フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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エピローグ4「優しさを継ぐ者たちへ」

 ヴィッターヴァイツによって大きな被害を被っていたトリグラーブ市立病院であるが、ダイラー星系列が張った結界によって建物自体は残っていた。

 また彼が最初からユウの仲間を炙り出すことを狙いとしていたことで、スタッフや患者の多くも殺されずに済んだという幸運もある。

 しかしながら、悲劇は一度ならず、二度までも襲い掛かった。

 言うまでもなく、かのナイトメア大襲撃である。夢想病患者を大量に抱えている病院は、悪夢の怪物にとっては恰好のターゲットであった。

 だが、奴らが病院を襲うだろうということは、人間側にとっても想定内である。

 シズハ率いるエインアークス部隊が派遣された。

 彼女らの活躍によって、決して少なくない犠牲を出しながらも、辛うじて病院と患者の多くは守られていたのである。

 

 そして青き光が闇を振り払った後、夢想病の患者たちは次々と目覚めた。

 人々は喜び、これをラナの奇跡と呼んだ。

 

 その後、病院という緊急のインフラは、各員の協力によって可及的速やかに活動を再開された。

 それでも、衰弱した夢想病患者たちが退院し、一般の手術等ができる体制になるまでは、かなりの月日がかかってしまったわけであるが。

 

 ある日、一人の少女が難病の治療手術を受ける決意をした。彼女にとっての英雄との約束を果たすために。

 

 手術は長時間に渡ったが、無事成功した。世界でも数例しかない、貴重な成功例として界隈をいくらか騒がせたという。

 

 さらに数か月を経て、今、その少女――ハルはリハビリの歩行訓練に懸命に取り組んでいる。たとえ手術に成功しても、歩けるようになる可能性はかなり低いと言われていたが。

 

 それでも、もう一度自らの足で立ち上がり、前へ進んでいくために。夢の世界の英雄は、人知れず厳しい現実を戦っていた。

 

 世界に比べたらずっとずっと小さな、しかし負けられない大切な戦いを。

 

 かつて存在していたあの世界ならほとんど誰も知っていた――現実ではごくわずかな者だけが知っている、最愛の人から受け取った想いを力に変えて。

 

「ユウくん。見守っていてね。ボク、もっともっと、強くなってみせるから。キミみたいに、どんなつらいときでも、優しくあれるように。そしたら。そしたらね――」

 

 彼女の退院後について、公式の記録に残るものはない。ごく親しい友人だけが、その動向を知るのみである。

 

 

 

 ***

 

 

 

「そうか。出て行くのか」

「もう決めたことですので」

 

 ボス席にどっしりと構えるシルバリオは、彼を射抜くように見つめ、強い意志を示す瞳の前に、観念するしかなかった。

 彼の手には、彼女の達筆で書かれた退職願が握られている。

 

 シズハは、暗殺者を辞めるのだ。

 

「お前には随分と助けられた。寂しくなるな……」

 

 センチメンタルになっているボスの肩を、側で控える会長の剛腕が力強く叩く。

 

「がっはっは! そうしょぼくれるな。倅よ! 出会いもあれば別れもまたある。それに、ほんの目と鼻の先へ行くだけだろうが」

「それでも脱退には変わりないだろう。メンバーが離れて寂しくないボスがいるかよ。親父は単純過ぎるんだ」

「ハン。貴様は難しく考え過ぎなのだ!」

 

 ラナソールが消えた途端、飛び跳ねるように起きたゴルダーウは、今となっては寝たきりの病人だったとは思えないほど、ピンピンしていた。

 漢の中の漢と称された鋼の肉体健在である。

 そんなゴルダーウであるが、いつの間にか立派にボスを務める息子には、胸が熱くなるところがあった。

 

「だが、良い顔つきになった。皆に慕われる良いボスになったな――シルバリオ」

「ユウさんのおかげさ。己の至らなさがよく理解できただけだ」

 

 元々裏社会の潤滑油としての役目を果たしてきたエインアークスであったが、長きに渡る支配と停滞が、組織の腐敗をもたらしていた側面もあった。

 しかし、ユウによる改革、そして世界の危機を乗り越えて。

 彼らは自警団としての出自と、その誇りを取り戻しつつある。

 

「ふむ。自らの未熟を認めることこそ、成長への第一歩! 片意地張るな、見栄を張るなと言うた意味、ようやく理解したようだな」

「というわけで、もういつくたばっても大丈夫だぞ。親父」

「バカめ! ワシはまだまだ百年は死なんぞ! ええい。親に向かってくたばれとは何たるかッ!」

「アホ。そういう意味じゃねえんだよ!」

「ほう。久々にヤルかコラ?」 

「あんたこそいいのか? 今度こそどっちが上か、思い知らせてやる!」

 

 シルバリオは、勢い良く服を脱ぎ去った。

 そこにはいぶし銀に輝く、ゴルダーウに勝るとも劣らぬ鋼の肉体があった。

 組織のボスという立場上、自ら動くことは自重しているが。彼もまた、ナンバー付きの暗殺者に負けぬほどの実力者――漢なのである。

 そして素肌を剥き出しにした漢が二人、まるで子供のような殴り合いの取っ組み合いを始めてしまった。

 

