フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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181「赤髪の少女、ラナソールへ 1」

[ミッターフレーション同日 惑星トーラロック]

 

「……始まった!」

 

 いずれ世界が壊れる決定的な何かが起こるのだと、赤髪の少女は知っている。

 だがそれが正確にいつであり、詳細に何が起きるのかまでは彼女は知らない。

 

 ぶつかり合う二つの巨大な力を感じて、彼女は身震いした。直接的にせよ間接的にせよ、幾度となく自分の命を脅かしてきた恐怖が嫌でも蘇ってきたからだ。

 

 黒の力。あらゆる負の想いを源にする、最も強くて哀しい力。

 

 一つはウィルお兄さんだ。ウィルお兄さんの力が暴走してる。何が起きてるの?

 

 そしてもう一つは……黒のユウさん!?

 

 彼女は混乱する。あのとき、ユウくんにすべてを託して消えたはずじゃ……?

 

 そっか。あれは彼の力の残滓。一度は託した力を使ってまで。

 彼女は理解した。今このときがそれほどの重大局面なのだと。

 とても手出しできるレベルじゃない。見守るしかないまま戦いは進行していき、やがて、

 

「あ……あ……」

 

 それが現れたとき、彼女はその場で崩れ落ちないようにするのがやっとだった。両腕で震える身体を抱きすくめる。

 

 アル。始まりのフェバル……!

 

 彼女にとってもすべての始まりにして、長い旅のきっかけとなった人物。

 

 どうして。まだ復活は先のはずなのに。このままじゃ……!

 

 黒のユウさんが存在のすべてを賭けてまで残してくれた時間が、失われてしまう!

 

【運命】に直接対抗できる者は、星々や星脈の理を外れた『異常者』――あたしたちだけ。

 今はまだ少ない。まだ足りない。

 人も。時間も。力も。

 この「絶望の時代」に、アルが完全な形であたしたちの宇宙に再臨するようなことがあれば。

 本物の黒のユウさんがいない今、彼を止められる者はいない。

 ユウくんたちがこれまで繋いでくれた希望が。これから長い時間をかけて守り育てていくはずの未来が。

 あたしだけじゃない。すべての可能性が、生まれ育つ前に消されてしまう!

 

 黒のユウさんは全部わかっていて、またすべてを賭けて止めようとしているんだ。

 あたしも何か手伝わなくちゃ。絶対に止めなくちゃ。彼の復活だけは……!

 

 彼女はこの場において、最優先に為すべき自分の使命を理解する。

 

 でも、何をすれば良いの。

 

 さすがに今のユウくんよりは強いとしても、フェバル級――しかもトップレベルの戦いに介入するのは自殺行為。アルのことは黒のユウさんに任せるしかない。

 

 迷っているうちに、事態は進展していく。

 

 ラナソールは、壊れようとしていた。

 

 世界の理が乱れた……? 今なら――飛べる!

 

 必死だった。無鉄砲だった。向かった後のことはあまり考えていなかった。

 実質彼女にしか操れない最高難度の術式魔法を展開し、星間移動魔法を行使する。

 

 光に包まれて現れた彼女の目に映ったのは、今まさに崩れゆく白麗の城と、

 

「げ。やば」

 

 よりによって最も会いたくない人物の一人――ヴィッターヴァイツが高笑いしているところだった。

 突如として現れた気配に、彼も笑いを止めて振り向く。

 

「ん、貴様……」

「マジ勘弁っての!」

 

《ファル=ゼロ=ブレイズ》

 

 フェバル級との戦いで、戦おうと思ってから構えて動くのでは遅過ぎる。

 数瞬も猶予を与えれば、身体能力で圧倒する彼らは容易く命を奪ってしまうことだろう。

 彼女なりに対策はしていた。

 術式魔法のプログラムを利用する。

 敵と認識しただけで自動発動するように予め設定しておいた風の大砲が、即座に撃ち放たれた。

 この時代においては超上位すら超える禁位魔法にも匹敵する威力であるが、フェバル相手に殺傷力はないに等しい。ただし、名の通り発動から命中までタイムゼロにも等しい速射性と、強烈なノックバック性能に関しては特筆すべきものがあった。

