ついにすべての真実を知った俺は、頭を抱えた。ショックで動くことができなかった。
「なんてことだ……。ラナソールは、トレインが執念で無理に造り出した幻の世界だったなんて……」
言葉の上では、夢想の世界と呼んでいた。奇妙な世界だとはずっと思っていた。でもあくまでトレヴァークとの対比のつもりだったんだ。
ラナソールの日常で、数多くの依頼で。触れ合った彼らは、本物の心を持っていた。本物の人間だと思っていた。あくまでもう一つの現実を生きているのだと信じていた。
なのに本当は……トレヴァークに生きた人間の魂を強引に切り取って、造り上げた空っぽの器にはめ込んだだけのものだったなんて。
ランドも。シルヴィアも。レオンも。みんな、そうやって歪に生み出されたものだったのか……。
だからみんな、気力も魔力もなかったのか……。
そして、ラナはもう死んでしまっていたから。だから、ほとんど空っぽのままだったのか。
正常な魂の分割。それこそが夢想病の根本原因であるのなら。
死んでしまったラナを生かし続ける。滅びてしまった世界を存続させ続ける。
そんな悲しい、絶望から生じた願いが、ラナソールという世界の正体で。その歪んだ願いが宇宙に穴を開け、ナイトメアをも生み出しているのなら。
結局、ラナソールそのものが『事態』の原因だと言うなら。
俺は、どうすればいいんだ。何をするのが正しいんだ。
俺に、これ以上何ができるんだ。
どうすれば世界を。みんなを助けることができる。
わからない。わからないよ……。
真実を共有したアニエスもまた、いたたまれない様子で俯いていた。心底落ち込んでいるのが伝わってくる。
「知らなかった。だからみんな……そっか。だから……」
――もうどうしようもないんじゃないか。最初から、とっくの昔にすべては終わってしまっていて、今さら手遅れだったんじゃないか。
脳裏にはどうしても悪い考えが浮かんできてしまう。
そんなこと。認められるか。諦められるものか。
――でも、そうやって諦め悪く、手遅れなことを無理にどうにかしようとして、余計に悪化して。それでこんな悲惨な現状になっているんじゃないか。
いやいやと首を振る。悪い考えが止まらないのを、必死に振り払おうとする。
……っ……。だとしても。俺は!
何かないのか。何かあるはずだろう!?
今までだって何とかしてきたじゃないか! すべてとはいかなくても、それなりのことは何とかなってきたじゃないか!
今回だって、きっと――そう信じていたのに。
なのに、このままじゃ……。
――そうだ。
受付のお姉さんは――アカネさんは言ってたじゃないか。聖書を探してみてって。
もう一人の「俺」も言ってた。本当のラナに会えって。
聖書には彼女の生きた記憶が記されている。
トレインの【創造】は、無から有を創れない。けれど、核となるものがあるなら――。
本物に限りなく近い彼女に会えるかもしれない。彼女が持つ【想像】の力なら、何か突破口にはなりはしないか。
「聖書……聖書だ。聖書はどこにあるんだ?」
「クレコさんがアカネさんに託したもの、ですよね。でも、今のアカネさんが探せって言ってるってことは……」
「あの後、あの人が必死に探しても見つからなかったってことか。どうして」
あ。あああ……! そうか……!
あの伝説のお姉さんだって。いくら探しても見つからないはずだ。
「聖書はラナの【想像】が生み出したもの。つまり……」
「オリジナルの彼女が亡くなった時点で、聖書も一緒に消えてなくなってしまった……ってこと?」
俺は悔しさのあまり、自分の太ももを殴りつけた。
「最初っからなかったんだ! くそっ! こんなことって!」
ここまで来てそれかよ! 俺たちが貴重な時間を削ってやってきたことは、結局無駄足だったのかよ……っ!
膝を折り、打ちひしがれる俺に、しかしアニエスは励ますように肩を叩いていった。
「待って。ユウくん。まだ結論は早いと思うんです。あの人はきっと無意味なことは言いませんから。……あたしたちがやってきたことを、よく思い返してみて下さい」
「大昔の記憶を探って、ラナたちの記憶をすべて集めた。それがどうしたんだ」
「歴代聖書記にも立ち会ってきましたよね。それって、どうでしょう。まさにラナさんの生きた記憶ってやつを、もう持っていることになりません?」
「つまりどういうこと?」
「つまり……えーと。あたしたちの心の中には、既に聖書の元になるものがあるってことじゃないんですか?」
「……そうか!」
すっかり視野の狭くなっていた俺も、そこまで言ってもらえればわかった。
感極まり、思わずアニエスの両肩をがっしり掴んでいた。彼女が顔を赤くしてどぎまぎしていることに、そのときは気付かなかった。
「ラナソールは夢想の世界。俺たちの心に想い描くものを現象させる鏡のようなもの。だから!」
「今この瞬間、あの世界のどこかに聖書が存在しているはずってことです! あるはずだと確信した、この瞬間に!」
手を取り合い、喜び合う。またギリギリのところで、道は繋がっていた。
――そうだ。そうだよ。こうやって道を辿っていけば、きっといつかは。きっと……。
「そうと決まれば、すぐにでも探しに行こう。また世界は広いけど」
「たぶん人里より離れたところにはないから、候補は絞れますね」
そのときだった。電話が鳴る。
ものすごいタイミングでかかってきたな。
「はい。もしもし」
『もしもし。ユウさん! 今大丈夫ですか?』
「リクか。いいよ。どうした」
『それが……ユウさんに会いたいってお客さんが来てるんです!』
「こんなときに? 一体誰なんだ?」
『アカツキ アカネと。その名を伝えればわかるはずだって』
『……! わかった! すぐ行く!』
まるで計ったみたいに。いや、あの人のことだからほんとにそうかもしれない。
よく考えてみれば当然だったんだ。
ラナソールにあの人がいるように、こちらの世界にはオリジナルのあの人がいる。今まで姿を現さなかっただけで。
アニエスの転移魔法を使い、即座に『アセッド』トリグラーブ支部へ帰還する。
温かく出迎えてくれた、リクやハルの隣には――。
当時と、そしてラナソールとまったく変わらない姿をしたあの人がいた。
燃えるような赤髪と、真っ赤な瞳を持つ――受付のお姉さん。
「そろそろじゃないかと、睨んでいたわよ。うん。ぴったりだったわね」
「お姉さん。どうして今頃になって」
「ごめんなさいねー。まあこっちも色々あってね。こっそり人助けしたりとか、やばい魔獣やナイトメア潰したりとか、ラナクリムのメンテしたりとか。まあ、縁の下の力持ちってやつ?」
それをダイラー星系列にも気付かれないようにやっていたのか……!? やっぱりとんでもない人だな……。
「お姉さん的にはオール裏方が理想なんだけど、さすがにそうも言ってられないみたいだから」
アカネさんは、ふっと穏やかに――嬉しそうに笑って言った。
「ありがとう。あなたたちが『見つけてくれた』おかげで、やっと……。やっと――八千年ぶりに約束が果たせたわ」
これ見よがしにウインクして、懐からあるものを取り出す。
それは――俺たちが探し求めていた、聖書だった。