フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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258「ラナの記憶 7」

「このままでは危険だ。対処を講じよう」とトレインは言った。

 悪しき想念が現象したナイトメア。正体不明かつ不定形の化け物のままにしておけば、人々の不安は強まるばかりだ。負の感情は加速度的に増幅され、さらなる災厄の発生を招くことになる。

 それならば、人々にとってわかりやすい脅威かつ処理可能なものとして再定義・認識させ、能動的に対処させようと。闇を「見える化」し、封じ込め、あるいは制御してしまおうと。問題の根本的な解決にはならないが、対症療法としては有効だと彼は提言する。

 確かに効果的だとは思う。だけど……。

 あえて人を襲うような化け物を【想像】する。そして守るべき民自身に処分させるなんて。

 暗澹たる思いだった。提案された当初は強く反発し、すぐには実行に移せなかった。

 けれど手をこまねいているうちに、被害は日に日に増していき、闇は指数関数的に増大していく。やがては手遅れになる。いよいよ決断するしかなかった。

 

 こうして、この世の悪しき想念を基にして人工的に生み出された脅威。

 世界にとっての必要悪。

 私は「女神」として、新たなる敵への対抗を呼びかける。従順な民は、私の言うことであれば素直に信じてくれた。大いなる敵は、皮肉にも民の結束をさらに強固なものとし、私の力を高める。

 そして彼らは、人に魔獣と呼ばれるようになった。

 私がこれまで【想像】してきた素敵な生き物たちとはまったく違う存在。人を憎み、世界を憎み、ただ害をなし、敵として殺される。ただそのためだけに生まれた可哀想な存在。

 そうするしかないのだとわかっていても、私はひどく心を痛めた。

 

 しかしそんな哀しい真実をさて置くのなら、人の強さ、逞しさというものを改めて見せ付けられたのは確かだった。

 

「自ら先に立ち、危険を冒す者。冒険者とはよく言ったものだね」

 

 人々の中から、勇敢な冒険者という存在が生まれたの。

 冒険者の私的な互助会として始まった組織は、やがて公的な機能を持つ冒険者ギルドへと発展していく。

 特に野心的な背景を持つトレヴィス大陸において、冒険者稼業は隆盛を見せる。

 組織としての強さももちろんだけれど、個々人の成長も目を見張るものがあった。

 彼らの強くなりたいという望みが、【想像】を介して人の限界を打ち破る方向に作用したみたい。世代を経るごとに上位層の超人的傾向は顕著となり、S級と呼ばれるトップグループについては、トレインをして「僕と二、三合はまともに打ち合える」とまで言わしめた。

 そして、強くなったのは人ばかりじゃなかった。冒険の先や強さへの渇望は、さらなる舞台や強敵を求める動機にもなる。彼らの願いを「悪しきもの」のままで終わらせず、適切な形で発展解消させるため、私はトレインと協力して陰ながらあれこれと手筈を整えた。

 幾多の秘境を創造し、魔獣もS級や魔神種といった上位的存在が創り出されていった。

 色々なアイテムを揃えたり、秘境には強力なレア装備を置いてみたりもした。

 まあ、人々の希望と結束の象徴として、聖剣フォースレイダーなんてものまで創ってしまったのはやり過ぎだったかもだけど。

 しかもトレインなんて妙に子供っぽく熱くなっちゃって、「英雄たる資質を持つ者にしかこれを振るう資格はない!」とか選定機能まで付けちゃうし。そこは彼の可愛い一面を見られたから良しとしようかしら。

 

 とまあこんな感じで、私たちは冒険者のプロモーターであり、同時に総合演出家として、一般的な世界事業の裏で指揮を振るい続けた。

 トレヴァークは、もはや別世界と呼べるほどにすっかりその姿を変貌させていった。

 

 人と魔獣。二者は互いを際限なく高め合いながら、状況は比較的良くコントロールされているように思われた。あれ以来ナイトメアの発生は鳴りを潜め、闇は完璧に封じられている。

 私とトレイン、そして当代の聖書記クレコは、現在はフェルノート上空に築いた浮遊城ラヴァークで穏やかに暮らしている。

 今度、お忍びでトリグラーブに遊びに行こうと思う。久しぶりの外出。楽しみね。


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