フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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226「ふんばれ! エーナさん 3」

 勝敗を占うことはできなかったものの、【星占い】自体が使えないわけではない。

 普段なら戦闘開始から終了までの完全なシミュレーションを描かせるのであるが、今はエラーを返されるだけだろう。

 エーナは戦闘サポートに的を絞って能力を運用することにした。

 

『占星。アシストを要求。状況から適切な戦闘行動を補助してちょうだい』

 

〈回答。アシスト開始。注意に代わり、警告によりアラーム〉

 

【星占い】による状況解釈と伝達は一切のタイムロスなしに行われ、戦闘において大きな情報アドバンテージを与える。推奨される行動を取り続ければ、ほぼ完封することさえ可能である。

 

 ……もっとも、身体が追いつけばの話であるが。

 

 ウィルのように相手が圧倒的上位者の場合には、状況がわかっていても適切な行動が取れない「詰み」が発生することがある。今回そのようなことにならなければいいが……とエーナは心配するのだった。

 

〈警告。北北東上空より核熱線攻撃。対処。光魔法(ニンシェルド)の展開。想定猶予1.2秒。警告を無視した場合に想定される結果。レジンバーク住民の約九割が焼失〉

 

 初手から致命的攻撃を放ってくるとは容赦がない。

 エーナは戦慄しながらも、両手から魔法を放った。

 

「早速ね! 《ニンシェルド》!」

 

 前方を塞ぐ巨大な光の盾が出現する。

 直後、想定猶予通りのタイミングで熱線が直撃する。

《ニンシェルド》はオーソドックスな光の障壁魔法である。同じ光の障壁魔法である《アールレクト》と違い、魔法を反射する効果はないものの、より強度に優れる。

 それでも町一つ貫くには余りあるほどのエナジーを受け止めるのは辛いものがあり、徐々に盾は削れていく。

 

「きっつ!」

 

 エーナは追加で魔力を絞り出し、盾を強化する。

 押し負けそうになるのを必死で支え、皮一枚まで削られたギリギリのところでようやく熱線が止まった。

 息も絶え絶えになりながら、彼女は攻撃者を見つけて睨みを向けた。

 

「はあ……はあ……。やってくれたわね。あんたは私が殺す!」

 

 熱線を放ったのは、四足歩行の特大魔獣だった。

 体色は赤を基調とし、下腹部は肉厚で丸みを帯びているが、背面には砲塔のような突起が無数についた黒光りする甲羅がついており、まるで陸上戦艦のような様相を呈している。そして頭部には一本の黄金の角が突き立ち、陽光を受けて輝いていた。

 それがレジンバークに向かって、あらゆる障害物を踏み倒しながら悠然と直進していた。

 歩みこそ遅々としているように見えるが、巨体ゆえの錯覚であり、実際はかなりのスピードである。

 

『占星。奴の情報を』

 

〈解釈。名称ヤタ=バ。魔神種の一体。エーナより高い魔力を保有と推定〉

 

「本当に私より上っぽいのね……まあ手応えから何となくわかってたけど」

 

 普通は非戦闘タイプとは言え、フェバルより強い生物なんてそうそういるものではない。特に現地生物に負けることなどほぼ皆無のため、地味に凹むエーナ。

 だがすぐに気を取り直し、勝利に向けての策を考える。

 

「あの分厚そうな皮膚と硬そうな甲羅じゃ、普通に魔法撃っても効かないんでしょうね」

 

〈推奨。一点への集中攻撃〉

 

「そんなことくらいは推奨されなくたってわかるわよ」

 

 エーナは右手に魔力を溜め始めた。確実に一撃で仕留めるために、力の大部分を集中する。そうでなければ敵の魔法耐性を突き破れないと判断した。

 極魔法を十分な威力で使うなら、溜めにかかる時間は一分というところだろうか。

 それまで敵の注意を自分に引き、しかも攻撃をかわしつつ接近する必要がある。

 まず初手として、右手は集中しながら、左手でこけおどしの魔法水魔法を作って敵の顔面に浴びせた。

 ちょっかいをかけられたヤタ=バは怒りの矛先をエーナに向けた。

 

