フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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Y-6「世界で最も優しい対決」

[4月29日 12時30分 東京 星海家]

 

 学校は祝日でお休みのため、ユウはクリアとお家で仲良く過ごしていた。

 ユウは朝からずっと元気がなく、見かねたクリアが尋ねると「おかあさんがくるしんでる」と返ってきたので、彼女も心配になってしまう。

 今は祈ることしかできなくて、二人でアメリカのある方角に向かって手を合わせた。

 父シュウは相変わらず忙しくしており、入学式に有休を使った分の埋め合わせとして休日出勤に勤しんでいた。

 ついに止める者がいなくなってしまったため、昼にはクリア'sデスキッチンが無事開催されることとなった。

 ユナ直伝の卵焼き(ダークマター)タコさんウインナー(深淵より来たるモノ)が振舞われ、涙目のユウは半ば気絶するようにお昼寝タイムに入っていたところである。

 

 ユウは夢を見ていた。

 顔もはっきりとしない、シルエットだけがそこにあった。

 ユウと同じくらいの背丈の快活そうな女の子が、向こうからしきりに手を振っている。

 

『アキハちゃん……?』

 

 懸命に何かを言おうとしているが、それは声にならない。

 なぜなら彼女は生きる姿を持たないから。生まれて来られなかったから。

 やがて彼女はもっともっと大きな光に照らされて、姿は完全に呑み込まれて消えてしまった。

 

 でも、想いだけはちゃんと伝わったから。

 

 薄っすらと目を開けたユウの頬に、一筋の涙が伝う。

 当然の権利のように膝枕していたクリアお姉ちゃんの顔がじっと覗き込む。

 

「どした。ユウ。泣いてる」

「あのね。アキハちゃんがいってたの」

 

 クリアは、ユウが最近アキハなる人物の夢をよく見るのだと聞いている。

 彼女からすると不明な部分も多いが、彼のとりとめのない発言から、担任の先生の「生まれて来られなかった妹」さんだということは掴んでいた。

 原理は不明だが、おそらく特別なTSPとして、死後も想いだけが現世に留まり続けているのではないかと彼女は推察している。

 

「おねえちゃんのことたすけてあげて。せんせいのこと、たすけてあげてって」

「それって……新藤先生の、ことだね」

「うん」

 

 ユウは出会ってすぐあの女先生に妙に懐いているというか、深く通じ合ってるというか。

 内緒話もしたのだと言っていた(それを言ってしまったら内緒じゃないとは思うが)。

 要警戒対象としてマークしているものの、今のところ特段変わった動きは見せていないので、注視に留まっている。

 

「いかなくちゃ」

 

 起き上がり、すぐにでも一人で勝手にどこかへ行こうとするので、クリアは心配で引き留めるも聞かない。

 普段は優柔不断なくせに妙に頑固というか、一度決心すると折れないところがユウにはあった。

 そういうときは、何か彼なりに譲れない大切なことがあるのだと彼女は経験上知っている。

 クリアは嘆息し、妥協案として申し出た。

 

「なら、お姉ちゃんも行く。一人では、行かせない」

「うん。ついてきて」

 

 こうして手を繋ぎ、急遽お出かけすることになった二人であるが。

 普段あちこち目移りしつつゆったり歩くのが常なユウの迷いのない足取りに、クリアは早速目を瞬かせることになった。

 

 

 ***

 

 

[4月29日 12時40分 東京 道路]

 

 10分ほども歩くと、大通りへ出てくる。

 視界の先で、ACWがさも当たり前のように信号待ちしているのを二人は見かけた。

 ユウは当然何も知らされてないとして、クリアも未成年であるのを配慮され、それの残酷な真実については聞かされていない側だった。

 だから相変わらず物騒なヤツだなと思いつつ、何気なく脇を素通りしようとしたのであるが。

 突然、手をぎゅっと強く握られる。立ち止まったユウが首を横に振っている。

 気のせいだろうか。彼の瞳の奥に、すうっと星のような不思議な光が湛えているように彼女には思われた。

 

「いまはあぶないよ。こっちきちゃだめだって、そういってる」

「危ない……? 言ってるって、誰が?」

「すがたをかくして。クリアおねえちゃん」

「ん。わかった」

 

 ユウが何か強く訴えるときは、大抵本当に何かあるのだ。これも経験則だった。

 わからなくとも、『弟』の頼みはなるべく聞いてあげるのがよき『姉』である。

神隠し(かくれんぼ)】が発動し、二人の姿のみを完全に世界から覆い隠す。

 

「つくまでこのままがいいな。できる?」

「別にできる、けど」

「おねがい。そのほうがいいの」

「そか。なら、そうする」

 

 結果的にその判断が功を奏し、道中見かけたどのACWも二人を「誤射」することはなかった。

 

 

 ***

 

 

[4月29日 13時12分 東京 とあるアパート前]

 

 小さな子供の足で30分は中々の冒険であるが、ついに古びたアパートの前でユウの足が止まった。

 

「ついたよ。クリアおねえちゃん」

「ここに、新藤先生が暮らしてる?」

「うん。アキハちゃんのこえをたどっていったの」

 

 301号室の前までやってきた。

 ユウが一生懸命背伸びしてピンポンを鳴らそうとするも届かないので、クリアが抱えてやって無事に鳴らすことができた。

 ややあってドアが開く。ゆるい普段着姿の新藤 ミズハ先生だった。

 

