最上階の会議室に着いた。
緊急会議の招集者であるボスのシルバリオを始めとして、シズハや、No.入りのカーネイターも何人か集結していた。世界各地に散っていてその場にいないメンバーも、全員がモニター付きの電話会議という形で通信している。ゲームやり込み班のルドラも、今回ばかりは戦力としてこの場に特別招集されていた。鼻もちならない奴ではあるが、まあ実力は本物だしな。
普段は氷のような表情をしているシズハは、俺が見えるとほんの少しだけ顔を綻ばせる。よく見ないと何も変わっていないように見えるけど、あれで結構喜ばれていて、頼りにされているのは、長く付き合っているとわかる。
ルドラや俺にやられた面々の大半は複雑な顔で目を逸らした。やられた中でただ一人、No.3の通称アニキ――力自慢のイシダムだけは拍手喝采で迎えてくれたけれども。
どうやらみんな、俺のことを待ちながら対策について話していたらしい。
「ようやく来てくれたか」
一番奥の席に座っていたシルバリオが、声をかけてくる。あくまで部下の前ではボスの顔として、毅然とした態度で臨むようだ。
「遅れて申し訳ない」
シズハの隣の席が空いているので、座った。「おそい」と小声で言うので、「ごめん」と軽く謝っておく。
シルバリオが、厳粛な声で全員に告げた。
「改めてホシミ ユウも加えた上で、件の連続テロ事件について対策を協議したい――と言っても、我々としてはユウに頼るしかないという結論にほぼなっているのだが」
カーネイターの面々は、ほとんどが苦虫を潰したような顔をしている。彼らも実力者のはずであるが、痛いほど理解しているのだろう。
これが、自分たちの実力や単なる数の力ではどうしようもない事態であるということを。奇しくも俺自身が示してしまったことでもあった。
「先のトレインソフトウェア襲撃事件。監視カメラの映像から発覚した。たった一人による凶行であるという事実。今回の事件も、おそらくは例のヴィッターヴァイツという男の仕業なのだろう? ユウよ」
「……おそらくは。大量破壊兵器をどっかのいかれた知らない誰かが連続で暴発させたのでもない限りはね」
「そのような兵器の売買や移動形跡がないかは、部下に調べさせたよ。さすがに大量破壊兵器となれば足が目立つ。だが……やはり形跡はなかった」
「そうか……」
これでほぼ十中八九ヴィッターヴァイツの仕業であることは確定したか。他にしそうな奴も浮かばない。
隣のシズハが、ぼそっと発言した。
「終末教が同時に騒いでいること……気になります」
「こっちでも終末教が暴動を起こしているのか?」
こっちの意味を理解できた人はほとんどいないだろうが、シルバリオはそこにはあえて触れずに答える。
「テロ事件に便乗したのか、彼らもまた実行犯の仲間であるのかはわからないが。連中は、口を割らないものでね。もっとも、こちらは我々とレッドドルーザーが協力態勢で抑え込んではいる。この会議が終わり次第、カーネイターにも任務に就いてもらうつもりだ」
「なるほど。そっちは引き続きお願いしてもいいかな」
数による暴力を抑え込むのは、逆に俺一人ではどうにもならない問題だ。
シルバリオも重々理解しているようで、頷いた。
「ああ。人員を割いて解決できることは我々に任せてくれ。ユウには、ヴィッターヴァイツとやらの対処をお願いしたい」
「うん。それでいこう」
概ね、予想していた通りの展開にはなったけど。
どうする。どうすればいい。考えろ。
No1.のタケルが、口を開く。
「件の男の厄介なところは、一人であるゆえのフットワークの軽さだ。神出鬼没。電光石火のテロ。対策が非常に厳しい」
そこなんだよな。
奴が気を高めてから、技の発動までほんの数分ほどしか猶予がない。気の高まりで位置は特定できても、普通に辿り着こうと思えば絶対に間に合わない。
何か。何か現実的なアイディアはないか。
必死に頭を悩ませる。
……あった。あったぞ。一つだけ有効な手段が浮かんだ。
トレヴァークだけでは移動が間に合わない。だけど、ラナソールを経由すれば。
向こうの世界では高速な移動ができる。間に合うかもしれない。
俺は『心の世界』から一冊のノートとペンを取り出した。
