「な、ななな、はわわわわわわわわわ!?」
あまりのことに、僕はユウさんへの心配も放り出してパニックになっていた。
だだだだって、え!? どうして!? なんで僕のキャラクターが目の前に立ってるの!?
声が裏返るほどびっくりして大声を上げていたら、その彼に口を塞がれてしまった。
「むぐっ!?」
「落ち着けって。みんな見てるだろうが」
言われて周りに目を向けると、確かにめっちゃ見られてた。恥ずかしくなったので押し黙ると、彼も口から手を離してくれた。
でもあなただって最初は一緒になって驚いてたじゃないですか。それにどう考えたってあなたの格好が既に注目の的だと思うんですけど……。
文句を言いたくなったのをどうにかこらえて、大問題の人物を見つめる。
うーん。どう見ても僕がラナクリムで使ってるキャラクターにしか見えないんだよなあ……。装備も一緒だし。ってもう普通に考えられる辺り、だいぶユウさんに毒されてるかもしれないなあ。
万が一間違ってたら失礼かなと思いつつ、恐る恐る小声で尋ねることにした。
「ランドさん……ですよね?」
「おう。なんで俺の名前知ってんだよ」
やっぱりかあ。そりゃ僕の作ったキャラクターそのまんまですから、とはさすがに言えないよね。
「そりゃあもう(僕の中では)有名ですから」
「へーえ! そうか、俺の冒険者としての勇名はこんなところまで轟いていたってわけか!」
やけにわざとらしくランドさんはおどけてみせた。
まさか自分のキャラにさん付けする日が来るなんて、変な感じだ。でも目の前にいるし。
僕はとりあえずこの人に合わせてへらへらと愛想笑いしてる。
するともう彼はおどけるのをやめて、真面目な顔でこっちを睨んでいた。
「とでも言うと思ったか? いくら能天気な俺でも、そこまで馬鹿じゃねーよ」
「あはは……」
笑うしかない。どうしよう。さっぱりわからないや。どうなってるんですかこの状況。
思ったままつい口に出てしまった。
「何がどうなってるんです?」
「そんなのこっちが聞きてえよ」
お手上げした彼も、わけがわからず困っているみたいだ。
「ま、いいや。とにかくあんたは俺のことを知ってるんだよな?」
「はい。まあ」
「俺もだぜ。不思議とあんたのことは見覚えがあるんだよな。夢でだけどよ。それでつい声上げちまったんだ」
「そうなんですか」
夢か。ってことはもしかして、ユウさんがやってきたって言ってた場所――ラナソールの人なのかな? 目の前の実物を見てしまうと、ラナクリムそっくりな世界の存在をいよいよ信じるしかない気分になってくる。
「けど名前までは知らねえな」
「僕、リクです。コウヨウ リク」
「リクか。中々いい名前だな!」
「ありがとうございます」
「あんたはもう知ってるみたいだけど、一応改めて名乗っとくか。ランド・サンダインだ」
うーんなるほど。氏の方までばっちり一緒ですか。
ふと周りを見ると、野次馬で人だかりまでできていた。
ですよねー。やっぱりコテコテの冒険者の格好なんて悪目立ちし過ぎると思うんですよね。それに剣持ってるのによく捕まらなかったなあって。あまりに「らしい」から、まだコスプレだと思われてるんだろうなあきっと。運がよかった。
この人見てると他人の気がしないし。そうすると、捕まらないうちにかくまった方がいいかな。ユウさんが無事戻ってきたら相談もできるし。
そんなことを考えて、提案してみた。
「立ち話もなんですし、見られてますから。とりあえず家来ます?」
「おう、そうだな。助かるぜ」
じろじろ見られてばつが悪そうにしていた彼も、二もなく頷いてくれた。
とりあえず僕の家まで連れて来てしまった。ついでにお腹が減ってるということなので簡単にご飯を振る舞ったら、とても喜んでもらえた。
