フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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45「いつかきっと会いに行きます」

[現地時間4月28日 10時02分 アメリカ ルート66]

 

 ユナの放り出した手記を拾い上げたセカンドラプターは、何かの暗号としか思えない文字に眉をひそめた。

 

「なんだこりゃ!? 何書いてあんのかさっぱりだ」

「私にしかわからない言葉で書かれてるのさ」

「は? なんだよそれ。まるでテメエが来るのを知ってたみたいじゃねーかよ」

「ああ。当てつけのようにクソったれなメッセージが綴られてたよ」

 

 自分が遠くないうちに死ぬなんて信じたくもないし言いたくもなかったユナは、その事実は己の内のみに秘めておくことにした。

 さてどこまで話せたものか。異世界の存在なんて、ユウと昔のクリア向けの作り話として以外、誰にも話したことはないからな。

 荒唐無稽過ぎて信じてもらえるとも思えないし、悔しいがこれを書いた奴の言う通りだ。

 真実がわかったところで、状況が何一つ改善していない。

 既に起こってしまった事象は取り返しが付かない。非能力者とTSPの対立は根深く、黒幕を排除できたところで解決しないのだ。

 ……諸々のことは必要な情報だけ整理して、シェリルが目覚めた後で話すとするか。

 タクにも適切なサポートを受ける必要がある。いつでも核で狙われているからな。

 そう考えて通信機に目を向けたが。

 

「ダメか……。壊れてやがる」

 

 シャイナのサイコキネシスを受けた際、完全に潰れてしまっているようだった。

 そう言えば。リルスラッシュもあのとき取り落として、回収できなかったことを思い出す。

 あと一本武器庫には眠っているが、エストティア産の武器ゆえ他にはない。二刀流は二度とできなくなってしまったわけだ。

 

『お前はただ、削がれるだけだ』

 

 嫌な言葉がこびり付いて離れない。くそったれめ。

 通信機ならまだ予備があったはずだ。取り出し、スイッチを付けてみるが。

 

「繋がらないだと」

「狙ったように謎の通信障害が起きてるよな。まいったぜ」

「ちっ。何から何までふざけやがって」

 

 もしこれをやってるとしたら、この手記を書いたクソ野郎しか思い浮かばない。

 トゥルーコーダができるなら、とっくにやっていただろうからな。

 超越者による世界規模の通信妨害。TSPを生み出したというのが本当なら、造作もないことだ。

 そもそも未だ顔も見えない奴がTSPを発生させたのは何のためだ。実験とか言ってたが、何の実験が必要だったのか。

 事態は既にテロ事件の範疇を超えている。何か途轍もないことが裏で起きている。

 しかし世界にとっては、核攻撃こそが一大事であることは事実。

 わかっていても当面は目の前の危機を優先するしかない。ユナは悔しかった。

 

 そのとき、ぐううううううと、くぐもった音が車内に響いた。

 

 ヒカリとミライが、仲良く揃ってお腹を鳴らしていた。

 

「あっ……すみません。こんなときに」「……ふん」

「悪い。あんたたち、お腹すいてるよな」

 

 毎日一食しか与えられていなかったのだから当然だった。状況に頭がいっぱいで、気遣いができていなかったようだ。

 ユナは痛みからぎこちなく微笑み、【火薬庫(マイバルカン)】から携帯食料と水を取り出す。

 

「こんなものしかないけど、食べてくれ」

「ありがとうございます」「……どうも」

 

 ヒカリは礼儀正しく、ミライは不愛想に受け取る。

 よほどお腹がすいていたようで、夢中になって味わっている。

 

「ほんとは温かい手料理を振舞ってやりたいんだけどねえ」

「おいやめろ。殺す気か」

「美味過ぎて死んじゃうってか。照れるわ」

「コ、コイツ……」

 

 まったく自覚のないのが信じられないと、セカンドラプターは顔が引き攣っていた。

 ユナは彼女にもカロリースティックを差し出す。

 

「ほら。あんたもよければ。朝食べてなかったでしょ」

「テメエはいいのか」

「たぶん胃に穴開いてるわ。まだ治ってない」

「そうかよ……」

 

 よくもまあ生きてるよなと、ユナのしぶとさに感心するセカンドラプター。

 自分が同じ怪我を負っていたら、今頃とっくにくたばっていただろう。

 セカイドラプターも齧り付いたのを見届けて、ユナはカーナビのスイッチを入れる。

 

