俺とハルから仕掛けた。
心を通じ合わせていることを活かし、互いの隙を消すよう同時に剣撃を浴びせかかる。一歩間違えれば同士討ちになりかねない絶妙なコンビネーションで斬りかかっていく。
だがヴィッターヴァイツは余裕だった。
両腕に分厚い気のベールを纏わせて、雨あられと飛び交う斬撃のすべてを見切り、余すことなく受け止めている。
わずかコンマ数秒の攻防で、力の差は目に見える形ではっきりと表れていた。
かすり傷すら与えられないのか。
二人同時に相手して、綺麗に捌かれている……!
『どうした。こんなものか!』
ヴィッターヴァイツが獰猛な笑みを浮かべ、念話を送り付けてくる。
一瞬の切り返しだった。
ヴィッターヴァイツの蹴りがハルの腹部に突き刺さる。ハルは錐もみ回転しながら吹っ飛んでいく。
『ハル!』
気を取られている場合ではなかった。ヴィッターヴァイツの回し蹴りが既に目前まで迫っている。
咄嗟にガードするも脇腹へ衝撃が走り、俺もまた吹っ飛んでいく。
ただやられているわけにはいかない。
《パストライヴ》
ショートワープでヴィッターヴァイツの背後を取り、気剣を振り下ろした。
だが次の瞬間には、唐突に地面が迫り、鼻柱から激突していた。
痛みが走り、声にならない悲鳴が上がる。
何をされたのかはすぐに理解した。後頭部を掴まれ、地面に叩きつけられたのだと。
衝撃で地面が爆砕する。岩礫が幾度も顔を打ち付ける。
『ユウくん!』
俺だけに届く心の声で、ハルが叫びながら突っ込んできた。
魔法剣の煌めきが奴の腕を狙っている。捕まった俺を救い出す気だ。
しかしヴィッターヴァイツは涼しい表情のまま、片腕だけで彼女の剣を弾いてしまった。
俺も一緒に仕掛ける。無理な態勢から、強引に奴の胴へ手を押し当てる。
《気断掌》――!?
――壁だ。まるで果てのない壁に打ち付けているかのように手ごたえがない。
『気を極めたオレにそんな技は効かんぞ!』
ヴィッターヴァイツの手が離れたと思うと、俺はボールを蹴り出すように弾き飛ばされていた。
何度も地面をバウンドした後、辛うじて飛び上がり、体勢を立て直す。
呼吸を忘れていた喉がむせ出す。吐き出されたものは血ではなく、唾液だった。
なるほど耐久力は上がっている。今までならもうやられていたが、まだ戦えないほどではない。
だけど、どうやればあいつに攻撃が届くのか。
『やっぱり手強いね。わかっていたけど』
いつの間にか横に並び立っていたハルが、こちらを気遣うように目を向けている。
彼女の言葉に、少しばかり絶望感を覚えていた心を奮い立たせる。隣にハルがいることが、共に戦える者がいることが心強い。
『ああ。でも戦えている。あいつが攻撃を防いでいるということは、まともに当たれば通るはずだ』
この事実は重要だ。
ヴィッターヴァイツが攻撃を防いでいる。奴にとって今の俺たちの攻撃は脅威になり得るレベルに達しているのだ。
勝率はゼロではない。奴の気力も無限ではない。戦いが進み互いに消耗してくれば、手数の多いこちらにチャンスも増えてくる。
でもあいつだってそれはわかっているはず。このまま大人しく済むとは……。
『今度はこちらからいくぞ』
身構えた俺たちの死線を――ヴィッターヴァイツは容易くすり抜けた。
後ろ――!?
意識ではわかっていても身体が追い付かない。
俺とハルの頭はわし掴みにされ、バッティングする。
「う゛っ!」「あ゛っ!」
追撃で蹴りをもらい、俺たちは揃って宙を舞うことになった。
攻撃の手が休むことはない。
奴は既に吹っ飛ぶ方向へ先回りしていた。剛脚が身体を両断するオーラの鋭さをもって、それぞれに繰り出されている。すんでのところで腕を回して威力を殺した。
腕が痺れる。元よりパワーは向こうが上。殺しきれなかった分は上昇力となって、俺とハルを打ち上げた。
今度は上か!
振り向き様に反撃を狙う――視界を真っ白な光が覆っていた。
極太の光線が撃ち落とされている。
魔力波だと――。あの一瞬で。
それもただの魔力波ではなかった。ヴィッターヴァイツ自身の気を練り込んで、魔気混合の技としている。理を超越するフェバルだから可能な芸当だ。
まずい。ハルが危ない!
