〔アルトサイド『シェルター001』内部〕
あの日から幾度目かのアルトサイダー臨時会合である。
リーダーであるゾルーダ。
元冒険者ギルドマスターであり副リーダーのブラウシュ。
ガーム海域の魔女、参謀クレミア。
書記を務める永遠の少年、クリフ。
ちょび髭のカッコつけミドルガイ、カッシード。
モコ毛の可愛らしい服を身にまとい、モコ耳を付けたモココ。
ふんわり系毒舌家のペトリ。
初期防具と伝説の木の棒を装備した撲殺フラネイル。
日頃は会合をサボりまくりの気分屋、パコ☆パコ。
フウガに次いで二番目に新顔のオウンデウス。
そして、用心棒役の剣神グレイバルド。
アルトサイダーたちは、フウガを除き全員が集結していた。
「ダイゴはまた欠席なの?」
モココが呆れた顔で言った。まだあの日のことを引きずっているとしたら、とんだガラスメンタルであると思う。
「何かあったんじゃないのか? 魔獣やナイトメアに襲われたとか」
「死んじまってたりしてな」
ブラウシュが原因を推測すると、カッシードが下品に笑う。
元々ダイゴは仲間に入れてから日が浅い上に休み放題なので、彼らの中でも仲間意識は低くなっていた。期待外れというやつである。
「まあ彼のことは置いておこう。そのうち連絡が来たら迎えに行くさ」
ゾルーダが話題を収めた。
「それより情報共有しましょう。皆さんの近況や何か共有したい情報があったら言って下さい」
ホワイトボードを叩きながら、クリフが本題を進めようとする。
「言い出しっぺからどうぞー」
パコ☆パコは気怠そうにクリフに促す。クリフは苦笑いした。
「僕はリアルで寝たきりになっちゃったんで、あんまり……環境の急変は身体に応えますねやっぱり」
トレヴァークではいつお迎えが来てもおかしくない爺さんであるクリフは、あの日以来のドタバタに身体が付いていけず、寝たきりになってしまっていた。
「もうちょっとで俺たち側だな」
ブラウシュは真なるアルトサイダーの仲間が増えることを嬉しく思い、ニヤリと笑った。何だかんだで肉体がないということは不安に感じるものなのだ。仲間は一人でも多い方が安心できる。
「ええ。いよいよということになりそうです」
「歓迎するよ。クリフ」
ゾルーダは優しく微笑んだ。
「そうだ。せっかくだし、生身持ちから順に行こうか」
このメンバーの中では、クリフの他にはオウンデウス、撲殺フラネイル、パコ☆パコの三人である。
撲殺フラネイルが元気なく手を上げた。
「ラナクリムがプレイできない……。撲殺動画が上げられなくなっちゃったし、既存の動画自体みんな見なくなっちゃったよ」
彼は年甲斐もなくしくしく泣いている。
「このご時世にプレイ動画なんて誰も見ないっすよ」
クレミアがそっけなく正論を述べて、軽くスルーされた。
次はオウンデウスの番である。
「ダイラー星系列の情報だが……。すまんが大したものはない。警備が厳重だからな」
「そうですか。残念です」
「ただ一つ……」
「どうぞ」
「あの戦車みたいな兵器、人型に変形するらしい……。しかもメイドみたいになるらしい……」
「マジっすか!?」
クレミアは今度は食い付いた。研究屋の性分か、からくりものは結構好きなのだ。
「知人から炊き出しをしていたと聞いた。……飛び上がるほど美味いそうだ」
「よくあの質量を人型に……しかもメイドで、多機能……さすがっすね」
「でも普通、兵器にそんな機能付ける? 未来に生きてるわねぇ」
クレミアは素直に感動し、ペトリは呆れと感心が半々の感想を述べた。
さて次はパコ☆パコの番であるが、みんなマイペースな彼女の調査にはまったく期待していなかった。
パコ☆パコは、身の回りの困ったことをと語り始めた。
「このところ物価が高くなって困っています>< あと、交通機関がよく止まりますね☆」
「世界人口の一割が眠っているんだからな。色々影響が出てもおかしくないと思うぜ」
