フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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168「動き出すダイラー星系列」

 物語は、ラナソールが壊れたあの日に遡る――。

 

【ダイラー星系列 第97セクター観測星】

 

 ラナソールとトレヴァークに向けていた計器から、緊急事態を示す警報が鳴り響いた。

 観測星始まって以来の有事である。二人の観測者オルキとメイナードにも、ただならぬ緊張が走った。

 

「超高エネルギー反応を検出! やばいですよこれ! 星ごと吹っ飛びかねない!」

「物騒なことだな。本星はこれを見越していたのか……?」

 

 オルキが首をひねる。お上の考えていることはよくわからなかったが、流石だと思い直した。

 

「執行者への報告事項になる。精査するぞ」

「はい。直ちに特定します!」

 

 オルキの指示を受け、メイナードが計器の示すデータを食い入るように見つめる。

 ある個所の数値が異常に跳ね上がっていることに、彼はまもなく気が付いた。

 

「タイプ3。固有星脈エネルギー反応が複数! フェバル同士の交戦と見られます!」

「おいおい……何だってこんな片田舎の星で、フェバル同士がぶつかり合ってるんだよ」

 

 互いに望まない限り、フェバル同士が出会う確率は極めて低い。出会ったとしても、彼らが力を行使した場合の世界への影響力を鑑みると、不用意に交戦になる可能性はさらに低いのだ。

 そもそも、第97セクターは歴史的にもフェバルの発生率が極めて低いことで知られていた。

 各所におけるフェバルの発生率は、近隣の星脈が保有するエネルギー量に概ね比例することが知られている。

 ムラが大きいものの、傾向としては多くの主流が流れ込む方向である宇宙の中心に向かうほどエネルギー量が高く、辺境に向かうほどに低くなっていく。

 ダイラー星系列の支配領域こそが、最も高エネルギー生命体の溢れる場所だった。逆説的に言えば、元々のエネルギーが高いために、固有能力の利用やエネルギー利用による進歩で先んじて、宇宙の覇者となったとも言える。

 

「数値の上昇が止まりません! 時空安定臨界点を突破!」

 

 まったく平均的なフェバルが発生させるエネルギー量ではなかった。ある時点で爆発的に膨れ上がり、実に数千倍もの異常値を叩き出している。

 あまりにエネルギーが高まると、時空の安定が崩れ、局所的な時空現象が発生する。局所ブラックホールの発生であったり、時空断裂であったりと、何が起こるかはまったくもって不明であるが、とにかく極めて危険な状態である。

 原因がユウとウィルの交戦によることを、もちろん二人は知る由もなかった。

 

「おお。世界は、どうなってしまうんだ……?」

 

 二人の観測員は、固唾を呑んで観測鏡を見守る。

 

 やがて。

 

「あ、あああ……!」

 

 メイナードは、頭を抱えた。

 二人の眼には見えていた。観測鏡にはしかと映っていた。

 

 二つの世界の片割れが、粉々に砕けていく様が。

 

 そして、それだけではなかった。

 

 重なる世界の中間から、宇宙のそれよりも濃い闇が広がり始める。それはあらゆる観測計器を阻害しつつ、二つの世界を丸ごと覆い始めた。

 次々と計器が沈黙していく。靄がかかり、観測鏡にも一切姿が映らなくなる。

 ついには、何もわからなくなってしまった。

 

「反応……ロスト。外部からの観測が不可能になりました……」

 

 メイナードの狼狽えた声が、静まり返った観測室に沈む。オルキも、何も言えずに項垂れるしかない。

 既に二人にとっては、手に余る事態であった。

 

「……あの娘の言う通りになったな。報告していなければ、クビでは済まなかっただろう」

 

 こうして、問題の大きさが誰の目にも明らかになった。

 

 翌日。

 

 ダイラー星系列の動きは迅速だった。予定を急遽早めての、星裁執行者来星となった。

 

「星裁執行者、バード氏の来星だ。丁重にもてなすようにな」

「緊張しますね。そんな偉い方とお目にかかるのなんて初めてですよ」

「心配するな。俺もさ。まったく、こんな日が来なければよかったよ」

 

