フェバル~TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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裏プロローグ
「あの日私に起こったこと」


 私たちには両親がいない。幼いときに二人とも事故で死んでしまった。

 一応親戚が引き取ってはくれたけど、彼らはあなたのことを鬱陶しく思っていたみたいで。何かと辛く当たられたよね。

 あまり迷惑はかけたくないからと言って、あなたは中学卒業を機に一人暮らしをすることにした。彼らも喜んでくれたし、あなたとしてもせいせいしていたね。

 高校はどうしたかというと、あなたは勉強頑張ってたから。学費免除で入れるところが見つかってよかったね。お金はないから、部屋は学校の近くにある安いボロアパートを借りて。

 生活費を稼ぐために夜遅くまでバイトをして、帰ってきたら勉強。それであなたの一日は終わってしまう。

 ほとんど友達とも遊べていなかったけれど、あなたは別にそれで不幸だとは感じていなかった。

 何のことはない平穏な毎日。

 それこそが、あなたの望んでいたものだから。

 それだけの、至って普通の高校生というには……まあちょっと頼りないし、変かもね。ふふ。

 でも一応は、常識的な範囲内の人間だった。

 けれどそうだった日々は、今は遠いことのように思える。

 

 

 ***

 

 

 事の発端から始めましょう。

 あなたは最近、よく変な夢を見ていた。

 夢の中で、あなたは真っ暗な空間に立っている。

 あなたの目の前には、肩の少し上まで伸びた黒髪を持つ女の子――つまり私が立っている。

 あなたは私と見つめ合っている。

 あなたは私のことなんてまったく覚えていない。けれど、不思議と赤の他人のような気はしなかったはず。

 なぜなら、私たちはとっくの昔に出会っているから。

 あなたは声も高めで、結局女顔のまま大きくなっちゃったね。あまり男らしくはないかもだけど、可愛くて私は好きだよ。

 それでも体つきはそれなりにしっかりするようになったし、背も男の子の平均までは伸びた。

 ずっと大きくなりたいって願ってたもんね。成長期遅かったけど、ちゃんと来てよかったね。

 まあ小さいときに比べたら、ちょっとは逞しくなったかな。

 

 夢の中のあなたは、私に向けて手を伸ばす。同時に私もあなたに向けて手を伸ばす。鏡合わせのように対称的な動き。

 そしてあなたの手と私の手が触れた瞬間、二人の手は境界を無くし、互いにすり抜けるようにして入り込んでいく。そこを起点として、少しずつあなたの体が私に融け込んでいく。

 あなたと私は混ざり合うようにして、段々一つになっていく。

 あなたが私の身体へと作り変えられていくのに合わせて、私の精神が交じり合って、あなたを女の子にしていく。あのときそうしたように。

 あなたは身体中に蕩けるような快楽と、燃えるような熱さを感じて――。

 って、ちょっと待て。

 私があなたと融合するとき、別にそこまでは気持ち良くないからね。

 もう。変なこと考えて。昔からむっつりくんなんだから。

 ちょっと思春期の妄想入ってるんじゃないの。えっち。

 

 ……こほん。

 

 とにかく、あなたは最近そういう夢をよく見るようになった。

 別に頭がおかしくなったわけじゃないよ。安心して。

 これはきっと、能力が目覚める兆候に違いない。

 もうすぐ会える。私は楽しみだった。

 

 だけど、違ったの。

 

 

 ***

 

 

 十六歳の誕生日を迎えた夜。その日もあなたは夜遅くまでバイトだった。

 帰り道の途中で、あなたは異様な人物が目の前の電柱にもたれて立っているのを見かけた。

 金髪の女性、エーナにあなたは危うく殺される羽目になった。

 私はあなたの中でただ見ていることだけしかできなくて、本当にもどかしかったよ。

 それからあなたは、彼女の口から、フェバルとして目覚めることをとうとう聞かされてしまった。

 彼女が語る、過酷なフェバルの運命。

 これまでのことがあったから、私にはとっくに推測できていたことだった。

 何も知らなかったあなたは、ひどく動揺していたよね。

 でも、負けないで。

 たとえこの先どんな運命が待ち受けていたって、私はずっとあなたを支え続けていくつもりだよ。

 だから、一緒に頑張っていこ――!?

 

 その瞬間、突如として『心の世界』が荒れ狂い始めた。

 

 なに!? 一体、何が起こってるの!?

 

 白い光を伴った膨大な力の激流があちこちで生じ、とてもその場に立っていられなくなる。

 おかしい。こんなこと、あり得ない。

 まだ能力だって、覚醒していないはずなのに。

 

 ――いや、目覚めつつある!?

 まさか。どうしてこんなことが!?

