変貌したユウに呼応する形で、ウィルのオーラも膨れ上がり、急速に高まっていく。
だが彼自身の意志によってではない。
ウィルは異常に高まる力と意のままならぬ身体に、なおも呻き苦しんでいた。
目を血走らせ、息も絶え絶えとなり。しかし辛うじて自分の意識だけは保とうとしている。
完全に意思を手放したが最後、まず二度とは戻れない。絶対に負けるわけにはいかなかった。
彼にはわかった。
今目の前にいる人物が、「あの白い状態」とは違い、どうやら確固たる意志を持っていること。
それも、普段のユウとは異なる人格が表出しているらしいということ。
そして、自分に向かって攻撃を仕掛けようとしている。
彼がしでかしたことを考えれば当然であるが、既に戦いは避けられない情勢のようだった。
黙ったままウィルを見つめるユウに対して、彼は精一杯の余裕を演じようとした。
そうして自分を強く持たなければ、自分を支配しようとするものに負けてしまいそうだった。
「まさか、この僕と戦うつもりか?」
「…………」
ユウが睨みを強めた瞬間。
「……っ!」
とてつもない衝撃がウィルを襲い、一瞬で数キロ以上も後方まで吹き飛ばしていた。
何をされたのか。彼はすぐに理解した。
技は《気断掌》そのものである。
ただし、力が上がっている今の状態では、放つのにわざわざ手から撃ち出す必要もない。
気合いを込めて一睨みするだけで、衝撃波を発生させるには事足りた。
他ならぬウィル自身、雑魚を散らすのによく使用していた技だ。
枷が外れただけでこの力。
同じレベルに達している。やはり自分の目に見誤りはなかった。
弾き飛ばされたこと自体への動揺はあるものの。
睨みだけで使える程度の技では、さほどのダメージはない。
ウィルは吹き飛ぶ途中で衝撃波から抜け出した。
直後に瞬間移動を発動して、ユウの背後を狙う。
彼は本当はユウになど構わず、すぐにでも世界を消滅させたかったが。
実際の身体は彼の意思に反して、目前の敵を狙って正確に動いてしまう。
首を飛ばす勢いで放った彼の手刀は、空を切った。
《パストライヴ》によって、ユウは背後を取り返していた。
こちらももはや別の技と言えるほど、発動速度が異常に上がっており。ワープ前後の隙が一切なくなっている。
ユウもウィルに向かって蹴りを繰り出すが、さらにウィルは姿を消して背後を取る。
そのようにして、攻撃と瞬間移動によるポジションの取り合いが幾度か続き。
ついに拳と拳がぶつかると、凄絶なラッシュの応酬が始まった。
***
ユイの命の輝きが失われていくことに、打ちひしがれていたレンクスだが。
力を持つ者が悲しみに暮れる猶予を、世界は与えてはくれなかった。
二人の破壊者による戦いの余波は、凄まじいものがあった。
彼らの繰り出す拳の一振りが、蹴りの一発が。
雲を割り、大地を砕き、海を巻き上げ。
そして空間に――世界に次々と亀裂や穴を開けていた。
激突する二人を中心に、崩壊は加速する。
深淵の闇がいたるところに顔を出し、空と闇が異常な斑模様を作り上げていく。
絶え間ない雷と暴風雨が、世界のあらゆる場所で発生していた。
正しくこの世の終わりの光景に、恐怖を感じない者はいなかった。
「ユウ……お前……」
ふらふらと空を見上げるレンクスに、ジルフが心配して肩を叩く。
「力が高過ぎる。あいつらがいるだけで、世界が耐え切れないんだ」
ユイから黒の力について話を聞いてから。何度か暴走しかけたあの力を見てから。
レンクスにもジルフにもエーナにも、嫌な予感はあった。
だが、ここまでとは思わなかった。
悔しいが、とても割り込めない。割り込めるレベルの戦いではない。
いくら感情が否定しても、身体が畏れている。
なまじ強いばかりに、力の差をはっきりと感じ取ってしまう。
ウィルにしても、今の状態はおかしい。あまりに強過ぎる。
レンクスの手応えでは、普段の奴ならば。
勝てはしなくとも、まだ辛うじて戦いになる程度の力の差であったはずだ。