 メイナードは不謹慎も少しわくわくした、オルキはつくづくうんざりした気分で、二人は観測所の外に突っ立って、来星を待ち続けた。

 二人は、来星には軍用宇宙船が用いられるということを予め聞いていた。

 実は、直接離れた空間同士をゲート等で結ぶことも可能なのであるが、万一逆用されることを危惧して、「外地へ降りてくる」ときは通常、宇宙船を用いる決まりになっている。宇宙最凶の荒場であるウェルム帯を自然の要塞として機能させるため、内地と外地を直接結ぶ方法について、ダイラー星系列は一切を禁じていた。

 やがて、巨大な軍用宇宙船が、音もなく地上へ舞い降りてきた。

 人と多少の兵器を乗せて来るにしてはあまりに過剰な大きさに、二人はまず度肝を抜かれることになった。ダイラー星系列産であることを示す、「手を挙げる人のマーク」が目立つ位置にはっきりと描かれている。

 二人は、背筋を伸ばし、両の掌をしっかり広げて膝の前に晒した。手を下げることでへりくだり、かつ手の内には何も持っていないことを示す、ダイラー星系列における恭順や敬礼に当たる行為である。

 宇宙船のハッチが開く。

 まず降りて来たのは、ぴったりとしたスーツに身を包んだ女性だった。おそらく五名の補佐官の一人だろうと二人は見当をつける。

 実際その通りで、彼女に案内される形で、別の二人が姿を現した。一人は女性、一人は男性だった。

 その一人、真ん中を堂々と歩む男に、二人は背筋の凍るような錯覚を覚えた。

 強者特有の雰囲気があった。威圧感を肌で感じた。二人は思わず息を呑まされたのである。

 身綺麗な男だった。灰がかったシルバーへアをオールバックにまとめ、額縁眼鏡をかけている。

 予め写真で見せられていた、ブレイ・バードその人であった。

 ブレイは、礼の姿勢を取る二人に歩み寄ると、落ち着き払った声で言った。

 

「出迎えご苦労」

「はっ! 遠路はるばるお疲れ様でございます」

 

 オルキが代表で進み出て、頭を垂れた。ブレイは彼を一瞥し、素気無く返す。

 

「堅苦しい挨拶は結構。現状はどうなっている?」

「それが……今もってまったくわからない状態が続いておりまして」

「ふむ。一切の計器に反応しなくなった、ということだったか」

 

 オルキもメイナードも首を揃えて頷くと、ブレイは顎に手を添えて思案した。そして告げる。

 

「中へ案内したまえ。念のため私も直接見てみよう」

「はい。こちらです」

 

 二人の観測員にそそくさと案内され、ブレイたちはメイン観測室へ向かった。

 普段は雑然と散らかっている観測室も、執行者が来るとなれば、隅まで手入れが行き届いている。

 全ての計器を一つ一つチェックして、報告通り一切の反応がないことを確かめると、ブレイはしかめ面で頷いた。

 

「なるほど。何もわからないな」

「そうなんです。いかがいたしましょうか」

 

 再び顎を手に添えて思案するブレイ。今度はしばし考え込んでいた。

 畏敬の感情を抱きながら、オルキとメイナードが固唾を呑んで見守る。やがて彼は、眼鏡を指先でくい、と押し上げつつ、言った。

 

「現地へ向かうぞ。まずは制圧する」

 

 決断の一言に、彼をよく知る副官ランウィー・アペトリアは、困った顔色を浮かべた。

 

「内側から直接観察する、ということですか? 世界を覆う闇の性質さえわからない現状で、さすがに性急ではありませんか」

「かと言って、手をこまねいていても何もわからんよ。我々の至上命題は、早期原因究明と事態の解決だ。リスクは承知の上だとも」

「ええ。おっしゃることはよくわかります。しかし……」

「ふむ……ならば、アゴラ筆頭補佐官をこちらへ置いていこう。我々に不測の事態が生じた場合、すべての権限は一時的にアゴラ筆頭補佐官へ移譲する。それで構わないか」

「それならば」

「ではそのようにしよう。君も来い。ランウィー」

「はい。お供いたします」

 

