フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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9「国立異能力センター(NAAC)」

[12月24日 12時55分 NAAC]

 

 検査は1時間以上かかるため、途中寄り道して昼食を済ませたアリサたちである。

 国立異能力センター(National Abnormal Ability Center)は、英語の頭文字をとってNAAC(ナーク)と呼ばれることが多い。

 NAACは日本におけるTSPの保護管理を一つの目的としているが、同時に危険性の高いTSPの収容も実施している。

 そのため、収容TSPが暴走・脱走する恐れや、外部者によって施設が狙われる危険を十分想定した設計になっている。この施設にはTSPによる超能力的なものも含めた、種々の強力な防護が施されているのだ。

 また、自衛隊と米軍が共同警備を行い、米軍所属のTSPが常駐している数少ない施設でもある。ともすれば日本で一番堅固な場所かもしれない。

 現にNAACにはTSGどころか、過去一度も襲撃事件が発生したことはない。

 そうした背景を知っていたので、ユナも心配ながら渋々ユウを送り出したのであるが。

 

「わー、かっこいいなー!」

 

 親の心子知らず。

 特殊合金に覆われた、まるで要塞や秘密基地のようないかつい外観がよほどお気に召したのか、ユウはとにかく大はしゃぎだった。

 

「みてみて! すごいね。たんけんできるかな?」

「うん。ずっと、見てる」

 

 通い慣れているクリアは、むしろユウの新鮮な反応が眼福で、じーっと彼ばかり見つめていた。

 

「あらあら。はしゃいじゃって。QWERTYも負けてないと思うけどね」

「地下はね。あっちは……見た目、普通の建物、だもん」

 

 秘密組織ゆえ、あえて目立たない設計になっているのだとクリアも理解はしているが。

 かつて同じくNAACにわくわくした身としては、ちびユウの気持ちはよくわかるのだ。

 

「そういうもの? お姉さんわからないわ」

「ん。ただ。中見たら、がっかりする、かも……?」

「ふうん」

 

 果たしてクリアの予想は大正解だった。

 中に入ると打って変わって、白色蛍光灯と白い壁に塗り固められた、味気もロマンもない内装がお出迎えである。

 漂う雰囲気から嫌いな病院を思い出したのか、今度はみるみるテンションの下がっていくユウであった。

 

「うぅ。やっぱりおれ、にがてかも……」

「我慢。お姉ちゃんついてるから。ね」

「う、うん……」

 

 心細くぎゅっと袖を握る彼を、クリアは余裕に満ちた顔でエスコートする。

 そんな様子を微笑ましく見つつ、「ころころ表情の変わる子だこと。まったく母親とは大違いだわ」とアリサはくすくす笑っている。

 

 受付を済ませ、アリサが代理で問診票を記入する。

 しばらく三人座って待っていると、二人の男が談笑しながら階段を下りてきた。

 一人は白髪の混じった老齢の男性で、名札が示すところによれば、本庄 タケシ――NAACのセンター長だった。

 もう一人は若さを落ち着きを兼ね備えた雰囲気の男で、名札には有田 ケイジ上席研究員と記載されている。

 本庄センター長はアリサの姿に気が付くと、恭しくお辞儀をした。彼女も立ち上がり、丁寧に礼を返す。

 QWERTYはNAACへのTSP身柄引き渡しに最も多く関わっており、顔馴染みの上客なのだ。

 

「有田君。しっかりご対応なさい。失礼のないようにな」

「は」

 

 本庄は有田へ耳打ちして、奥の通路へ歩み去っていった。

 一人残った男が、三人の前へ歩み出る。

 

「本日も担当の有田です。よろしくお願いします――おや、その子は」

 

 大の男の射抜くような視線にびびったユウは、そそくさとクリアの影に隠れてしまった。

 じっと上目遣いで彼の顔色を窺っている。

 

「あいさつ。ちゃんとしよ?」

 

 クリアに優しく促される形で、ユウはどうにかなけなしの勇気を振り絞った。

 彼女の足に縋り付きながらも、おずおずと頭を下げる。

 

「ユウ、です……」

「わたしの弟、みたいなもの。優しくして、あげて」

「ユウ君――」

 

 ケイジ研究員は少し何かを思い出すような仕草を見せてから、しっかり営業笑顔を作って言った。

 

「なるほど。あの星海 ユナさんのご子息ですか」

「そうなんです。実はこの子、ちょっと疑いがありまして――」

 

 アリサがすらすらと症状を説明していく。

 その間、クリアはこの後の流れをそれとなくユウに教えながら、一生懸命あやしていた。

 どうやら話がまとまったようだ。

 ケイジ研究員はユウに屈んで目線を合わせ、声をかける。

 

「じゃあ坊や。今から僕が担当になるんだけどね。担当って意味、わかるかな」

「えっと、えっと……ずっとかかわっていく、みたいな?」

「正解」

 

