ヴィッターヴァイツが去ったことで【支配】は解け、機械兵士の制御は戻った。ナイトメアも統率を失い、本能のまま散発的に暴れ回るだけの存在となった。
ダイラー星系列は直ちに機械兵士を駆使し、ナイトメアの討伐に当たった。指揮系統が回復してからの彼らの働きは見事なもので、わずか数時間ですべての敵は鎮圧された。
だが初動における機械兵士の混乱は大きく、全体の被害は大きいものとなった。
トリグラーブにおける死傷者約二万名、ダイラー星系列もバラギオン一体と機械兵士の約半数を失った。戦力を大きく削られたダイラー星系列は、今後の安全保障に頭を悩ませることとなる。また、当然ながら民衆の非難も大きく、ダイラー星系列に対する軍事的信用も大きく損なわれてしまった。
ヴィッターヴァイツただ一人による犯行であると発表しても信じられないだろうと判断したダイラー星系列は、この事件をナイトメア襲撃に乗じた終末教の残存勢力によるサイバーテロとして強引に処理した。
自分たちのことに話を戻そう。
ハルの復活をいつまでも喜んでいたかったけれど、俺たちは事件の重要参考人としてダイラー星系列の取り調べを受けることになりそうだった。既に正気に戻った機械兵士に病院を包囲されており、投降を呼びかけられている。
「あー……。あたし、ちょっとまずいので逃げます! また後で!」
「待って。それなら俺たちも」
「ユウくんたちは素直に取り調べ受けた方がいいかも! じゃ!」
アニッサは時空魔法でさらっと空間をこじ開けて逃げた。アルトサイドは一番危ないから、たぶんラナソールに。
相手がダイラー星系列でもその気になれば逃げれるんだな。すごいな。
ん。あれ? そう言えばあのときは必死で気にしてなかったけど、ヴィッターヴァイツのお姉さんはアニエスって呼んでたような。
……後で確かめてみるか。
やってきた機械兵士に身柄を拘束され、暫定政府本部に連行される。それからシェリングドーラに記憶を解析された。
解析が終わるまでは全員身動きが取れないよう拘束されていたが、やがて拘束は解かれて客間に案内された。
俺たちを迎えたのは、二人の男女だった。
男の方は白い軍服に身を包んでおり、オールバックに銀髪を固め、洒落たデザインの眼鏡をかけている。胸元にはいくつもの勲章が光っていた。
女の方は明るい緑髪を後ろに束ね、ぴったりしたスーツを着こなしている。メイクはしているように見えないのに、素でかなりの美人だ。
二人とも身綺麗で、いかにも「働いてます」って感じの人たちだった。
「星裁執行者のブレイ・バードだ。現在、この星の統治に関する全権を握っている。一応、フェバルでもあるな」
「副官のランウィー・アペトリアです。記憶解析への従順な協力に感謝します。また、手荒な真似をしてすみませんでした」
まったく悪びれず当然のような顔で、彼女は形だけ、言葉の上だけ謝罪した。
「どうやら一名逃げたようだが」
「プロテクトをすり抜けるような空間魔法を使っていました。異常生命体かもしれませんね。良くない扱いをされると恐れたのでしょう」
「なるほど。内地では特別監査対象だからな。……まあとりあえずはこいつらがいればよいか」
ブレイは俺たちをしげしげと眺め回した。
「ふむ……。フェバルが二人、ラナソールの冒険者が二人、そこの一見普通の少女も向こうでは英雄か。中々バラエティに富んだ面子じゃないか」
「なあ。あんたらって一体何なんだよ」
ずっと偉そうな態度を取ってくるのが気に入らないのか、ランドが食ってかかった。
「訂正しよう。状況をよくわかっていない馬鹿が一人」
「おい! 馬鹿って何だよ! 確かに俺は馬鹿だけどよ!」
「ランド! 落ち着いて!」
「むぐぐ……!」
シルヴィアになだめられて矛を収めた彼を見て、ブレイは呆れた溜息を吐くだけに留めた。
ナイス、シル。
実はブレイよりランウィーの目が怖かったんだよな。ちょっと危なかったかもしれない。
「少しは話でもしようと思ったのだがな。実は記憶を解析した時点でほとんど用は済んでいるのだよ。居心地が悪いようだし、そこの二人にはご退場願おうか」
「お。ちゃんと帰してくれんのか。話がわかるじゃねえか」
「もう。ランドのバカ」
どうやら余計な人は厄介払いをしたいという意図があるようだ。
ブレイが手を叩くと、シェリングドーラが現れて二人を連れていった。
