「きみが【想像】していないはずの存在が現れ始めたって?」
「そうなの。トレインが創ったわけじゃないのよね?」
「まさか。僕は君の望むもの以外に力を使うことはないよ」
「そうだよね……。どうなっているのかしら」
近頃、民から耳を疑うような報告が多発している。
死んだはずの者が蘇っただとか。姿形をそのままに、あるいは望むままに変化させて、普通にその辺りで暮らしているだとか。それは私の描いていた夢に近いのもので、きっと望ましい変化のはずだ。
長きに渡って蓄積された永遠のへの想いが、望みが、生と死との境界を壊しつつある。
だけど……同時に、悪い何かも生まれてしまったみたいで。
まるで闇のような恐ろしい何かに襲われたという話がちらほら聞こえてくるの。そういったものに殺されてしまう者まで出て来てしまった。
話を丁寧に聞いてくれたトレインは、難しい顔で頷いた。
「死後も想念だけで存在し続けるものか……。なるほど。どうやらきみと僕たちの壮大な計画は次の段階へ進んだようだね」
「やっぱりそうなのかしら。いよいよ死を超越した世界が実現しつつあるってことなのかな?」
「だと思うよ。不安要素はあるものの……とりあえずはおめでとうだね」
「うん……。ありがとう」
全体としては望ましいことのはずなのに。思ったほど気分が優れない自分に気が付いた。
とても嬉しいことのはずなのに。なのに……。
悪しきものの出現。犠牲者が現れてしまったこと。
一抹の不安が過ぎる。
もしかして、間違った道へ進んでいるのではないか。とんでもないことをしてしまっているのではないか、と。
でも今さらどうしようもない。私たちはもう戻れない。行き着くところまで行くしかない。
世界中の人々に今さら原始時代へ戻れと言っても、それは無理な相談だから。
私だって、あの生きるか死ぬかの世界に戻したくはない。
だけど……。
はたと気が付くと、トレインに優しく手を握られていた。
「怖いのかい?」
「ええ……そうね。私、何だか怖いわ。こんなことになるなんて」
「想念には、もちろん良いものもあれば悪いものもある。想いが実現する世界になっていくのなら、さしずめ悪夢のような存在だって……想定はしていなかったけれど、等しく現れてしかるべきものだったのだろうね」
「本当に大丈夫なのかな。もしこのまま悪いものが溢れて、世界を覆い尽くすなんてことになったら……」
理想とは遠くかけ離れた、この世の地獄になってしまう。みんな殺されてしまうかもしれない。苦しみしかない世界になってしまうかもしれない。それが怖い。
「……大丈夫、なんて下手な慰めは言えないか。僕たちは目的のため、見境なく想いの力を拡張し続けた。すべての生きとし生ける者たちが素敵な夢に至れるように。その代償として、僕ら個人がもはや制御できなくなるレベルまで、きみの力は高まってしまったのだな」
「【想像】が私の手を離れて、自立した動きを始めているってこと? ふふ……そんなので女神だなんて、まるで仕組みの中のお飾りね」
「力が独立した方向性を持つ。異常生命体にはままあることなんだ。だけど」
彼は私の目をしかと見つめて、安心させるように言った。
「力の限り僕が守るよ。きみ自身と、きみが望む世界を。だから安心しておくれよ」
「……うん。お願いね」
トレインに抱き縋る。泣きはしなかったけれど、気の済むまで黙って身を預けていた。彼の温かさと心音が、私の不安を和らげてくれた。