フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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225「ふんばれ! エーナさん 2」

 ミティ、ジルフと三人で朝食をとったエーナは、一休みすると腰を上げた。 

 

「今日は私の当番ね。行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませですぅ!」

「気を付けてな」

 

 外に出ようと、彼女は両開きのドアに手をかける。

 

〈注意。数秒待つべし。注意を無視した場合に想定される結果。コッペパンが側頭部に直撃〉

 

「…………」

 

 とりあえず待っていると、間もなくビュゥゥゥゥウン、と風を切ってフライングコッペパンが店の前を通過していった。

 

「あれ、まだ飛んでたのね……(しかもかなり速くなってるし)」

 

 気を取り直して、エーナは外への一歩を踏み出した。

 向かう先は冒険者ギルド保有の修練場である。ちなみにギルドは今レジンバークの防衛本部となっていて、襲撃に備えるため、四組三交替制で24時間稼働している。

 あの日から今までの間、エーナとジルフは毎日交替で非番の者に戦闘訓練を施していた。

 毎日のように凶暴化した魔獣やナイトメアが襲撃してくるが、実のところ敵は外から攻めてくるばかりではない。時空の穴が市街地に突然開くケースがあり、その際は必然的に市街戦となる。

 二人はチート級の実力者である(当然、戦闘タイプであるジルフはエーナよりさらに卓越している)が、反面あまりに力が強過ぎるために、数で押してくる敵に対する細やかな対処はあまり得意ではない。

 そこで、エーナやジルフを始めとした一線級の実力者は強力な魔獣やナイトメアへの対処、もしくは可能な場合遠距離攻撃による広範囲殲滅に専念し、雑魚魔獣やナイトメアの個別対処は一般の冒険者やありのまま団員に託すことになる。するとどうしても負傷者や死者が避けられなくなってしまう。

 なるべく犠牲者を減らすためには、個々人の練度の向上が危急の課題であった。

 ラナソールは許容性無限大であり、人の才能に限界はない。鍛えれば鍛えるほど目に見えて実力が上がるため、訓練の意義が極めて大きい。このため、エーナとジルフは相談し、戦える者に対して可能な限り訓練を施すことにしたのである。

 本来、フェバルはユウのような例外を除いて、俗世のことには積極的に関わらない不文律がある。だが今回の『事態』は明らかに超越的存在が関わっているため、自重する必要なしと判断したのだ。

 ジルフは自前のトレーニング理論により、エーナは【星占い】で組んだ訓練プログラムによって、それぞれの持ち味を生かして教鞭を振るった。

 戦闘のプロによる熱心な指導の結果、初期に比べると負傷率および死亡率は改善してきている。

 

〈頭上注意。注意を無視した場合に想定される結果。身体への汚物付着〉

 

「はっ! ひゃっ!?」

 

 慌てて飛び退くと、巨大な鳥のフンが道路に落ちて飛び散った。

 見上げたエーナを馬鹿にするように、アゾードリが悠然と飛び去っていく。

【星占い】が使えなかった無能時代、散々彼女を糞尿塗れにして泣かせてきた因縁のライバルである。

 

「あんのクソ鳥……! まだしぶとく生きてやがったのね。今度見かけたら焼き鳥にしてやるわっ!」

 

 外見三十路がぷんすか息巻いていると、また【星占い】が告げた。

 

〈注意。直ちに移動の必要あり。注意を無視した場合に想定される結果。落下物の直撃〉

 

 横っ跳びで避けると、直後にズドン、と重々しい音を立てて金属製の看板が落下した。

 エーナは目を丸くする。その場に立ち止まっていたら、角が当たって痛い思いをしていたことだろう。

 立て続けの不運にわが身を嘆く。

 

「なんで狙ったように看板が落ちて来るのよ……」

 

〈回答。生まれ持った体質。対処。【星占い】の積極的利用〉

 

「聞いてないわよっ!」

 

 エーナは一人でツッコんだ。

 こんなときだけはノリが良いので、実は能力が意志を持っているのではないかと彼女は疑っている。いるのだが、そのことを占星しても〈エラー。占星権限がありません〉としか返ってこないので、真相は永遠に闇のままである。

 

「はあ……。歩いていてもいいことないわ。ここは飛行魔法で行くべきね」

 

〈注意。ローブの裾をめくり上げるべし。注意を無視した場合に想定される結果。転倒および後頭部の打撲〉

 

「ああもうっ!」

 

 彼女はイライラとローブをめくり上げ、無事空を飛んで修練場に辿り着いた。

 