「ユウ。ちゃんと話の内容教えるのよ」
「任せたぜ」
「ああ」
ランドをポカポカしながら、シルはウインクして外へ出て行った。
それから、ランウィーはハルに目を向けて言った。
「あなたはどうしますか? あなたは一般人ですし、我々の保護対象となります。破壊された病院には戻れませんから、こちらで仮の住まいを提供することもできますが」
「ボクは……大丈夫です。ユウくんのお店がありますので」
「そうですか。わかりました。S-0003、彼女をホシミ ユウの店までエスコートしなさい」
別のシェリングドーラが、ハルを連れていった。
「ユウくん。また後でね」
「うん。またね」
ハルと「またね」を言えるのが本当に嬉しい。
そして俺とJ.C.さんの二人が残った。
「ホシミ ユウ。J.C.。お前たちには個別に話があるのだ」
「あなたはこちらへ」
J.C.さんはランウィーに連れられて別室へ行く。
とうとう俺とブレイだけになった。彼の俺を見る目はどこか興味ありげだった。
「何の用でしょうか」
「……そうだな。まずは礼を述べよう。今回の襲撃事件、お前は役に立った。おかげで被害を減らすことができた。その点については感謝する」
「いえ。みんなを守ろうと夢中になっていただけですから。あなたたちが来なければ危なかったですし」
穏やかに笑い合う。
エルンティアの一件や諸々のせいでダイラー星系列って怖いイメージばかりだったけど、この人はまともそうだ。
「いやな。我々は、お前という人物を少し誤解していたようだ。正直、私は安堵しているのだよ。懸念材料が一つ減ったとな」
「はあ」
言われなくてもたぶんあの件だろうな。思い切り対立してしまったし。
記憶を解析したおかげで、あれは不幸な事故だったと理解してもらえたのかな。だったらよかったよ。
「さて、そんなお前に渡すものがあるのだ。ありがたいものだぞ」
「なんでしょう?」
なんだろう。ありがたいものって。まさかご褒美とかじゃあるまいし。
ブレイは懐から一枚の紙を取り出して、俺の目の前で広げた。
何やら数字が書かれており、また公的っぽい印が押されている。
「これは?」
「損害賠償の請求書だ。お前が破壊したシェリングドーラ214体にバラギオン1体――しめて2617720ダードだな」
「えっ!?」
思わず目を皿のようにして見ると、シェリングドーラ1体2980ダード×214、バラギオン1体1980000ダード、計2617720ダードと確かに記載されていた。
うわ。ダメだった! しっかり根に持たれていた!
ダイラー星系列はプライドが高いってレンクス言ってたもんなあ。
「……これのどこがありがたいんですか?」
「お前のしたことは、本来なら反逆罪が適用されるところだ。だがお前の事情や活躍も酌量し、私の現地判断で賠償で済ませてやろうと言うのだ。ありがたいだろう?」
「お言葉ですが。あれは正当防衛ってやつでは?」
納得がいかない。いきなり殺されかけたのだから仕方ないと思うんだ。
「我々はしかるべき手順に則って応じた。お前が無知だっただけだ。それとも本星の外地人裁判所に申し開きでもしてみるか? 有罪率99%で有名だが」
くそ。有無を言わせない雰囲気だぞ。
こんなところで最大最強の勢力を敵に回したくないし、ここは折れるしかないか……。
「ちなみに反逆罪の場合はどうなるんでしょうか?」
「フェバルの場合は殺せないから、封印刑ということになるな。そのための専門機関があるんだ。特殊な印を身体に刻まれ、何度星脈転移しても無理に引き戻されて、永い時を薄暗い独房で過ごすことになろうな」
なんだそれ。怖過ぎるんだけど……。
「それは……ぞっとしない話ですね……」
「そうだろうそうだろう。ぜひお金にしておくことを勧めるぞ」
「でも、すみません。ダイラー星系列のお金なんて持ってないんですけど……」
正直に言った。持ってないものは持ってないのだから仕方がない。
「なあに。そうだな……大体三カ月も働けば返せるだろう。ところで、お前に割の良い臨時調査の仕事があるのだが……受けてみないか? 何でも屋」
ブレイは眼鏡を指で押し上げ、いたずらっぽくにやりと笑った。
そこでようやく彼の意図を理解する。体面を保ちつつ協力を依頼しようということに。
なるほど。どうやら選択肢はないみだいだな。話を聞こうか。