ユウと喧嘩別れしたランドは、戸惑うシルヴィアを連れてアニエスに送ってもらい、トレヴァークへ戻って来ていた。
ランドは、やり切れない感情を怒りのままに吐き出した。
「ちくしょう……! みんな揃いも揃って仕方ないって面しやがって……!」
「でも……これからどうするの? 勢いで出てきちゃったけど……」
「シル。お前まで何を弱気になってんだ! 探すって言っただろ。見つかるまで探すんだよ!」
「……そう。そうよね……」
シズハと繋がりがあるシルには、もうそれなりに事情が見えてしまっていた。
言われたそのときは錯乱するばかりだったが、構造的にどうしようもないのだという絶望感が次第に重く心へのしかかってくる。
「まずはトリグラーブへ行くぞ! 情報を探すんだ!」
「わ! ちょ、ちょっと!」
ランドは強引にシルヴィアの手を取り、手持ちにしていた携帯用ワープクリスタルを使用する。トレヴァークでの救助活動がスムーズにできるよう、世界各地にいくつか配置していたものだった。
まだラナの話を聞いていたユウたちより先に『アセッド』トリグラーブ支部へ帰還し、それからみんなと顔を合わせる前に街へ飛び出した。
二人は必死に街を駆けずり回った。
図書館へ行き、ラナ教やラナクリムの情報などを調べたり、道行く人に尋ね回ったりもした。
当然のように、すべては空振りに終わる。
そんなものは、とっくの昔にすべてユウが洗っていたことだった。そして、ランドもシルヴィアもそのことは重々知っているのだ。
無駄だと薄々悟りながら、空回りを続けるランドが見ていられなくて、シルヴィアは涙目で彼の手を引いた。
「ランド……。もう、やめようよ。こんなこと続けたって……」
「いいや、まだだ……! 言っただろ! 俺たちが諦めちまったら、誰が向こうの世界のみんなを守るんだよっ! 誰が俺たちを……っ!」
やり場のない怒りで、彼の握り拳が震えている。
今までだってそうだったじゃないか。
どこまでも諦めなかったから、ユウさんたちは道を切り拓いてきたんじゃないか!
なのに、どうして俺たちではダメなんだ! なぜ今回だけはダメなんだ……! こんなことってあるかよ……っ!
ランドは、どうしても納得できなかった。どうしてもこの理不尽な運命を受け入れることができなかった。
今やラナソールのすべての命運は、自分たち二人の肩にかかっていることを理解しているのだ。
そうして彼なりに必死に考え、一つの結論が出た。
「そうだ……俺たちが先に行けばいいんだ」
「ランド……?」
「シル。アルトサイドに行くんだよ。ユウさんたちより先に、どうにかしてトレインを見つけてやるんだ。で、そいつの頬を引っぱたいて、目を覚ましてやる! 時間さえできりゃあ、またみんなで解決策を考えられるだろ!?」
「なるほど……確かに……世界を延命するとしたら、それしかないわよね。でも……」
それがどれほど無謀なことか、わからないシルヴィアではなかった。
星の数ほどのナイトメアや魔神種が跋扈する闇の世界を二人きりで攻略することが。その上で、どこにいるかもわからないトレインを見つけ出すことが。
しかも会えたところで、彼が正気になれるかも、正気になれば世界が延命できるかもわからないのだ。
――そして不幸なことに、エルゼムを倒さなければ絶対に道が拓けないことを、ランドもシルヴィアも知らなかった。
「わかってるさ。死ぬほどきついってことはわかってる! でももう、これしかねえだろ! なあシル! 逆にユウさんたちに教えてやろうぜ! 諦めねえことの価値ってやつをよ!」
「そ、そうね! そうよね!」
頭では厳しいとわかっていても、シルヴィアも縋りたかったのだ。
奇跡というやつに。それをユウたちと一緒に何度も見てきたからこそ、信じたかったのだ。
自分たちではどうしようもないということを、信じたくなかったのだ。
方針を固めた二人は、トリグラーブ郊外へ飛び出す。
この頃、既にエルゼムは現実世界への侵攻を開始しており、アルトサイドへ続く世界の穴はほとんど探すまでもなく見つかった。
