フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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231「ウィル & レンクス VS ナイトメア=エルゼム 1」

 ウィルの事情を理解し、また彼が当面は世界を破壊しないつもりであることを聞いたレンクスは、一時休戦という形で矛を収めた。

 実際、今のウィルに世界を破壊するつもりはない。既に意味がないからである。

 ミッターフレーションが起こるまでならば、星脈の異変の元である二つの世界をまとめて消しさえすれば事は解決した。星脈に穴は開いていたがまだ小さく、原因さえ絶てば星脈の自浄作用が穴を塞いでくれたはずだからである。

 だがヴィッターヴァイツが余計なことをしてくれたおかげで、異変は一気に加速した。今や星脈に開いた穴は、放っておいても自壊して拡がってゆくばかりだ。

 こうなってしまっては、もはや二つの世界を破壊するだけでは意味がない。星脈に直接手当を施す必要がある。

 すなわち、二つの世界の周辺の星脈の完全なる破壊か、修復か。

 元々ウィルには星脈を修復する力などないし、アルの力を失ってしまった今の彼には、星脈ごとすべてを跡形もなく消すほどの力もない。ただ星を物質として消滅させるのとは、難易度がまったく違うのである。

 

「ダイラー星系列の連中はアデルバイターまで持ち出すようだが」

「げ。星撃級兵器かよ。滅多に持ち出さない奴じゃねえか。でもお前の話聞いてるとな……」

「どうやら連中はまだまだ認識が甘いらしい」

 

 ウィルは呆れて肩をすくめる。

 

 アデルバイター。

「外地」向けの汎用型としては、焦土級であるバラギオンのさらに上を行く星撃級兵器である。陸海空に加え、宇宙空間における活動をも想定された設計になっており、反量子砲の一撃が星を容赦なく砕く。

 ここまでいけば戦闘タイプのフェバルの平均並みの火力ではあるが、ウィルに言わせれば所詮は平均並み。その程度の火力でどうにかなるのであれば、彼は困ってなどいない。

 

「むしろシンバリウスでも足りないくらいだ。いっそ『内地』向けの兵器か、ダインゾークでも連れてくれば一発で方が付くのだがな」

「まあ、こんな辺境には絶対来ないだろうな」

「まったく。宇宙存亡の危機だと言うのに、腰の重い奴らだ」

 

「外地」向けの汎用兵器では、たとえ星消滅級のシンバリウスを持ってきても無駄だとウィルは断ずる。

 だが「内地」向け――すなわちダイラー星系列領域内向けの兵器ならば、星脈にダメージを与えられるレベルのものはいくつか存在する。

 また個人のレベルでも、『力神』ダインゾーク――宇宙でも極希少な黒性気覚醒者の一人にして、ダイラー星系列が誇る最終兵器の一つならば可能だろう。

 連中の対応が中途半端なのは、事の重大さが真に伝わりきっていないのが明らかな原因である。

 一般に宇宙の中心から離れるほどエネルギー分布は薄くなっていくため、こんな辺境に宇宙が裂けかねないほどの異常が起こっていると真面目に判断するのは極めて難しいことだった。

 それでもいよいよ本当に宇宙の終わりが近くなれば、本星の危機管理網に引っかかるので、さすがに何かしら有効な対策は取ってくるだろうが。

 ただ連中が本気になるよりも、アルのオリジナルが解き放たれる方が早いだろう。今奴に太刀打ちできる者はこの宇宙に存在しないため、どの道一巻の終わりである。

 

「ところでお前、これからどうするつもりなんだよ」

「さあな」

「さあなってお前……」

 

 ウィルははぐらかしているのではなく、本当にわからないのだった。

 今の状態では、アルと戦ったところで足手まといにしかならないことを彼は理解している。今さらヴィッターヴァイツを懲らしめたところで意味がない。ダイラー星系列の勢力を追っ払うのも無意味だ。ユウの手助けなど死んでもしたくはないし、下手な介入はむしろ成長の機会を奪ってしまうことにもなりかねない。

 アルの動向を警戒しつつ、レンクスにナイトメアになられては面倒だから、とりあえず助けただけだ。わざわざ助けたと思われても癪なので言わないが。

 しかもアルトサイドではほぼ感知手段が遮断されてしまうので、やけに時間がかかってしまった。

 

「俺はユウかユイを助けに行くぜ」

「勝手にすればいいさ」

 

 レンクスの行動原理はわかりやすかった。

 

「ウィル。お前ユウとユイの居場所がわかるんだろ? 近いのはどっちだ? 案内してくれよ」

「なぜ僕が案内しなければならない。頭に直接叩き込んでやるから、勝手に行け」

 

