その言葉を皮切りに、私はすべてを事細かに話していった。
アリス、ミリア、アーガスの三人は、時折驚きを交えながらも、決して頭ごなしに嘘だと笑い飛ばすことはなく、熱心に話を聞いてくれた。
ちゃんと話を聞いてくれたのは、もちろん私を友達として信用してくれているのもあると思う。
だけど、最初に変身というとんでもないものを見せたことで、突拍子もない話でも本当かもしれないと思わせる下地があったのも大きかったかもしれない。
元々住んでいた世界がどんなところか。どういう経緯でこの世界に来たのか。
フェバルという存在、その能力や星を渡る運命のこと。ウィルやエーナのこと。
最初に女になったとき、ウィルに乱暴され、さらに付け狙われることになって彼にトラウマを持っていること。
彼に服を破られたままの状態で地球を離れることになり、ラシール大平原の真ん中に一人投げ出され、当てもなく何日も彷徨ったこと。
それらのことを、まず順番に話していった。
「そうだったの……。だからあのとき、あんな場所に一人で、ひどい恰好で倒れていたのね」
同情的な目を向けてきたアリスに、私はこくりと頷く。
「うん。あのときは死を覚悟したよ。アリスが来てくれて、本当に助かった」
「結構壮絶な体験してたんだな」
「思っていた以上に、凄まじい話でした。そのウィルという男、許せませんね」
同じく同情の目を向けてくる、アーガスとミリア。
「そうね。ちょっとにわかには信じがたい話だけど。でもあたしは、納得がいったわ。だって辻褄が合うもの。道理でユウにこの世界の常識がちっともなかったわけよ。元々いなかったんだとしたら、当然よね」
合点がいったらしいアリスに、アーガスが追随する。
「オレはお前が入試で歴史零点だったとどっかで聞いたが、まあ取れるわけないわな」
「シミングの手を間違えるなんて、あり得ないこと、やらかすわけですね」
「シミングってこれのこと?」
右手の人さし指と中指を差し出すポーズを作って見せる。
「そうですよ。素で知らない人なんて、初めて見ましたよ」
やや呆れたようにミリアが溜め息を吐いた。
「これ、シミングって言うんだ。よくわからないから、ずっと握指って呼んでた。見よう見まねでやってたよ」
「随分ぎこちなかった、ですもんね」
「あはは……。地球には手を全部使った握手って似たようなものがあってさ。そっちは右手とか左手の区別もないし、プロポーズのような意味もないんだけどね」
「へーえ。ユウって、ほんとに違う世界から来たのねー。でも見た目とか、全然違わないのね」
「それは不思議なんだよね。こっちとしても、もっとこう、宇宙人! って感じのを想像してたんだけど」
「ウチュウってなんですか?」
ミリアがわからないと首を傾げている。
「あ、そうか。星は地上からでも見えるけど、宇宙って行った人がいないとどんなものかわからないから、その概念がないのか」
「初耳ですね」
「はーい。あたしも」
「ざっくり言うと、この星の空よりさらに高く行けば辿り着くところだよ。果てしなく広くて、真っ暗で、恐ろしく冷たい場所なんだ」
「空の先って、そうなってるんですか?」
「うん」
「それ、中々面白そうな話だな! 詳しく聞かせてくれよ」
アーガスが興味津々に食いついてきた。
彼はこういう新しいこととか、知らないことに目がないんだった。
「いいけど、後でね」
「絶対だぞ」
「はいはい」
そのとき、黙って話を聞いていた先生が、驚くべきことを教えてくれた。
「そう言えば、師から聞いたことがある。フェバルというのは、基本的に近い種族が暮らす世界にしか飛ばないようになっていると。各々のフェバルにとって生存可能な世界が、勝手に選ばれているとな。だからだろうな。我々とお前がほとんど同じなのは」
なんだって!? そんなこと大事なこと知ってるなら早く言って下さいよ、先生! この上ない朗報じゃないか!
