フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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311「もう一人の『君』たちへ」

 アルトサイドへ行くため、俺は想剣フォースレイダーを使って再び世界の境界を斬った。

 トレインの待つ中枢になるべく近いところへ繋がるように狙って斬る。

 裂けて現れた空間の穴へ飛び込むと、アルトサイドは様変わりしていた。

 すべてのナイトメアとエルゼムを一度に倒したことによって、この世界からは悪意のノイズが消え、闇の色もかなり薄くなっていた。

 ノイズが消えたことで、二つの巨大な力と力が激突しているのが、ひしひしと感じ取られた。

 エルゼムなどまだ可愛いと思えるほど、底知れない強さの塊同士だ。

 

 一つはもう一人の「俺」。もう一つは……誰だ……!?

 

『もう一人の「俺」が、何かとんでもないのと戦っているぞ……!』

『話に聞いてたアルって奴かな?』

 

 遠くてどちらも姿は確認できないが、うっかり戦闘の余波にでも巻き込まれたら一たまりもないだろう。

 70億の想いを背負っているのに、なお通用するビジョンが見えないなんて。

 悔しいが、世界という枠を遥かに超えた神のごとき領域に達しているとしか思えなかった。

 だが、今の俺たちの仕事はアルって奴と戦うことではない。

 

 トレインを斬り、ラナソールを終わらせること……。

 

 そうすれば、アルトサイドもまた消え去り、あの二人がいくら強くても、存在の拠り所をなくすだろう。

 アルという脅威は消えるが。もう一人の「俺」だって、消えてしまう。

 あの人はそれをわかっていて。それでも覚悟を決めて、最強の敵の引付け役を担ってくれたのだ。

 

『『ありがとう……』』

 

 一言だけ心の内で呟いて、自分たちのやるべき仕事をやる。前へ進む。

 闇の向こう側で、彼がほんの少しだけ笑ってくれたような気がした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アルトサイドの中枢に入る。

 ついに真っ暗闇になったが、それ以外はアルトサイドの他の場所と代わり映えのしない、何もない殺風景ばかりが続いている。

 想剣が放つ青き光と、たった一つの反応が示す先を頼りに突き進んでいく。

 

 たった一つ、トレインの気配を除いては――本当に何もないところだった。

 

 エルゼムを倒すまではアルトサイドを満たしていた悪夢の怪物も、どこにもいない。一切の光も、音すらもない。

 まるで永遠の牢獄のような、あまりにも寂しく、そして哀しい場所だと思った。

 フェバルの絶望と、ラナを守れなかった自分への戒めを、そのまま形にしたような……。

 

 やがて、そう時間はかからないうちに、彼の目の前に到達していた。

 

「…………」

 

 変わり果てたトレインを見つけて、言葉を失っていた。

 世界を統べる玉座というにはあまりにもお粗末な、硬く冷たい石の椅子の上に。

 まるで女神への祈りを捧げるような恰好で、項垂れて座っている。

 

 ラナの護りという世界防衛システムをあの日に失い。中枢への道を阻む結界をも解除され。

 ついに丸裸になってしまった一人の哀しき男は、ただ妄執のみによって、そこに鎮座し続けていた。

 

『なんて、ひどい……』

 

 ユイがいたたまれない気持ちをそのままに向ける。俺も同じ気持ちだった。

 

 在りし日の精悍な彼の面影は、もうどこにもなかった。

 生まれたままの姿。全身は、まるで即身仏のようにひどく痩せ衰えている。

 骨が浮き上がり、そこに皮が貼り付くばかり。人なら確実に生きていないであろう、あまりに痛々しい姿。

 

 これが、フェバルの運命すら拒否し、死すべきときに死ねなかった男の末路なのか……。

 

 フェバルの最期は、心が死んだときに訪れる。

 身柄は星脈に回収され、そこに囚われて、宇宙の終わりまで永遠と悪夢を見続けるのだという。

 この男は……いったい、何が違うのだろうか。ここが星脈でないということ以外、何が……。

 

 さらに歩いて近づいてみても、何も反応を示すことはなかった。

 人の心すらとっくに失われていて、俺たちが目と鼻の先にいることもわからないのだ。

 ただただラナソールという世界を、何もわからずに維持し続けるだけの概念へと成り果ててしまっている。

 

『もう……終わらせてあげよう』

『うん……。そうだね……』

 

 何度も深呼吸し、気持ちを整える。

 

 一万年前、ラナさんとしたきり果たせなかった約束を、代わりに果たすときが来た。

 

 この哀しい男を永遠の眠りに就かせてあげるためだけに……ここまで本当に大変な道のりだった。

 

 そして彼を終わらせることは、同時にラナソールという一つの世界を終わらせることになるのだ……。

 

『お願い。あなたと一緒に背負いたいの。私もこの手で剣を握りたいの。だから、くっつかせて』

『うん。わかった』

 

 ユイと融合し、女の身になった私は、彼女の想いも一つにして――涙を流しながら、それでも心の剣を構える。

 

 これを彼に突き刺せば、すべてが終わる。

 

「さようなら。みんな……」

 

 ごめんね。

 

 ――ありがとう。

 

 もう一人の『君』たちへ。

 

 せめて、安らかなれと。それぞれの心の内で生き続けるようにと、願って。

 

 最後の一撃は、切なく、そしてあっけなく終わった。

 

 トレインの成れの果ては、海色の光に包まれて、溶けるように消えていく。

 役目を終えた想剣フォースレイダーもまた、同じように泡と消える。

 

『ユウさん。ユイさん。本当にありがとう……』

 

 ラナさんの感謝の言葉が、最後に心へ届いた気がしたとき。

 

 世界をすべて呑み込むほどの、まばゆい光が俺たちを包み込んで――。

 

 そして――。


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