「はあ……っ……はあっ……!」
勝ち誇った顔で弾けゆく女性が、消えない悪夢のようにこびりついていた。
「あ、う……うっ……!」
ヴィッターヴァイツ! くそ! ちくしょう! 俺は……俺は……!
「ユウ!」
「ユ、イ……?」
もう離さないと、満身の力を込めて強く抱き留められていた。
「どうして。ここは……?」
俺もやられて、死んだはずじゃなかったのか?
「『アセッド』の……中だよ。私が引き寄せたの。せめてあなただけでもって……」
「俺だけでもって。じゃあ、他のみんなは……? 他のみんなは、どうなったんだよ……?」
大粒の涙を流しながら、辛い顔でふるふると首を横に振るユイ。
「ごめん。ごめんね。あなただけ、しか……」
ああそうだ。わかっていたことだ。聞くまでもないことだったんだ。
あの状況で、何が期待できる。
弾け飛ぶ女性。溢れ出す光。全部、俺の目の前で……。
何も知らない市民も、協力してくれたエインアークスの仲間も、みんな。みんな……!
「う……うう、う……!」
死んでしまった。死なせてしまったんだ。
俺が。弱いから。助けられなかったから。
「う゛ううう゛うううううーーーーーーーーーっ!」
力任せに、自分を殴ろうとして。
ユイに止められた。必死に止められた。いやいやと首を振って。同じだけぼろぼろに涙を流して。それでも、懸命に堪えようとしていて。
そんな君と、目が合ったとき。耐えられなかった。堰が切れたように、涙が溢れて止まらなかった。
泣きついた。ユイに縋り付いて、ユイも俺に顔を預けて、二人で身を寄せ合って、泣いた。
「また、守れなかった……! みんな! ごめん! ごめ゛ん゛!」
嗚咽と共に、後悔を吐き出し続けた。
けれども。
不意に、呼び起こされる。
自分に、悲しみに暮れている暇があるのかと。
未だに続く恐ろしい現実をまた意識したとき、涙がすうっと引いていった。
「……そうだ。何を、やっているんだ。まだだ。まだ、何も終わっていないじゃないか」
「ユウ……? どうしたの?」
「行かないと。あいつは、まだ続けるつもりだ。だって、奴の目的は……!」
大量虐殺は、単なる通過点だ。奴の目的は、世界の破壊。現状ラナソールが無事である限り、必ず続ける。
今度こそ止めないと――たとえ、殺してでも。
「うん。わかるよ。でも待って。少しだけ、休もう? その状態で行っても、またひどいことになるだけだよ!」
「そんな暇はない。こうしてる間にも、次の町が狙われているかもしれないんだ」
「でも……ねえ、鏡を見て」
部屋に置き据えられていた鏡に目を向ける。
途端に、自分が空恐ろしくなった。
俺は――こんな目をしていたのか。まるであいつのようじゃないか。
「ひどい目をしてる。今のあなた、普通じゃないよ。黒い力が悪さしてる。心の力がまともに使えてないのも、きっとそのせいだよ」
「……っ! 俺だって、自分がおかしいのはわかってるさ! でも、俺が行かなきゃ誰が行くんだよ! 誰かが代わりに行ってくれるのかよっ! 助けられるのかよっ! お前が!」
パチン。
一瞬、何をされたのかわからなかった。
驚いて、目を見張った。
ビンタを張られていた。
怒っていた。目を真っ赤に泣き腫らして、本気で怒っていた。
俺に対して、こんなに怒っているユイを見たのは、初めてだった。
「わかってる。そんなこと、私だってわかってるよ! 私だって……っ……私だってね! 行きたいに決まってるでしょ! あなたが戦うのを見て、苦しくないわけないじゃん!」
張った頬にそっと手を触れながら、涙を零しながら、嗚咽交じりの声で懸命に続ける。
「いつもみたいに、ユウと一つになって戦いたいよ……! でも、どうしてもできないから……っ! 悔しいんだよ! 悔しいのは、私だって一緒だよ!」
心臓に、温かい手を強く押し当てられた。
「だけど、ここにいる。隣を見て。ちゃんと一緒に戦ってる!」
「…………」
「なのに、また勝手に一人で突っ走って……! バカじゃないの! 今だって、私が必死で抑えてなかったら、あなたどうなってるのか……!」
「ユイ……俺……」
「無理をしなきゃいけないのはわかってるけど、それだけはやめて! ユウ、あなたの戦い方じゃないよ。そんな戦い方をしてたら、壊れちゃうよ。やめてよ。私のユウがいなくなっちゃうよ! ほんとに戻れなくなっちゃうよぉっ……!」
「俺……」
――――!?
なんだ。感じるぞ。
とてつもないほどに強い力を。
俺たちは、この力を知っている。
『なんてときに来やがるんだ! くそったれめ!』
レンクスの悲鳴に近い念話が飛んできた。俺たちの邪魔はしたくなかったのに、そうも言ってはいられなくなったようだ。
『フォートアイランドの方だ』
『またなのね。行くしかないわ』
本当は言いたいことがあったのに、言うべきことがあったのに、言っている場合ではなくなってしまった。
「……行こう」
「うん……」
あいつだ。ウィルがやって来た。