「ということは、新世界到達直後に毒の大気で死にましたとか、そういうことはないってわけですか!?」
「さあな。私自身がフェバルというわけではないからな。だが師の口ぶりだとなさそうだったな」
よかった。選ばれる星が完全ランダムなら、いつかは絶対生存不可能な状況になるはずだ。そんなことは簡単に想像できたから地味に恐れていたけど、可能性が低いのはありがたい情報だ。
いきなり窒息死とか毒で死亡とか、絶対嫌だし。
しかも近い種族というなら、この先も人間に会える可能性は高いわけで。
少しだけこれからの旅に希望が見えたかもしれない。
「ねえ」
呼ばれて振り向くと、アリスは――とても悲しそうな顔をしていた。
「やっぱりユウは……。いつかこの世界から、いなくなってしまうの?」
その言葉に、心がずきりと痛む。
ここまでの話では、そのことははっきりとは伝えてなかった。ただこの世界には流れて来たと言っただけだ。
けど、星を渡ることに加えてさっき新世界なんて言ったから、さすがにわかってしまったようだ。
私は素直に認めた。事実を曲げることはできないから。
「そうなると思う。この世界を離れて、また次の世界に向かわなければならないときは、きっと来る。それがいつになるかは、わからないけれど」
「あたしは、嫌よ。ユウがいなくなっちゃうなんて」
今にも泣き出しそうな表情のアリス。そんな彼女を見るのが辛かった。
私だって、同じ気持ちだ。
「私も、嫌だよ。みんなとは、離れたくないよ。できればずっとここにいたいと思ってる」
だけど……。
諦めの気持ちから、目を伏せる。
「でも、無理なんだ。それが運命なんだ……。仕方ないんだよ」
アリスは私に迫り、ぎゅっと手を取った。
はっとして顔を上げると、彼女は悲しさに加えて、憤慨まで滲ませた顔をしている。
「運命だなんて! そんなの、あたしは認めないわ! 何か方法はないの!? 移動を止めるとか、こっちに来られるようにするとか! 一緒に探してみようよ!」
それはもちろん私も考えた。何度も考えたし、夢にまで思うよ。
どうにかして、この運命に逆らうことはできないかって。
だけど、叩きつけられた現実は……あまりにも厳しくて。
「フェバルって、私よりもっとずっと凄い人たちばかりなんだ。そんな彼らでも、結局諦めるしかなかった。知る限り、全員がだよ。ということは……たぶん、無理なんだと思う」
「そんな……!」
「なあ、辛気臭い話はやめようぜ」
嘆き悲しむ私とアリスを見ていられなかったのか、アーガスが横やりを挟んだ。
「確かにオレも、正直なところショックはあるぜ。だがどうせ別れは、いつか来るもんだろ。遅かれ早かれ。そんなもん、くよくよしたってしょうがないだろ。そんな暇があったら、今を楽しめよ」
「そうだね……。その通りだ」
泣いても喚いても、運命が変わらないのならば。
いつまでもそれに囚われて後ろ向きでいるより、今をどう過ごすか。そちらに興味を向けるべきなのだろう。
彼が今言ったように。トーマスがそうしているように。
私には、そう割り切るだけの強さはまだないけれども。
「ですね。いつそのときが、来てもいいように。私たちとたくさん、思い出作りましょうよ」
一緒に悲しい顔をしていたミリアが、あえて笑顔でそう言った。
そんな彼女を見て、沈んでいたアリスもようやく立ち直ったみたいだ。
「そうね……。ユウ、これからも一緒だからね」
二人が気丈に振舞っているのに、私だけがぐずぐずしているわけにもいかない。
そう思って、私も顔を上げる。
「うん。もちろんだよ」
「さあ、話に戻ろうぜ。続きが気になってんだ」
「ああ」
気を取り直して、アリスと出会ってからのことを話す。
魔力を測定した際、男の身体に魔力がまったくなかったこと。一方でこの女の身体には、周知の通り魔力値が一万もあったこと。
「だから学校に通うなら、女子として通うしかなかった。魔法が使えるのはこっちの身体だけだからね」
「なるほど。女子として生活している理由は、よくわかりました。ですが……」
ミリアがそこまで言うと、アリスもうんうんと頷きながら続ける。
「そうね。そもそも魔法の魔の字も知らなかったあなたが、どうして入学して魔法を学ぼうと思ったのかしら? そこがわからないわ」