 ウィルは手をかざすと、自身が把握している二人の現在位置をレンクスの脳に焼き付ける。あくまで現在位置であるから、当然その後移動するのであるが、そこまで面倒は見切れない。

 

「なるほど。ユウがトレヴァークで……ユイはこのアルトサイドにいるのか。けどかなり遠くだな。って、これってユイがやばいんじゃねえのか?」

 

 気を失っていたせいとは言え、自分がやられてしまうような闇の化け物が大量にいる空間にユイがいる。その事実を知り、レンクスは居ても立っても居られなくなった。

 

「知らん。今のところ状態は正常だ」

 

 ウィルは「あの女」には冷たい。もう自分から殺すことはないだろうが、死の危険があるくらいでは何とも思わない。

 レンクスは考える。

 

「ユウはあの性格だし、きっと仲間を見つけてるだろう。けどユイはこんな場所だし、まだ一人で戦ってるかもしれねえ……ここはユイを助けに行こう」

 

 ユウもきっとそれを望むだろう。ユイが死んだと聞いたとき、ボロボロに泣いて心が折れそうになっていたのを彼は見ていた。もうあんな顔はさせたくない。ここはユイを助けて、素敵なサプライズといきたい。

 

「じゃあ俺は行くぜ。お前も気を付けろよ」

「ふん。たかが雑魚にうなされるお前に心配される謂れは――おい、待て!」

「……なに!?」

 

 突如感じた身を刺すほどの殺気に、ウィルもレンクスも驚いて振り向く。

 

 細長い手足。刃物のようにシャープな人型。体表は滑らかな黒一色。瞳のない朱い目と、まるで個性のないのっぺらぼうの顔。

 

 圧倒的な存在感を放つ異形の化け物が、二人の目の前に現れた。

 

「こいつは……!?」

「ナイトメア=エルゼム。初対面なのにまるで最初から知っていたかのようにそれと認識できる……。アルの奴め。《命名》したな」

 

 ウィルは忌々しげに舌打ちする。

【干渉】にはできない【神の手】の使用法の一つ、《命名》だ。

 元々名前の存在しない、そのままでは現象や概念でしかないようなものに固有の名を与えることで、確固とした存在として世界に確定させる。あるいは、既に名のあるものであっても別の二つ名を与えることで、名の意味に応じて変質させることができる。因果律の操作を伴う強力な術である。

 これがただの風や雷であれば弱い精霊のような存在でしかないが、アルトサイドを満たす闇そのものに《命名》したことによって、闇の化身とも言うべき強力な存在となっているはずだった。

 何せ実に一万年分の負の遺産が、この一体に凝縮されているのだ。

 あのアルが寄こす相手だ。実力の程は見えないが、油断ならない相手だろう。

 

「予定変更だ。手を貸せ。こいつを止めるぞ」

「けどよ。ユイのことはどうするんだよ」

「アルの創った化け物だぞ。ユウやあの女が見つかれば、こいつは真っ先に狙う」

 

 事実、エルゼムは既に『黒の旅人』とユウ――つまりどちらもユウを襲撃し、広い意味でユウであるウィルも襲おうとしていた。

 今の段階のユウやあの女に相手をさせる訳にはいかない。

 試練だと考えるには趣味が悪過ぎる。何だかんだでウィルは、ユウが壁を破れば乗り越えられる程度の試練しか課してこなかったつもりだった(エラネルでは流れで自身が相手してしまったが、予定外であるし、条件は一撃当てるに緩めた)。

 こいつは違う。ユウを試すつもりでなく、殺しに来ている者の発想だ。

 壁を五枚は破らなければ立ち向かえないほどの難敵である。この時期に相手をさせるには早過ぎる。

 

「こいつを止めることが、間接的に手助けになるってことか」

「そういうことだ」

「……へっ。まさかお前と共闘する日が来るとは思わなかったよ」

「僕もだ。これきりにしたいものだな」

 

 

 gyaaaaababababababababbabababhyggggggrrggggrgrgrggggrgrgrgaggggrgg!

 

 

 この世のものではないような絶叫が響く。

 あらゆる生物の身を強制的に痺れさせ、致命的な隙を生じさせる咆哮。

 しかし二人は咄嗟に気のシールドを張ることによって、襲い来る衝撃から身を守った。

 それでもシールドが破れるほどの衝撃ではあったが、とにかく二人は初見殺しを免れた。

 

「やかましい声で鳴きやがって」

「来るぜ」

 

 破壊本能を剥き出しに襲い掛かるエルゼムを、ウィルとレンクスは迎え撃つ。


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