フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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236「アルトサイダーの悪夢 3」

 ゾルーダは中々仲間からの連絡が来ないことに、不安を覚え始めていた。

 既に各員に指示して、援護射撃の準備は済んでいる。

 後は戦闘開始の連絡があれば、すぐにでも撃つつもりだったが。

 ヴィッターヴァイツと剣神グレイバルドの戦いの間は時間が停止していたため、彼の体感ではまだ戦闘と呼べるほどのものは発生していなかった。

 まさか前衛組の大半が既に死んでいるなどとは、つゆも思いもしなかったのである。

 

 やがて、ブラウシュとクレミアだけが戻ってきた。

 不思議に思ったゾルーダは尋ねる。

 

「どうした? 敵とは戦闘にならなかったのか?」

「それが……ヴィッターヴァイツのおっさんだったんすよ」

「戦闘は中止だ。向こうとしてもシェルターが開かないから破っただけで、襲うつもりはなかったらしい」

「ヴィッターヴァイツだと……?」

 

 ユウが逃げろとしきりに警告していた相手である。

 だが二人が五体満足であるところを見るに、どうやら心配のし過ぎだったようだ。

 

「他のみんなはどうしたのかしら?」

 

 モココの疑問は当然であり、ゾルーダも次に聞こうと思っていた。

 

「あの男は俺たちの目的を知った上で手を組みたいそうでな。だがこちらの協力が確約できるまでは、身柄を預かっておくと」

「なるほど。人質か。そのくらいは要求してくるものか」

 

 人質の方が多いことに引っかかりを覚えながらも、ゾルーダはとりあえず納得した。

 向こうからすれば、こちらは利用してきた上にほぼ初対面の相手である。

 無条件で信用しろと言う方が難しいのは道理だ。

 それに万が一、グレイバルドさんがいるのだから心配はないはずだと。彼は一人頷く。

 

「もし協力しない場合はどうなる……」

「人質を含め、全員死ぬことになる、と」

 

 不安がるオウンデウスに、ブラウシュが抑揚のない声で言った。

 

「うわぁ><」

「大した脅しねぇ」

 

 パコ☆パコは素でどん引き、ペトリは苦笑いした。

 実際、それができるほどの実力はあるだろう。

 グレイバルドさんさえいなければ。

 

「まいったな。実質協力する以外の選択肢がないじゃないか」

 

 ゾルーダは困ったように笑った。

 だが元々協力できるのであれば、願ってもないことである。

 

「わかった協力しよう。僕が出向けばいいのかい?」

「いや。その必要はない」

「ここで話してくれれば、あのおっさんにも伝わるっすよ。特殊な通信魔法がかかっているっすから」

「そうなのか。監視されているようでぞっとしないな」

「うむ。彼から質問を預かっている。すべてにきちんと答えてくれれば良いということだ」

 

 ブラウシュとクレミアのどこか事務的な口調に、再度引っ掛かりを覚えながらも。

 とりあえずは要望通り、ヴィッターヴァイツの質問にすらすら答えていくゾルーダ。

 正直なところ、向こうよりも先に自分たちだけ答えっ放しというのは、彼には癪だったが。

 死の危険を伴う戦闘が回避できるのなら安いものだと考え、いったんは素直に従った。

 そして、すべての質問に答え終わったとき。

 ブラウシュとクレミアは、張り付けたように不自然な笑顔で言った。

 

「ご苦労だったな」

「もう用済みっす。死ぬっす」

「は……?」

 

 突如の宣言に困惑するゾルーダたち。

 

 実のところ、ブラウシュとクレミアは【支配】されていた。

 受けた命令は、ゾルーダから情報を集めた後――速やかに自爆すること。

 

 二人が聞いた情報は【支配】を通じて、ヴィッターヴァイツに還元される。

 一度聞くものさえ聞いてしまえば、当然アルトサイダーになど用はない。

 二人の中の魔力が暴走し、人間爆弾へと急速に変質を始めた。

 血液が沸騰し、皮膚が変色して湯気を放ち。

 全身が達磨のように膨らみ始めるまで、数秒もかからなかった。

 脳が溶け、ブラウシュもクレミアも壊れていた。

 まるで己の醜い変貌が当然であるかのように、へらへらと笑い続けている。

 ゾルーダはようやく悟った。

 ヴィッターヴァイツは始めから協力するつもりなどなかった。

 最初から自分たちを殺すつもりだったのだと!