 完全に不意打ちを食らう形になったヴィッターヴァイツは、さすがに避けること叶わずもろに吹っ飛ばされた。

 それだけならば、彼女の死をほんの少し先延ばしにするだけの行為に過ぎなかっただろう。

 だが、吹っ飛ばされた彼の先には、空間に闇の穴が開いていた。

 彼女は周囲の環境を即座に理解し、利用してみせたのである。

 ヴィッターヴァイツは穴に落ちていく。有頂天から一瞬で突き落とされた彼は、完全にぶちキレていた。

 

「貴様ぁ! またかぁ! いつも良いところで邪魔しやがって!」

「はいはいさようなら~」

「絶対にただでは死なさんぞ! 覚えていろよぉぉぉ……!」

 

 よほど感情を逆撫でされたのだろう。らしくない叫び声とともに、彼は闇へと吸い込まれて消えていった。

 

「ばーか。もう二度と会いたくないわ」

 

 捨て台詞を吐いた彼女も、まったく余裕はない。彼の圧倒的な気に当てられて、全身冷や汗を掻いていた。

 気配も完全に消えてから、ようやく一息胸を撫で下ろす。

 毎度のことながら、フェバル級と渡り合うのは一瞬一瞬が命賭けである。

 

 彼女はとりあえず周囲を見渡した。

 ラナソールはいたるところに時空の穴が開き、世界はバラバラのパーツに分かたれようとしている。無事な場所を探す方が難しい状態だった。

 

 なんてひどい……。

 

 胸を痛めながらも、彼女は自分に何かできることはないか探す。

 

 そうだ。ユウくんは……。

 

 もし見つけても、今は会うわけにはいかないけれど。

 とりあえず気を探ろうとしたとき、

 

「またお前か」

 

 背後から彼女のよく知る声がかかってきた。

 

「ウィルお兄さん!」

「おに……その呼び方はやめろ」

 

 ばつが悪くて顔を背けた彼を、彼女は笑顔と共に視線で追いかける。

 

「あ、もういつものお兄さんですね」

 

 目つきこそ悪いままであるものの、人間らしい瞳を取り戻した彼を認めて、彼女は嬉しそうに頷く。

 おそらくアルの力が抜けたことによるのだと、即座に正しい理解もしていた。

 

「なるほどな。お前がよく知ってるのは今の僕ってわけか」

 

 ウィルもウィルで彼女の正体を既に確信しているため、不機嫌ながら納得した顔だった。

 

「えへへ。察しが良いですね。さすがウィルお兄さん」

「だからその呼び方は……はあ。もういい」

 

『世界の破壊者』である自分に裏のない笑顔を向けるのは、彼女くらいのものである。

 ……いや、「であった」か。

 ともかく、恐れのない瞳にじっと見つめられて、毒気が失せてしまった。

 それにおそらく、彼女は無駄なところで強情なのだとウィルは理解した。こいつは何を言っても無駄なタイプだ。

 

「もう破壊者じゃないってことですよね」

「……そういうことらしいな。これでもまだやろうと思えば世界ごと吹っ飛ばすことはできるが」

「やめた方がいいと思いますよ。不安定な現状でそれやると、何が起こるかわかりませんから」

「ちっ。ヴィッターヴァイツめ。本当に余計なことをしてくれやがって」

 

 怒りを交えて舌打ちするウィルに、彼女も同調する。

 

「何をしてくれたんですか? 彼は」

「あいつはな。世界の要たるラナを――そうか」

 

 現状を先延ばしにする案を思い付いた彼は、彼女に改めて向き直った。

 

「おい。お前」

「お前じゃないです。アニエスって呼んで下さい」

「名乗ってなかっただろう」

「そうでしたっけ?」

 

 舌を出してすっとぼける彼女に、こいつぶん殴ってやろうかとウィルは思ったが、時間がないので我慢した。

 

「……アニエス」

「はい」

「あの城のバルコニーで死にかけてる女を助けてやれ」

「えっ!? あ!」

 