俺と違い、彼女は回避用の瞬間移動技を持たないのだ。
咄嗟に《パストライヴ》で飛び出した俺は、ハルを抱きかかえて再度飛んだ。一瞬、背中に灼けるような痛みが走ったが、気にしてなどいられない。
攻撃範囲から離れた直後、大爆発が起こる。
轟音が耳を劈いて――そして何も聞こえなくなった。どうやら鼓膜が破裂したらしい。
キノコ雲が巻き上がる。おびただしいほどの土埃が、爆風と共に俺たちを突き刺した。
そして何も見えなくなる。視覚情報を失えば、生命反応のないハルは有利だが。
そうは許さんと、ヴィッターヴァイツは己の気を膨れ上がらせ、辺りの土埃をすべてかき消してしまった。
『危なかった。助かったよ。ユウくん』
額から血を流したハルが、状態は問題ないと微笑む。
『圧倒されてばかりだな。まずは傷の一つでも付けたいところだけど』
『ボクに考えがある』
以心伝心で作戦が伝わる。やってみるか。
『ほう。挟み撃ちか』
俺とハルは、ヴィッターヴァイツの前後から再度仕掛けた。
だがヴィッターヴァイツは戦闘の達人だ。死角からの攻撃も余裕で捌いてくる。
機を見計らい、ハルは魔剣技の《レイザーストール》を放った。
当然かわされる。かわした先には俺がいる。
あわや同士討ちかというところ、
《アールレクト》
至近距離で跳ね返した。
跳ね返した先にはもちろん奴がいる。
さらに俺から《センクレイズ》と、ハルからダメ押しで《レイザーストール》を追加でお見舞いする。
二人がかりでダメなら、攻撃を三つにするまでだ。
さすがの奴もこれには面食らったようで、反応はできてもすべてを避けることはできなかった。
背後からもらう形になった《レイザーストール》が、奴の肩を浅く抉っていく。
効いている。浅いとはいえ、魔法剣の攻撃は届いたぞ。
これを見て、威力は落ちるものの、あえて『属性変化を加えた』魔法剣主体の攻撃に切り替える。
やはりヴィッターヴァイツは気への耐性は絶大で、またフェバルゆえ星光素への耐性も高いようだ。反面、魔法に対しての抵抗力はそれほどではない。フェバルと言えど、魔法も気も等しく得意とする者は、俺やウィルなどの例外を除いてはいないのだ。
反射も駆使して手数を増やす。深追いはせず、かといって片方だけ狙い撃ちされないよう一切攻撃の手は休めない。二人で不足をカバーし合い、ギリギリのところで均衡を保つ。
俺もハルも消耗を強いられるが、ヴィッターヴァイツにもわずかずつではあるが、着実にダメージが積み重ねられていく。
『小賢しいわッ!』
ついに痺れを切らしたヴィッタヴァイツは、気力の消費をものともせず、大技を使った。
剛腕に纏わりついた気が竜巻のごとく荒れ狂っている。その状態で俺に向かって猛然と迫ってきた。
こいつ。一人ずつ確実に仕留めるつもりか!
実力差か。悲しいことに図体は向こうが二周りも大きいのに、スピードさえ負けている。
強烈な拳が迫る。
かすっただけで血肉が弾け飛ぶ気しかしない。防御という選択肢はなかった。
身をそらせ、紙一枚のところで必死にかわす。
それは正解だったが、攻撃の脅威から逃れることにはならなかった。
瞬間、奴の拳に纏わり付いた竜巻が膨れ上がった。かわすので精一杯の俺は、なすすべなく側撃を食らう。
宙へ弾き出され、恐ろしいことになおも攻撃は持続していた。攻撃が当たった箇所に竜巻が張り付いて、威力の残る限り俺の体を抉ろうと回転を続けている。こうなれば、血肉の削れる痛みに耐えながら、この攻撃の威力が失われるまでは、全気力を防御に回して耐えるしかなくなった。
やられた。仕留めずとも、俺とハルの分断が次善の狙いだったのだ。
一対一の状況を作り上げたヴィッターヴァイツは、この機会を逃さんと全力でハルを潰しにかかる。
一度は目の前で彼女を殺された悪夢が過ぎる。
ダメだ。もう二度とあんな目に合わせるわけには!
なのに状況は俺に助けることを許さない。
一瞬でもガードを緩めれば、ひとたまりもなく切り刻まれてしまう。《パストライヴ》を使う余裕がない。
しかし彼女も現実世界の無力な少女ではなかった。剣麗の力と彼女自身の抗う強い意志をもって、致命的な一撃を辛うじて退けている。
聖剣フォースレイダーもまた、十全に彼女の動きをフォローしていた。刀身に風の魔力を宿して、凶暴な竜巻をいなしている。
やっと奴の攻撃の威力がほんの少し弱まってきた。俺がカバーできるまでにはもう少しかかる。このまま持ちこたえてくれ!