 修練場では、数多くの冒険者とありのまま団員が整列していた。

 約半数は剣や杖、鎧を装備したいわゆる冒険者である。残りの半数がありのまま団であるが、肉体美を輝かせていた。さすがに下着は付けなさいと初日にエーナがきつく叱ったので、男女ともに一応は「はいている」。

 その数、足しておおよそ一万二千。

 元は二万近くいたのであるが、初期の戦闘では多くが死傷したため、かなり数は減ってしまった。

 それでも四組のうちの一組であるから、レジンバークでは現在五万弱の勢力が町を防衛していることになる。

 エーナが来場すると、全員がありのまま団式で威勢の良い挨拶をかち上げた。

 

「「押忍! エーナ師匠!」」

「うむ。よろしい」

 

 彼女の故郷であった惑星エーナを除けば、これほど大勢の人間に慕われるという経験は皆無であったため、エーナは得意で頷く。

 とは言え訓練の目的は極めて真剣であり、一切浮かれるつもりはない。

 

 早速訓練を開始する。

 彼女の題目は「魔法を用いた戦闘技術」である。ちなみにジルフは当然のことながら「気を用いた戦闘技術」を担当している。

 彼女はまず、魔力ロスの大きい精霊魔法の使用を非推奨とし、代わりに宇宙で広く一般に使用されている通成魔法を教授した。

 通成魔法は、ユイの使用している魔素魔法と比べると魔力効率は悪いものの、修得難度は比較して相当に低い。

 精霊魔法の土台があれば一か月程度で身につけられるという【星占い】の見込みの下訓練は続けられ、現在はほぼ全員が通成魔法を修得している。

 これだけでも魔力効率は倍となり、大きな戦力向上を実現した。

 そして、今現在は光魔法の技術向上に注力している。

 というのも、多くの属性を極めさせるには時間が足りな過ぎるし、光魔法にはナイトメアに対する特効があることがわかったからである。

 

「掌に意識を集中しなさい! ギリギリまで練って絞り出すの! 辛くなったらあなたの大切な人を思い出して! 守りたいでしょう? 頑張るのよ!」

「「押忍!」」

 

 本日も成果は上々であるが、いつも中々最後まではさせてもらえない。

 緊急警報が鳴った。

 斥候役の冒険者から通信が入る。

 ラナソールの魔獣やナイトメアは視覚以外に感知する手段がないため、斥候役は必須である。

 

『エーナさん! 外部から敵襲です!』

「またか……しょうがないわね。みんな! 訓練は中止よ!」

 

 外部からの襲撃と内部襲撃で集合場所は異なる。外部の場合は町外れの詰め所に集まることになっている。

 エーナは飛行魔法を用いて、目にも留まらぬ速度で詰め所へ飛んでいった。

 

「なんて練度の高い魔法だ……」

 

 本人の知らないところで色んな人から畏敬の念を持たれていた。

 

 

 

 詰め所には、最低でもS級冒険者相当以上の精鋭が集合していた。

 ジルフは既に来ており、端の方で精神統一をしている。

 ありのまま団長であるゴルダーウ・アークスペインも、精鋭の一人として自ら鋼の肉体を振るっていた。

 彼はまた、レジンバーク自警団の合同団長も務めている。

 

 ……本来仕切り役を務めたがる受付のお姉さんは、あの日住民を避難誘導して、アルトサイドに落ちてしまったのだ。

 

「がっはっは! 今日もいっぱい湧いて出て来たなあ!」

「いつにもまして機嫌が良さそうね。団長」

 

 ゴルダーウはニヤリと笑ってエーナに耳打ちする。

 

「息子が枕元に報告にしてくれおってな。部下とユウの小僧が接触に成功したそうだ」

「ユウが……!? あの子、無事トレヴァークに行けたのね」

 

 向こうは向こうで動いているようだ。エーナにも気合いが入る。

 

「まずはシズハを助けるつもりらしい。『事態』を解決する方法も探っているのだと」

「ほう。頑張ってるんだな」

 

 ジルフは我が子を想うような穏やかな笑みを見せた。

 

「私たちがふんばっている間に……何とかしてくれるといいわね」

「……そうだな」

 

 現実的に考えて、ほとんど壊れてしまった世界をフェバルとしても未熟なユウがどうにかするなんてことが絶望的なのは、みんなわかっていた。

 しかしそれでもエーナとジルフは、そしてユウをよく知る人間は、期待してしまうのだ。

 わずか数年の期間にいくつもの世界を救い、この世界でも向こうの世界でも多くの人を助け、動かした人間の足掻きと――奇跡を。

 