「ふう! 食った食った! 生き返ったぜ! サンキューな!」
「いえ。そんなに喜んでもらえるなら、作った甲斐がありましたよ」
ユウさんに手軽で美味しいご飯の作り方教わっておいてよかったな。あの人プロ並みに上手いもんなあ。
からっとした明るい笑顔でお腹をさする彼を見ていると、言動や性格まで僕がゲーム上で無理に演じているキャラそっくりだなあと感じる。小さなことでくよくよ悩んでしまう本当の僕が望んでも、絶対になれない姿。
羨望と興味を持って見つめていると、彼に感付かれてしまった。
「どうした? またそんな辛気臭い顔してよ」
「いえ。何でもないです」
「そうか? ならいつもとは言わねえけど、もう少し笑っとけ。な。幸せが逃げちまうぜ」
「あはは。そうですね」
裏のない笑顔を向ける彼に、また僕は乾いた笑みを返すことしかできない。
「っとそうだった、こんな呑気に話してる場合じゃねえんだ。シルを探さねえと」
「探してる人がいるんですか?」
「そうなんだよ。俺のパートナーで、シルヴィア・クラウディって言うんだが」
「えっ、シルヴィアさんが!?」
「あんた、シルヴィアのことも知ってんのか!?」
驚いてつい反応してしまったけど、僕の知ってるシルヴィアさんは誰かが演じてるゲーム上のキャラクターだからなあ。たぶんこの人が言ってるのは「ラナソールの」シルヴィアさんなんだろう。
とりあえず素直に答える。
「はい。と言っても、たぶん違うシルヴィアさんで」
「どういうこった」
「ラナソールじゃなくてラナクリム――というゲーム上のプレイヤーとしてのシルヴィアさんなら知ってますけど」
「は?」
何言ってんだこいつって目を向けられた。思えば僕も最初ユウさんにこんな目を向けちゃったかもしれない。逆になってみるとつらいなあ。
「ゲーム? プレイヤー? ゲームってカードゲームとかのことか? ラナクリム? って、あのポスターに描いてあるやつのことだよな?」
頭に?マークをいっぱい浮かべてるランドさんに、どこから話したもんかなと頭を悩ませていると、
「ついでによ。さっきから気になってたんだけど、あれってレオンだろ? あいつはここでも有名なのか?」
「えーと。あれは……」
ポスターの中央にでかでかと描かれている剣麗レオンを指して言われた。
看板キャラクターだからそりゃ有名なんですけど、また違うレオンのような気がするなあ。微妙に噛み合ってないというか。
うーん。こうなったら直接見せた方が早いかな。でも「自分」が操られてるのを見たら、ランドさんはどう思うんだろう。
僕だったら怖いな。寒気がするな……。
心配で胃が痛くなりそうだったけれど、とりあえず話さなきゃ逃がしてくれそうもない空気だし……。仕方なく話を進めることにした。
「ちょっと待って下さい。今からそのラナクリムをお見せしますから」
「よくわかんねえけど、そいつを見たらわかんのか?」
「たぶん」
これまでの様子を見てると、この人はあまり難しいことを考えるのは得意じゃない感じだ。そんなところまで再現しなくてもいいのにな。
PCの前に案内して、電源を付ける。映像が表示された瞬間、ランドさんが少年のように目を輝かせた。
「おおー! これ、映像機ってやつだろ? フェルノートでも高級品だってのに、よく持ってんな」
フェルノートってところは知りませんけど、それよりかもっと色々できるやつですよ。ネットとかゲームとか。
細かいところには触れずに答えた。
「ここだと普通の人でも買える値段なんですよ」
「そっかー。まあ色々と常識が違うっぽいしな」
スタートアップが落ち着いてから、ラナクリムのアイコンを選択。ゲーム画面が起動し――あれ?
