フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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161「The Day Mitterflation 12」

 変貌したユウに呼応する形で、ウィルのオーラも膨れ上がり、急速に高まっていく。だが、彼自身の意志によってではなかった。ウィルは異常に高まる力と意のままならぬ身体に、呻き苦しんでいた。

 目を血走らせ、息も絶え絶えとなり、しかし辛うじて自分の意識だけは保とうとしている。完全に意志を手放したが最後、まず二度とは戻れない。彼は絶対に負けるわけにはいかなかった。

 彼にはわかった。今目の前にいる人物が、「あの白い状態」とは違い、どうやら確固たる意志を持っていること。それも、普段のユウとは異なる人格が表出しているらしいということ。

 そして、自分に向かって攻撃を仕掛けようとしている。彼がしでかしたことを考えれば当然であるが、既に戦いは避けられない情勢のようだった。

 ウィルを黙ったまま見つめるユウに対して、彼は精一杯の余裕を演じようとした。そうして自分を強く持たなければ、自分を支配しようとする意志に負けてしまいそうだった。

 

「まさか、この僕と戦うつもりか?」

「…………」

 

 ユウが睨みを強めた瞬間。

 

「……っ!」

 

 とてつもない衝撃がウィルを襲い、一瞬で数キロ以上も後方まで吹き飛ばしていた。

 何をされたのか。ウィルはすぐに理解した。

 技は《気断掌》そのものである。ただし、力が上がっている今の状態では、放つのにわざわざ手から撃ち出す必要もない。

 気合いを込めて一睨みするだけで、衝撃波を発生させるには事足りた。他ならぬウィル自身、雑魚を散らすのによく使用していた技だ。

 枷が外れただけでこの力。同じレベルに達している。やはり自分の目に見誤りはなかった。

 飛ばされたことに動揺はあるものの、睨みだけで使える程度の技では、さほどのダメージはない。ウィルは途中で衝撃波から抜け出した。

 直後に瞬間移動を発動して、ユウのすぐ背後を狙う。彼はユウになど構わず、すぐにでも世界を消滅させたかったが、実際の身体は目前の敵を狙って正確に動いてしまう。

 首を飛ばす勢いで放った彼の手刀は、空を切った。

《パストライヴ》によって、ユウは背後を取り返していた。こちらももはや別の技と言えるほど、発動速度が異常に上がっており、ワープ前後の隙が一切なくなっている。

 ユウはウィルに向かって蹴りを繰り出すが、さらにウィルは姿を消して背後を取る。

 攻撃と瞬間移動によるポジションの取り合いが幾度か続き、ついに拳と拳がぶつかると、凄絶なラッシュの応酬が始まった。

 

 

 ***

 

 

 ユイの命の輝きが失われていくことに打ちひしがれていたレンクスだが、力を持つ者が悲しみに暮れる猶予を、世界は与えてはくれなかった。

 二人の破壊者による戦いの余波は、凄まじいものがあった。彼らの繰り出す拳の一発が、蹴りの一発が、雲を割り、大地を砕き、海を巻き上げ。

 そして空間に――世界に次々と亀裂や穴を開けていた。

 二人を中心に、崩壊は加速する。深淵の闇がいたるところに顔を出し、空と闇が異常な斑模様を作り上げていく。絶え間ない雷と暴風雨が、世界のあらゆる場所で発生していた。

 正しくこの世の終わりの光景に、恐怖を感じない者はいなかった。

 

「ユウ……お前……」

 

 ふらふらと空を見上げるレンクスに、ジルフが心配して肩を叩く。

 

「力が高過ぎる。あいつらがいるだけで、世界が耐え切れていないんだ」

 