「ひとまずここから離れるか。下手に街には入れないが、近付いてはおこう」

「運転なら代わるぞ。片目見えないけどな」

「いやいい。なんかしてないと気失っちゃいそうでね。少しでも気を紛らわせたい」

 

 未だ死の淵ギリギリだ。安心して気絶できるラインまで、まだ修復に時間がかかる。

 

「わかった。じゃあオレは周囲の警戒でもしとくぜ」

「頼んだわ」

 

 荒野を走らせ、やがてルート66の道なりに戻っていく。

 後ろではぼちぼち二人が食事を終えたところだった。シェリルは苦しげに寝息を立てている。

 

「そういやさ。あんたたち、日本人だろう?」

「はい」「ああ」

「わざわざジャパンから攫ってきたのかよ。ひでえな」

 

 ユナはハンドルを握りながら、しみじみと語り始める。

 

「うちにもあんたたちと同じくらいの子供がいてさ。ユウって言うんだけど。これがほんっと、私とは似ても似つかないくらい弱虫で、泣き虫で。困った甘えん坊でね」

 

 アリを踏み潰しただけで泣くし、夜に一人でトイレにも行けないし。

 何かあるたびに膝に縋り付いてきて。しょっちゅう抱っこせがんできて。

 怖がりなのに、そのくせ警戒心がまるでなくて。とにかく人懐っこくて。知らない人にまでホイホイ付いてこうとするから、何度慌てて止めたことか。

 ぽやぽやしてると思ったら、時々妙に鋭いところもあって。傷付いた犬や猫をどこから見つけてきては、「なおる?」ってじーっと見つめてきたりとかな。

 とにかくまあ危なっかしくて、変な子なんだよ。

 私はこんな戦いに明け暮れて、手も汚れて、血に塗れているってのにね。どうして私からあんなのが生まれてきたんだか。

 

 まんざらでもなさそうに話すユナに、セカイドラプターがやれやれと笑っている。

 

「テメエののろけは聞き飽きたぜ。何回同じガキの話すんだよ」

「いやあ。私も子供できるまでは、まさかって感じだったけど。目に入れても痛くないってのは、こういうことを言うんだねえ」

 

 痛みを堪えながら、くつくつと思い出を笑うユナ。本当に幸せそうだった。

 家族にも親戚にも爪弾きにされ、しまいに皆殺しにされてしまったヒカリとミライには、それがとても眩しく映った。

 

「なあ、ヒカリ。ミライ。今は色々あって大変だけどね。全部落ち着いたら、日本に来るといい。うちには立派な養護施設があるんだ。歓迎するよ」

「「…………」」

 

 不意にかけられた温かい言葉に、思わず返答に詰まる二人。

 

「ユウさ。あの子頼りないけど、優しい子だから。人の痛みがよくわかる、いい子なんだ。きっと良い友達になってくれると思う」

 

 ヒカリの瞳の奥が、すうっと不思議な光を湛えている。

 

 まだ知らない誰か。顔はぼんやりしていて、はっきりとは視えないけれど。

 確かにちょっと頼りなくて、情けない感じがする。

 ミライと何か、たぶんいつものように口喧嘩をしている。わたしが呆れたように諫めている。

 でも最後には、みんな楽しく笑い合っていて。

 仲良く三人連れ立ってどこかへ遊びに行く、そんな光景が視えた。

 

 ああ。それはきっと――素敵な未来だ。

 

「はい。落ち着いたらきっと――いつかきっと会いに行きます」

「ふん。僕は弱虫なんて大っ嫌いだけどな。でもあんたは命の恩人だ。会うだけ会ってやるよ」

「ありがとう。あの子、寂しがり屋だからさ。よろしく頼むよ」

 

 ほとんど無意識に。もし自分がいなくなった後のことを思って、そんな言葉が漏れ出ていた。

 

 せめて今生き残ったこの子たちの、そして愛する我が子の未来のためにも。

 必ず世界を守ってみせる。先へと繋いでみせる。

 

 ――たとえ奴の言う通り、己の未来が黒く塗り潰されていたとしても。

 

 それが最低限大人の為すべき仕事。責任ってやつだ。なあそうだろう?

 

 残酷な運命の前に儚くも散っていった幾多の戦友たち。彼らを人知れず想い。

 

 まだだ。まだ私の順番には早いのさ。

 

 星海 ユナは命ある限り、絶望しない。足掻き続ける。

 握るハンドルへ静かに力を込め。弱り切った命の灯火にあっても、彼女の闘志はなおいっそう強く燃えていた。

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