フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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184「アルトサイダーの楽観」

[ミッターフレーションから数日後 アルトサイド シェルター04]

 

「なんかっすよ。思ったよりずっとやばいことになってないっすか?」

 

 世界と自分の現状を鑑みて開口一番にぼやいたのは、『ガーム海域の魔女』クレミアだった。

 アルトサイダーの面々の顔色は芳しくない。

 彼らの計画は、ヴィッターヴァイツを利用し、ホシミ ユウを始末した(と彼らは思っている)ところまでは完璧だったと言ってもいいだろう。

 予想以上に強い抵抗に遭い、ブラウシュを始めとした五人はコテンパンにのされてしまったが、殺されたわけではない。

 気絶した彼らは、爆発に巻き込まれる前にゾルーダがしっかり回収していた。

 

「まさかあんなに派手にぶっ壊れるとはな……」

 

 ブラウシュはしかめっ面を続けている。

 彼らの計画では、世界の境界を破壊し「巨大かつ決して消えることのない安定的な」穴を開ける程度で十分だった。ラナソールとトレヴァークの境界さえ破壊すれば、彼らの現実世界における恒久的な生存は十分に保証されるだろうと予想していたからだ。

 本当の意味での世界の終わり――ミッターフレーションとは終末教の「教義」であるから、内容は極端かつ派手にするくらいでないとインパクトに欠けてしまう。過激な思考を持つほとんど誰も「もしかすると世界にちょっと穴が開くかもしれないよ」くらいの内容では感銘を受けないだろう。

 しかし実際はどうか。まさにミッターフレーションそのものではないか。

 ラナソールは、かつての楽園ぶりが見る影もない。ほとんど消滅手前の凄惨な状態になっている。

 世界の穴も開き過ぎた。ナイトメアどもまでが大量に溢れ出し、破壊本能のままにラナソールを蹂躙しようとしている。

 もちろん当初の計画では、穴の規模は限定的だった。ナイトメアの数も制限され、彼らの力で抑え込むことが可能な規模で済ませるはずだった。

 ナイトメアは未だトレヴァークには現れていないようだが、時間の問題かもしれない。そもそもが奴らの脅威から逃れることも主目的の一つであったアルトサイダーとしては、現実世界の地上を奴らが我が物顔で歩くことになれば本末転倒である。

 

「それになんだ……あのダイラー星系列とかいう連中は」

 

 比較的新顔のオウンデウスは、明らかに落胆した顔をしている。

 そう。極め付けにはダイラー星系列なんてよくわからない連中まで出張ってくる始末だ。おかげでせっかくトレヴァークで自由に力を使えるようになったにも関わらず、ろくに動くことすらできない。

 彼らの中でバラギオンとかいういかれた兵器に対抗できるのは、伝説の『剣神』くらいのものだろう。

 

「ラナがカギってのはわかっていたけどさあ……」

「ここまでとは思わなかったわねぇ」

 

 カッシードの溜息を継いで、ペトリが苦笑する。

 つまりは、想定を遥かに超えていた。明らかにやり過ぎたのである。

 

「どうしてこんなことになったんですかね」

 

 見た目は少年然としたクリフが首を傾げると、撲殺フラネイルがお手上げする。

 

「さてね。フウガさんなら何か知ってるのかもしれないけれど」

 

 当時、あの場にいるほとんどがアルトサイドで気絶した五人の世話にかかりきりになっていたか、トレヴァークの情勢に目を向けていた。

 少し目を離している間に、ラナソールは突然破滅の寸前までいってしまったのである。

 ダイゴはユウにやられて気絶していたが、ラナソールで終末教の用心棒として暴れ回っていた『ヴェスペラント』フウガ――ダイゴの片割れならば、唯一事の真相を知っていると思われる。だがラナソールが半ば崩壊してしまって以来、彼とは連絡が付かなくなってしまっていた。

 そしてダイゴも、目が覚めると黙って去っていってしまった。

 

「……まあ起きてしまったものは仕方がないだろう。これからどうするか考えないとな」

 

 全員の顔色を見渡しながら、リーダーのゾルーダがまとめた。

 とりわけ倫理観に欠けるゾルーダにとって、想定外のことで犠牲となった幾多の人々に対する罪悪感はない。

 あくまで自分たちが現在困っていることだけが最大の問題であり、いかにして自由を獲得するかが関心事だった。

 

「困りましたねほんと」

「『剣神』なんかはむしろ生き生きとし始めたけどな」

「あの人は剣を振るえる理由があればそれでいいからさ」

 

 一同が笑う。

『剣神』グレイバルドは滅多に会議に出ることはないが、いつも影ながら大きな支えになっていた。今は活発になったナイトメアを斬り伏せるため、一人闇の中を練り歩いている。

 

 彼らは和気藹々と議論と重ね、結局はしばし静観するという結論に落ち着いた。

 彼らの強みは、ほとんど誰にも存在を知られていないことである。下手に動いてダイラー星系列などに存在を察知されれば、厄介事が降りかかるのは目に見えている。最悪は殺されてしまうかもしれない。

 それに放っておけば、いつかダイラー星系列が問題を解決してくれるか、諦めて去ってくれるかもしれない。壊れかけたラナソールのこともナイトメアのことも、すべて奴らに押し付けてしまえばいい。

 これまで長い者は数千年と待ち続けてきたのだ。あと少し待つなど難しくはない。

 彼らはあくまで楽観的だった。滑稽なまでに当事者意識と切実さに欠けていた。

 彼らはいくら強さがあっても長く生きていても、元々が一般人であり、恵まれ過ぎた力に漬かり続けていたために、ゲーム感覚の延長から抜け出すことができていなかった。抜け出す機会に恵まれることもなかった。

 だから、彼らは知ることはなかったし、気付くこともなかった。

 自分たちがいかに重大な『事態』を引き起こしてしまったのかを。彼らが計画のために利用してしまった相手(ヴィッターヴァイツ)の恐ろしさを。これから利用しようとしている相手(ダイラー星系列)の厄介さを。

 そして彼らの自由どころか、もはや世界の存続すらも風前の灯火となっていることに。


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