《スティールウェイオーバー筆スラッシュ》
自動化された高速な動きで、紙に書きつけていく。
書いているものは、全て人の名前とおおよその住所だ。
この二年でこなしたたくさんの依頼や人付き合いで、気付けば数多くの二つの世界のパスを繋げてきた。
3578名の人たち。全員の名前と居場所だ。
何かの役に立てばと折に触れて積極的に繋いできたけれど、助かった。
中でも、大半はエインアークスの連中だ。特にエインアークスとありのまま団は対応関係がわかりやすく、繋げやすかった。人員も世界中に散らばっていて、都合が良い。
突然俺の手がもの凄い勢いで何かを書きつけるので、異様な雰囲気に全員が唖然としている。視線は感じるけど、構わず全速力で書き続ける。
二分足らずで完成させたリストを、シルバリオに見せて言った。
「シルバリオ。このリストの中に、君の部下がたくさんいるはずだ。できるだけ担当区域の各地に散らばらせるよう指示を出して欲しい」
「どういうことだ? あえて集めた戦力を散らばらせる理由がわからないが……」
ボスは困惑していたが、経験者であるシズハは俺の意を汲み取ってくれた。小声で褒めてくれた。
「そうか……やるな。ユウ」
「シズハ。お前はわかるのか?」
「ラナソールなら、移動は一瞬ですね」
「……! なるほど! 考えたな!」
危うくボスの立場も忘れて、シルバリオは素で手を叩きそうになっていた。それだけ対処に頭を悩ませていたのだろうということがありありと見えた。
『ユイ。パスが繋がっているありのまま団の人たちを、なるべく一か所に集めておいてくれないか? ありのまま団じゃない人が一番近い場合でもすぐに移動ができるように、レンクスも隣に置いておいてくれ』
『わかったよ。早速動くね』
ユイは快く返事をして、すぐに動いてくれた。
移動方法はこうだ。
エネルギーの異常な高まりが奴の位置をおのずと知らせる。俺がラナソールのユイのところへ戻る。トレヴァークで一番近い位置にいるパスが繋がっている人を介して、奴の居場所へ向かう。
よし。この方法でいずれ迎撃態勢は整いそうだ。
それでも数分では、間に合わないかもしれない。だけど何もできなかったさっきまでよりは、現実的な条件になってきた。
あとは人の配置の問題だ。相当近くに置かないと厳しい。
奴なら、どこで人を爆発させる。とにかく目に付いた適当な場所でやるのか。それもあり得そうで怖い。そうだったら難しいが……。
「爆発場所に、何か共通点はないかな」
既にシルバリオも俺と同じ認識には達していて、どこに人を置くかという問題を考えているようだった。
「私には見当も付かないが……ディスクの話が本当であれば、ラナソールにダメージを与えるに効率的な場所が、主なターゲットにはなるだろうな」
同じく頭を悩ませるシズハも、首を捻りながら一言を絞り出す。
「ラナ教……」
それを受けて、ルドラが何か浮かんだのか。突然手を叩いた。そして、前にも聞いた皮肉気な口調で言った。
「ラナソールっていうやつのことはよく存じないですけどねえ。どうも敵さんは、ラナ教徒が集まる場所で一発ドカンとやってそうな気配ですよ。確か、爆発の被害を受けた三つの都市はどれも、ラナ教徒が多いという特徴があった」
「うむ。なるほどな」
ルドラの意見に、シルバリオが唸る。
確かに、奴の狙いを考えると世界のイメージを強固にするラナ教徒に狙いを定めるのが効率的だ。
とすると、攻撃の行き付く先は……。
「聖地ラナ=スティリアか」
その一言に、全員の視線が集まった。
あそこは人口がとても多い。俺は危機感を覚えながら言った。
「次に狙われるのがそこかはわからない。だけど奴のメインターゲットは、おそらく聖地ラナ=スティリアだ。いずれはそこへ行き着く。終末教の連中も、聖地に一番多く集まっているんじゃないか?」
シルバリオが瞠目して、答えた。
「確かに報告では、連中が最も暴れているのは聖地だな」
「狂信者は、自分の命を投げ捨てても……使命を優先する……」
そう言ったシズハは、傍目から見ても冷や汗を掻いていた。
ボスは、決断を下した。
「よし。特に聖地については重点的に見張るとしよう。各員、予め取り決めた分担通りに動いてくれ」
