 

「無理やり起こしても、その身体じゃもう勝てないぞ」

「おいおい。何をそんなに焦っているのだ」

 

 下卑た笑みを浮かべる。こちらの心情を見透かされているような気がして、ぞっとした。

 

「まだ戦い足りんなあ」

「やめろ。それ以上動くな!」

「勝負は終わっていないぞ。なあ」

 

 動くたび、濁った血が滴り落ちている。

 皮膚が爛れて、手の先から溶け出したのを目にしたとき、俺はぎょっとした。

 

「おや。手が取れそうだな」

「何やってるんだお前っ! もう動くな! 今すぐ支配を止めろ!」

「そうかそうか。特別製とはいえ、元はただのゴミ屑だ。それはもたんよなあ」

 

 なんて奴だ。パワーどころか、肉体も保たないのをわかっていて、わざとやっていたんだ!

 勝負は着いたのに、今度はその身体を人質に取ろうって言うのか!

 奴は、歪んだ性根をそのまま表したような顔で言った。

 

「一つ、思い上がりを正してやろう」

「何をだ!」

「上手くしてやったつもりだろうが、そもそもこんな身体などどうでもよい。最初からいい加減に使っていたさ。いくらでも代わりはある」

「お前……! この野郎! ふざけるなよ!」

 

 人を使い捨てみたいに! その人は、その人だって本当は! こんなことなんてしたくなかったはずだ!

 すると、奴は憮然とした表情になった。

 

「それは貴様の方だ。生意気を言うんじゃないぞ。小僧」

 

 空気が震えた。身を貫くような、明確な殺意を感じる。

 だがこちらの怒りが上回っていた。俺は少しも怯むことはなかった。

 

「やめろ! こんなことはもうやめろ!」

 

 叫びながら、無力だった。こいつの【支配】をどうにかする方法が浮かばない。

 

 

 ――あのときも。そうだった。

 

 

「オレが――このヴィッターヴァイツが、貴様の言うことなど聞くと思うのか?」

 

 ヴィッターヴァイツ。

 

 名を聞いた途端、血が沸騰しそうだった。何も考えられなくなりそうだった。

 

 お前が。お前がッ!

 

 ――まだ、こんなことをしているのか。

 

「貴様、フェバルというものを甘く見ているな。上手くすれば戦いになるなどと。おこがましい」

 

 ヴィッターヴァイツは、不機嫌を隠さずに続けた。

 

「オレと貴様では、そもそもの気力が違う。魔力が違う。レベルが違う」

「だからどうした!」

 

 そんなことはわかっている!

 

「身の程という奴を知らん貴様に教えてやろう。フェバルの力をな」

 

 そして奴は、これまでで一番の悪意ある笑みを見せた。

 

「時に貴様。友達はいるか?」

 

 こんなときに聞くような質問じゃない。

 悪意が指し示すことに思い至り、悪寒がした。

 

「ほう。動揺を見せたな」

「お前……何をするつもりだ……?」

 

 口の中がカラカラだった。

 その先を聞くのが恐ろしい。

 人がこんな意地の悪い笑みを浮かべるとき、ろくなことにならないのを知っている。

 そして、その通りになった。

 

 なんだ……?

 こいつの気力が、恐るべき勢いで膨れ上がって――!?

 被害者の肉体に異変が現れた。

 手先の皮膚の爛れは、全身へ広がろうとしていた。肌の色は赤黒くなる。表面がぶくぶくと沸騰したように泡立ち、肉体から、エネルギーの塊というべきものへ変質していく。

 時が止まったと錯覚するほどの寒気を覚えた。

 トレヴァークで……こんなエネルギー規模が……。

 これがフェバルなのか。なんて、ことだ……。

 

「ふむ。やはり上手く力が出せんな」

 

 これで上手く力が出せないだって?

 やめてくれ。こんな力が弾けたら――!

 

「お前……お前……なにしようとしてんだよ……」

「見ればわかるだろう。人をエネルギーへ変換しているだけのことだ」

「お、まえ……!」

「オレが少しその気になればな。この町一つ消し飛ばすには十分な威力だ」

「ふざけるなぁ!」

 

 激情に駆られ、胸倉を掴んで揺さぶっていた。無駄だとわかっていても、止めることができない。

 既に人間エネルギー爆弾へと変質しつつある奴の身体は高熱になっており、触れた手は火傷したが、そんなことも気にならなかった。

 

「止めろぉーーー! 今すぐ止めろよ! おいッ!」

「言ったはずだぞ。オレが貴様の言うことを聞くと思うのか?」

「止めろよっ! そうしないと!」

「どうするのだ。何もできんよ。貴様ごときでは」

 