 ラナの消えかけている命の灯にようやく気付いたアニエスは、みるみるしゅんとなり、青ざめていった。

 気の扱いの方は専門者ほどの修行はしていなかったことと、ウィルのあまりに強い気が微弱な気配を誤魔化してしまって、よくよく注意しないと気が付かなかったのである。

 とにかく、下らないやりとりで時間を無駄にしている場合ではなかったと彼女は気を引き締める。

 

「でもあたし、回復とかは……」

()()()()の継承者は、お前なんだろう?」

 

 確信をもって睨むほどの強さで見つめてくるウィルに、アニエスも真剣に頷く。

 

「はい。お兄さんが遺してくれたものは、あたしが受け継ぎました。ですが、あれは……」

 

 軽々しく使えるものではない。下手に使用すれば、あらゆる事象を滅茶苦茶にしてしまう恐れがある。

 彼女自身、「過去と未来を正しく繋ぐ」という目的に対してのみ使用するという枷を自らに厳しく課している。

 

「僕が許す。時間がない。急げ」

「はい!」

 

 彼が許したからどうなんだと彼女は若干思ったが、有無を言わせぬ威圧と共に告げられて、彼女は勢いのまま頷いた。

 

「ウィルお兄さんは?」

「僕は穴の向こう、アルトサイドへ行く。黒の旅人とアルはそこにいる。おそらく――トレインもな」

 

 それだけ言うと、彼はもう語る暇はないとばかりに、世界の穴の一つへと身を投じていった。

 大事な役目を託されたアニエスも、急いで倒れるラナの元へと向かった。

 

 あまりに凄惨な彼女を状態を目の当たりにして、俯いてしまう。

 

 なんてひどい……。お腹に風穴を開けられてる。心臓まで。

 

 けれど今回に限っては、不幸中の幸いだったと言える。

 ヴィッターヴァイツは、あえて見せしめにするために惨たらしい殺し方を選んだのだろう。

 跡形もなく消し去るような方法だったら、助からなかった。あたしの魔法には、死を超越するほどの改変力はないのだから。

 身体が残っているのなら。まだ彼女のすべてが完全に死んでいないのなら、助けられる!

 アニエスは目を瞑り、全神経を込めて集中した。いかに膨大な彼女の魔力であっても、この魔法を行使するためには、そのほとんどを一度に使用しなければならない。

 

 集中しながら、彼のことを思い起こしていた。

 

 なぜウィルお兄さんは、この魔法を未来の誰かに託したのか。ラナさんの治療をあたしに託したのか。

 後者については、あまり難しくはない。ラナさんに触れてみてわかった。

 彼女には、()()()()()。100%夢想で構成された存在だった。

 おそらく、通常の人間と同じ方法で回復させることは不可能。あたしの力か、何か別の特別な力が要る。

 前者については、どうだろうか?

 ……きっと、使うこと自体はあの人にもできるのだろう。ウィルお兄さんは、割と何でもできちゃう人だから。

 だけど……。

 これまでの旅で、彼女は薄々気付いていた。気付いてしまった。

 そのことを考えると、彼や黒のユウさんの無念を思うと、どうしようもなく悲しくなってしまうのだ。

 

 あの人たちが使っても、まったく意味がなかったのではないだろうか。

 

【運命】の支配力が、彼らの行為を、意志を、すべて無意味にしてしまうから。

 

 この魔法が正しく効力を発揮するためには、フェバルでも星級生命体でもいけない。

 

 第三の超越者――俗にいう『異常生命体』であること。

 

 あたしは、生まれたときから異常な力を持っていた。この魔法を正常に行使するだけの魔法の才能を持っていた。

 そのために、アルに永遠と命を狙われることにもなってしまったのだけれど。つらいこともたくさんあったけれど。その分、素敵な出会いもたくさんすることができた。

 

 目を開く。準備はできた。

 

 今から使うのは、究極とされる時空魔法。

 

 ラナさんの状態を、致命傷を受ける前に巻き戻す。

 

 お願い。届いて!

 

《クロルエンダー》


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