 ユイから黒い力について話をきいてから、何度か暴走しかけたあの力を見てから、レンクスにもジルフにもエーナにも、嫌な予感はあった。

 ここまでとは思わなかった。

 悔しいが、とても割り込めない。割り込めるレベルの戦いではない。感情が否定しても、身体が畏れている。なまじ強いばかりに、力の差をはっきりと感じ取ってしまう。

 ウィルにしても、今の状態はおかしい。あまりに強過ぎる。レンクスの手ごたえでは、普段の奴なら、勝てはしなくとも、まだ辛うじて戦いになる程度の力の差であったはずだ。

 だと言うのに……あの黒いオーラ。ユウと同じだ。あれが膨れ上がったと思ったら、力が異様に跳ね上がった。

 ユイは言っていた。あれは、この世の全てを憎み、敵とみなしたすべてを殺すための力に思えた、と。

 そうなのだろう。邪魔をするなら、容赦なく一発で消されてしまうだろう。

 レンクス、拳を握り締めていた。唇を噛んでいた。どちらも強過ぎて、血が出ていることに気付かないほどだった。

 

「こんなのってねえよ……! 何より世界を愛していたお前が。よりによってお前が、世界を終わらせる気かよ……ユウ……!」

「……レンクス。辛いでしょうけど、あなたも協力しなさい。私だけじゃ……流れ弾の一発でも町に飛んできたら……それだけでおしまいよ。あの子のせいでみんなが死んだら、あの子たちは……きっと取り返しのつかないほど後悔するわ」

 

 懸命に防御魔法を張り続けるエーナに諭されて、彼は長く重い息を吐いた。決断しなければならなかった。

 ここでユイの治療を諦めることは、ユイの死を認めることになる。

 わかっちゃいるんだ。もう助からないことくらい。頭では。

 それでも。俺は……! 俺は……。

 滅茶苦茶な気分だった。何もかもから逃れたい気分だった。

 だが、逃げることは許されない。わかっちゃ、いるんだ……!

 長い苦渋の末、ユイから手を離すことを決めた。

 彼女のために何もしないことを、彼女が許さないだろうと思ったからだ。

 いつものユウだったら。ユイだったら。必ず守ろうとするだろうと思ったからだ。こんなどうしようもない自分でも、心から頼りにされていることは痛いほどわかっている。

 ならば、二人の意志を守ることが。期待に応えることが。自分のすべきことだと。

 

 たとえ、ユイを見捨てることになるとしても。

 

「うおおおおおおおおーーーーーっ!」

 

 どうしようもないほど、滅茶苦茶な気分だった。レンクスは、絶叫した。ほとんど泣き叫びながら、【反逆】を世界中に展開した。

 

 そのとき、高さ数百メートル規模の、空前絶後の大津波が発生していた。フェバルの力が合わさり、辛うじて世界から陸が消えるのを食い止める。

 

 壊れかけた世界から、せめて人々を守るため。今はそれだけが、彼にできることだった。

 

 

 ***

 

 海が真っ二つに割れていた。エディン大橋は砕けて、海の藻屑と消えた。

 魔のガーム海域の底で、二人はなおも死闘を続けていた。

 

 ウィルは時空干渉を含め、戦闘中、一切の絡め手を使うことはなかった。

 およそ通常の戦闘においては決め手となるあらゆる特殊攻撃に対し、あの状態ではまず耐性があると、ウィルも、彼を衝き動かす意志も考えていた。

 

 ユウが、人さし指と中指、二本指を立てた。

 指先に黒いオーラが集中していく。

 一見小さな動作ではあるが、ウィルは身構えた。その技には見覚えがある。

 指を振り下ろした瞬間、ウィルは大袈裟なほど大きく身をかわした。

 

 直後、世界が()()()

 

 空間が断裂し、黒い線が生じる。それは先まで彼がいた場所を貫いて、地の果てまで続いていた。

 攻撃は続いていた。ユウが指を振り上げると、再び同様の断裂がウィルを狙う。

 ウィルはまたかわす。追って、ユウが高速で指を振るい続けると、幾数千幾万もの空間断裂が次々と引き起こされた。

 そのすべてを完璧にいなし、かわしつつ、ウィルも反撃を狙う。

 彼が手をかざすと、ユウを球状の黒いバリアが包み込んだ。

 開いた手を、握る。

 バリアが圧縮され、ユウを押し潰そうと迫る。

 だが、ウィル自身この攻撃は無駄とわかっていた。ユウが力を高めると、バリアは内側から割られ、粉々に吹き飛ばされた。

 ユウは、既に反撃の体勢に入っていた。

 念じると、彼の身体の周りからおびただしい数の黒い球が生じる。一つ一つこそ拳大であるが、そのすべてが、触れれば空間ごと相手を消滅させる無の属性を持っている。

 ユウの合図で、それらはあらゆる角度から一斉にウィルへと襲い掛かった。

 一つでも食らうわけにはいかない。ウィルは掌に力を纏わせて、襲い来る黒球を次々と叩き落としていく。

 