カッシードがすまし顔で言った。
「モデルのお仕事もがくって減っちゃって。辛気臭い感じです><」
「お前、モデルだったんだな」
ブラウシュが舌を巻く。アルトサイダーはリアルよりかなり美化されているのが大半であるが、彼女はほとんどそのままらしい。
あまり身にならない会話が続いたところで、ゾルーダが咳払いをした。
「次へ行こうか。グレイバルドさん」
リーダーである彼も、自身より強いこの男には一目置いている。
グレイバルドはアルトサイドの担当である。彼は周辺の様子を語った。
「日を追うごとにナイトメアの数がどんどん増えている上に凶暴化している。いくつか新種まで出て来た。私は戦えるからいいが、皆がシェルターから出るのは止めておいた方が良いだろうな」
「言われなくたって出ないわよ」
モココの言葉が全員の総意だった。好き好んで気持ち悪いナイトメアを掃討するのは剣神くらいのものである。
その後も和気藹々とした雰囲気で、あまり中身のない話が続いた。
「……さて。ホシミ ユウはうまくやっているのか?」
ユウ担当はブラウシュである。彼は何人かの不真面目なメンバーと違って、真剣に彼の足取りを追っていた。
「トリグラーブでエインアークスに接触した後、知人を助けにまたこっちへ戻ってきたようだ」
アルトサイドでは感知系の技がほぼ遮断されてしまうのだが、アルトサイドに属するアルトサイダーに限っては例外で、ナイトメアの気配や直接接触した相手の反応ならば読むことができる。
「せっかく一度送ってやったのにまた来たのか……。それで?」
「何日かいたが、この世界から反応が消えた。どうやら目的を果たしてトレヴァークへ戻ったようだ」
「なるほどな」
「あんな奴、期待できるんすかねえ。随分可愛いらしいというか、頼りなさそうだったっすけど」
ユウと直接刃を交えていないクレミアの評は割と辛辣だった。
だがゾルーダは嗜める。
「忘れたのか。あのなりで千人規模の夢想病患者を救い、終末教の半数近くを無力化されたんだぞ。たった二年でだ。あれは見た目や雰囲気で判断するなという良い例だよ」
彼の言葉に、ユウにボコられたカッシードたちは心から頷く。
実際、彼には一般的な強者が持つ特有の雰囲気がない。剣神が持つような凄みもなければ、剣麗が持つような華もない。容姿が整っている方だということ以外は、ともすれば民衆に埋没してしまいそうな、まったく平凡そのものの印象しかない青年である。
だが蓋を開けてみれば、ここ二年で彼が最も手を焼いたのは間違いなくユウだった。実力的には剣麗に近いのだろうが、剣麗と比べても遂行能力と言うべきか決戦能力と言うべきか、とにかく「何かやらかしてくる」能力が非常に高いのである。
だから今回、プライドの高いゾルーダも腰を折り、怒りの拳を甘んじて受けてでも、彼の協力を買うことにしたのだ。唯一、甘い奴だということだけは第一印象から正解だった。
「活発に動いてはいるようだし、今後に期待というところだな」
そろそろお開きにしようかと、ゾルーダが席を立とうとしたところで――。
会議室の外部で、大きな爆発音がした。
「なんだ?」
「襲撃か!?」
ナイトメアの襲撃ならばよくあることである。だがシェルターは極めて堅牢にできており、よほどのことがなければ傷すら付かないのだ。会議室まで届くような爆発音がするのはおかしい。
ぞろぞろと外へ出た彼らが見たものは、目を覆いたくなるような惨状だった。
「シェルターにどでかい穴が開いちゃってるっすよ!」
「まずいです! ナイトメアが入ってきます!」
クレミアが叫び、クリフは頭を抱える。
緊急事態に、ゾルーダは声を張って呼びかけた。
「この中で戦える者はいるか!」
「俺はいけるぞ」
「私もまあまあっす」
「ここは俺に任せろ」
ブラウシュとクレミア、カッシードが真っ先に手を挙げる。彼らは元々S級冒険者以上の実力があり、ナイトメアに後れを取るつもりはない。
