フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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288「第三次ミッターフレーション」

 ヴィッターヴァイツにシェルターの一つを壊滅させられ、仲間のアルトサイダーを皆殺しにされ。また自身も殺されかけたゾルーダであるが、ひどい精神的傷を負いながらも逃げ延びていた彼は、頃合いを見てアルトサイドに帰還した。可及的速やかに無事な他のシェルターへ逃げ込むと、震えながら引きこもっていた。哀れ、化けの皮を剥がされた彼には、虚勢を張る気力すら萎えていたのだ。

 シェルターには、外部の世界――ラナソールとトレヴァーク双方の様子を監視するためのモニター機能が備わっていた。ラナソールの「実在しない」魔力によって離れた位置を直接投影する装置は、ダイラー星系列によっても察知されることがない反則的な性能を持っている。また、装置自体には意思がないために、心を読めるユウにもそれに気付くことはなかった。

 この期に及んでまだユウとの口約束に縋る気満々でいた彼は、とにかく自分自身の安全と生存が確保されれば良い人間だった。

 彼はこっそりとユウの動向を観察していた。ユウが過去の世界の記憶を拾い集めている様子などを見守っていた。ヴィッターヴァイツと戦ったらしいことも知っている。ただし、自分を殺しかけたトラウマの相手を直視できなかったゾルーダはその戦いを直接観ることはなかったが。

 とりわけゾルーダにとってショックだったのは、世界が終わるかもしれないことを、ブレイ星裁執行官とユウとの会話で知ってしまったことだ。

 冗談ではない。世界が終われば自分も一巻の終わりなのだから。自分が一因となっていることを棚に上げ、彼は恐れと憤りを抱いていた。

 そしていよいよユウが記憶を集め終わり――ゾルーダは聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。

 

『なんてことだ……。ラナソールは、トレインが執念で無理に造り出した幻の世界だったなんて……』

 

「な、な……」

 

 あまりのことに言葉を失ってしまうゾルーダ。

 彼はラナソールを現実の上位世界のようなものと単純に捉えていた。現実から逸脱した、才ある者だけが辿り着ける永遠の命。自分こそは特別な存在であるのだと自惚れていた。

 しかし、真実は――ただの幻に過ぎないだと。

 とっくの昔に、彼の人としての身体は失われている。彼は既に半死人に等しかったのである。その事実にすら気付きもせず、のうのうと過ごしていた。

 

「だとしたら、僕は……あああっ!」

 

 身も凍るような予感に震え上がるゾルーダ。しかしその先を見ずにはいられない、哀しき人間心理が彼を突き動かす。

 そして舞台は浮遊城に至り、とうとう彼は決定的な言葉を聞いてしまう。

 

『そうしたら……どうなるんですか? 世界は、ラナソールは……みんなは……どうなるんですか……?』

『ユウさん。どうか……どうか、お願いします。トレインを。あの人を、永遠の苦しみから救ってやって下さい。そして、彼に切り取られたすべての魂を解放し……この世界を――ラナソールを、終わらせて下さい。あなたの手で』

 

「僕が……死ぬ? そ、ん、な……」

 

 彼は狼狽した。

 

 このまま放っておけば、トレヴァークごと世界が終わる。僕は死ぬ。

『事態』を解決すれば、ラナソールが終わる。僕は……死ぬ。

 どう足掻いても死ぬ。自分は絶対に助からない。そのことを悟ってしまったのだ。

 

「嫌だ……いや、だぁ……。死にたくない……しに゛だぐない……っ!」

 

 すっかり化けの皮が剥がれ、ただの小心者でしかないことが露呈していた彼は、ただただ恐怖に涙するばかりだった。

 あらゆる手段を尽くし、死を遠ざけてきた彼にとって、避けられない死など決して受け入れられるものではない。

 

「いやだ……いやだ……いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだあーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 ヴィッターヴァイツへの恐怖。絶対的な死への恐怖。

 これまでのことが積み重なり、ついに彼は発狂してしまった。心の底から絶望していた。

 

「アハハハハハハハハ……イヤダァ……シニ、タクナイヨォ……ハハハ……」

 

 壊れたように独り泣き笑いを続ける彼は、自分自身が変質し始めていることに気付かなかった。

 ここはアルトサイド。悪夢が支配する世界。絶望に心折れた者の末路は決まっている。

 闇の世界の住人の仲間入りをしつつあることに、狂ったゾルーダは気付かない。

 

 嗚咽は声にならない叫びに変質していき、身体は暗黒に染まり。

 

 そして――ナイトメア=ゾルーダが産声を上げた。

 

 数千年もの間、あらゆる手段を駆使し、他者も世界も踏みにじってまで生に執着した身勝手な男の、避けられない死への絶望。それは谷よりも深く、現在の彼が持っている高い能力と掛け合わされることによって、魔神種を超えるレベルの強力なナイトメアを生み出した。

 ただの小者だったはずの男は、長き現実逃避の果て、ラナソールという舞台装置によって、最低の災厄となってしまった。

 異形へと成り果てた彼が望むこと。それは、彼にとって理不尽な死をもたらす世界への復讐である。

 僕が生きられない世界など要らない。すべてを巻き添えにしてしまえ。皆殺しにしてしまえ。

 究極の八つ当たりであった。

 

 破滅を望む金切り声が、億千万の異形どもを引き寄せる。

 彼の底が見えない絶望に呼応して引き寄せられたものの中には、ウィルおよびレンクスと交戦中であったナイトメア=エルゼムもが含まれた。偏在性を持つエルゼムは、二人との戦いをあっさりと中断して彼に合流したのだ。

 

 最強のナイトメアと、最低のナイトメアが邂逅する。

 

 二つの人型が触れると、なんと表面から溶け合い、融合を始めた。より強力な存在であるエルゼムに、ゾルーダが呑み込まれて一つになっていく。エルゼムはこいつが有用であると判断し、吸収することにしたのである。

 やがて、エルゼムをベースとした、より強力な一個体として結実した。

 のっぺらぼうだった顔には、哀れな男の断末魔のようなものが張り付けられている。

 

 ……エルゼムという闇の塊に飲み込まれ、人格も消え去った今、それがゾルーダの成れの果てであると気付く者は、もはやどこにもいないだろうが。

 

 新たな姿とさらなる力を得たナイトメア=エルゼムは、ゾルーダが持っていたものと同じ、世界を渡る力を持っていた。

 

 もはやエルゼムの行く手を阻むものはない。

 

 爆心地の上空に、突如として鋭利な人型が出現する。それの叫び声に呼応し、世界各地に穴が開く。そこから、無数のナイトメアが飛び出し、地上での闊歩を開始する。

 

 八千年前のあの日の再来。数ヶ月前のラナソール崩壊に続く厄災。

 トレヴァークを、第三次ミッターフレーションが襲おうとしていた。


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