「小賢しい」

 

 やがて面倒になった彼を動かす意志は、強引に力を高めた。彼のオーラに触れたものから、エネルギー波は崩れて、掻き消えていく。

 そして再び、二人は一定の距離を置いて対峙する。開いていた海が、本来の姿を思い出したように閉じ始めた。

 

 ウィルは、やはり先ほどの技を知っていた。

 

《スティールウェイオーバーキラートゥータス》。

 

 無数の消滅エネルギーボールを自動操縦することによって、自らは手をかけず、敵を跡形もなく抉り取ってしまおうという技だった。

 これまでの技もそうだが、このような容赦のなく、かつ強力な技の使い方をする人物を、彼は一人しか知らない。

 

「ユウ。まさか、お前……『あのユウ』なのか?」

「……もう二度と出てくることはないと、思っていたんだがな」

 

『ユウ』は、静かに認めた。

『黒の旅人』『フェバルキラー』と呼ばれ、かつて全宇宙で畏れられたという最強のフェバル。その名残が目の前にいる。

 ウィルは、内心ひどく驚いていた。同時に、喜んでいいのか、怒っていいのかわからなかった。

 とりあえず、会いたい人物ではあった。一番文句を言ってやりたい人物の一人ではあった。

 が、ならばなぜと、ウィルは辛うじて自分の意志で言葉を紡ぎ出す。

 

「だったら、なぜもっと力を出さない? あのときのお前は、もっと遥かに――圧倒的に強かったはずだ。この僕など、簡単に殺せてしまうほどに。オリジナルのお前は」

 

 ウィルは、よく知っていた。だから、今のユウにも少しは期待していたのだ。

【神の器】のポテンシャルは、およそあらゆるフェバルを瞬殺し、大銀河さえもその手にかける、あの究極的なレベルの強さにまで到達し得ることを。

 そして、それほどの力がなければ、「奴ら」に対抗することは決してできないのだ。同じ土俵に立つことさえも。

 ……あの女さえいなければ。

『ユウ』は、あえて返事をしなかった。する必要もないと考えていた。

 

「そうか……。出せないと言うんだな? その身体では」

 

 さながら、木製の車体に反物質ロケットエンジンを積んでいるようなものだ。

 今以上にオーラを高めれば、あまりに強過ぎる力に、肉体の方が耐えられないのだと、ウィルは理解した。ラナソール効果で相応に強化されているとは言っても、所詮今のユウは、通常の人間の肉体でしかないのだ。

 当然、魔法も使えないはず。だと言うのに、ここまで互角の戦いを演じてみせるとは。

 

「それは『お前』も同じことだろう」

「…………ああ。そうさ」

 

 ウィルの方も、嫌々ながら認めた。

 今こそ無理に引き出されているが、黒性気を全力で出すことは、普段はしない。

 やはり、身体の方が耐えられないからだ。

 

「お互い、所詮はオリジナルの紛い物でしかないわけだ。なあ――兄弟」

 

 最大限の皮肉を込めてそう言ったが、相変わらず『ユウ』の方は無視するので、ウィルは段々腹が立ってきた。

 不思議なことに、腹が立つと、彼を支配しようとしていた意志の締め付けが、少しは楽になった。

 

「お前が勝手にいなくなったせいで……お前とそいつが押し付けてくれたもののせいで、どれほど苦労を強いられてきたか、わかるか?」

「…………」

「そのユウじゃない。その甘ったれじゃ、お前の代わりは務まらない。わかっていたはずだ。そして……僕が破壊者になった。なるしかなかった」

 

 ウィルは激しい怒りと失望を込めて、『ユウ』を睨んだ。これは彼の本心によるものだった。

 こんなタイミングで。今さら出て来やがって。既にほとんど手遅れだ。どうしろと言うのか。

 

「……そうか。悪かったな」

「悪かっただと? だったらなぜ、最後までお前がやらなかった!」

 