だが問題は、どこの穴を見ても、そこから飛び出すナイトメアの密度が、想像を絶するほどに凄まじいことだった。
さらには、魔神種と思わしき影もちらほらと見受けられる。
「すごい数のナイトメア……。こんなのが、トレヴァークのみんなを襲ったら……!」
「言うな……! んなことわかってるんだ! だからさ、一刻も早く行かなくちゃいけねーんだよ!」
障害を排除しないことには、アルトサイドに突入することもできやしない。
ランドは無手から創り出した光の魔法剣を構え、シルヴィアも光魔法を構える。
二人に対して、総勢百万にも達しようかという闇の軍勢が襲い掛かる。
二人は持てる力の限り、懸命に戦い続けた。長い冒険と修業の果てに高めた超S級の力は、二人なら英雄レオンをも超えるかもしれないほどに高まっていた。
そんな二人の実力を持ってしても――ユウと喧嘩別れしてしまったがために、想いの力を享受することができず――彼らはあくまで超一流のラナソールの戦士でしかなかった。
どんなに化け物じみていても、一人の人間――そのレベルでしかなかった。
世界を変えるだけの奇跡は……起こらない。
魔神種の一撃が、シルヴィアの肩を容赦なく抉った。辛うじて急所を外していたのは、不幸中の幸いだっただろう。
けれど地面に叩きつけられ、戦闘の継続は難しくなっていた。
「シルっ!」
続いて満身創痍のランドにも、別の魔神種が襲い掛かる。
光の魔法剣で懸命に受け続けるが、シルの万全なサポートがあってやっと四分程度に打ち合えていたのだ。一人ではすぐに押し切られるのが道理だった。
「ぐはっ!」
剣の光が弱まったとき、一撃が彼の防御を貫通する。
敵はそのままトドメの追撃を繰り出そうとしていた。
あわや絶命かというところで――。
「お姉さんパンチッ!」
虹色のオーラを纏った拳が、魔神種を粉々に爆散させる。さらに余波によって、周囲一帯のナイトメアをまとめて吹き飛ばす。
「受付のお姉さん……!?」
思わぬ登場に、血まみれのランドは驚きのままその名を呼ぶ。
肩を庇いながら立ち上がり、ランドの下へ駆け寄るシルヴィアがそこに合流した。
息も絶え絶えの二人を一瞥して、受付のお姉さんは呆れたように溜息を吐く。
「あなたたち……無茶し過ぎよ。ランクに見合わない冒険はしちゃダメって、駆け出しの頃に言わなかったかしら?」
エルゼムが健在な現状において、アルトサイドへ突入すること。こんな無謀にクエストランクを付けるとしたら、Sが4つあっても足りない。
そんな無茶も承知でやっているランドは、歯も剥き出しに憤慨した。
「だってよ、しょうがねえじゃねえか! 俺たちがやらなきゃ誰がやるってんだよっ!」
「事情はよくわかるけどねえ……」
「はっ、そうだ! お姉さんが力になってくれるなら……!」
「その手があったか! 無茶だって言うんなら、あんたも協力してくれよ! 三人だったらまだ――」
縋る想いで頼み込む二人に、お姉さんはただ悲しい目で首を横に振った。
「無理よ」
「えっ……!?」「なんでだよっ!?」
「私はこれから、エルゼムと戦わなくちゃいけないの」
「エルゼムですって!?」「あいつが……!?」
「こっちの世界に出てきたのよ。忌々しいことにね」
いつもは余裕を崩さないお姉さんは、今回ばかりは深刻な顔つきだった。
「あまり表仕事はしたくないんだけどねえ、私くらいしか相手できるのがいないっぽいのよね」
それでも、不敵に笑ってみせる。
「バカ野郎! あんたこそ無茶じゃねえか! 何一人でカッコつけてんだよ!」
「死んじゃうわよ!」
エルゼムの強さを体感している二人は、お姉さんを必死で引き留めにかかる。だがお姉さんの決意は固まっていた。
「いやー、こればっかりは譲れないのよね。親友に誓ったことでもあるしさ」
「譲れねえのはこっちも一緒だ! あんなのとやるくらいなら、俺たちと一緒にトレインの方を!」
「お願いしますっ! ランドを助けてあげてっ!」
シルヴィアの目には涙が溜まっていた。彼女は自分のことよりも、傷付き戦うランドの無茶が見ていられなかったのだ。彼の助けになるなら何でもしたかった。