だと言うのに……。あの黒いオーラ。
ユウと同じだ。あれが膨れ上がったと思ったら、力が異様に跳ね上がった。
ユイは言っていた。
あれはこの世の何もかもを憎み、敵とみなしたすべてを殺すための力に思えた、と。
そうなのだろう。
邪魔をするなら、容赦なく一発で消されてしまうだろう。
レンクスはままならず、拳を握り締めていた。唇を噛んでいた。
どちらも強過ぎて、血が出ていることにも気付かないほどだった。
「こんなのってねえよ……! 何より世界を愛していたお前が。よりによってお前が、世界を終わらせる気かよ……ユウ……!」
「……レンクス。辛いでしょうけど、あなたも協力しなさい」
懸命に防御魔法を張り続けるエーナは、力不足を痛感し。
まだ空しくユイの治療を続けようとするだけのレンクスへ呼びかける。
「私だけじゃ……。流れ弾の一発でも町に飛んできたら、それだけでおしまいよ。あの子のせいでみんなが死んでしまったら。あの子たちは……きっと取り返しの付かないほど後悔するわ」
諭されて、彼は長く重い息を吐いた。
決断しなければならなかった。
ここでユイの治療を諦めることは、ユイの死を認めることになる。
わかっちゃいるんだ。もう助からないことくらい。頭では。
それでも。俺は……! 俺は……。
滅茶苦茶な気分だった。何もかもから逃げたい気分だった。
だが、逃げることは許されない。わかっちゃ、いるんだ……!
長い苦渋の末、ユイから手を離すことを決めた。
彼女のために尽くして何もしないことを、彼女が許さないだろうと思ったからだ。
いつものユウだったら。ユイだったら。必ず守ろうとするだろうと思ったからだ。
こんなどうしようもない自分でも、心から頼りにされていることは痛いほどわかっている。
ならば、二人の意志を守ることが。期待に応えることが。
自分のすべきことだと。
たとえ、ユイを見捨てることになるとしても。
どうしようもないほど、感情がぐちゃぐちゃだった。
「うおおおおおおおおーーーーーっ!」
レンクスは絶叫した。
ほとんど泣き叫びながら、【反逆】を世界中に展開する。
そのとき、世界各地では。
高さ数百メートル規模の、空前絶後の大津波が発生していた。
フェバルの力が合わさり、辛うじて世界から陸が消えるのを食い止める。
壊れかけた世界から、せめて人々を守るため。
今はそれだけが、彼にできることだった。
***
海が真っ二つに割れていた。
エディン大橋は砕けて、海の藻屑と消えた。
魔のガーム海域の底で、二人はなおも死闘を続けていた。
ウィルは時空干渉を含め、戦闘中一切の絡め手を使うことはなかった。
およそ通常の戦闘において決め手となり得るあらゆる特殊攻撃に対し、あの状態ではまず完全耐性があると。
ウィルも、彼を衝き動かす意志もそう考えていた。
ユウが人差し指と中指、二本指を立てた。
指先に黒いオーラが集中していく。
一見小さな動作ではあるが、ウィルは身構えた。
その技には見覚えがある。
彼が指を振り下ろした瞬間、ウィルは大袈裟なほど大きく身をかわした。
直後、世界が
空間が断裂し、黒い線が生じる。
それは先まで彼がいた場所を貫いて、地の果てまで続いていた。
肝を冷やしたウィルだが、攻撃はなおも続く。
ユウが指を振り上げると、再び同様の断裂が彼を狙う。
ウィルは再度すれすれでかわす。
追って、ユウが高速で指を振るい続けると、それだけで幾千幾万もの空間断裂が次々と引き起こされた。
そのすべてを辛うじて完璧にいなし、かわしつつ。ウィルも反撃を試みる。
彼が手をかざすと、ユウを球状の黒いバリアが包み込んだ。
開いた手を握る。
バリアが圧縮され、ユウを押し潰そうと迫る。
だがウィル自身、この攻撃は無駄とわかっていた。
ユウがほんの少し力を高めると、バリアは内側から割られ、粉々に吹き飛ばされてしまった。
ユウは既に反撃の体勢に入っていた。
念じると、彼の身体の周りからおびただしい数の黒い球が生じる。
