フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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173「ユウ VS 機械兵器包囲網 1」

 パーサが占拠された後、どうにかしてトリグラーブのみんなと連絡が付かないか頭を悩ませていた。

 残念ながら電話は使えない。自分のは壊れてしまったし、だったら人に借りようと思ってイオリに電話を借りてみたけど、ダメだった。

 原因不明の大規模な電波障害が起きていて、無線電子機器はほとんど使い物にならなかったのだ。ラナソールと繋がる穴が開くほどそこらにエネルギーが迸っているから、もしかしたらそれが原因だろう。

 危険ではあるけれど……やっぱりトリグラーブまで行くしかないか。ずっとパーサに留まっていてもやれることがない。

 俺がいなくなったとしても、イオリたちの身の安全はしばらくは心配しなくていいだろう。ダイラー星系列は恐ろしいけれど、兵器の強さに関しては信頼できる。

 ルートはどうするか。街道は警備が厳しいから、山中を進み迂回して行くしかないか。

 町を出る時間帯は夜がいいかな。奴らの目を誤魔化すのにどれほど効果があるかわからないけれど。

 山中を進むとなれば、しばらくはサバイバルになる。最後の夕食はたっぷり味わっておいた。

 イオリたちに別れを告げる。彼女は楽しかったと名残惜しそうに言ってくれた。また、気を付けてとも心配してくれた。どうも俺がこっそり町を出ることに感づいていて、黙って見送ってくれるようだ。ありがたかった。

 その上、食べ物と水をいくらか恵んでもらった。お金がすべて消し飛んでしまったから何も買えなかったんだ。助かったよ。

 パトロールをする機械兵士の隙間を縫って、俺の姿が認識されないようにパーサを出た。

 途中まではよかった。確実に見つからなかったと断言できる。

 

 ところが。しばらく進んでいくと、どうしようもないものに出くわしてしまった。

 

「あっ!?」

 

 壁だ。何もないところに透明な障壁が垂直に張られている。

 なぜわかったかというと、あえて人の目に見えるようにか、ガラス様の光沢が付いていた。

 高さはどれほどかわからない。少なくとも見上げた視界の先までは続いているようだ。

 ここから先は通さんぞということか。まいったな。

 よじ登っていくのは現実的ではないだろう。いつ空を巡回するバラギオンに見つかるかわかったものじゃない。あれに見つかったら確実に殺される。

 ならどうする。《パストライヴ》で通過できるのか?

 ダイラー星系列が転移技術を想定していれば、確実にプロテクトをかけているだろう。ただ、この星の技術が精々現代地球レベルであることを考えると、わざわざ対策をしていない可能性もある。

 最悪は、接触対象を分子レベルで分解してしまうような凶悪なプロテクトをかけていることだけど……。

 軽く確かめてみよう。

 足元に転がっていた小石を拾って、障壁に向かって投げつけてみる。

 

 炸裂音と光が奔り、小石は跡形もなく消えてしまった。

 

 ……《パストライヴ》を使うのはやめておこう。失敗したときのリスクが怖過ぎる。

 

 どうしよう。本当に困った。徹底的に対策がされているじゃないか。アリ一匹抜け出す隙間もない。

 その場で唸りながら考えたが、結局通れないという結論は変わらなかった。

 となると……色々と怖いけど、正攻法で行くしかないのか? ダイラー星系列の通行許可証があれば、通ることができるとは言っていたけど。

 正直取りたくはない手段だ。確実に個人情報を把握されるし、動向も掴まれてしまう。そもそもフェバルである俺がフェバルを熟知する彼らと接触して何もバレないということがあるだろうか? 俺は楽観的過ぎると思う。

 どうやってまでかは想像も付かないけど、彼らは間違いなくフェバル対策はしているはずだ。接触するなら相応の覚悟が要る。

 などと考えているうちに、何かが後ろから近づいてくる気配を感じた。

 なんだ。何が来た。

 近くの岩陰に飛び込んで、覗き見る。

 目を見張った。

 

 機械戦車!?

 

 一、ニ……五両ほどが同時に向かってくる。明らかにこちらへ向かっている。何かがいるとわかっている動きだ。どうして。

 はっとする。まさか。

 この馬鹿でかい壁自体に監視機能が付いているのか!? 近くにいるか小石の接触程度で何かがいると判定したのだとしたら。

 しまった。警戒していたつもりでも浅かった! 逃げないと!

 でも、逃げられるのか?

