フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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263「さらに迫るタイムリミット」

 ここまでの記憶を見終えた俺は、今日の記憶回収を打ち切ることにした。

 

「ふう……。さすがに骨が折れるな。これでもう34か所目か」

「お疲れ様でした。何か掴めましたか?」

「うん。だいぶ当時の状況がわかってきたよ」

 

 ラナが世界各地を旅していたせいか、記憶は各地に飛び飛びになっていた。そのため、時系列順に各地を回りながらの回収となり、かなりの時間がかかってしまっている。

 場所の問題だけではない。まるで見られたくないかのように大量の魔獣やナイトメアが妨害するので、それらを掃討するのも手間だった。

 ダイラー星系列に提示されている星消滅兵器の到着――最短のタイムリミットまで残り30日まで迫っている。

 もうあまり時間がない。焦りは募るばかりだ。

 だけど、アニエスの協力もあって少しずつ。少しずつだけど過去の時計の針は進んでいる。彼女の記憶は間もなく核心へと向かおうとしている気がする。

 俺たちは、魔獣と冒険者の発生と発展、それからアルトサイドの原形と思われるものの出現を確認した。いよいよ不穏な空気は露わになってきている。

 約1万年前に始まり、それから2000年以上に渡って繁栄を続けたラナとトレインの「理想の世界」。トレヴァークという現実世界にかつて存在していたそれは、今や現実には存在せず、ラナソールという「夢想の世界」としてのみ形を残している。

 大きな断絶がある。

 何か決定的な出来事が起こったはずなんだ。ミッターフレーションにも匹敵する、破滅的な何かが。トレヴァークから彼女たちの創り上げたものがあらかた消失してしまうような何かが。

 そのときが近づいているのは間違いない。そこに今回の事態を解決するヒントがあるはずだ。そう信じたい。

 

 ところで。

 

「まさか受付のお姉さんが出て来るとはね……」

「まさかの登場でしたね」

 

 あの人がいきなり出てきたのには本当にびっくりした。しかも今とほとんど変わらない容姿だったし。

 ハルと妙な人だねとは話していたけど、あの人やっぱり普通じゃなかったんだな……。

 何が「大昔にちょっとね」だよ。がっつり絡んでいるじゃないか。

 だけど、あのお姉さんですら最初は下級魔獣を前にビビるくらい弱かったということがわかり、妙な親近感が湧いたのも確かだったりする。

 彼女の防衛線における活躍は色んな人から聞いている。魔神種を素手で殴り飛ばしたとか。下手なフェバルばりに強いって。

 あのはっちゃけた笑顔の裏で、きっと想像も付かないほどの鍛錬を重ねてきたんだろうな。みんなの頼れるお姉さんになるために。

 

 それにしてもあの人、ほんと何者なんだろう。ずっとこの世界に留まっている辺り、フェバルではないみたいだけど。

 レンクスが言ってた異常生命体ってやつだろうか。

 同じってことは、もしかしてアニエスも……?

 

「ん? あたしの顔に何か付いてます?」

「いや……」

 

 アニエスも明らかに普通じゃないもんなあ。時空魔法をこれだけ平気で使いこなすほどの魔力は、通常の人間ではあり得ない。

 でもこの子。やっぱりどこかで見たことあるような気がするんだよな。記憶にないはずなのにずっと妙な既視感がある。

 まあそれは気になるけれど置いておこう。

 

「今のところ順調に記憶の回収を進められているけど、ヴィッターヴァイツの動きがないのが不気味だな。あいつのことだから傷を癒したらすぐにでも仕掛けてくるかと思ったけど」

「回復に時間がかかるほどの傷を受けたんだと思いますよ。黒性気による攻撃は肉体と同時に精神にまで回復しにくいダメージを与えるって――えっと、聞きましたからね」

「あの黒い気、そんなやばいやつなのか……」

 

 ヴィッターヴァイツは俺たち程度軽く始末できると豪語していた。とても大怪我をしているとは思えないほど堂々とした態度だったけど、実際はあいつも立っているのがやっとだったのかもしれないな。

 だからダイラー星系列とまでは戦えないと身を引いたのか。強かな奴だ。

 

「やばやばのやばですよ。とにかく何でも殺すことに特化してて、一度に与えるダメージが凄まじく大きければ、フェバルを始めとした超越者の精神すら力業で殺し切ることができるって――えっと、言われてます」

「それができたとしても、ただ殺すだけしか能がないって道は選びたくないな……」

 

 あの力を使っている間、どんどん心が冷たくなっていくのがわかった。白い力と違って理性はあるんだけど、殺意ばかりクリアになっていくというか、力に感情が支配されていく。

 最速かつ効率的な身体の動かし方、力の使い方。どうすれば最も的確に敵を殺せるか。そんな冷酷な方法ばかりがやけにはっきりと「見える」。

 俺みたいな普通の肉体の持ち主でも、ヴィッターヴァイツを圧倒できてしまうほどに。

 あれほど「フェバルらしい」力はない。俺が目指している「人と交わる」旅人としてのあり方とは最も遠い位置にある。

 

「ですよ! ユウくんの素敵なところまでみんな殺されちゃいますから!」

 

 妙に熱いまなざしでそう言ってきたので、嬉しく思う一方でちょっとだけ気になった。

 

「俺の素敵なところって?」

「あっ! その、優しいところとか、いろいろ……」

 

 やけにもじもじしているのが子供みたいで、何だか可愛らしく思えた。つい軽く頭を撫でてしまいつつ、礼を言う。

 

「君とはまだあまり関わった記憶はないけど、ありがとう。嬉しいよ」

「あうぅ……」

 

 アニエスはちょっと嬉しそうな、恥ずかしそうな様子だった。

 

「よし。そろそろ行こうか。ブレイさんに報告しなきゃいけないし、みんな待っているだろうから」

「はいっ!」

 

 ――来るならいつでも来い。ヴィッターヴァイツ。


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