一つ一つこそ拳大であるが、そのすべてが、触れれば空間ごと相手を消滅させる無の属性を持っている。
ユウの合図で、それらはあらゆる角度から一斉にウィルへと襲い掛かった。
一つでも食らうわけにはいかない。
ウィルは掌に力を纏わせて、襲い来る黒球を次々と叩き落としていく。
「小賢しい」
やがて面倒になった彼を動かす意志は、強引に力を高めた。
彼のオーラに触れたものから、エネルギー波は崩れて、掻き消えていく。
そして再び、二人は一定の距離を置いて対峙する。
底まで開いていた海が、本来の姿を思い出したようにゆっくりと閉じ始める。
ウィルはやはり、先ほどの技を知っていた。
《スティールウェイオーバーキラートゥータス》。
無数の消滅エネルギー球を自動操縦することで、自らは手をかけず、敵を跡形もなく抉り取ってしまう技だった。
これまでの技もそうだが。
かように容赦のなく、かつ強力な技の使い方をする人物を、彼は一人しか知らない。
「ユウ。まさか、お前……『あのユウ』なのか?」
「……もう二度と出てくることはないと、思っていたんだがな」
『ユウ』は、静かに認めた。
『黒の旅人』と呼ばれ、かつて全宇宙で畏れられたという最強のフェバルの一人。
その名残が目の前にいる。
ウィルは内心、ひどく驚いていた。
と同時に、喜んでいいのか、怒っていいのかわからなかった。
とりあえず、会いたい人物ではあった。一番文句を言ってやりたい人物の一人ではあった。
が、ならばなぜと。
ウィルは辛うじて自分の意志で疑問を紡ぎ出す。
「だったら、なぜもっと力を出さない? あのときのお前は、もっと遥かに――圧倒的に強かったはずだ。この僕など、簡単に殺せてしまうほどに」
オリジナルのお前は、少なくともそうだった。
ウィルはよく知っていた。
だから、今のユウにも少しは期待していたのだ。
……あの女さえ、いなければ。
【神の器】のポテンシャルは。
どんなフェバルであろうと、星級生命体や異常生命体だろうと。
およそあらゆる超越者を瞬殺し、超銀河団さえもその手にかける。
あの究極的なレベルの強さにまで、到達し得ることを。
そして、それほどの力がなければ。
「奴ら」に対抗することは決してできないはずだ。同じ土俵に立つことさえも。
『ユウ』は、あえて返事をしなかった。する必要もないと考えていた。
「そうか……。出せないと言うんだな? その身体では」
さながら木製の車体に、反物質ロケットエンジンを積んでいるようなものだ。
今以上にオーラを高めれば。あまりに強過ぎる力に、肉体の方が耐えられないのだと。
ウィルはそう理解した。
ラナソール効果で相応に強化されているとは言っても、所詮今のユウは、通常の人間の肉体でしかないのだ。
当然、魔法も使えないはず。
だと言うのに、ここまで互角の戦いを演じてみせるとは。
「それは『お前』も同じことだろう」
「……ああ。そうさ」
ウィルの方も、嫌々ながら認めた。
今こそ無理に引き出されているが。黒性気を全力で出すことは、普段はしない。
やはり身体の方が耐えられないからだ。
「お互い、所詮はオリジナルの紛い物でしかないわけだ。なあ――兄弟」
最大限の皮肉を込めてそう言ったが。
相変わらず『ユウ』の方は無視するので、ウィルは段々腹が立ってきた。
不思議なことに。腹が立つと、彼を支配しようとしていた意思の締め付けが、少しは楽になった。
「お前が勝手にいなくなったせいで……。お前とそいつが押し付けてくれたもののせいで、どれほど苦労を強いられてきたか。わかるか?」
「…………」
「そのユウじゃできない。その甘ったれじゃ、お前の代わりは務まらない。わかっていたはずだ」
ウィルは激しい怒りと失望を込めて、『ユウ』を睨んだ。
偽らざる彼の本心によるものだった。
「そして……僕が『破壊者』になった。なるしかなかった」
こんなタイミングで。今さら出て来やがって。