 

 そのとき、『心の世界』の中に、何か異質なおぞましい力が忍び込んできた。

 その乱暴な力は、さらにいっそう『心の世界』をかき乱していく。

 気付いたときには、なんと私の精神は、宿っていたはずの肉体から引っぺがされてしまっていたの。

 抜け殻となった私の肉体は、そのまま力の流れに乗って流されていき、精神体のみと化した私からどんどん離れていく。

 向かう先には、『心の世界』の果て――現実世界に面している、あなた本体の心と身体があった。

 まもなく、私の肉体だけがあなたの元へ辿り着く。

 そのとき、あなたもまた、己の肉体から無理に精神を剥がされようとしていた。

 そして、まったくあなたの望まないままに、女の身体に押し込められようとしている。

 

 大変! ユウが苦しんでる!

 能力が狂って、無理に変身が起きようとしてる!

 早く助けにいかないと!

 

 そうは思うものの、荒れ狂う力の流れに翻弄されるばかりで。

 ほんの少しでも気を抜けば、私の心はたちまち引き裂かれてしまいそうだった。

 

 ダメ! どうしても、ユウがいるところまで辿り着けない!

 

 必死にもがいてどうにか向かおうとするけれど、やがて荒れ狂っていた流れが次第に落ち着いてくる方が先だった。

 そのときにはもう、あなたの心はすっかり私の身体に入り込んでしまっていた。

 ともかく、今からでも。気を取り直して。

 流れが落ち着いたタイミングを見計らって、私はあなたが宿る自分の肉体へどうにか辿り着くと、そこへ自らの精神体を滑り込ませた。

 よかった。これでやっとあなたの力になれる。

 すぐに精神を同調させて、あなたの心を直接感じ取る。

 激しい動揺が伝わってきた。

 私はあなたを落ち着かせるように、必死に働きかけてやる。 

 

 するとそこに、私たちの能力に謎の暴走を引き起こした男――ウィルが現れた。

 彼を見たとき、なぜかしら。

 一瞬、見覚えがあるような気がした。

 だけど気のせいに違いない。私はこんな奴なんて知らないし。

『心の世界』にだってこいつの記憶はないから、間違いないはず。

 

 いくらか嫌味なことを言ってくれた後、彼は突然服を引き裂いてきた。

 胸が露わになったとき、激しい怒りを覚えた。

 なにするのよ! ひどい! こんな奴に見られるなんて!

 その後も彼は、散々好き勝手言いたい放題だった。

 どういうことよ! おもちゃにするって!

 心の底から恐怖に震えるあなたを感じたとき、私はもう我慢ならなかった。

 

 成長した今なら、少しくらいなら能力を使っても大丈夫かもしれない。

 ねえユウ。こんなふざけた奴なんか、一緒にとっちめてやろう。

 私とあなた、二人で力を合わせれば。きっと恐れることなんてないよ!

 

 そう決意を固めたとき、彼はあなたの顔を突き刺すように覗き込んできた。

 彼の眼は、まるで死人のように冷め切っていた。瞳に一切の光はなく、すべてを飲み込んでしまいそうなほどに深く鋭い闇を湛えている。

 ほんの一睨みするだけで、その眼に映るすべてのものを殺してしまえるのではないか。そう思ってしまうほどの圧倒的な威圧を放っていた。

 一体どうして、何があれば、人はこのような眼ができるというのか。

 

 怖い……。なんて恐ろしいの……。

 

 これほどまでに凍てつくようなおぞましい目は、かつて見たことがない。

 やっつけようと思っていた気持ちなんて、簡単に萎えてしまった。

 圧倒的な恐怖が、私にまで一気に込み上げてきたの。

 それでも、私が踏ん張らなければ。あなたの心が完全に折れてしまう。

 それだけはいけない。

 私は懸命になって、襲い来る恐怖に耐えようとしていた。

 

 でもそのとき、なぜ。

 

 急に気が遠くなっていく。

 信じられない。

 どう……して……。

 

 私がしっかり支えてあげなくちゃ。

 あなただけでは、満足に力を発揮できないのに。

 私とあなた、二人でようやく一つなのに。

 朦朧とし始めた意識の中で、私はあなたの目を通じて、ウィルの姿を心に焼き付けていた。

 彼は何も言わず、ただじっとあなたのことを見つめていた。

 瞳の奥を覗き込むように、あなたのことを。

 

 いや――。

 まさか……!

 

 気付いたときには、手遅れだった。

 迂闊だった。

 彼が狙っていたのは、最初からあなたじゃなかった。

 あなたに潜んでいる、私だったの。

 おそらく、邪魔な私を眠らせようとして――。

 

 そんな。そんな……!

 ダメ……意識が……。

 

 なくなる。なくなってしまう。

 

 私は最後の力を振り絞り、聞こえているかもわからないまま、あなたに向かって必死に警告を飛ばした。

 

 ユウ。こいつは、あまりにも危険だよ。

 気を付けて――――。


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