 センサーか何かを使ったか、既に機械戦車たちはこちらの位置を把握している。見る間に、あちこちの方角から追加の機械戦車が飛び出してきた。

 その数、実に214。能力で正確に数えられてしまうのが恨めしい。

 それらは徒党を組んで、俺を壁際から逃がさぬよう包囲網を形成しようとしていた。

 焦りながら、疑問に思う。ただの人間に200以上も戦車をけしかけるものかと。

 おそらく、バレている。捕まったらろくなことにならない。

 ディース=クライツを『心の世界』から取り出して、すぐにフルスロットルをかけた。

 包囲網はまだ完成しきっていない。どこか一点に集中して抜けるしかない。

 直ちにフライトモードに変形させる。特別にチューンナップされた怪物マシンは、自操縦者に何らの慣性や空気抵抗を与えず、秒レベルの加速時間でマッハを超える速度を生み出した。

 さしもの追跡者もこれほどの急加速は想定外だったようで、包囲が薄い方角の上空を低空飛行で抜けた。大砲を向けて地から睨む機械戦車たちを、ことごとく置き去りにしていく。

 だけど、安心する暇はまったくなかった。

 機械戦車たちが次々と変形していく。人を模した上半身を器用に畳み、側面からは鋼の翼が生えてくる。

 ちょっと待ってくれ。あいつらも変形するのかよ!

 陸を刈る重厚戦車は、気が付けばシャープな戦闘航空機へと姿を変えていた。そして、再び容赦なく追い縋ってくる。

 しかも速い。マッハを軽く置き去りにするディース=クライツでさえ、ほんの少しでも速度を緩めたらすぐにでも追いつかれそうだ。

 雨あられと砲撃が放たれる。撃ち落とす気満々だ。

 エルンティアの粋を注いだ高性能AIを搭載するディース=クライツは、より未来の先進文明とはいえ、量産型のAIには負けていなかった。砲撃の軌道のすべてを即時計算し、滅茶苦茶な運転軌道ながらもすれすれのところでかわしてみせる。衝撃を殺す機能が付いていなければ脳震盪になるところだが、今のところは問題ない。

 とは言え、さすがに一面を焼き尽くすような広範囲射撃を食らってしまえばひとたまりもない。おそらくあの機械戦車には、やる気であれば数の暴力でそんな芸当もできるのではないかと俺は見ていた。

 なのになぜちまちまとただの散発砲撃を続けているのか。

 俺が逃げている方向の延長線上には、パーサがあるからだ。彼らは表向き現地人の保護を掲げており、理由なく一般市民を殺めることはやりにくい。

 俺は今のところただ逃げているだけで、何らの損害も与えていない。おそらく彼らの基準でも、一般市民を巻き込んでまで攻撃するには理由が弱いのだろうと推測する。

 普通の人を人質に取るようで苦しいけど、手段は選べなかった。

 だがどうする。結局はただ逃げているだけだ。周りを障壁に囲まれて、囚われたかごで追いかけっこを続けていても、いずれは捕まるのが自明の理。

 そして、敵は逃げ道を考える暇も与えてはくれない。

 俺は追い立てられ、誘導されていた。ディース=クライツが向かう先には、白銀のフォルムをまとう死神が一体。悠然と立ちはだかっている。

 

 バラギオン……!

 

 そいつは、パーサに背を向けた位置に構えている。

 身が凍る。

 つまり、容赦のない攻撃が可能ということで――。

 

 肩に取り付けられた副砲に、光が収束していく。主砲を撃つまでもないということか。それとも被害範囲を気にしたか。どちらにしても関係ない。

 大気が震えるほどのエネルギーが、砲身の奥から満ちていき――。

 

 まずい。死ぬ! あんなの食らったら確実に死ぬ! 助かるわけが――!

 

 目前に突きつけられた死の宣告に、パニックになりかけながら生き残るための方策を考える。

 答えは決まっている。

 

 ――使うしかない。『切り札』を。

 

 まずは背後を取る。俺の方がパーサに近ければ、人を巻き込むことはない。

 

《マインドバースト》

 

 出し惜しみをするな。死ぬ気でやらないと生き残れない。後のことは考えるな。

 出力を最大限に引き上げ、《パストライヴ》の効果を限界まで上げてから瞬間移動する。バラギオンのさらに背後を取った。

 バラギオンは振り返る。やはりパーサが射程に入ったからか、バラギオンは町を巻き込みかねない副砲の発射をキャンセルし、代わりに禍々しい色のオーラブレードを抜き放った。