既にほとんど手遅れだ。どうしろと言うのか。
「……そうか。悪かったな」
「悪かっただと? だったらなぜ、最後までお前がやらなかった!」
ウィルは、とうとう激高した。
そもそもは、『黒の旅人』と「奴ら」が始めた戦いだ。
どれだけ続いているのか、正確なことまではわからない。記憶は完全ではない。
だが――お前が終わらせていれば。
『破壊者』ウィルが生まれることはなかった。
ユウも、今より過酷な運命を辿ることはなかったのだ。
そこで『ユウ』は初めて一瞬だけ、哀しげな表情を見せた。
だがすぐに無表情になって、言った。
「可能性に賭けたのさ」
「そのわずかな可能性のために、僕らは……!」
わかってはいた。そうするしかなかったと……わかってはいた。
それでもウィルは、文句を言いたかった。
この宇宙で唯一、文句を正確に理解できるのが彼だけなのだから。
だがこれ以上、その話題は続けられなかった。
『ユウ』はあくまで、今為すべきことを為そうとしていた。
彼が左手に力を込めていくと、気剣が現れた。
通常の気剣ではない。オーラと同じ、漆黒の闇を湛えている。
「黒の剣……」
宇宙でただ二人、彼と奴だけが使えたという――最強の剣。
この世のあらゆるものを斬ると謳われたそれを前にして、ウィルは息を呑んだ。
対抗するには、こちらも最強の武器をぶつけるしかない。
ウィルもまた作り出す。
彼の左手に現れたものは、およそ破壊者の名に似つかわしくない、煌々と輝く光の気剣だった。
「光の気剣か」
「僕にはこれしかないんでね」
皮肉に呟くウィルの心を、『ユウ』は正確に見抜いていた。
「こだわりか。まだ想っているのか」
「さあ。どうだろうな。僕はあいつじゃない。あいつはもう死んだ」
「…………」
「僕は――ウィルだ」
世界も、運命も。今だけは関係ない。
心の底から、こいつに全力をぶつけてみたい気になっていた。
『ユウ』とウィルが、世界の底でぶつかる。
互いの剣を斬り結ぶ。
幾度も激しく、剣が交差する。
力は互角。
だが、すべてを斬る黒の剣の特性が、光の気剣をも断ち斬ろうとしていた。
徐々にウィルの気剣から、力を奪っていく。
ついに『ユウ』の剣が、ウィルの心臓を深々と刺し貫いた。
「か……は……!」
ウィルの全身から、力が抜けていく。
――あの女の心臓を貫いた。ちょうどやり返されたのか。
ウィルは思った。
これで……終わりか。
やっと、終わりか。死ねるのか、と。
――そうだ。こうなることを望んでいたのかもしれない。
僕は最初、ユウを『破壊者』にしようとしていた。
おそらく、何らすべての解決にならないとわかっていても。
あいつがやるべきだったと思っていた。
そしてついでに、生まれるべきではなかった僕を。
殺して欲しかったのかもしれない。
ところが、である。
彼は一向に死ぬ気配がなかった。
それどころか。力が抜けていくに応じて、意識の方はかえってクリアになっていく。
何が起きているのか。目の前の人物が何をしようとしているのか。
まったくわからなかった。
困惑したまま『ユウ』を睨むが、彼はただ突き刺した剣に力を込めているだけだ。
心が読めない。
ともかく、黒の剣が斬ろうとしているものは、どうやら彼そのものではない。
では、つまりは――。
ウィルが真実の答えに辿り着きかけたとき。
彼の内側から、膨大な黒いオーラとともに、何かが抜け出した。
攻撃に集中していた『ユウ』と、ウィルの虚を完全に衝くタイミングだった。
それは手近な世界の穴を通じて、第三の領域――アルトサイドへ逃げ落ちていく。
『ユウ』は、ウィルに向けていたそれとは比べ物にならぬほどの強烈な睨みを。憎悪を。
今、世界の裂け目から逃げ去っていった影に向けていた。
ウィルはようやく、はっきりと理解した。
『ユウ』が本当に戦っていた相手の、その正体を。
彼の中に巣食い、彼の人格にまで大きな影響を与えていた――邪悪なる意思を。
「やはり。潜んでいたな――アル」