エーナさんの光魔法はすぐに使わざるを得ない羽目になった。下手に出し惜しみしたせいでこの前はみすみす捕まってやられてしまった。同じ轍は踏まない。
薄暗闇を塗り替えるほどの光が迸って、周囲一帯の異形を一つ残らず消し飛ばす。さすがの威力に救われた。
ただ……これで当面の窮地は脱したものの、今度こそあの力を除いて攻撃手段がなくなってしまった。
あいつらは無限としか思えないほど湧いてくるからな。次に見つかったら絶体絶命だ。
藁をも縋る思いでザックスさんとラミィさんの気を探ってみる。都合良くまた近くにいるなんてことは……ないか。
だが、代わりに別の気配を捉えていた。
――ん。なんだ。誰かが近づいて来る。
気も魔力もわからないところから、ラナソールの人間ではないかと思われる。それでも気配がわかったのは、俺の能力がその人物の心を捉えていたからだ。
純粋な興味。悪意は……今のところないか。
たぶんさっき盛大にぶっ放した光魔法に気付いて興味を示したのだろう。アルトサイドで普通に活動している人なら、それも興味を持ってこっちに来るくらい余裕がある人なら、奴らへの攻撃手段を持っているかもしれない。
もし親切な人だったら、上手く取り入れば助かるかも。でももし危険な人だったら……。
期待半分不安半分で待ち受ける。
やがて薄暗闇から姿を現したのは、レオンもかくやの超美麗男子だった。
あいつもそうだけど、魅了の効果がありそうな特有のイケメンオーラが全身から放たれているのが「見えてしまう」。一際目を引く艶やかな青髪の持ち主でもあった。
彼は俺を見つけるなり破顔した。
「おお! もしやと思って来てみたら、新たな客人か!」
どうも見た目に反して性格の方は優男って感じじゃないみたいだ。むしろ豪快そうな雰囲気だ。
「あなたは?」
「私か? 私はグレイバルド。『剣神』とも呼ばれているが……知っているかな?」
したり顔を寄せるこの人は、どうやら自分の知名度には中々自信があるらしい。
でもそうだな。確かに聞いたことがある。名前だけは。
『剣神』グレイバルド。
聖剣フォースレイダーと対を成す魔剣シュラヴェードの使い手で、冒険者ギルド至高のSSSランクだったという人物。
けどあれって伝説にはなっていたけど、ギルドに公式の記録がないから創作とされているんじゃなかったっけ。しかも五百年前くらいの話だよね。
伝説の本人を名乗るか。嘘を吐いている感じはしないけど、ちょっとにわかには信じがたいな。魔剣も持ってないみたいだし。
「伝説上の人物でしたっけ。冒険者ギルドでSSSランクだったとかいう」
「おお! 知っているか! けどその顔はあんまり信じてないって顔だな?」
「そうだな……ずっと大昔の話だしな。やはり格好付けで記録を消してしまった影響が大きいか」と盛大に嘆く彼を見て、ぱっと見はそんなに悪い人じゃなさそうだと警戒を少し緩める。
うーん。本人の見た目は精々三十代ってところだよな。ラナソールでイネア先生のような長命種の話は聞いたことがないから、アルトサイドにいることが何らかの不老的な影響を与えているのだろうか。
まあそれは一旦置いておこう。今重要な話じゃないし。
「ところで、どうしてこんなところにいるんですか?」
こっちの方がよほど重要だ。余裕のある表情や客人という言葉からは、ただ巻き込まれただけのようには見えない。むしろ元々ここにいるような、そんな感じの印象がある。
けど事情が気になるのは向こうも同じだったみたいで。
「それはこちらの台詞だ。お前は……なんて言うんだか聞いてなかったな」
「ユウです。旅人をやってます。ここには迷い込んでしまって」
本当は自ら入って行ったのだけど、そんなことは言わなくてもいいだろう。
「ユウ……? どこかで聞いた名前だな……」
首を傾げるグレイバルドさん。一応ラナソールだとそれなりに名前が知られているから、どこかで聞いたことがあるのかもしれない。
やがてピンと来るものがあったのか、彼は再び破顔した。
「ああそうだった! ゾルーダたちが言ってたのはお前のことだったのか!」
「なるほどな。こんな奴だったのか」と訳知り顔でうんうんと頷くグレイバルドさん。
「ゾルーダ? 誰のことですか」
「ともすればここで出会ったのも何かの縁か」
彼は俺の問いには答えずに、一人で納得している。
「だが私には直接関係のないことだな。義理で助けてやってはいるが、積極的に加担するつもりもないしな」
「……さっきから何の話をしてるんですか」
「うむ。一度引き合わせてみるのも面白いか。あいつらも手詰まりを感じているはずだしな」
「あのー」
「よおし! ユウよ!」
いきなり力強く肩を叩かれたので、身体が驚いてしまった。
「お前に会わせたい連中がいる。連れて行ってやろう」
「ゾルーダって人のところですか?」
「ああ。ただなあ……互いにあまり素敵な出会いではないだろうな」
「どういうことですか」
「会えばわかるさ」
彼はどこか意地の悪い笑みを見せた。
グレイバルドさんの先導に従って、変わり映えのしないアルトサイドを延々と歩き続ける。俺には感じ取れないが、迷わないための目印として彼自身の魔力をあちこちに置いているらしい。
この世界の闇には認識阻害の効果があるようで、ある程度離れてしまうと存在を感じ取れなくなってしまうらしい。だから適度なマッピングは必須なんだとか。
ラミィさんとザックスさんの位置が掴めなくなってしまった理由はそれかと納得した。
そしてやはりというか、闇の異形は当たり前のように襲い掛かってきた。
俺だけだったらどうしようもなかったところだけど、今はグレイバルドさんがいる。
助かったと安心していたら、彼はなんと俺を前に突き出して後ろに控えてしまった。
「さあて。お手並み拝見といこうか!」
「ちょっ! ちょっと! 待って下さい!」
「ん? 何をそんなに焦っているんだ。光魔法使えるんだろう? 見事なものだった。大した実力じゃないか。もっと力を見たいぞ!」
「あれは一発だけの切り札みたいなもので……もう使えないんです」
「むう。そうなのか?」
すごく残念そうに言ってる間にも、化け物は恐るべき速度でこっちに迫って来ている。やばい!
俺は恥も外聞もなく縋りついた。
「すみません! 助けて下さい! お願いします!」
「……やれやれ。お前の実力がどんなものか、少しは期待していたんだがな」
心底落胆したように溜息を吐くも、すぐに不敵に笑ってみせた。
「まあ頼られるのは慣れている。それに――嫌いじゃない」
――え?
彼が言葉を終えた瞬間、その場から風のように消えてしまった。
そして振り向いたときには……とっくに戦闘は終わっていた。
闇の異形は斬られ、霧散しようとしていた。俺の目に辛うじて映ったのは、彼が手に創り出した剣をしまう瞬間だけだった。
見えなかった……。ほとんど何も。
信じられない。アルトサイドではラナソール並みに身体能力が上がっているんだぞ。それなのにまったく見えないってことは……。
彼は汗一つない飄々とした顔で戻ってきて、得意げに言った。
「どうかな。『剣神』を間近で見た感想は」
驚きで言葉が出てこない。
宇宙は広いな。とんでもない人がいた。
フェバルじゃないのに。初めて出会ったよ。
この人――フェバルと互角に渡り合えるかもしれない。