大聖堂の本堂。重厚な木製扉にこじ開けられた穴へと飛び込む。
内部は外観からの想像通り、天井の高く、やけに広い間取りになっていた。
割れたカラークリスタルが散乱している。
入ると同時、生臭い血の臭いが鼻を衝く。
いたるところ、信仰者たちの死体が弾けていた。
それを見て強い怒りを感じる自分と、何の感慨もなく冷静に見て取る自分とが混在していた。
まるで自分が自分でないような、奇妙な感覚だった。
奥には煌びやかな祭壇と、ラナの彫像が見える。
そしてただ一人、返り血に塗れて佇む生きた人間の後ろ姿を認めた。
髪が長い。女……?
――いや。
確かに身体は女性を操ってはいるが、彼女の奥から感じる力はまさしく奴のものだ。
見つけたぞ。
「ヴィッターヴァイツーーーー!」
奴は悠然と振り返り、ただ不敵な笑みを返した。
身体を爆弾に変化させている最中のためか、直ちに自ら動くつもりはないらしい。
それにしてもひどい姿だ。
元は綺麗だったであろう肌は、既に内側から沸騰しかけて、赤黒く変じている。
まだ直接声が届く距離ではないが、奴は念話を飛ばしてきた。
『ホシミ ユウか。外でうろちょろしていたのはやはり貴様だったのだな』
俺はあえて返事をしなかった。する余裕がない。
『もしや来るのではないかと思っていたぞ。身の程知らずめ』
正面から《パストライヴ》では、隙を突かれてしまう。
代わりに一歩でも距離を詰める。
『ん? 今の貴様――中々良い目をしているな』
お前のせいだ。
『くっくっく。そうか。さすがに応えたか』
お前の野望もこれで終わりだ。止めてやる。
『威勢の良いことだな。忠告はしたはずだぞ。再びオレの前に立ち塞がることがあれば、死よりも後悔させてやると』
奴の意を借りた女性の口が、嫌味に吊り上がった。
既に互いに声の届く位置まで迫っていた。堂内にガラの悪い女の声が響く。
「このオレが、貴様が律儀に触れるのを待ってやると思うのか?」
まずい。あいつ、本来の予定よりも早く爆発させるつもりだ。
「させるかあああああああーーーーーっ!」
「こんな雌の身体でも、多少時間を稼ぐのにわけはないぞ!」
《剛体術》を展開する。
女性のものとは思えないほど、逞しい筋肉が膨れ上がった。
奴は変じた足をバネにして、一足飛びで天井を突き破り。空へと跳び上がっていった。
上に逃げただと。
――そうか。なんてことを考えるんだ。
地上でそのまま爆発させるよりも、空中で爆発させた方が被害範囲が大きい。
奴め、そんなことまで……!
頭の血が沸騰しそうだった。
《パストライヴ》で空を駆けて追う。本堂の屋根裏に抜ける。
既にヴィッターヴァイツは遥か上空にいた。
速い。前にこちらで戦ったときは、あれほどのスピードはなかったはず。
操っている人間の素質が上なのか。時間稼ぎのために力を一気に爆発させているのか。
「うおおおおおおおおおおおおおーーーーーーっ!」
させない。
力だ。間に合わせるための力を!
『ダ……メ……! これ……以上は……本当に……!』
『言ってる場合かよ!』
黒のオーラの比率がわずかに増すと、それだけで力が何倍にも膨れ上がったように感じた。
荒ぶる気の力を推進力へと変えて、強引に空を飛ぶ。
明らかなこちらの異変と急激な力の増大に、余裕を見せていたヴィッターヴァイツの顔色が変わった。
しかし一瞬の後、嘲笑に転じる。
何だ。何が可笑しい!
『ユウ! 危な……!』
ユイの叫び声が、聞こえた途端。
「……っ!?」
頭にガツンと強い衝撃が走った。
気付けば吹っ飛ばされ、屋根裏に叩き付けられていた。
「ハッハァー! ここで真打ち登場ってなぁ!」
即座に跳ね起きる。
まったく予想もしていなかったところからダメージを受けて、ぐらりと視界が揺れる。
今度は何なんだよ!
「邪魔をするなあああーーーっ!」
「ホシミ ユウ。まさかこんなところで会えるとはなあ。一度手合わせしてみたかったぜ」
「誰だ! どけよ!」
「《ヴェスペラント》フウガって、知ってるかよぉ?」
「…………!」
聞き覚えのある名を告げられると同時、敵はいきなり襲い掛かってきた。
自信満々と接近戦を仕掛けてくる。
まただ。どんなからくりを使っているのか知らないが、速い!
迎え撃つしかなかった。
俺が左腕を伸ばすと同時、奴も右腕を伸ばす。
《気断掌》!
「《撃震波》ァ!」
開いた左の掌と右の掌が、正面から激突する。
瞬間、双方から衝撃波が生じて。接触面より凄まじい勢いで膨れ上がっていった。
共鳴し合う二つの衝撃波が、周囲の大気を激しく揺らす。
「な!? オレの《撃震波》とそっくりだっ!?」
動揺した一瞬の隙を突き、目の前の襲撃者を思い切り蹴り飛ばした。
――左腕が痺れている。しばらくは使い物にならない。
それも一瞬の思考で斬り捨て、構わず空を駆ける。
時間が、ない。
「なるほど。うろちょろした奴らがいるとは思っていたが……まあ良い時間稼ぎだったぞ」
ヴィッターヴァイツは、さらに上空へと逃げ延びていく。
必死に追い縋るが、遠い。あまりにも。
《パストライヴ》を駆使したところで、直線的な動きでは見切られて、かわされるだけだ。
くそおっ! 間に合え! 間に合えよ!
「ああああああ゛あ゛あああ゛ああーーーーっ!」
限界まで力を振り絞る。
どうなってもいい。今だけは。お前だけは!
許さない!
「貴様。まだどこにそんな力を……!? これでは、まるで……!?」
――届いた。追いついたぞ。
《マインドディスコネクター》!
――――。
「な、んで……? どう、して……?」
「どうやら――使えないらしいな。その状態では」
そ、ん、な。
「オレの勝ちだ。小僧」
女性が最期の言葉を紡いだ口から、ひび割れて。
裂けていく。
目の前が真っ白に光って――。
そして――。