「「はっ!」」
全員が威勢よく返事をして、解散となった。どうやら俺のいない間でも色々と話は進んではいたらしい。
シルバリオがふう……と疲れた溜息を吐く。重責は相当なものだろう。
会議室にいるメンバーは、めいめいが支度を始めている。シズハもどこかへ行きそうな気配だけど、その前に尋ねてきた。
「ユウはどうする?」
「俺は奴の反応があるまで、この場に待機だな。心苦しいけど」
そうするより他に仕方がないからな。
「シズハは?」
「私は守る。トリグラーブも。教徒、暴れているから」
腰にかけた美雲刀を軽く叩いて、シズハは静かに闘志を燃やしていた。
ヴィッターヴァイツにぶつけるわけにはいかないが、その辺りの狂信者であれば彼女が後れをとることはないだろう。
「頼むよ」
「ん」
こくんと、小さく頷いた。「リクの安全のためにも」とぶつぶつ独り言を言っているが、ちゃっかり聞こえている。
そこに、ルドラがやってきた。シズハが俺に身を寄せて、警戒を強める。
「奇術師……」
「おいおい。そう睨むなよシズハ。今は仲間同士、挨拶に来てやっただけさ」
相変わらず、何考えてるのか読みにくいというか。気味の悪いところのある奴だな。
「ホシミ ユウ。まったく、敵だったあんた頼みとはねえ。巡り合わせというのは、わからないものだ」
「本当だな。まさかお前と一緒に戦うことになるなんてね」
「情けをかけてもらったことについて、ありがとうとは言わんよ」
「ああそう。別にいいけど」
視線をぶつけ合う。ヴィッターヴァイツと睨み合ったときほどの険悪さはないものの、やはりお互い気分良くというわけにはいかない。
「個人的なわだかまりは大いにあるが……それ以前に、オレは組織人さ。それにオレも、世界が嫌いなわけじゃあないんでねえ」
ルドラは、にやりと笑った。どうやらその言葉に嘘偽りはないようだ。
「だったら、精々きっちり働いてみせることだな。働き次第じゃ少しは自由時間がもらえるかもしれないよ」
「フフフッ。そうさせてもらおう。意味もなくゲーム漬けの毎日で死にそうなんだ……」
そこだけは本気でうんざりした顔で肩を落とす彼に、こいつがやらかしたことを忘れたわけではないが、ほんの少しだけ同情した。
「では、作戦の成功を期待しているよ。アディオス」
「お前も頑張れよ」
言ってやると、ルドラは後ろ手を振って、部屋から退出していった。
「相変わらず、キザったらしいやつ」
シズハはしばらく俺の隣に控えて、じっと正面を睨んでいた。
少しして、ふうと一息吐いて言う。
「でも頼りにはなる、か」
「一緒なんだろう。もし変なことされたら言ってくれよ。また懲らしめてやるから」
「助かる。じゃあ、私も」
淡々と仕事に向かう彼女にしては珍しく、頬を叩いて気を引き締めてから出かけていった。
頼んだぞ。シズハ。
いよいよ誰もいなくなって、すっかり空になった会議室には、ボスとお付きが二人、そして俺だけがとり残された。お付きは二人とも、各地から寄せられる情報を整理するのに忙しく、他に目も回らない様子だ。
部下がいなくなり、固さの取れたシルバリオが話しかけてくる。
「ユウさんに頼むしかないとは、情けない限りです」
「いいんですよ。しかし、お互い待つしかないってのは辛い身ですね」
「ええ。私も何かしたいのは山々ですが。ボスがあたふたと動じていると、かえって悪い影響になりますからね」
「方針をまとめるのも仕事のうちですよ。みんなの力で何とかしないとですね」
「本当に。ヴィッターヴァイツという男も、大変なことをしてくれたものです。うちの部下も大勢死んだ。神だろうと化け物だろうと――この報いは、必ず受けてもらわなければ」
その言葉から、彼の無念と怒りがまざまざと感じ取られた。味方につくと頼もしいが、本気で敵には回したくない男だ。前に本部襲撃を仕掛けたとき、下手に構成員を殺したりしないで本当によかったと思う。
話はそれくらいで、もうあまり雑談する気分にもなれなかったので、黙り込む。
このまま何もなければいいけど、ないってことはないだろうな。
神経を研ぎ澄ませて、奴が動きを見せるのを待ち続けていた。