だがアカネは理解していた。八千年探しても辿り着けなかった彼に至るのは自分ではないと。二人に協力したくらいで、道が拓けるものではないことも。
だから、二人に同情しつつ、可哀想に思いつつも、切り捨てる。
「あなたたちの気持ちはわかる。痛いほどわかるわ。でもね。私はトレヴァークの……現実世界の人間なのよ」
「……っ!」「くっ……!」
あなたたちとは立場が違う。
残酷な事実を突きつけられ、歯を食いしばる二人に、お姉さんは容赦なく続ける。
「いつか、こうなるかもしれないって思ってた。あの日きっちり終わらなかった世界の……きっとツケが回ってきたのね」
「「お姉さんっ……!」」
「……ごめんね。もう――行かないと。一つだけ。あなたたち、命は無駄に捨てちゃダメよ。リクやシズハちゃんの命もかかってるんだから」
「「!……っ……」」
どんなに行かないでくれと願っても、叶わない。
致命的な立場の違い。すれ違いは、どうしようもない。
お姉さんは、《お姉さんジェット》で空の彼方へ飛んでいってしまった。
ラナソールではなく、トレヴァークの人間を守るために。それが彼女の戦いなのだ。
取り残されてしまった二人は、自分たちだけではアルトサイド行くことすらできない事実に改めて絶望する。
そして無茶をしようにも、軽々に命を捨てられない事情を指摘され、釘を刺されてしまったのだ。
しかも、そんな事情を汲んでくれるような人情のある相手ではない。
お姉さんが吹き飛ばした分を埋めるように、既に新たなナイトメアが湧き出て、二人を包囲しようとしていた。
二人とも深く傷ついている。
これ以上の戦いの継続は不可能。戦いに向かったお姉さんは、二度と助けてはくれないだろう。
泣く泣く撤退を選ぶしかない。
「くそっ……!」
「一旦退くわよっ!」
シルヴィアが取り出したのは、トリグラーブ行きのワープクリスタルである。
だがランドは慌てて静止する。
「やめろ! 今はユウさんたちと鉢合わせになるかもしれねえ! 合わせる顔がねえよっ!」
「じゃあどうするのっ!?」
「どこか別のとこだ! どこでもいいっ! 早く!」
「わかったわよっ! もう! ランドのバカっ!」
ナイトメアの闇魔法攻撃が二人を狙っていた。
慌てて別のクリスタルを取り出したシルヴィアは、間一髪のところでランドと転移する。
――――。
気が付くと、二人は別の地にいた。
周りにはまばらに家が建っている。随分寂れた村のようだった。
「ここは、どこだ……?」
「さあ。慌てて使ったから」
きょとんとする二人に、遠くから嬉しそうな子供の声が響いてきた。
「あっ、ランド兄ちゃんだ! おかえりなさい!」
ランドは、手を振り駆け寄る少年の姿を見て、ここがどこであるかを悟った。
「ボウズ……!」
その子は、ランドによく懐いてくれた子供の一人だった。子供たちの中では、確か一番年長だったと思う。
そう。ここは以前、ユウを探して彷徨っていたランドが、偶々見つけて助けた村。
ロト―村だったのだ。
目の前まで来た少年は、周囲の警戒にあたっていたのか、一丁前に木の槍を抱えている。
そんな彼は、二人が傷だらけであることに気付いてぎょっとした。心配で声をかける。
「大丈夫? すごい怪我だよ」
「おう。さっきまでこわーい敵と戦ってたんだよ。こんくらいへっちゃらさ」
さすがに子供の手前、辛気臭い顔のままでいられないと思ったランドは、無理に笑ってみせた。
シルヴィアも、ランドに合わせて無理に微笑む。
「そっかあ。やっぱり兄ちゃんはすごいね。でも辛そうだから、ちょっと休んでく? そこの姉ちゃんも一緒に」
「そうね。お言葉に甘えさせてもらおうかしらね」
シルヴィアには回復魔法があるため、少し休んで自分たちを回復させれば、また動けそうだった。
「わかった。じゃあこっちね」
木の槍を手に立派に先導してみせる少年は、独りぼっちである。
ただ、見れば服はボロボロで、随分痩せこけているように思われた。
「そう言えば、どうしてこの村は無事なのかしら」
「えっとね。お兄ちゃんたちが張ってくれた結界のおかげだよ。あれが悪いヤツを跳ね返してくれてるんだ」