「……人が辞める、のに。まったく……」

「やれやれ。まーた始まったよ」

 

 シズハは呆れ返り、少し離れたところで、ルドラがぼやいている。

 まあこのバカバカしい親子の殴り合いの光景も実に久しぶりだと思えば、呆れはするが悪い気はしない。

 

 ちなみに、二度にわたり街を守った功績を評価され、晴れてゲーム地獄から解放されたルドラであるが、二度と元の荒事には戻れず、平和的活動に従事することを命じられていた。

 

「で、どうだい? カタギに戻るんなら、記念にオレとデートでも」

「ダメ。私……もう好きな人、いるから……」

「――ほう」

 

 今まで、うざいと断っていても、突き放しても、自分からそんなことを言うタイプではなかった。

 暗殺者として生きて来たのも、自ら望んでそうなったわけではなく、他に生き方を知らなかったからそうしていただけということを、彼はよく知っている。

 この世界の危機を経て。何かが、彼女の心を動かしたのだろう。

 

「わかったわかった。オレの負けだ。愛する人のところとやらへ、とっとと行ってこい」

「最後まで、ほんと……うざいな。でも……うん。そうする」

 

 シズハは一つの決意を胸に、長年勤めたエインアークスを後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふう。こんなもんかな」

 

 何でも屋『アセッド』を継いだリクは、ようやく新装開店の準備を終えつつあった。

 

 レジンバークの店がなくなってしまった今、トリグラーブ支店が本店に格上げである。

 世界の危機に伴う緊急業務ばかりをしてきた彼らは、それから数か月も関連する作業に追われ、やっと今日から通常営業――人助けを再開できるのだ。

 

「これって結局、何なんだろうね」

 

 看板にでかでかと描かれたASDという文字の意味を、結局リクもランドも知らないままであったが。

 まあきっと、知らなくても問題ないだろう。大切なのは、名前よりもそこに込められた想いなのだから。

 

「……よし。今日からまた、頑張るぞ」

 

 今はどこにいるかもわからない英雄へ向けて、彼はささやかに祈った。

 

 ――ユウさん。ユイさん。

 

 あなたたちが始めた優しさを、今度は僕たちが継いでみせる。繋いでみせます。

 

 だから……どうか見守っていて下さい。

 

 決意を新たに、店に入ろうと歩を進めようとして。

 

 ふと、誰かの視線を感じて、彼は振り向いた。

 

「――――」

 

 黒髪の女性が、遠慮がちに立っている。

 

「あれ。お客さんですか?」

「客、違う……」

「じゃあもしかして、スタッフになりに来てくれたんですか!?」

 

 驚きと喜びを見せるリクに、コクコクと彼女は頷く。

 よく見れば彼女の足は小鹿のように震え、精一杯の勇気を振り絞ってきたのがわかる。

 リクは嬉しかった。たちまち笑顔になって、怖がらせないようにと、柔らかい声色で自己紹介をする。

 

「僕、リクです。コウヨウ リク。一応、この店の店長やってて。あなたは?」

 

 名を問われて、彼女ははっと息を呑んだ。

 

 今まで、何かと理由を付けては話すことを避けてきた。直接会うことを躊躇らってきた。

 

 暗殺者なんて、ろくでもない仕事をやっていたから。その後ろめたさがあったから。

 

 でも――もう迷わない。逃げたくない。

 

 今から踏み出すのだ。新しい一歩を。

 

「私……シズハ。ミクモ シズハ」

「シズハ、か。素敵な名前ですね。僕の知っている人に、よく――」

 

 何気なく歩み寄り、手を繋いだとき――。

 

 二人の中に、ぼんやりと――走馬灯のような思い出が駆け巡った。

 

 ――ああ。そうだったのか……。

 

 たとえあの世界のことが、夢と消えてしまっても。

 

 すべてが消えてなくなるわけではない。

 

 魂は知っている。魂は覚えている。

 

 あの楽しかった冒険の日々を。滅びゆく世界を前に挑んだ覚悟を。

 

 そして――消えゆく中に確かめた、愛を。

 

 リクは、シズハに向かって優しく微笑んだ。

 

 現実では、まだまだレベル1の、ひよっこの僕たちだけれど。

 

「――よかったら、中へ。これからのこと、話したいからさ」

「――ええ。そうね。私も……話したいことが、いっぱい、あるの」

 

 二人。仲良く手を引きあって、連れ立って入っていく。

 

 やがて店内からは、温かな笑い声が聞こえてくる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 お店の隅、ひっそりと目立たないところに、銀色の小さな盾が置かれている。

 

 それは、どんなにつらく苦しいときでも。たとえ店主がいなくなってしまっても、常に店を綺麗に保ち、雰囲気を明るく保ち続けた者の功績を称える証だった。

 

 ミティアナ・アメノリス。

 アメノ ミチオ。

 

 この者、二名――ASDの名誉スタッフとして、永久に名を記す。


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