 ブレイは、観測員両名の肩を叩いた。

 

「君たちはアゴラ筆頭補佐官の指揮の下、引き続き観測を続けたまえ。少しでも反応があれば、直ちに報告するように」

「「はっ!」」

 

 冷や汗をだらだら浮かべながら、二人の観測員は背筋を伸ばして頷いた。

 それからブレイは、補佐官の一人に向かって振り向いた。

 

「すぐに使うことになる。各種兵器の調子は万全か」

「はい。事前に調整済です」

「よろしい。小休憩の後、現地へ直接移動する。スコープを開けておけ」

「承知いたしました」

 

 指示された補佐官が、宇宙船の中へと戻り、すぐに目的地へのスコープオンを開始する。

 写し出した対象に向かって直接移動できるワープホールを生じさせる機能が、彼らの宇宙船にはある。

 宇宙船によって面倒で地道な移動をしなければならないのは、あくまで内地から外地へ移動する際の制限である。外地の間での移動において、瞬間移動等の使用に一切の制限はない。

 ワープホールは無から生じ、送り込める対象は、大小によらず自由自在である。それは山のように大きな兵器であっても例外ではない。

 

 バラギオンが、動き出した。

 

 宇宙船の上部ハッチが開き、外へ飛び出していく。それを見たメイナードが、腰を抜かしそうになる。

 

「ひええ……」

「物騒なもん持ち出してきたなあ」

 

 オルキも穏やかならぬ心境で、怪物兵器を見上げた。

 

「ありゃかなり本気ですね。あの白銀フォルム。最新型じゃないですか」

「バラギオンシリーズの先鋭――ギール=ヴェリダス=バラギオンか……。カタログでは見たことあるが、こうして実物を見たのは初めてだな」

 

 バラギオンシリーズは、辺境の星制圧に必要かつ十分な軍事力と、比較的安価に製造できることもあって、数千年もの間ほとんど変わらない形で運用され続けるロングセラーの人型兵器である。

 古の開発者たるギールの名を冠し、バージョンアップの度に、時代に合わせたマイナーチェンジを施しながら、ブランド名を変えて使われ続けてきた。

 最新型のヴェリダスは、人道的観点から、主砲『バルガン』から核反応誘発性を除去した仕様となっている。過去に数多の敵対星を死の星に変えてきた実績を持つ主砲であるが、一部から「あまりに非人道的ではないか」との批判が高まったための措置と言われている。

 

「おお。シェリングドーラもありますね」

 

 続いて飛び出してきたのは、戦車型の汎用万能兵器、シェリングドーラ。こちらもロングセラーシリーズだ。

 陸海空、拠点制圧から救護活動や炊事まで、すべてを一手にカバーする「ダイラー星系列の何でも屋さん」。図体のでかいバラギオンでは小回りの効かない部分があるので、その補助のために主に用いられる。

 バラギオンもシェリングドーラも、どちらも人型をモチーフとしている。兵器としてはまったくもって無意味な仕様なのであるが、ダイラー星系列はあえて人型にこだわって製造している。

 理由は単純。文明の遅れている世界にとっても、示威行為として、わかりやすい形をしているからである。

 どのような世界であっても、人がいる世界ならば、人型は理解できる。

 原始的な文明であれば、同じ人の形をした不可解な対象へ畏敬し、より進んだ文明であれば、完璧な人型兵器を操る技術力に畏怖することだろう。

 

 休憩の間に、滞りなく準備は進んだ。目的地はスコープに入り、すべての兵器は展開された。

 

「行くぞ」

 

 ブレイの合図から、ダイラー星系列の進撃が始まる。

 

 そして。

 

『諸君。我々は遥かなる宇宙からやってきた。我々はダイラー星系列である。突然だが、ここに宣言する。トレヴァーク全星は、我々の指揮下に置かせてもらう』

 

 トリグラーブ上空に、十二体のバラギオンが同時に現れた。


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