「私の相手をしてもらうわよ」

 

 ヤタ=バの周囲を小虫のように飛び回りながら、徐々に町から引き離す方向へ誘導していく。途中何度も軽い水魔法をぶちあてて怒りを煽った。

 痺れを切らしたヤタ=バは、動きを止めた。

 攻撃を諦めたわけではない。背中の無数の穴が赤く輝いている。

 

〈警告。自動追尾火炎弾三千〉

 

「三千のホーミング弾ですって!? まるっきり兵器じゃないの!」

 

〈対処。発射後の軌道を適時伝達。一つでも直撃した場合に想定される結果。溜めの解除および戦闘継続困難なダメージ。全力で回避すべし〉

 

 ジルフほど圧倒的なパワーを持っていれば、気のオーラによって自身に届く前に魔法を掻き消してしまうという方法もあるのだが、あいにくエーナにそれほどの実力はない。

 ただ、回避に全力と言っても、今は攻撃のため右手に魔力を溜めている。あまり飛行魔法に魔力は割けない。

 中々厳しい条件だが。

 

「やってやろうじゃない」

 

 俄然燃えてきた彼女は、いつでもトップスピードで動けるように身構える。

 

 無数の火炎誘導弾が放たれ、ヤタ=バの周囲を朱く染めた。

 

【星占い】が軌道を推定し、回避ルートを作成する。

 それに従い、エーナは追い縋る誘導弾を首の皮一枚で避け続ける。

 

 ヤタ=バも撃ちっぱなしでは終わらない。さらに追加で三千、ダメ押しに三千の火炎誘導弾を放ち、執拗にエーナを追い詰める。

 エーナの身体能力ではすべてを避けることが難しくなった。そこで、空いている左手で空間魔法を使うことで軌道を反らし、強引に隙間を作って突破する。

 中々命中しないことに業を煮やしたヤタ=バは、黄金の角に魔力を集めた。角の輝き以上に目立つ黄金のオーラが角を覆った。

 

〈警告。光線攻撃。通常の方法では回避不可能。命中した場合に想定される結果。死亡〉

 

 火炎弾の回避だけで手いっぱいになっているエーナに向けて、角の先端から光線が放たれる。

 

 それは音もなく一直線に彼女の全身を貫き――

 

 

「ふっふっふ。間抜けね。どこ狙ってんのよ」

 

 

 ――直撃したはずのエーナの身体は揺らいで消え、その横で彼女は不敵に笑っていた。

 

 こけおどしで撃ちまくっていた水魔法。

 その中に少しずつ、幻惑効果のある魔法を混ぜていた。

 効果はさほど強いものではない。精々少しの間だけ認識をずらす程度。

 だがそのために、ヤタ=バはエーナの位置をわずかに錯覚したのである。

 相手がフェバル級の人間であればまず通用しない戦法であるが、獣だから騙されてくれた。

 

 言葉はわからないが、行動からこけにされたことを理解したヤタ=バは憤慨した。

 全身が異様な熱を発し始め、砲塔に似た突起からは蒸気が噴き出している。

 

〈警告。敵対象を中心に高温ガスを伴う爆発。対処。直ちに距離を取る。想定猶予10.2秒。警告を無視した場合に想定される結果。死亡〉

 

 火炎誘導弾に注意しながら慌てて退避したエーナは、直撃こそしなかったものの、爆風に煽られて吹き飛ばされた。

 

「きゃああっ!」

 

 高温の粉塵が巻き上がる。

 あまりの高熱に、ヤタ=バの周囲の地面は同心円状の溶岩領域と化していた。

 

「滅茶苦茶してくれるわね! もうっ!」

 

 髪も呼吸も大きく乱した彼女は、しかし辛うじて魔法の集中を保っていた。

 魔法のチャージ完了まであと少しである。決めるためにはなるべく接近する必要がある。

 