「なるほどね……」
「そうか。ユウさんが張ってくれたアレは、まだちゃんと機能してるんだな……」
袂を分かったとは言え、みんなを守りたい気持ちは一緒なのだと、それがここでは生きているのだと、再確認する。
ふと気付いたランドが、少年に声をかける。
「なあボウズ。さっきから大人の姿が全然見えないんだけどよ。どうした?」
少年は、振り返らずに言った。
悲しむそぶりを見せないように、淡々と事実を。
「大人たちは、みんな夢想病にやられちゃって」
「そんな……!」
シルヴィアは、思わず手で口を覆った。
「僕が一番年上だから、しっかりしなくちゃって。もっと小さな子供もいっぱいいるからさ。その世話も見てるんだよ」
「そう、か……」
何も言えないランドとシルヴィア。
だから、この少年はみすぼらしい姿をしているのだ。きっとろくに寝れておらず、まともな食事も取れていないに違いなかった。
二人が案内されたのは、村で唯一の避難所だった。
中に入った二人は、言葉を失った。
粗末な藁葺きのシートに寝かしつけられた、大量の人々を目の当たりにして。
確かに少年が言う通りだった。大人たちは全滅していた。
そればかりではない。小さな子供たちまでもが、たくさん悪夢にうなされている。
状態も悲惨そのものだった。
眠り続けたまま食事も取れないため、皆真っ青な顔になって痩せ衰えている。
それでも、生きていればマシだった。
悪夢に苦しむ者たちに混じってちらほらと、既に事切れている者たちが、未だ処置もされずに放置されている。
虫がたかっているから。死んでいるのがわかってしまった。
息を呑む二人に、少年がぽつりと予定を告げる。どこか疲れたように。
「死んじゃったのは、明日燃やすから」
そう言って指をさした、隅の方では。
まとめて燃やすしかなかったのだろう。埋めて供養する手間も惜しんだのだろう。
焦げ付いた、誰の骨ともわからない骨が、溶けて交じり合って、うず高く積まれていた。
「「…………」」
夢想病の悲惨さについて、これまで二人は話に聞くばかりで、直視したことはなかった。
ユウと心を繋いでいたときも、彼のすべての記憶は開示されなかった。
ランドは、都合が悪いからだと思っていた。
それもあっただろう。だがそれだけではなかったのかもしれない。
すべてを知っていたから。あえて見せたくないこともあったのかもしれない。
シルヴィアの目から、ぽろぽろと涙が零れ出した。
ランドは彼女の肩を抱き、自分も涙を堪えながら、震える声で言った。
「ひでえ……」
「こんなことが、許されていいの……?」
打ちひしがれる二人を、少年は悲しそうに見つめる。
「兄ちゃん、姉ちゃん。そんな風にしょぼくれないでよ。まだ無事な人たちだって、いっぱいいるんだからさ」
「ボウズ……」
「見てて」
健気な少年は、いっぱいに息を吸い込んで、広大な避難所に響き渡るように叫んだ。
「おーい! お前たち! ランド兄ちゃんが来てくれたぞー!」
「え!?」「ほんと!?」
膝を抱えてうずくまっていた子供たちは、ぱっと顔を上げると、笑顔になって駆け寄ってきた。
彼らにとってランドは、紛れもなく村のヒーローだった。
二人はあっという間に、揉みくちゃにされる。
年端もいかぬ子どもたちは、事情をよく知らないままに、ヒーローの帰還を無邪気に喜んでいるのだ。
しかしよく見れば、こちらへ向かってこない子たちもいた。
もう少し大きな子供だ。彼らの反応は複雑だった。
両親や弟、妹、友達などを夢想病で失おうとしていることを理解している彼らは、英雄の帰還を素直に喜べない。
今までどこに行っていたのかと、やり場のない怒りを堪えて睨んでいる者もいた。
そんな複雑な感情のカクテルをぶつけられて、ランドもシルヴィアも、立ち尽くすばかりだった。
子供たちの手前、泣くにも泣けない。どうしたらいいのかわからない。
結局、子供たちに請われるまま、相手をしてあげることしかできなかった。
こんなときに何をやっているのかと思いながら、根の良い兄ちゃんと姉ちゃんであるランドとシルヴィアは、向けられる好意を振り払うことができない。