 巨体に似合わぬ恐ろしい早業だ。

 俺が最速で気剣を創り出してさえ、タイミングが互角。

 このままやれば、あと一瞬の後、俺はディース=クライツごと全身を蒸発させられるだろう。あのクリスタルドラゴンのように。

 だが、そうはいかない。

『心の世界』の力を全開にする。気剣にありったけの力を注ぎ込む。刀身は目も覚めるほどの青白色に変じる。

 

《センクレイズ》

 

 天が割れるほどの凄まじい剣閃が放たれた。音のレベルなど比較にならない圧倒的な速度で、一切の容赦もなく、一直線に目標へ届く。

 目標を貫いても、威力はなお留まることを知らない。地は穿たれ、引き裂かれ、障壁は容易く砕かれた。剣閃は遥か遠く山々まで及び、無慈悲に断ち斬り、地の果てまでを一文字になぞって消えていった。

 そして――バラギオンは、おそらく何が起こったかもわからぬまま真っ二つに斬られていた。

 やがて重力が本来の仕事を思い出したように、物言わぬ金属の塊となったバラギオンは地へ堕ちていく。

 

 倒したか。

 

 大きく肩で肩をしながら、呼吸を整える。ダメージは……大丈夫。まだ普通に動けそうだ。

 

 一撃。圧勝と言ってもいい。

 

 だけど素直に喜べない。むしろ悔しかった。

 これを使えば、倒せることはわかっていた。

 もう「使わされてしまった」。勿体ないなんて言ってられなかった自分の弱さが悔しい。

 できれば、ヴィッターヴァイツと対決するときに残しておきたかった。

 

 何をしたのか。簡単に言うとズルをした。

 種は簡単だ。

 俺では、普通にやっていては絶対にバラギオンに勝てない。そもそも俺はこの世界で剣閃を飛ばすほどの力がない。

 

 だからあれは、俺の《センクレイズ》じゃない。

 

 ジルフさんの《センクレイズ》――オリジナルの剣閃だ。

 

《アシミレート》で吸収しておいたものを、今《ディスチャージ》で撃ち出した。それだけのことだ。

 技は吸収時より放出時の方が遥かに負担が少ない。

 だから、あらかじめ強力な技を仕込んでおけば、いざというとき武器として使えるのではないかと考えた。

 もちろん欠点はある。威力が大き過ぎて、人のいるところでは絶対に使えない。そのデメリットを差し引いても、強力な武器となるはずだった。

 そこで俺はラナソールであらかじめ、フェバルのみんなに協力してもらってフェバル級の攻撃技を仕込んでもらっていた。

 言うのは簡単だけど、実際にやるのはきつかった。強力な技を吸収するため、『心の世界』を通じて凄まじいダメージを食らうことになるからだ。

 当然、みんなには反対された。だけど、ヴィッターヴァイツに手も足も出なかったときに覚悟は決まっていた。

 レンクスの「強い攻撃」が一発、ジルフさんの《センクレイズ》が二発、エーナさんの光魔法《ルラーザイン》と風魔法《バルシエル》が一発ずつ。

 計五発。それが俺が受け止められる容量の限界だった。

 たった五発でも、死ぬほど苦しかった。一日一発ずつ、レンクスとジルフさんの付き添いの元、全身をズタズタにされて死にかけては回復させてもらって、無理やり吸収して詰め込んだ『切り札』だ。

 その貴重な一発を、もう「使わされてしまった」。

 あと四発。この先まだまだ厳しい戦いは続くのに、こんな調子で使っていたらすぐに尽きてしまうだろう。

 そうなれば、俺がフェバル級に対抗する術はなくなってしまう。

 

 今回は仕方なかったけど、なるべく使わずに済むように立ち回らないとな。

 差し当たって命は拾ったけど、休んでいる暇はない。

 大ボスたるバラギオンは仕留めたものの、取り巻きの機械戦車もとい戦闘機はいくらか巻き込んだだけで、大半は健在だ。それに呆けているとバラギオンのおかわりが来るかもしれない。

 確か、新聞によれば十二体もいるはずだ。追加を相手にするなんて冗談じゃなかった。

 幸いにして、《センクレイズ》の余波で障壁の一部は砕けている。今ならパーサ付近のエリアから脱出できるはずだ。

 

 俺はすぐさまディース=クライツを反転させ、最高速度で剣閃跡の上空を飛ばしていった。

 砕けた障壁の隙間を抜け出してから、やや遅れて戦闘機たちも飛び出してくる。

 先ほどよりも条件は良い。距離は稼げている。

 これなら一斉の広範囲射撃で潰されることもないだろうけど、上手く撒けるか。

 命がけのフライトは、まだまだ続きそうだった。


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