《ウェターパテル》

 

 高温環境に耐えるため、彼女は左手で水のバリアを施す。

 空を飛んで再度接近し始めたエーナに、ヤタ=バも迎撃体勢を整える。

 ヤタ=バは口を大きく開けた。口の奥で核融合の熱が滾っている。

 最初に撃った熱線を、今度は彼女一人に向けて放つつもりなのだ。

 だが、エーナは鼻で笑った。

 

「撃ち合いなんてしないわよ。必要ないのに正面から付き合うなんて、馬鹿のすることじゃないの」

 

 先ほどは軌道上にレジンバークがあったから必死に防御したのだ。

 現在の位置関係は、エーナは町を挟んで向かい側。避けたとしても別段被害はない。

 

 知恵ある人間と破壊本能に従う魔獣の差が、明暗を分けた。

 

 熱線を悠々とかわし、ここぞとばかりエーナは飛行を加速させる。

 攻撃分以外の魔力をすべて使い切る勢いだ。今距離を詰めなければ負けると、【星占い】に告げられるまでもなく彼女は理解していた。

 ついに彼女はヤタ=バの目と鼻の先にまで迫った。

 極限に高まっている彼女の魔力に対し、本能的に身の危険を感じたのか、ヤタ=バは首を甲羅に引っ込めて防御態勢を取る。

 

 エーナは悪役のようなほくそ笑みを浮かべて宣言した。

 

「お前はもう詰んでいるのよ。死になさい」

 

 光放つ右手を指先までピンと伸ばし、まるで槍を構えるかのように引く。

 

 かつて栄えた惑星エーナが誇っていた攻殻魔法隊――近宙最強と言われた彼らの秘奥として代々磨き上げ続けられてきた……今は彼女の記憶にのみ残る魔法の一つを――放った。

 

《エーナ流攻殻魔法参式――千一夜攻槍殻》

 

 槍を撃ち出すように突き出した右手から放たれたのは、最強の魔力要素である星光素で構成されているということ以外は一見何の変哲もない、一筋の白い光であった。

 だが、その先端が身を固めるヤタ=バの背甲に命中したとき――

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――

 

 際限ない轟音がヤタ=バの防御を穿つ。

 恐るべきことに、一筋のように見えた光は、隙間のないほどに密集した無属性攻撃魔法の超長列である。

 一音毎に一発の魔法が命中しているのだった。

 元は攻城を目的として生み出されたその魔法は、脳筋としか言えない悪魔のコンセプトに則り開発され、洗練されていった。

 そのコンセプトとは、必ず守りを突破するまで、ただひたすら一点を抉る。とにかく抉る。抉り続けること。

 あまりの持続力に千一夜続くとまで比喩された攻槍の嵐が、間断なくヤタ=バの甲羅を攻め立てる。

 

 億千万の槍とたった一つの盾の激突は、果たして槍に軍配が上がった。

 

 甲羅の一点に亀裂が走る。

 一度綻びが生じてしまえば、後は脆かった。

 

 小さく悲鳴を上げたのが、ヤタ=バの最期だった。

 

 甲羅を貫通した魔力は、ヤタ=バの内部で暴れ回る。臓物を容赦なくミキサーし、絶命たらしめた。

 やがて内部を蹂躙し尽くした白槍刃は、背後から飛び出した。なおも威力は留まることを知らず、山の巨体を串刺しにして、高々と空へ打ち上げていった。

 

 代償として魔力のほぼすべてを使い切ったエーナは、肩で息をしながら、ひとまずノルマを果たしたことに安堵した。

 

「……誇りに思うことね。私にここまでさせたのは二千年ぶりくらいよ」

 

 エーナ流攻殻魔法は、惑星に名を冠する高等魔法体系として、数多の外敵を打ち滅ぼした輝かしい実績を持つと同時に……最も多くの身内を殺した魔法である。

 彼女は、人間相手にそれを使うことは決してないだろう。


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