 ウィルは、とうとう激高した。

 そもそもは、『黒の旅人』と「奴ら」が始めた戦いだ。

 どれだけ続いているのか、正確なことまではわからない。記憶は完全ではない。

 だが――お前が終わらせていれば。

「破壊者ウィル」が生まれることはなかった。ユウも、今より過酷な運命を辿ることはなかったのだ。

 そこで『ユウ』は初めて、一瞬だけ哀しげな表情を見せた。だがすぐに無表情になって、言った。

 

「可能性に賭けたのさ」

「そのわずかな可能性のために、僕らは……!」

 

 わかってはいた。そうするしかなかったとわかってはいても、ウィルは文句を言いたかった。

 この宇宙で唯一、文句を理解できるのが彼だけなのだから。

 

 だが、話は続けられなかった。

『ユウ』は、あくまでなすべきことを続けようとしていた。

 彼が左手に力を込めていくと、気剣が現れた。

 通常の気剣ではなかった。オーラと同じ、漆黒の闇を湛えている。

 

「黒の気剣……」

 

 宇宙で唯一、『フェバルキラー』だけが使えたという、最強の気剣。

 この世のあらゆるものを斬るとまで言われたそれを前にして、ウィルは息を呑んだ。

 対抗するには、こちらも最強の武器をぶつけるしかない。

 ウィルもまた作り出す。彼の左手に現れたものは、およそ破壊者の名に似つかわしくない、煌々と輝く光の気剣だった。

 

「光の気剣か」

「僕にはこれしかないんでね」

 

 皮肉気に呟くウィルの心を、『ユウ』は正確に見抜いていた。

 

「こだわりか。まだ想っているのか?」

「さあ。どうだろうな。僕はあいつじゃない。あいつはもう死んだ」

「…………」

「僕は――ウィルだ」

 

 世界も、運命も。

 今だけは、関係ない。心の底から、こいつに全力をぶつけてみたい気になっていた。

 

『ユウ』とウィルが、世界の底でぶつかる。互いの剣を斬り結ぶ。

 幾度も激しく、剣が交差する。

 力は互角。

 だが、すべてを斬る黒の気剣の特性が、光の気剣をも斬ろうとしていた。徐々にウィルの気剣から、力を奪っていく。

 

 ついに『ユウ』の気剣が、ウィルの心臓を深々と貫いた。

 

「か……は……!」

 

 ウィルの全身から、力が抜けていく。

 

 あの女の心臓を貫いた。ちょうどやり返されたのか。

 

 ウィルは思った。

 

 これで……終わりか。

 やっと、終わりか。死ねるのか、と。

 

 そうだ。こうなることを望んでいたのかもしれない。

 僕は最初、ユウを破壊者にしようとしていた。それはおそらく、すべての解決にならないとわかっていても。

 あいつがやるべきだったと思っていた。

 そしてついでに、生まれるべきではなかった僕を、殺して欲しかったのかもしれない。

 

 ところが、である。一向に、彼が死ぬ気配がなかった。

 それどころか、力が抜けていくに応じて、意識の方はかえってクリアになっていく。

 何が起きているのか。目の前の人物が何をしようとしているのか、まったくわからなかった。

『ユウ』を睨むが、彼はただ突き刺した剣に力を込めているだけだ。心が読めない。

 ともかく、黒の気剣が斬ろうとしているものは、彼そのものではない。

 

 では、つまりは……。

 

 ウィルが答えに辿り着きかけたとき、彼の内側から、膨大な黒いオーラとともに、何かが抜け出した。

 攻撃に集中していた『ユウ』と、ウィルの虚を完全に衝くタイミングだった。それは、手近な世界の穴を通じて、第三の領域――アルトサイドへ逃げ落ちていく。

『ユウ』は、ウィルに向けていたそれとは比べ物にならぬほどの強烈な睨みを、憎悪を、今、世界の裂け目から逃げ去っていった影に向けていた。

 

 ウィルは、ようやくはっきりと理解した。『ユウ』が本当に戦っていた相手の、その正体を。彼の中に巣食い、彼の人格にまで大きな影響を与えていた、邪悪な意志を。

 

「やはり。潜んでいたな――アル」


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