「後方支援ならできます」
魔法を得意とするクリフはそう言った。
「撲殺なら任せろ」
伝説の木の棒を振り回し、撲殺フラネイルは気合十分である。
「そんなものが効くっすか?」
「安心してくれ。この武器は最弱だが、代わりにどんな相手にでも確実にダメージを与えられるのだ」
撲殺フラネイルは不敵に笑った。
「さすがにナイトメアは無理!」
「私もどちらかと言うと苦手かなぁ」
「私、生産系なので><」
「俺も足手まといになりかねん……」
モココとペトリ、パコ☆パコ、そしてオウンデウスは辞退する方向だ。
だが四人も遊んでしまうということは、さすがにクレミアとしては避けたかった。
「待つっすよ。直接戦えなくても、私が作った魔光砲があるっす。使い方は魔力込めるだけっすよ。それで戦えないっすか?」
魔光砲は、シェルターに備えられたナイトメア迎撃用装置である。
「そう言えば、そんないいものがあったわね」
「それなら大丈夫かもぉ」
「いけます/」
「足手まといにならんのなら……」
全員の方針が固まってから、ゾルーダが言った。
「わかった。後方メンバーは僕が守ろう。グレイバルドさん。シェルターに穴を開けた奴をお願いします」
「任された」
普通のナイトメアならば開けることのできないはずの穴が開いている。ということは、それができるほどの者が敵の中にいるということ。
そいつに最大戦力である剣神をぶつけ、他の雑魚を全員で蹴散らす。良い作戦であるように思われた。
だが……。
ゾルーダたちは最後方に待機し、ブラウシュ、クレミア、カッシード、撲殺フラネイルが前を進み、やや後ろからクリフが追随する。
前進する彼らを、予想外の光景が待ち受けていた。
「なんだこりゃあ!?」
「どうも様子がおかしいぞ」
明らかにおかしいのは、ナイトメアの動きだった。
普通、破壊本能のままに好き勝手暴れ回るはずのナイトメアが、まるで統率の取れた軍隊のように整然と進んでいるのだ。
そして、ナイトメアの隊列の最後方――一つだけ肌色の人影があった。
「おい! 誰かいるぞ!」
そいつが敵主格だと判断した撲殺フラネイルは、伝説の木の棒を手に勇み先陣を切る。
「あっ」
その人物の人相に逸早く気付いたクレミアが引き留めようとしたが、既に彼との距離は開いてしまっていた。
彼女が躊躇ったのは、ユウが血相を変えて行った忠告を覚えていたからである。
そいつを見かけたら真っ先に逃げろ、と。
だが……。
クレミアは一考し、切り捨てた。
あんな子供みたいなガキの言うことを聞く必要がどこにあるのか。
そもそも、私たちの利害は大きなところで一致しているはずだ。きちんと話せば、味方になってくれる可能性の方が大きいだろう。ならなかったとしても、わざわざ敵対する意味もない。
それに、一人先走った撲殺フラネイルを放っておくわけにもいかない。
「私たちもいくっすよ」
「だが……」
「しかし……」
ブラウシュとカッシードもまた躊躇っていた。
クリフは自分で判断せず、成り行きに任せようと後ろから黙って見守っている。
そこに、グレイバルドが後押しした。
「なあに、私がいる。心配は要らない」
彼がこんなことを言ったのは、彼には自分こそが最強であるという強い自尊心があったからである。
ゆえに、逃げた方が良いなどというユウの忠告は癪に障るものであり、かえって逆効果となってしまったのだ。
「そうだよな」「剣神様がいるんだからな」
グレイバルドの鬼神のごとき強さを信頼するブラウシュとカッシードは、頭をよぎった不安を吹き飛ばしてしまった。
そして、彼らはその男と対面した。
彼らアルトサイダーとの利害の一致から、彼らが泳がせ利用した男。
彼らは知る由もないが、ラナをその手で殺害しかけ、世界を破壊した男。
「ほう――貴様ら。どこかで見た顔だな」
ヴィッターヴァイツは、獰猛な笑みを浮かべていた。