 クリアが『わしが育てた』みたいな顔で呟き、うんうんと頷いている。

 

「うん。これから君には、月に一回くらいここに来てもらうことになるんだ。長い付き合いになるけど、よろしく頼むよ」

「…………」

「どうした? 僕の顔に何か付いてるのかい」

「……あ、えっと。よろしくおねがい、します……」

「うんうん。しっかり挨拶できてえらいね。坊や。それじゃ行こうか」

「……うぅ」

 

 どうにも不安が拭えない様子のユウを見かねて、クリアは即座に助け舟を出した。

 

「ユウ、小さいから。わたしも付いてく」

「悪いけど、クリアちゃんはユウ君の後でね。順番だから」

「だめ。一緒に受ける。絶対に、譲らない」

 

 クリアはケイジ研究員を睨み上げた。普段から検査でお世話になっている人だが、それはそれ。これはこれ。

 殺気すら混じるほど、あまりにも力強い目で睨み付けるものだから、ケイジ研究員もとうとう根負けしてしまったようだ。

 

「わかった。わかったよ。本来一人ずつなんだが、特別に認めよう」

「ん。わかれば、よろしい」

「すみませんねえ。うちの子が」

「はは。QWERTYにはいつも世話になってますからね」

「はあ……。この子の胆力ったら。将来大物になりそうだわ」

 

 アリサが苦笑いする。

 よほどユナから与えられた最重要任務(子守り)とやらにご執心らしい。

 命の恩人の子供で、しかも自分を慕ってひょこひょこ付いて歩くような子が、可愛くないわけがないか。

 ちょっと献身ぶりが危ういところもあるんだけど、ね。

 

「じゃ。いってくる」

「ばいばーい。アリサおねえさん」

「二人とも、しっかりね」

「ん」「うん」

 

 クリアお姉ちゃんと一緒になったので安心したか、怖がりが嘘のように意気揚々と検査室に向かうユウ。そういうところがあった。

 ケイジ研究員が先導し、重い隔壁扉を腕で支え、二人に先を促す。

 

「あ」

 

 クリアが間の抜けた声を上げる。

 何もない床にも関わらず、ユウが盛大に転んでしまったのだ。

 顔面から思い切り打ち付けて、鼻頭を真っ赤にしている。

 本人は何が起こったかさっぱりわからなくて、放心しているようだった。

 遅れて痛みがやってくる。

 

「う。ぐすっ……」

「だいじょぶ……? 泣いとく? お姉ちゃんのここ、空いてるよ……?」

「……な、なかないもんね。こんなの、へ、へいきだもん、ね……っ!」

 

 ギリギリ限界の涙目だが、こらえて強がるユウ。

 成長を感じたクリアは嬉しく思うも、人生の先輩として嗜める。

 

「どじ、なんだから。気を付けないと。めっ」

「てへへ……。またやっちゃった」

「おてて、握ってあげる。しっかり、離さないよーに」

「うん。ありがと」

「ユウは。わたしがいないと、だめだな。ふふふ」

「そうかも。あのね。クリアおねえちゃん――」

「――――」

 

 すんなりとはいかなかったが、喋りながら仲良く連れ立って奥へ向かう二人を、後ろから大人の目が見つめていた。

 

 

 ***

 

 

[12月24日 19時42分 QWERTY本部]

 

「は? TSP解析装置が反応しなかったって?」

 

 アリサから結果報告を受けたユナは、髪をくしゃくしゃした。

 感知タイプのTSPいわく、TSPには能力を行使した際、わずかな『揺らぎ』が発生するという。

 この『揺らぎ』を人工的に分析するのがTSP解析装置だ。TSPかどうかのみならず、ある程度の能力傾向まで測定できる。

 ただ極めて高価で、限られた施設以外には設置されていない最高性能の代物なのだが。

 なんとユウに対しては、うんともすんとも言わなかったというのだ。

 

「じゃあ結局普通の子なのか……?」

「いえ、それはあり得ないだろうって。装置測定以外の問診検査や実施テストでは、極めてTSPである可能性が高いって言われたわ」

「どうなってんだあの子。まさか……いや、そんなわけないよな」

 

 レンクス(あのバカ)の顔が一瞬浮かんだが、すぐに首を横に振る。

 あんな化け物たちとあの優しいだけの子が、同じなはずがない。

 そもそも、能力の強さも腕っぷしの強さも、あまりにかけ離れ過ぎている。

 しかし――。

 そのとき、タクから呼び出しの声がかかった。

 

「池袋でテロの予兆。お待ちかね仕事の時間っすよ」

「にゃろう。クリスマスだからって、やっぱ休ませちゃくれないよな。すぐ行く!」

 

 どうしても引っ掛かりが拭えないユナであったが、状況の忙しさがわずかな疑念を洗い流してしまうのだった。


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