フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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188「そしてあの日の傷跡を知る」

 結論から言うと、別の町の周辺にも移動を制限するバリアは仕掛けられているようだった。

 おそらく近づいただけで見つかってしまうだろうから、遠目から確認するしかなかったけど。

 するとやっぱり孤立した場所に望みを賭けるしかないのか。

 気を取り直してナター湖まで向かう。

 一日のどこかで《気力反応消去》の上書きのため、パワフルエリアに寄らなければならないが。道中は魔獣の密度が高いところを切り抜けなければならない。

 特にS級魔獣は即死クラスの攻撃を平気で放ってくる奴もいるので、毎回命懸けになる。

 基本的にはまともに戦り合わず、やり過ごす方針を選んだ。

 コンパスと地図と、完全記憶能力による絶対距離感を頼りに、三日ほどかけてようやくナター湖に辿り着いた。

 実際の距離は、仮に全力で走れるなら丸一日もかからなかったのだけど。

 魔獣がうろついていること、空駆けるバラギオンや「彼女」たちの定期巡回にも警戒しなければならないので、慎重に動かざるを得なかった。

 神経をすり減らす一人行軍となった。

 ブラムド博士の研究所は、ナター湖の湖畔にぽつりと建っている一軒家だ。

 彼は自他ともに認める偏屈家で、ナター湖の生態系について長年研究している。

 ナター湖は広さは琵琶湖ほどだが水深がとても深く、平均二千メートル以上もある。そこに暮らす生命も多種多様だ。

 彼とは依頼で湖底調査に付き合わされた件以来の知り合いで。

 いつも無愛想な感じだけど、彼基準では俺とはかなり打ち解けているらしかった。

 事実「繋がった」のだから、そうなのだろう。

 そんな彼は、ラナソールではガーム海域の研究をしていて。

 岬に似たような家を建てて、研究のため張り付いている。

 

 研究所の近くまで来た俺は、すぐに異変に気付いた。

 おかしい。人の気配がない……。

 よほどのことがなければ、彼は湖の近くからは離れない。

 この辺りに他に人はいないから、彼の反応ははっきりとわかるはずなんだ。

 不安を覚えつつ、研究所前の扉に手をかける。

 

 ――開いている。

 

 普段から鍵とかかけないからな。あの人は。

 あまり意味はないけど、「お邪魔します」と心の内で念じつつ入り込む。

 そして二階の研究室を覗いたとき、長机にぐったりと突っ伏している彼を見つけた。

 

「ブラムド博士……!」

 

 我を忘れて駆け寄り、彼に呼びかけながらゆすった。

 内心では無駄なことだと悟っていた。

 だって、生命反応がないんだ……。

 

「死んでいる……」

 

 目の前が暗くなっていくのを感じながら、そう結論付けるしかなかった。

 せめてもの救いは、苦しんだ形跡がないことだろうか。

 彼は安らかに眠るように死んでいた。

 死因は容易に推測が付く。

 おそらくは夢想病に罹り、誰も気が付く人がいなかったため、そのまま衰弱で亡くなってしまったのだろう。

 そして罹ったとすれば、あの日。

 そこであることに気付き、愕然とする。

 

 そうだ。あの日。

 俺たちの戦いで、海は……!

 

 もし夢想の世界の彼が、エディン大橋の崩落や津波に巻き込まれてしまったのだとしたら。

 

 俺が、殺してしまったのか……?

 

 決して低くはない可能性に身が震える。

 罪悪感が胸を締め付けて、もうまともに彼の亡骸を見られなかった。

 

「ああ、あああ……」

 

 追い打ちをかけるように。

 世界が壊れたあの日の人々の悲鳴が次々と頭に響いて、徹底的に俺を苛む。

『心の世界』の記憶は、一寸たりとも色褪せることがない。

 普段は多大な恩恵をもたらす一方で、ふとしたきっかけでPTSD様のフラッシュバックを引き起こすことがある。

 

「う、う……!」

 

 もう立ってはいられなかった。

 その場にうずくまり、何度も首を振って、催す吐き気を堪える。

 嗚咽が出そうになるのを堪える。

 これは俺の弱さが招いた結果だ。自分の力を制御できなかった罪だ。

 受け止めなくちゃならないんだと、必死に言い聞かせて。

 どれほどそうしていただろう。

 やがて震える足を押さえながら、何とか立ち上がって。

 やっとのことで、力なくうつ伏せるブラムド博士を再び目に焼き付けた。

 

 殺してしまったのかもしれない。

 だけどもう罪を確かめることすらできない。許しを乞うことも。

 真相は永遠にわからない。死人はもう語ることはないのだ……。

 

 あてが外れた以上の残酷な事実に、俺は打ちのめされていた。

 

 ……でも、もう行かないと。

 

 できれば丁重に埋葬したいけれど、タイムリミットは限られている。

 まだ日が高いうちは動くべきだろう。

 俺は手を合わせて冥福を祈り、研究所を離れることにした。

 

 走りながら、ずっと気分は優れない。

 前に進まなきゃいけないとわかっていても、胸の内を支配するのは後悔ばかりだ。

 モコにしてもそうだ。イオリのことも。他のみんなのことも。

 あの日、俺がもっとしっかりしていれば。すべての悲劇は避けられたかもしれない。

 それでも止まらず足は動かす。頭の片隅では次の手を考えている。

 きっと俺にもできることがあると。やらなければならないとも信じているからだ。

 

 そしてさらに二日後。

 次のあてにしていた小集落が、魔獣の襲撃により全滅しているのを目の当たりにして。

 俺は愕然と立ち尽くすことになる。

 

 世界を救うための旅は。

 あの日の傷跡を見せつけられ、また見つめる旅でもあった。

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