 出撃準備をしていると、斥候役から鬼気迫る様子で敵の数が報告された。

 

『報告します! S級魔獣が約300! 大型ナイトメア約500!』  

 

 彼の声は恐怖に震えている。

 

『それに――』

 

 ごくりと息を呑み、今にも逃げ出したい気持ちに襲われながら、それでも彼は自分の仕事を為した。

 

『魔神種8! い、以上です!』

 

「魔神種が……8、だと!?」

 

 詰め所は驚愕と恐怖に包まれた。

 豪胆なゴルダーウからも笑みが消える。

 エーナですら冷や汗をかき、ただ一人ジルフだけが表情を変えぬまま佇んでいた。

 

 いわゆるSS級魔獣とも称される魔神種は、S級魔獣とは次元の違う力を持つ。

 いずれも単純な戦闘力ではバラギオンを遥かに超え、平均的にはエーナをも優に超える。

 

 つまり、この中で単体で明確に魔人種に勝る者はジルフただ一人という状態であった。

 

 これまでの襲撃とは明らかにレベルの違う攻勢に、いよいよおしまいかと絶望的な空気が漂う。

 ジルフは自身のキャパシティを考慮し、静かに口を開いた。

 

「町を守りながらという条件なら、俺が同時に相手を約束できるのは五体までだ」

「「おお……!」」

 

 一部は懐疑的であるものの、彼の実力をよく知る者からは希望の声が上がる。

 

「あとの三体……俺が五体を仕留める間、持ち堪えられるか?」

「一体だけなら私一人で倒してみせるわ」

 

 エーナは胸を張って答える。

 確かに単純な戦闘力ならば劣るかもしれないが、彼女には【星占い】がある。

 総合的な戦闘能力で負けるつもりはない。

 

「うむ。では残りの二体を我々で……いや、S級魔獣やナイトメアどももおるから、そんなに人数は割けんか」

「それでも……運ぶしかないな。明日という未来を」

 

 配達屋がおいしいところをまとめた。

 

 

 

 町の近くを戦場にするわけにはいかない。

 戦士たちは、恐怖を勇気に変えて自ら平原へ出撃していく。

 

「エーナ。健闘を祈る」

「ジルフこそ。あなたが要なんだからね」

 

 エーナとジルフも分かれて、戦場へ向かう。

 

 向かう途中、彼女はこっそりと今回の戦いの勝敗を占った。

 あの場で占って、周囲の人間を絶望させることがないように。

 

 まあ、勝つか負けるかで言えば、まず勝てるだろう。

 

 だが守れるかといえば……今回ばかりは危ないかもしれないと考えていた。

 最悪、自分とジルフ以外は死ぬことも想定される。

 

 どんなに人らしく振舞おうと思っていても、彼女には常に冷め切った視点が張り付いている。

 シビアに結果が視えてしまうから。

 

 もし負けるのならば、せめてなるべく多くの人を逃がすための方策を。

 

 しかし、返ってきた答えは――。

 

〈エラー。星脈に十分な情報がありません〉

 

「……ふ、ふふ」

 

 エーナは何だか無性に可笑しくなってきた。

 

「あははははははははは!」

 

 ついに人知れず大きな声を上げて笑い始めた。

 もし誰かが見ていたら、彼女は気が触れてしまったというかもしれない。それほどの勢いで。

 

 ――果てしない時間を生きてきて、あれもこれも。

 

 こんなに「わからない」ことだらけなのは初めてだったのだ。

 

 ほとんどの人間は、本能的にわからないことへ恐怖や不安を抱くものだろう。

 だから、不安定を恐れ、明日を恐れ、死を恐れる。

 

 しかしエーナにとっては、すべて逆。

 

「わかってしまう」ことが恐ろしい。

 

 あらかじめすべてがわかってしまうということは、それ以外に可能性がないということ。

 

 何をしても死ねない。

 どれほど手を尽くしても殺せない(救えない)

 どう足掻いても迎えてしまった最悪の結末。

 

 だけど、ユウを知ってからだろうか。

 

 わからなくなり始めた。答えが。

 明らかに【星占い】の精度が落ちている。

 

 運命が揺らいでいる。神さえも知らない世界。

 

 それほどの『事態』が、今この瞬間、起きているのだ。

 

 これから人がたくさん死ぬかもしれないのに。この星どころか、宇宙さえも危ないかもしれないのに。

 

 エーナには、この状況がたまらなく――楽しかった。面白かったのだ。

 

「面白いじゃないの。未来のことは誰にもわからない。それでこそ――やりがいがあるのよ」


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