 冷や水をぶつけられたような気分だった。

 俺は、何なんだ。これは、何なんだ。

 守れると思っていた。心のどこかで何とかなると思っていた。

 今までもそうだったんだ。

 現状にばかり甘えなかった。ずっと力を高めてきた。いつかこんなときが来ると。最善を尽くしていたつもりだった。

 少しは頼りにされるようになった。この手に掬えるものが増えてきた。

 なのに。足りないのか。

 こんなものなのか。フェバルがほんの少し悪意を加えれば、本気を出せば、これほど簡単に蔑ろにされてしまうものなのか。

 

「そうだな。別に逃げてもいいんだぞ。だが、貴様のお友達とやらはどうなるかな? はっはっは!」

「うあああああーーーーっ!」

 

 奴を揺さぶりながら、叫んだ。泣きそうだった。

 

 シズハ……! みんな……!

 

 シズハには、逃げろと言った。

 何も意味がなかった。町一つ消し飛んでしまうんだ。意味がなかった。甘過ぎた。

 何も知らずに、みんな死んでいくのか……?

 俺だけは、逃げようと思ったら逃げられる。ラナソールに。

 どうして。俺だけなんだ……! どうして……!

 

「じゃあな。ほんの少し楽しめたぞ」

 

 ああ。もうすぐ。爆発してしまう。

 

 本当に、どうにもならないのか。

 

 ――いや。一つだけ、ある。

 

 爆発する前に、殺すんだ。この人を。跡形もなく。消す。

 

 もう、そうするしか。殺すしか。消すしか。

 

 ――あのとき、できなくて後悔したんだ。

 

 だから。手遅れになる前に。この手で。

 

 ――こいつを。

 

 力が、足りない。

 

『ユウ! やめて!』

 

 ダメだ。もう時間がない。

 

『それに触れちゃダメ! お願いだから!』

 

 邪魔をするな。

 

『待って! わかったの! あいつを止める方法がわかったの!』

 

 なに……?

 

 後ろから、思い切り抱き着かれていた。

 冷たくなりかけていた心に、温かいものが流れ込んでくる。

 同時に、そのやり方も伝わってきた。

 

『ユイ……』

『よかった……。もうちょっとでおかしくなっちゃうところだったんだよ?』

 

 黒い力は、すぐ目と鼻の先にまで迫っていた。

 危ないところだった。あいつの名前を聞いてから、余計に心がざわついて。

 絶望に囚われるところだった。ユイが希望を見つけてくれた。

 また君を泣かせちゃったな。ダメだな。俺は。

 

『ごめん。ありがとう』

『ううん。もう時間がないから。一緒に決めよう!』

『ああ!』

 

 

 

「ん? なんだ。その目は」

「お前には、負けない。俺たちは、負けない」

 

 掌をその人の胸に当てる。

 

 俺一人じゃ無理だった。わからなかった。

 ユイ。君が気付いてくれたおかげだ。助かった。

 

 俺には、心を繋ぐ力がある。

 

 それは、無理やり使えるものじゃない。

 人の心を繋げることは難しい。心を通わせて、初めて繋ぐことができる。

 ならば。逆ならどうだろうか。

 無理に繋げられている人の心を切り離すことは、容易い。

 もう目の前のこの人は傷付けない。

 ダメージを与えるのは、お前本体の精神だ。

 届け!

 

《マインドディスコネクター》!

 

 衝撃が突き抜ける。物質的な衝撃ではなく、精神的な波動だ。

 それは確かに、奥に潜むヴィッターヴァイツの、奴の心に届いていた。

 

『この、力は――! ぐ、支配が、きか……』

 

 一瞬だけ、奴の、ヴィッターヴァイツ本体の心に触れて。

 おおよその位置は掴んだ。

 そして、奴の声は聞こえなくなった。

 

 

 激闘が、嘘のように静かだった。

 

【支配】の被害を受けていた男性からは、もう熱が消えていた。

 ひどい火傷にひどい見た目だけど、俺が気力で治療すれば助かるだろう。

 一通りの応急処置を済ませて。

 今度、治療が必要なのは俺の方だった。

 でも、もう動けない。やり切った。

 その場に倒れ込んだ。

 

『お疲れ様』

『……助かったんだな』

『そうだよ。助かったんだよ』

 

 ――そうか。助けられたんだ。

 

 こんな簡単なことで。助けられたんだ。

 

 もっと早く、気付いていれば。みんな助かったんだ。

 

 あのときも。

 

『……ユウ。どうして泣いてるの?』

『わからない。どうしてだろう。わからないんだ……』

 

 本当に、わからない。

 ただ。

 ずっと遠い遠い、いつかどこかで。

 助けられなかった俺がいる。

 そんな気がした。


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