ハルの粘りと執念が通じたのか。奇跡的にも、暴力のわずかな隙を縫った一撃が奴に届いた。
袈裟懸けに斬り付けられたヴィッターヴァイツは、驚愕に目を見開き――膝を付いた。
致命傷には至らなかったようだが、決して小さな傷でないことは明らかだった。
ここぞとハルが剣に力を込める。ヴィッターヴァイツは立ち上がろうとするも、万全の体勢ではない。防御は間に合わない。
剣が振り下ろされる。
爆発のような衝撃が発生する。
勝負は――決まらなかった。
気を纏わせ、歯を食いしばり――奴は膝を付き左腕しか使えない姿勢でありながらなお、彼女の剣を受け止めていた。
ハルが上から押すような形になる。力は奴が上でも、体勢の有利が拮抗をもたらしている。
あのヴィッターヴァイツが苦しんでいる。ハルが押している。
『お前に踏みにじられた人たちのために! ボク自身の正義と誇りのために! ユウくんのために! この剣にかけて、ボクたちは負けるわけにはいかない!』
『聖剣……人の意思……そんなものが何だと言うのだ! 所詮世の理に比べればごくちっぽけなものに過ぎん。フェバルのパワーとは次元が違うッ!』
『フェバルがなんだ! 強けりゃそんなに偉いのか! 人間を! この世界を! ボクたちを! なめるなあああーーーーーーーーっ!』
ハルが力を尽くして決めにかかる。
ヴィッターヴァイツが膝を折る。明らかに押し込まれていた。
いけ! いけえええええっ!
とうとう奴の左腕に刃が食い込む。一度食い込んだ刃は離れることなく、そのまま腕を切断する勢いで進み――
――! まずい!
『ハル、気を付け――!』
ハルに注意を促すのと、奴が「防御に回していなかった右腕で」彼女の顔面を殴りつけたのはほとんど同時だった。
ちくしょう。なんて奴だ。
あいつは全力で抵抗する態度を演じながら、咄嗟の判断で防御を完全に捨てたんだ。肉を切らせても反撃することを優先した。
突然の攻撃に怯み、たたらを踏んでしまうハル。その隙を見逃すヴィッターヴァイツではない。
一転攻勢をかける。力なくぶら下げた左腕を庇いもせず、右腕ばかりで超速のラッシュを加え始めた。
怒髪天を衝き、奴の目は真っ赤に血走っている。
『とんだ勘違い女だな。力を得ただけの常人である貴様が、このオレに届くと一瞬でも思ったかッ!』
ハルは聖剣を盾にして必死に粘っている。まるで剣は意志を持つかのように、彼女を死の攻撃から守り続けていた。
ヴィッターヴァイツは刀身の防御の上からでも構わず、万力を込めて執拗に殴り続けている。
『何が英雄……何が聖剣だ。下らん。我々の力こそ。鍛え上げた肉体こそが最強の武器なのだ。そんな代物! 我が拳の前に砕けぬものではないッ!』
次第にハルの感情に絶望感が広がっていく。
心の繋がっている俺には、わかってしまった。
実際、剣にひびが入り始めているのだ。
フェバルの力の前には、いかに伝説の剣と言えど、物質の限界がある以上は耐え切れないというのか――!
一度亀裂が入ってしまうと、あとは脆かった。重い一発が入るたびに亀裂は増えていく。もはや余命いくばくもない。
あの剣が壊れる瞬間が最後だ。このままではハルが殺されてしまう!
『今度こそ死ねいっ! 二度と復活できぬよう、その剣ごと粉々に消し飛ばしてくれるわッ!』
右腕に竜巻状の気を纏わせ、正面からぶち抜かんと詰め寄る。
俺が今なお継続ダメージを受け続けている技だ。消耗したハルが喰らえばひとたまりもない。
――させてたまるか!
奴の攻撃はまだ死んでいないが、傷付くことなんか気にしている場合じゃない。
もう二度とあんな目には遭わせないと。そう心に誓ったんだ!
俺は防御を解除して、気を練り始めた。辛うじて体表に押し留めていた竜巻が、肩の血肉を一瞬で抉り飛ばし、風穴を開ける。
「ぐあああ゛あ゛あーーーっ!」
気を失いそうになるほどの壮絶な痛みに耐えながら、瞬間移動を発動させる。
奴とハルの間に割り込む。
《気烈脚》!
間一髪というところで、攻撃に意識を傾けていたヴィッターヴァイツの横っ面を全力で蹴りつけた。
致命傷となるはずだった攻撃の軸は逸れ、紙一重のところで彼女への直撃は免れた。
だがその余波までは殺し切れるものではない。
凄まじきフェバルの力。的を外した竜巻は至近で爆散し、周囲のあらゆるものを無差別に傷付ける刃となって、大地ごと俺とハルを巻き込んだ。
全身に熱く鋭い痛みが走る。
目の前で、ハルの身を包む鎧が薄紙のように切り刻まれていく。彼女の口からは、真っ赤な鮮血が吐き出されていた。
ひど過ぎる……! およそ女性が受けていい傷ではない。
至るところズタズタになるほどの凄惨な傷を受けながら、彼女は錐もみ打って吹き飛んでいく。
しかしそれでもハルは生きていた――聖剣が最後まで身を挺して、彼女をかばったのだ。
だが、辛うじて彼女の命を繋ぎ止めたのと引き換えに――。
聖剣フォースレイダーは――ほとんど柄だけを残して、粉々に砕け散ってしまった。