「あれ、おかしいな」
「どうしたよ」
「ゲームが始まらないんです」
「ゲームって、言ってたラナクリムってやつのことか?」
「はい。今までこんなことはなかったんですけど」
メンテナンスになったことはあるけど、その場合は起動画面にメンテナンス情報が表示されるはずだ。ゲーム自体が起動しないなんてことはこれまでなかった。
おかしいよ。何が起こってるんだろう。あのひどいテロ事件でサーバーが巻き込まれちゃったとか? でもトレインソフトウェア自体は今日のテロに巻き込まれたわけじゃないし……。
わからないや。とにかく、これじゃランドさんにわかりやすく説明してあげることはできない。弱ったなあ。
「すみません。見せたかったものがあったんですけど、無理みたいです」
「んー、しょうがねえな。始まらないって言うんじゃなあ」
素直に引き下がってくれたのはありがたかった。
「申し訳ないんですけど、先にランドさんの事情を話してもらえませんか? もしかしたら僕にも何かわかるかもしれませんし」
「そうだな。あんたは悪いヤツじゃなさそうだし、いいぜ」
ランドさんからこれまでの経緯を聞いた。
やっぱり僕の予想通り、ラナソールという世界で冒険者をやってたみたいだ。
――なるほどね。聞けば聞くほど、僕のキャラである「ランド」と状況がそっくりだ。
確か「ランド」は、「シルヴィアさん」と「名もなき荒野」という最先端マップに挑んでいる途中だったはずだ。「シルヴィアさん」が忙しくなったので、ここしばらくは放置気味だったんだけど。
そして、僕たちに共通する関係も見つかった。
「ユウさんを知ってるんですか!?」
「知ってるも何も。俺にとっちゃ気の良い仲間で、師匠で、まあ恩人みたいなもんさ」
「そうなんですね。僕にとってもユウさんは大事な友達で――ちょっとした人生の師匠みたいなもんですけど」
ユウさんもラナソールからちょくちょく来てるんですよという話をしたら、ランドさんはすごくびっくりしていた。
「マジかよ! ユウさんもうこっち来慣れてんのかよ! パねえな!」
「俺たちが初めてだと思ったけど、そうじゃなかったのか。さすがだなあ」とわかりやすく悔しがったり、嬉しがったりしている。第一達成者でなかったことは悔しいけど、知ってる人がよく来てて会えるかもしれないことが嬉しいんだろうな。
「いつからだ?」
「結構前ですよ。もう二年くらい前から頻繁に」
「二年前って言うと……わかった! あのときだな。俺たちを庇って穴に飲み込まれて……どこ行ってたのか気になってたんだ。そうかあれでも行けたのか」
「どうでしょう。危なかったんじゃないですかね。初めて来たときのユウさん、すごくひやっとしてましたから。あの人、色々と規格外ですし」
「あーわかる」
二人で最も意見が合った瞬間だった。
まあそれを言うと、あなたも大概おかしいんですけどね……。
ユウさんによれば、ラナソールは「夢想の世界」なんだって。本来ランドさんはここにいるはずのない存在なんだ。
ユウさんが来たらぜひとも相談したいところだけど……。
「どうやってこっち来てるんだ? ユウさんは」
「それが……何の前触れもなくいきなり僕の目の前に現れたりするんですよね」
正直心臓に悪いから止めて欲しいところです。本当。
「いきなりか……」
考え込むランドさん。何か心当たりがあるのかな?
「で、帰りは?」
「いつの間にかいなくなってたり、たまに僕の手を握って――」
「あー!」
ランドさんは合点がいったと手を叩いた。
「そうか! そうか! ユウさんが俺の手を握って……そういうことか!」
ランドさんは満面の笑みで、ユウさんが彼の手を握ってはどこかへ消えていることを語った。もしかしたら、彼のところから僕のところへ来てるんじゃないかって。
そうかもしれない。偶然にしては話が出来過ぎているし、僕と「ランド」の切っても切れない繋がりを考えるなら、自然ではある。
「まさかそんな移動手段があるなんてなー。ん、でもどうして俺とあんたなんだ?」
「なんででしょう」
考えてみよう。ユウさんはなんて言ってた。僕は今まで何を聞いてきた?
ユウさんは、繋がりという言葉をよく使っていた。繋がりを利用してこっちへ来てるんだって。
その繋がりはたぶん、僕とランドさんのことだ。
夢想病は、ラナソールとの繋がりが切れてしまうことで罹るんだとも言ってた。
具体的に何とまでは言ってなかった。言ってもわからないか、信じてもらえないと思われたんだろう。
でも何の繋がりか。今ならわかる気がする。
「向こうの人」との繋がりだ。きっと。
ということは、もしかして。この人は――!
ある一つの答えが浮かんだとき。心にすとんと落ちた。
きっとそうだ。僕は確信していた。
でもさすがに本人の目の前で、そんな残酷なことは聞けなかったんだ。
あなたは、僕の夢ですか? って。