もっともな疑問だ。私は答えた。
「異世界で生きる力を身に付けるためというのが、一つの理由だよ。私は大きな争いもないままぬくぬくと育ったから、本当に何の力もなかったんだ。もし学校に通わず、無一文で町に投げ出されれば、きっと自力では生きられなかったと思う」
「確かにね。あのときのユウったら、一日でもほったらかしたらお腹すかせて泣いてそうだもの」
「うん。だから現実的に考えて、入学するしかなかったんだ。それにこの先、もっと過酷な世界に行くことになるかもしれない。弱いままでは、やっていけないと思った」
「そっか。生きる力っていうところは、よくわかったわ」
しかしアリスは、それでも納得できないという顔で指を突きつけてきた。
「だけど、やっぱり説明不足よ! それは、あなたが本当に辛そうな顔しながら、必死に魔法を訓練してきた理由としては繋がらないわ」
「そうだよね……」
「ええ。だって、単に生きるためという目的なら、とっくに達成してたじゃない! あなたの魔法の腕なら、もうどこでもやっていけるはずよ」
「倒れ込むまで、魔法に取り組むあなたは、正直、異常でした」
そうだ。私は血の滲むような修練を重ねて、たった七か月で、天才と言われるアーガスを驚かせるまでに魔法を使えるようになった。
確かに、生きる力をつけるという目標には、あまりにも過剰な努力だったかもしれない。
どうしてここまで追われるように力を求めてしまったのか。これまで意識しないようにしてきたけど……。
二人に指摘されて。みんなに支えられて。
ようやく本当の理由に目を向ける覚悟ができた。
「そうだね。もう一つ。こっちは、今まで言ってなかった理由だ」
しばし目を瞑り、心に整理を付ける。
そして目を開けて、話し始めた。
「私は結局、ウィルが怖かったんだ」
「そっか……」
「そう、ですよね……」
「あいつからどうにか逃れようとして、少しでも力を求めていたところが大きかったんだと思う。だけど……」
思い出すだけで、また震えそうになる。心に刻み付けられたトラウマの大きさを改めて痛感する。
でももう、認めよう。前に進もう。
私には、助けてくれるみんながいる。
「だけど、あいつのことを考えたくなかったから。そんな逃げのような理由を認めたくなかったから。この気持ちは、無理矢理押し込めていた。きっとそうやって考えまいとしていたのが、かえってアリスやミリアの目に留まってしまっていたんだろうね」
この気持ちを初めて認められたのは、トーマスからあいつの話を聞いたことも大きい。
あいつの得体の知れなさが多少なりとも減ったこと、私を付け狙う背景がわずかでも見えたことで、ようやくあいつのことをちょっとは人として見られるようになった。
まだすくみ上がるほど怖いけれど。
「ようやく、すべてに納得がいったわ。ユウ、辛かったね……」
「本当に、辛かったですね……」
私の境遇を労わってくれる二人の言葉に、胸が熱くなる。
もう強がらずに、素直に頷いた。
「うん。辛かった。やっと、話せたよ」
どこか張り詰めていた感情が、するすると解けていく。
すべてを遠慮なく話せる相手がいる。それだけで、こんなに気が楽になるものなのか。
じっと話を聞いていたアーガスは、ばつが悪そうに頭を下げた。
「お前、女子寮に入ってウハウハしたかったわけじゃなかったんだな……。悪かったよ。変態とか言って」
「いや、そう思うのも仕方ないよ。事実としては、否定できないし」
「まあその件については、仕方ないかもね。こんな話を聞いた後で、責める気にはなれないわ」
「鉄拳制裁しようかと思っていましたが、止めにしてあげます」
「はは……。ありがとう」
握りこぶしを小さく作って解き、ふふっと笑うミリアを見て、私は苦笑いした。
何だかいつもの空気が帰ってきたみたいで、ほっとする。
だけど諸々の事情は、あくまで私だけの都合だ。けじめは付けなければならないだろうか。
「でも私……これからどうしたらいいかな。さすがにもう、女子寮にはいられないかなって」
だがアリスもミリアも、要領を得ない顔をしている。
あれ? そういう話じゃないの?
