フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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171「シルバリオ、ブレイ執行官と会談する」

 魔獣襲撃という一悶着はあったものの、条約の締結は恙なく終わった。

 ダイラー星系列はトリグラーブ大使館を借り受け、これを改装して暫定政府官邸とした。外観こそ変わらないものの、様々な防御措置が施された元大使館は、世界で最も堅牢な基地へと変貌を遂げた。

 さて、まったく気の休まる暇もないシルバリオであったが、まだまだ命をすり減らすような時間は続きそうだった。

 副官ランウィーが彼に近付き、こう言ったのだ。

 

「本日後ほど、暫定政府官邸まで一人でお越し下さい。ブレイ執行官が直接お話ししたいと」

「ブレイ殿が?」

 

 自分が世界にとって重要な立場である自覚はあったが、個別に会談しようとまでは思っていなかったシルバリオは、面食らってしまった。

 受け答え次第では、世界が終わるかもしれない。

 並々ならぬ覚悟と緊張感をもって、大使館に臨んだ。

 尋ねた旨を告げると、ブレイの部下と思われる人物が出て来て、彼を案内する。

 大使館の中は、機械兵士たちが厳重に警護していた。シェリングドーラと呼ばれていた戦車型兵器が人の大きさ並に小型化したものも一緒になって哨戒している。

 案内されながら、シルバリオはダイラー式の礼儀作法について、最低限の教えを受けていた。

 やがて応接間の前に着くと、ドアが一人でに開いた。明らかに元々自動で開くタイプのドアではなかったはずだが、とシルバリオが首を傾げていると、部下がブレイを呼ぶ。

 

「ブレイ執行官。客人をお連れしました」

「来たか」

 

 白基調の礼装を綺麗に着飾ったブレイと、その隣に控えるランウィーが、立ち上がってシルバリオを出迎えた。

 予め教えられていた通り、シルバリオは両の掌をしかと広げて膝の前に差し出し、恭順の姿勢を示す。

 

「シルバリオ・アークスペインです」

「ブレイ・バードだ」

「ランウィー・アペトリアです」

 

 上位者の方は、何もせずただ名乗る。立場上格下の者と対する場面があまりに多いため、主に便利のため、ダイラー式では上位者の礼儀は省くか略式で良いとされている。

 

「わざわざ我々の礼儀に則ってもらってすまないな」

「いえ」

 

 何を言う。部下に教えさせたということは実質強制であろうが、とシルバリオは内心苦々しく思ったが、もちろん言わなかった。

 人型接待モードのシェリングドーラがやってきて、全員に飲み物を振る舞った。自然で柔らかな笑みを湛える女性の顔を張り付けているのみならず、全体的に女性を思わせる曲線美を備えた立ち姿。体表の色を擬態し、衣服までしっかりと着こなしている。

 知っている者でなければ、あの戦車と同じ兵器の別形態だとはわからないだろう。

 一流のメイドにも負けぬ見事な淹れっぷりで、給仕についても完璧なプログラムを仕込まれている。最安価の人型兵器ブランド『ウォーギス』と違って、無駄に色々できるのが何でも屋さんの由来である。内地では、人型接待モードの彼女はドーラさんだとかドーラちゃんだとか呼ばれて親しまれていたりするが、今は関係のない話である。

 シルバリオは、出された液体を見つめた。

 ほんのり薄青色がかった、綺麗な色合いの飲み物だ。

 一礼をしてから口を付ける。差し出された飲食物は早目に頂くのが礼儀であると聞いていた。

 初めは上品な苦味がしたが、舌を転がすうちに味が変化する。次第にほのかな甘味を感じ、喉を通る頃には爽やかな香りが鼻を抜けていった。

 旨い。不思議な味わいに目を見開くと、ブレイがにやりと笑った。

 

「面白い味わいだろう? ディクシルと言ってな。内地の――我々の支配領域のことだが――セデメアという星の特産なのだ。滋養強壮に優れた効用がある」

「いやはや。何とも素晴らしい」

「気に入ったのでしたら、お土産に一袋持たせましょう」

「はあ。ありがとうございます」

 

 シルバリオは丁重に礼をして、受け取っておくことにした。

 滋養強壮に優れているとなんでもないことのように言うが、一杯で自然回復力が大きく上昇し、一月飲めば大抵の病魔を退け、三月飲み続ければ失われた手足や光を失った目すら治るというとんでもない代物である。当然シルバリオは知る由もない。

 茶飲み話もそこそこに、ブレイは笑みを止めた。今は品定めをするようにシルバリオを見据えている。

 いよいよ本題かと覚悟を決めて、シルバリオから切り出した。

 

「ところで。私めにお話とは、どういうことでしょうか」

「なに。あの連中のうちでは、お前は多少見どころがあると思ってな」

「調べは付いております。裏事情に明るい方であるとか」

 

 ランウィーは世間話のように言ったが、彼女の余裕ある口ぶりだと、仔細にいたるまで把握されているだろうとシルバリオは推測した。

 短い時間ではあるが、シルバリオは彼らの手腕をよく観察していた。わずか一日足らずで世界を掌握し、情報収集も的確で素早いときている。

 そんな彼らが、ただ自分に世間一般の裏事情を聞きたいわけではないだろうと判断する。

 とするならば、目的は裏のさらに裏か。

 

「何やら、私の周りの特別な事情にご興味があると推察しますが」

 

 二人は一様にほう、と感心を示した。やはりこの男に話を伺って正解だったと思う。

 

「そこまでわかっていらっしゃるのでしたら、話は早いですね」

 

 ランウィーの言葉に、ブレイも頷く。

 

