【アルトサイド シェルター003】
「よもやあんなに働き者だとは思わなかったぞ。あの男!」
「おかげでこっちもてんやわんやっすねー」
ブラウシュが興奮気味に手を叩き、クレミアが笑って肩をすくめた。人の身を離れて久しい二人に共通しているのは、かの超越者への純粋な期待であり、人々が犠牲になることに対しての罪悪感はほぼない。
「我々にできないことをいとも簡単にやってのける。空恐ろしいものもあるな……」
一方で、生身持ちのオウンデウスは、気まぐれで自分の現身にまで災厄が降りかかりはしないかと、半心恐れの気持ちも抱いていた。
そんな彼の肩を、同じく辛うじて生身持ちである先輩クリフが、優しく叩いた。
「大丈夫さ。ぼくらにはこの世界と仲間がいる」
「うむ……」
そうは言っても、実際に爆発で町が消失した悲惨な現場を見てしまうと、やはり恐ろしいという感情も捨て切れない。自分がまだまだ俗な存在であり、アルトサイダーになってみても、現実のことを大して関係ないと切り離して考えるのは慣れていないものだと、オウンデウスは未熟を感じていた。
「ところで、ダイゴはどこへ行った? 次の手伝いをしてもらいたいのだが」
ブラウシュが尋ねると、カッシードが答えた。
「あいつなら、少し一人にしてくれって出て行ったぞ? あまり面白くない顔をしていたが」
「まったく。自由な男だな」
「あいつもまだ慣れてないんだろうなあ」
彼の心情を推し量ったカッシードは、得意の本人はかっこいいつもりの笑みを浮かべている。
やや離れたところでモココと談笑していたペトリが、知った風な調子で言った。
「あれで結構人間が小さいのねぇ」
「逆にリアルで人間が小さいから、夢では虚勢を張ってしまうものなのよね」
モココは、自分にも心当たりがあるのか、苦い顔をしている。
「今は過渡期よ。そのうちヴェスペラントらしくなってくれるわ」
***
険しい顔で一人佇むダイゴに、心配したゾルーダが様子を見にやって来た。
「てめえか」
「やあ。気分はどうかな」
「正直……いまいちだな。思ったよりもえげつねえ」
ゾルーダたちのやろうとしていることについて、ダイゴは何となくは理解してつもりだったし、乗り気ではあった。
この力を自由に振るえるとなれば、むかつく同僚や上司をぶん殴って、銀行から金を奪い、警察相手に大立ち回りしても軽くお釣りが来る。
しかし、彼にとっての好き放題とはそんなもので。状況に流されるまま二体接続をした彼には、現実感というものがなかった。
しかし、いざヴィッターヴァイツによってもたらされた、凄惨な都市壊滅の模様を目の当たりにしてしまうと……。
焦げた匂い。焼けた死体。人の泣く声。
ラナクリムなどよりも、ずっと生々しい悲劇がそこにはあった。
そんなものを見てしまうと、彼に残る常人らしい部分が、どうしても疑問を投げかけてしまうのだ。
一方、既に数千年の時を悲願のために費やしてきたゾルーダに、倫理観というものはない。
「僕としても想定以上の成果ではあったけれどね。結構なことじゃないか」
「……けどよお、本当にいいのか?」
「なに。ラナクリムと同じようなものだと思えばいい。ゲームでいくら人を殺したって、何とも思わないだろう?」
「まあな。好き放題暴れるのは楽しいぜ」
そりゃあゲームだからな、ダイゴは内心毒吐く。
「同じさ。ぼくらはゲームと同じ存在、そして力を振るえるんだ。現実がゲームになるんだよ」
「そういうもんかよ」
「そういうものさ」
きっぱりと断言したゾルーダは、ダイゴの肩に手をかけて、諭した。
「下らない倫理観など捨ててしまえ。君にはその力も、権利もある。割り切れば楽しい世界が待っているぞ。フウガ君」
あえて向こうの名前で呼んで、ゾルーダはみんなの下へ帰っていった。
「……ま、なるようになるか」
こんな力を得てまでいつまでも悩んでいるのも馬鹿みたいだと思い直し、彼はもうひと暴れする心の準備を固めた。
***
【トレヴァーク 聖地ラナ=スティリア 民家】
人間爆弾とするため、ヴィッターヴァイツは、目に付いた適当な人物に対して【支配】をかけていた。
果たして、今回【支配】した人物は。
「……む。女か」
本来の彼のものとはかけ離れた、高い女の声が、一人部屋によく通る。
「雑魚にしては、素質はあるようだが……」
ヴィッターヴァイツは、【支配】する対象の力をおおよそ把握することができる。今【支配】している若い女性は、一般人にしては中々のスペックを持つようではあった。
今のところ、一度に一人しか【支配】できない制約はそのままである。
なので性別が異なるのは気に食わないが、当たりを引いた以上は、【支配】を外して他へ行くという選択はやめるべきかと判断する。
ひとまず身体を動かそうとして――たゆんと揺れる感覚があった。
何とも動かしにくい。
ヴィッターヴァイツが顔をしかめると、それに合わせて立ち鏡に映る女も顔をしかめた。
「……まったく。何を食ったらこうなるのだ。みっともなく乳を腫らしおって」
女性は、中々の大きさだった。
乱暴に手で胸を弾いてみたが、感覚をも接続しているため、少しの痛みとともに揺れるばかりだ。人のものを触るのはよいが、自分のものを触っても楽しくもなんともない。
おまけに家の中だからと、へそが見えるような薄着で、ブラも付けていない。道理で揺れるわけだと、ヴィッターヴァイツは苦笑する。
自分で下着など付ける気にもならなかったので、その辺の服を引き裂いて布とし、きつくぐるぐる巻きにしてさらしとした。
とりあえずはこれで動きの邪魔にはならないだろう。
持っていた彼女の電話で、現在地を確認する。
聖地ラナ=スティリア――当たりだ。
ラナゆかりの地であり、まごうことなき百万都市である。中心地たる大聖堂で爆発させてしまえば、これまでの比ではない死者が出ることになるだろう。
「さあどう出る。ホシミ ユウよ。このまま行けば、また結構な数の死人が出ることになるぞ」
彼はもちろん、自身の採用した即時的破壊戦術の有効性を知っている。そう簡単に止められるはずがないという自信があった。