ナイトメア=エルゼムとウィルおよびレンクスの戦いは、永遠に終わらないのではないかと錯覚するほど、長い長い均衡状態が続いていた。
だがあるとき、それはあっさりと終わってしまった。
エルゼムはゾルーダの呼びかけに応じて、戦闘を中断して消えてしまったのだ。
「おい。あいつ、消えたぞ! どうなってやがんだ」
「逃げた、のか……?」
ウィルは油断なく周囲を警戒しつつ、そう結論付けるしかなかった。
しかし妙だ。なぜ今になって突然逃げ出したのか。状況はむしろエルゼムに有利だったはず。
ゾルーダには生命反応も魔力反応もないために、ウィルにもレンクスにも皆目原因がわからなかった。
ただ二人とも、長期間に渡る連続戦闘で疲労が蓄積していたのは違いなく。多少の休息を挟んでから奴を追おうかと、目を見合わせたそのとき――。
二人の背後に、身の毛もよだつ気配が立ち上がった。
アル――!
振り返ろうとするも、まったく反応が追い付かない。
ウィルにもレンクスにも、油断はなかった。ただ、あまりにも速過ぎたのだ。
二人が身構えるよりも早く。
二人の腹部にかざされたそれぞれの手が、二人を同時に弾き飛ばした。
ウィルとレンクスは吹っ飛び、同時に倒れる。
「う……くっ……!」
「ぐ……が、あ……!」
内臓を破壊され、口の中に血の味が広がる。本来のたうち回ってもおかしくないほどの激痛だったが、二人とも動くことはできなかった。
まるで全身が麻痺したように、どうやってもまともに動かないのだ。【神の手】を使われたに違いなかった。
「ア、ル……!」
ウィルが怒りを込めて、執念だけでアルを睨み付ける。自分を良いように操ってくれた因縁の敵。
だが悔しいことに、まるで相手にならない。格が違うのはわかっていたが、実際に一撃で動けなくされてしまうのは屈辱の極みだった。
アルがつまらなそうに一瞥すると、ウィルの意識は刈り取られてしまった。
「て、め……え……ユイ……を……!」
レンクスもまた激しく怒っていた。
だが彼も壮絶な痛みとダメージが重なり、アルが何かするまでもなく、意識を維持することができなくなった。
二人に至上の怒りをぶつけられたアルであったが、彼自身は、処置を施した二人にはもう興味はなかった。
【運命】の啓示を受けたフェバルである以上、この場で完全に亡き者にすることはあえてしないが、邪魔にならなければ十分である。
あいつらなどよりも、問題は――。
アルは虚空を睨み付けた。
闇の向こう側より、莫大な強さの反応が迫る。そいつは彼の前で立ち止まり、自分とそっくりな光なき瞳で、正面から彼を睨み付けた。
「やはり来たか。ユウ」
「脚を出したな。こそこそ逃げ回るのはやめにしたのか」
「頃合いかと思ってな。お互い、もはや余計な言葉は要るまい」
「ああ――そうだな」
言い終わると同時、『ユウ』は黒の気剣で容赦なくアルに斬りかかっていた。
アルもまた、黒の剣でしかと受け止める。
そこから、まるで挨拶するように、剣舞を踊るかのように、超絶技巧と神速の応酬が繰り広げられる。
実力はまったくの互角。
そして互いに、これが「三世界を消し飛ばさない程度の茶番」であることを理解していた。
それでも、ユウやウィルという肉体の枷から外れた二人の実力は。この場で発揮している力は、ミッターフレーション――ラナソールを半壊に追いやったあの日を遥かに凌駕している。
アルトサイドには、激震が走っていた。
次々と空間に穴が開く。すべてのナイトメアは二人の圧倒的オーラに気圧されて居場所を失い、押し出されるようにして、生じた穴からラナソールやトレヴァークに逃げていった。
それも副次的な狙いの一つなのだ。やはりわかっていたことだが、この戦い自体、世界に与える悪影響が大き過ぎる。
『ユウ』は苦々しく思いながら、それでも攻撃の手を休めることはできなかった。
ほんの少しでも気を抜けるような相手ではない。
やはり最も厄介なのは、アルに違いなく。
俺が押し留めなければ。誰がこの男を止められるものか。
アルの口元が歪む。彼が感情を露わにするのは、最大の敵と認めた『星海 ユウ』という存在だけだ。
「このまま世界の終わりまで。僕と踊り続けてもらおうか!」
「知ったようなことばかり言って弄びやがって。だからお前は許せないんだ!」
激突する剣と剣が、またアルトサイド全域を揺るがす――。
神の領域の戦いは、人知れず闇の世界で――世界の歯車を終わりへ向かって急加速させる。