「私はな。腹の底を探り合うような会話は、あまり得意ではないのだ。直截に尋ねよう」

 

 一呼吸置いて、ブレイはキーワードを突く。

 

「フェバル、という言葉に聞き覚えはないか」

 

 二人の予想外にも、シルバリオは首を傾げた。聞いたことがなかったからだ。

 

「フェバル……というのは?」

「知らないのか。いや、微弱ながら、お前の心臓の辺りに星脈エネルギー反応が検出されたのでな」

「星脈エネルギーとは?」

 

 シルバリオも技を仕掛けた当の本人も預かり知らないことであるが、初対面時、彼が逃げられないよう心臓に打ち込んだ気力の楔に、わずかながらフェバルが持つ特有のエネルギーが混じっていた。

 その後、二人は信頼に足る関係となり、技自体の効果はとっくに切れていたのであるが、わずかに痕跡が認められたのである。

 ダイラー星系列を支配する者は三種の超越者――フェバル、星級生命体、異常生命体――であるが、治安を脅かす者もまた同じ超越者。

 潜在的脅威であるフェバルを特定する技術に秀でた彼らが、見逃すはずもなかった。

 ましてや辺境における三種の超越者は絶対数が少なく、世界へ及ぼす影響力は絶対的である。『事態』に何らかの関わりがあるのではと見るのは、決して邪推ではないだろう。

 

「では質問を変えよう。異常に強い人物か、あるいは不思議な力を持つ人物に直接出会わなかったか」

「それは……」

 

 シルバリオは、今度は口ごもってしまう。ユウのことだと思い至ったのだ。

 彼は考える。ユウはおそらく、彼らの言う『事態』と大いに関係があったのではないか。

 彼らは物腰こそ丁寧であるが、その実我々など歯牙にもかけず、目的のためなら強引な手段も辞さないことは今までのやりとりで十分承知している。

 ラナクリムのモンスターが現れた。問題の原因は、ややもすると彼が話していたラナソールという夢想の世界にあるかもしれないと思う。

 ユウは生前言っていた。二つの世界を守りたいのだと。

 シルバリオは恐れる。目の前の人物たちは、強硬なやり方でユウの想いを軽々と踏みにじりはしまいかと。

 彼らが二つの世界をどうするつもりなのか。態度がはっきりするまでは黙っていた方が良いだろう。

 二人はしばらく見守っていたが、シルバリオは一向に口を開かなかった。彼の義理が、圧倒的侵略者を前にしても、容易に口を滑らせることを許さなかったのである。

 

「なるほど。心当たりはあるが、言えないと」

「脅されている、というわけでもなさそうですね」

 

 ブレイの眉間がわずかに険しくなる。

 心象を悪くしただろうか。殺されるかもしれないと、シルバリオは恐怖に心を震わせながら、それでも沈黙を貫く。

 意外にも、ブレイはあっさりした態度だった。

 

「まあ良い。言わんのなら言わんなりの手はある」

 

 シルバリオは覚悟を決める。

 自分も裏の人間の端くれ。いかに脅されようとも屈しまいと。

 そんな考えを見透かしたかのように、ブレイは言った。

 

「お前が考えているような野蛮なことはしないさ――S-0002」

 

 再び現れたのは、ディクシルを皆に振舞ったシェリングドーラの一体だった。彼女はシルバリオの前に立ち止まり、じっと彼の顔を見つめた。

 先と違い、まったくの無表情である。不気味さが際立って、シルバリオは気圧されてしまった。

 こいつを使って何かするつもりなのか。

 身構えるものの、ただ気味悪く見つめ続けられるだけで、特に何かをされる気配はない。

 尋ねたいところだったが、ブレイが鋭く睨みを利かせているために、喉から声が出て来なかった。

 時々ドーラからは電子音が鳴っているが、どのような処理がなされているのか、彼には見当も付かない。

 数分ほど緊迫した対面が続き、ドーラはぺこりと頭を下げてランウィーの後ろに控えた。

 ブレイは沈黙を解き、再びにやりと笑う。

 

「シルバリオ殿。情報提供感謝する」

「は!?」

 

 何を言われたのかわからなかった。彼は黙っていたのだ。ずっと。

 ランウィーがにこりと微笑んで彼に教えた。

 

「あなたの記憶領域を解析させてもらいました。必要な情報だけ取り出したら残りのデータはきちんと処分しますので、ご心配なく」

「なっ!? まっ!」

 

 待って下さいと言う前に、ブレイが芝居がかった調子で手を叩く。

 

「客人のお帰りだ。S-0003、手土産を持たせて丁重に帰せ」

 

 記憶解析した個体とは別のドーラがやってきて、ぺこりと頭を下げる。

 嫌がるシルバリオを、機械の剛腕でもって無理やり引っ張っていく。

 こちらだけ一方的に差し出して、何も情報を得られぬまま帰るわけにはいかないと、彼は必死に食い下がった。

 

「お待ち下さい! 『事態』とは何ですか! あなた方は、この世界をどうされるおつもりですか!?」

「お前たち外人(げにん)の知るところではない」

 

 ブレイは無下に言い放った。

 ここで言う外人(げにん)とは、内地の外で生まれ暮らす文明の遅れた人間を差す。はっきりと差別用語であった。

 ランウィーも憐れむように目を細める。

 

「残念でしたね。ブレイ執政官の不興を買ってしまいました。あなたがもう少し協力的でしたら、有意義な会になりましたのに」

 

 取り付く島もない。抵抗空しく、シルバリオは大使館の外へ引きずり出された。

 最後にディクシルの青い茶葉が入った袋が一つ放り投げられて、彼の頬を冷たく叩いた。


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