もっと厳罰に処されるべきってことなのかな。確かにそうかも……。
反省と困惑でそわそわしていたところ、アリスは、胸を張って任せなさいというポーズをしてみせた。
「今まで通りいてもいいわよ。あたしが、他の女子にとってもなるべく問題ないように、ばっちりサポートしてあげるから!」
意外だった。第一の被害者であるアリスから、さらっとそんな風に言われるとは思わなかったから。
「でもさ。アリスだって、元は男だとわかった私とは、一緒の部屋になんていたくないんじゃないの?」
「構わないわ。別にあなた自身が変わったわけじゃないし。第一、今さらじゃない」
アリスは得意のからかうような笑みを浮かべ、両手を広げる。
「もう何もかもぜーんぶ、あなたにさらけ出しちゃった後なんだから」
「ごめんなさい!」
私は頭を直角に曲げて、全力で謝った。
もうこれしかない。
「よろしい」
「ふふふ」
あれ。なんかミリアまで笑ってる。
「それにね。随分一緒に暮らしてるから、あたしにはわかるのよ。男と女で口調は大体同じだし、雰囲気もそっくりだけど、やっぱり違うって」
「そう、なのかな」
「そうよ? 男のあなたはれっきとした男だし、女のあなたはちゃんと身も心も女の子なのよね。色んな反応とか、ちょっとした仕草や思考とかを見ててそう思うわ」
舐め回すように、改めて何かを確かめるように私の身体を眺めて。
アリスは一つ頷き、にこっと微笑んだ。
「だから、問題なし。これからも変わらず付き合ってあげるわよ。それが不安だったんでしょ?」
「私が言いたいこと、大体言ってくれましたね。私も同じ気持ちですよ」
二人は、こんな私にも変わらず付き合ってくれることを約束してくれた。嘘など微塵も感じさせない様子で。
心から、私を受け入れてくれた。
……そっか。そっかぁ。
ずっと抱えていた恐怖と不安が解けて。
安堵や嬉しさがごちゃ混ぜになった感情がわっと込み上げてきて。
言葉に詰まってしまう。
「ありがとう……。本当に……私は、わたしね、ずっと、こんな、身体だったから……」
こんな中途半端な身体で、二人と出会ってしまったことを呪っていた。
始めから男として出会っていたなら。
ここまで仲良くはなれなかっただろうけど、こんなに悩むこともなかった。
もし私が普通の女の子だったら。何度思ったことだろう。
アリスと、ミリアと、触れ合うたびに私の心はひどく痛んだ。
「本当のこと、話したら、受け入れられないんじゃないかって……。アリスと、ミリアが、離れてしまうんじゃないかって……。ずっと、ずっと、不安で……」
二人は、途切れ途切れになる私の言葉に、うんうんと温かく頷いてくれる。
目から、ぽろぽろと。涙が零れ落ちてきた。
「でも……アリスも、ミリアも……わたしの、ことっ……」
それ以上言葉を続けられなくて、私は号泣した。
心に溜まっていた膿を洗い流すように、激しく咽び泣いた。
「泣いちゃった」
「よっぽど安心したんですね」
「へっ……」
「よかったな。ユウ」
二人は私に寄り添い、涙が尽きるまで、優しく頭を撫で続けてくれた。