フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

485 / 537
290「黒の旅人 VS 始まりのフェバル」

 ナイトメア=エルゼムとウィルおよびレンクスの戦いは、永遠に終わらないのではないかと錯覚するほど、長い長い均衡状態が続いていた。

 だがあるとき、それはあっさりと終わってしまった。

 エルゼムはゾルーダの呼びかけに応じて、戦闘を中断して消えてしまったのだ。

 

「おい。あいつ、消えたぞ! どうなってやがんだ」

「逃げた、のか……?」

 

 ウィルは油断なく周囲を警戒しつつ、そう結論付けるしかなかった。

 しかし妙だ。なぜ今になって突然逃げ出したのか。状況はむしろエルゼムに有利だったはず。

 ゾルーダには生命反応も魔力反応もないために、ウィルにもレンクスにも皆目原因がわからなかった。

 ただ二人とも、長期間に渡る連続戦闘で疲労が蓄積していたのは違いなく。多少の休息を挟んでから奴を追おうかと、目を見合わせたそのとき――。

 

 二人の背後に、身の毛もよだつ気配が立ち上がった。

 

 アル――!

 

 振り返ろうとするも、まったく反応が追い付かない。

 ウィルにもレンクスにも、油断はなかった。ただ、あまりにも速過ぎたのだ。

 

 二人が身構えるよりも早く。

 

 二人の腹部にかざされたそれぞれの手が、二人を同時に弾き飛ばした。

 ウィルとレンクスは吹っ飛び、同時に倒れる。

 

「う……くっ……!」

「ぐ……が、あ……!」

 

 内臓を破壊され、口の中に血の味が広がる。本来のたうち回ってもおかしくないほどの激痛だったが、二人とも動くことはできなかった。

 まるで全身が麻痺したように、どうやってもまともに動かないのだ。【神の手】を使われたに違いなかった。

 

「ア、ル……!」

 

 ウィルが怒りを込めて、執念だけでアルを睨み付ける。自分を良いように操ってくれた因縁の敵。

 だが悔しいことに、まるで相手にならない。格が違うのはわかっていたが、実際に一撃で動けなくされてしまうのは屈辱の極みだった。

 アルがつまらなそうに一瞥すると、ウィルの意識は刈り取られてしまった。

 

「て、め……え……ユイ……を……!」

 

 レンクスもまた激しく怒っていた。

 だが彼も壮絶な痛みとダメージが重なり、アルが何かするまでもなく、意識を維持することができなくなった。

 

 二人に至上の怒りをぶつけられたアルであったが、彼自身は、処置を施した二人にはもう興味はなかった。

【運命】の啓示を受けたフェバルである以上、この場で完全に亡き者にすることはあえてしないが、邪魔にならなければ十分である。

 

 あいつらなどよりも、問題は――。

 

 アルは虚空を睨み付けた。

 闇の向こう側より、莫大な強さの反応が迫る。そいつは彼の前で立ち止まり、自分とそっくりな光なき瞳で、正面から彼を睨み付けた。

 

「やはり来たか。ユウ」

「脚を出したな。こそこそ逃げ回るのはやめにしたのか」

「頃合いかと思ってな。お互い、もはや余計な言葉は要るまい」

「ああ――そうだな」

 

 言い終わると同時、『ユウ』は黒の気剣で容赦なくアルに斬りかかっていた。

 アルもまた、黒の剣でしかと受け止める。

 そこから、まるで挨拶するように、剣舞を踊るかのように、超絶技巧と神速の応酬が繰り広げられる。

 実力はまったくの互角。

 そして互いに、これが「三世界を消し飛ばさない程度の茶番」であることを理解していた。

 それでも、ユウやウィルという肉体の枷から外れた二人の実力は。この場で発揮している力は、ミッターフレーション――ラナソールを半壊に追いやったあの日を遥かに凌駕している。

 

 アルトサイドには、激震が走っていた。

 

 次々と空間に穴が開く。すべてのナイトメアは二人の圧倒的オーラに気圧されて居場所を失い、押し出されるようにして、生じた穴からラナソールやトレヴァークに逃げていった。

 それも副次的な狙いの一つなのだ。やはりわかっていたことだが、この戦い自体、世界に与える悪影響が大き過ぎる。

『ユウ』は苦々しく思いながら、それでも攻撃の手を休めることはできなかった。

 ほんの少しでも気を抜けるような相手ではない。

 

 やはり最も厄介なのは、アルに違いなく。

 

 俺が押し留めなければ。誰がこの男を止められるものか。

 

 アルの口元が歪む。彼が感情を露わにするのは、最大の敵と認めた『星海 ユウ』という存在だけだ。

 

「このまま世界の終わりまで。僕と踊り続けてもらおうか!」

「知ったようなことばかり言って弄びやがって。だからお前は許せないんだ!」

 

 激突する剣と剣が、またアルトサイド全域を揺るがす――。

 

 神の領域の戦いは、人知れず闇の世界で――世界の歯車を終わりへ向かって急加速させる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。