 

「まずい! 全員、防御だ! ぼう――」

 

 ゾルーダの防御魔法を張れという指示が、動揺した全員に伝わるよりも先に――。

 

 二つの人間爆弾は、大爆発を起こした。

 

 爆弾にする相手の魔力すべてを暴走させ、さらに質量の一部までを核エネルギーに変換する人間爆弾。

 全質量全魔力を直接エネルギーに変える最強の爆弾に比べれば、威力は相当に落ちるが。

 発動まで数秒足らずという速効性に利便があった。

 それでも威力は、シェルターを内側から粉々に吹き飛ばすほどである。

 

 そんなものを、直近で喰らってしまえば――。

 

「う、うう……」

 

 しかしゾルーダは。全身に重度の火傷を負いながらも、辛うじて生きていた。

 咄嗟に自分だけに張った防御魔法が功を奏した。

 グレイバルドほどではないにせよ、アルトサイダーの中で最も長く生き永らえてきた彼の実力は相当に高まっており、魔神種に迫るほどだったのである。

 人間爆弾の中では、構成の威力が低めだったことも幸いした。

 

「みんなは……」

 

 彼は周囲を見渡すものの、明らかに何一つとして無事なものはなかった。

 爆弾になったブラウシュとクレミアはもちろんのこと。

 モココ、ペトリ、パコ☆パコ、オウンデウスは……跡形もなく消し飛んでいた。

 

「あ、ああ……あああっ!」

 

 彼は項垂れ、後悔し、絶望し。咽び泣いた。

 仲間の死が悲しいのではない。

 また独りになってしまった己の境遇に。

 数千年もかけて周到に築いてきた「自分の世界」が、一瞬で壊されてしまったことに。

 たった一度のミスで。すべてが台無しだ!

 またやり直さなければならないのか……。

 

 だが。だがまだ最悪ではない。

 

 自分さえ、このゾルーダさえ生きていれば――。

 

 

「ほう。まだ生きていたのか」

 

 

「うわああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああ゛あ゛ーーーーーーーーーーっ!」

 

 

 死ぬ! 殺される! いやだ! いやだいやだいやだ!

 

 芯が冷えるような、ヴィッターヴァイツの声を聞いた瞬間。ゾルーダは。

 すべてのプライドと、後悔と悲しみさえも投げ捨てて。

 ただ逃げることを選択した。

 

「いやあああ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ! じに゛だぐな゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ーーーーーっ!」

 

 腰を抜かし、整った顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして。あまつさえ失禁までしながら。

 ゾルーダは半狂乱になって、ひたすら逃げ惑っていた。

 元はただ死にたくなかっただけの一般人。

 見てくればかり演じていた小物の化けの皮が剥がれた瞬間である。

 

「なんだその様は……。貴様が一番情けないぞ」

 

 あまりの醜態に、ヴィッターヴァイツも呆れを通り越して、表情が固まってしまうほどだった。

 一瞬、こんな汚くて情けない奴を殺すのを躊躇ってしまうほどに。

 

 ――その一瞬が明暗を分けた。

 

 ゾルーダの姿が闇に溶けて、消え始める。

 

「どこへ行くつもりだ!」

 

【支配】が間に合わないとみたヴィッターヴァイツは、消えゆく彼に向かって乱暴に殴りかかる。

 だが振るった拳は、わずかに彼を殺し切れなかった。

 右肩から先を綺麗に抉り取り、彼の右腕だったものをまき散らして。

 ゾルーダは辛うじて、アルトサイドから逃げおおせた。

 

「ちっ。オレとしたことが……。まあいい。あんな奴、探して殺すだけ馬鹿らしい」

 

 ゾルーダを殺す価値もないと断じたヴィッターヴァイツは。

 アルトサイダーへのけじめは付けたと考え、ひとまず留飲を下げた。

 

 

 ***

 

 

 命からがらゾルーダが逃げた先は、トレヴァークのどこかの平原であった。

 あまりに必死だったので、場所を指定する余裕もなかった。

 ただ違う世界であれば逃げ切れると考え、実際奴は追ってきてはいない。

 

「ひい……ひいっ……ひいい……」

 

 右腕が完全に抉り取られていた。痛みさえあまり感じないほどである。

 ただ吹き出す血と表面のグロテスクさを目にして。それが自分の腕であることを理解して。

 ゾルーダは子鹿のように泣いた。

 とかく小心者である彼は、ラナクリムであれば適性レベルより30上げてすべてを攻略するような男である。

 数千年も生きてきて、これほどの大怪我をしたこともなかった。

 おぼつかない手で回復魔法をかける。

 失った腕までは戻らないが、ひとまず血が出なくなるまで傷は塞がり。全身の火傷も、完全とは言えないまでも治った。

 助かったという実感が、今度は直前の恐怖を呼び起こす。

 ヴィッターヴァイツの命を刈り取る一撃が。寸前まで迫っていた獰猛な顔が。

 脳裏に焼き付いて離れない。

 身を縮こまらせて震え泣きながら、それでも満身創痍の彼を支えるものは。

 異常なほどまでの、生への執着心であった。

 

「僕は……死なんぞ……。死に、たくない……死んで、たまるか……!」

 

 数千年もの間、死を遠ざけて来た彼は。

 遠ざければ遠ざけるほど、余計に死が怖くて仕方がないのである。

 悪運の強いことに、周囲に魔獣やナイトメアの姿もない。

 たった独りになってしまったゾルーダは、静かな平原をよろめきながら歩いていった。

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