やがて疲れたのか、子供たちは寝かしつけられる。
また静かになって、死の匂いが避難所を満たした。
「こんな子供たちだけで、この先どうやって……」
絶句しているシルヴィアに、最年長の少年は凛として答える。
「うん。わかってるよ。でもさ。兄ちゃんたちが何とかしてくれるって、信じてるから」
ああ……。
二人は悟った。
この子は、この子にできる戦いをしているのだ……。
きちんと現実を見て、精一杯のことをやっているのだ……。
ロトー村は、これでもまだ幸運である。結界があるからだ。
他の村や町が一体どんなことになっているか。
凶悪なナイトメアと実際に刃を交えた二人には、容易に想像が付いてしまう。
自分たちですら敵わない相手だ。トレヴァークの人間が襲われて、無事で済むはずがない。
この場所を遥かに超える、地獄絵図。
世界中のいたるところで、今現実に起きているのだ。
もうそこにいられる気分ではなかった。年長の少年に別れを告げ、ランドとシルヴィアは力ない足取りで外へ出た。
現実の人々から離れるように、しばらく歩いていく。
向こうを見れば、おびただしい数のナイトメアが、今もしきりに結界を叩いている。
いつ破れるかも、保証はなかった。
「どうして、こんなことになっちゃったの……」
世界は闇に覆われて。トレヴァークの人たちは、こんなにも苦しんでいる。
他ならぬ、ラナソールの存在によって。自分たちが生きているせいで……。
「俺は……。俺たちは……」
――ユウさんは、よくわかっていたのだ。
いや――本当は、俺だってわかってた。
もう一人の「僕」が。リクの野郎が、とっくに気付いていたのだから。
片割れの自分にだって、わからないはずがない。
わかっていたのに、わかっていない振りをして。
何とかなるはずだと、バカの振りをして。
そうしなきゃ、何もできねえから。
この世界の弱い者たちは、ラナソールが存在している限り――俺たちが生きている限りは、この先絶対に生きられない……。
俺たちが消えてしまえば、なくなるのはラナソールだけで済む。
そうでなければ。トレヴァークも。
二つとも。すべてが、終わってしまう。
今になって、この上ない実感が、ひどく胸を締め付ける。
「どうしてなんだ……っ!」
どうして、かくも運命は残酷なのか――!
……だけどな。それでもよ。
どんなに現実が厳しくても。辛くても。
俺たちが、夢に生きる儚いものでしかなかったとしても。
俺たちも生きてんだ。
俺たちの生きる権利だって、同じくらい大切なはずだ。その事実だけは変わらねえ!
なのに、この気持ちを捨てちまったら。この事実を知る俺たちが、諦めちまったら。
誰が救える。誰がラナソールにとっての英雄になれるんだ……!
「ランド……」
シルヴィアの彼を見つめる顔が、泣き腫らした顔が、すぐそこにあった。
「シル……」
どちらからともなく、二人は抱き合っていた。
迸る感情のままに口付けを交わし、舌を絡め合う。
甘く切ない感触が、二人の心をいっぱいに満たす。
この世界がなくなる。自分たちが消えてなくなってしまう。
こんな土壇場になってようやく、二人はそれぞれの真実の気持ちに気付いた。
魂の望むがまま、二人は愛を確かめ合い、最後の濃密な時間を過ごした。
……そして。
「なあ、シル……」
「うん……」
「俺さ、足りない頭で、いっぱい考えたんだけどよ……」
「うん」
「やっぱ……けじめは……付けなきゃなんねえよな」
「そっか……。そうだね……」
ラナソールに暮らすすべての者たちの、生きる権利を背負う。
滅びゆく世界にだって、英雄が必要なのだ。
誰かがやらなきゃ、あまりにも救われねえ。
ランドの瞳には、哀しい決意が宿っていた。
そしてシルヴィアは、すべてをわかっていて、愛する者の背中を押すのだ。
――なあ、ユウさん。
俺にはもう、わかってる。
あんたはきっと、やるんだろう。
あんたはトレヴァークの人たちの想いを背負って、ラナソールを終わらせるつもりなんだろう。
だったら。
俺たちは、戦わなきゃならねえ。
なあ、ユウさん。
俺たちの想いも、しっかり受け止めてみろよ。