「はーい。あら、あなたたち……」

「こんにちは。ミズハせんせい」

「ども。保護者の、クリアハートです」

 

 いきなりの来訪者に面食らうミズハ。

 どうやってここを突き止めたのか。まずクリアハートが隣にいることに、驚きと冷や汗を隠せないのだった。

 まだ中学生の年齢と侮ってはいけない。親代わりで師の星海 ユナから、最低限の戦闘訓練は受けていると調べは付いている。

 彼と同じく、彼女にも直接戦う力はほとんどないのだから。危険な相手なのだ。

 だが彼女の顔色からは特に深い敵対心はない様子。

 いったん中へ招き入れ、さてどうやり過ごしたものかと思考を巡らせ始めたところ。

 その胸の内では、遺骨の入った御守りがぼんやりと哀しげに光を湛えているが、ユウにしかわからない輝きだった。

 でも声はちゃんと聞こえているはずだ。はずなのに。

 純粋な疑問を、幼いユウは憚ることなく真っ直ぐぶつけていった。

 

「ねえせんせい。どうしてアキハちゃんのいうこと、きいてあげないの?」

「どうしてって……」

 

 あなたにも言ったはずだ。やらなきゃいけないことがあると。

 戦うって、そう決めたのだと。

 妹が悲しんでいるのはわかっている。

 それでも私は。私は……。

 

「だめだよ。せんせい。もうやめようよ」

 

 普段の穏やかな姿とはかけ離れた、ユウの真剣な瞳が彼女をじっと射抜いていた。

 それは最大の敵と対決するとき、映像越しに幾度も見せつけられてきたもの。

 母親譲りの強い意志の光。

 

「ほんとはしたくないのにつらいことするの、もうやめようよ」

 

 なるほど親子だ。まるで似ても似つかぬようで、やはり血は争えない。

 初めてはっきりとミズハはそう思った。

 

 会話の流れがわからないが、何か重要な話をしていると察したクリアは、ユウの邪魔をしないよう推移を見守っている。

 少しの沈黙の後、ミズハは尋ね返した。

 

「……ねえ。どうしてユウくんは、そんな風に思うの?」

「だって。もうぜんぜんおもったようにいってないんだよね」

「それは……」

「せんせいのこころが、いたいくらいおしえてくれるから」

「っ……」

 

 ミズハは返答に詰まってしまう。

 ダメだ。この子は――鋭過ぎる。

 

「ほんとはね。わるいひとがわるいんだ。こわいひとがいけないんだ。ほんとはやさしいひとたちが、せんせいが。つらいことしなきゃいけないよのなかがいけないんだ」

「ユウ……」「ユウくん……」

「それでね、かくへーきってやつがわるいんだ。いっぱいひとをきずつけるんだって。ニュースでみたもん。みんな、いたくて。つらくて。ないてるもん……」

 

 ユウは、小さな拳を握って目いっぱい世界へ憤慨している。

 

「だからとめなきゃなの。おれ、わかるから。あぶないもののばしょ、ぜんぶわかるから」

「え……!?」

「ほんとか。ユウ?」

 

 これには隣で見守っていたクリアも、身を乗り出さざるを得なかった。

 そんな大事なこと、どうして今まで言ってくれなかったのか。なぜずっと一人で抱えていたのか。

 理由はすぐにわかった。

 

「でもね。つたえられないの。しってても、なんてつたえたらいいか……わからないの」

 

 ユウは俯き、とても寂しそうに、悔しそうにそう言った。

 続けて、どこまでも真っ直ぐな目で訴えかける。

 

「ねえ。ミズハせんせい。おかあさんにつたえてよ。おかあさん、とってもつよいんだ。ぜったい、ぜったいなんとかしてくれるから」

 

 ミズハの瞳が揺れる。

 知っている。

 だってそのお母さんと、ずっと戦ってきたのだから。

 ユウくん。あなた、薄々敵だとわかっていて、それでも私に頼みをしようと言うの……?

 どうして私を。そこまで……。

 

 幼い彼の目に、堪え切れない涙が溢れようとしていた。

 

「だから……つたえてよ。おれ、まだこえのとどけかたわからないの。おかあさん、いっぱいきずついて。ずっとくるしんでるのに。できないの」

 

 自分の無力を嘆き、ついにぽろぽろと大粒の涙を零しながら必死にお願いするユウ。

 ミズハはすっかり胸を打たれてしまっていた。

 純粋な力では最も弱いはずの相手に、思わぬ形で現れた最強の「敵」に、今や彼女は圧倒されてしまっていた。

 

「ねえ。できるんでしょ。ミズハせんせい」

 

 きっとアキハが、妹がそう伝えたのだろう。

 もういい大人なのに、器用に嘘も吐けない。言い逃れることもできず、ただ唇を堅く結ぶばかりのミズハ。

 ここに至り、クリアもようやく悟る。

 誰かに声を伝える能力を持つTSPなど、考え得る限り一人しか知らない。

 ミズハは瞑目し、長い長い沈黙の後でついに観念した。

 芯を抉るような瞳にいつまでも覗かれているのが。

 ただ純粋に母を想い、みんなを想い、あまつさえ自分のことまで想ってくれる優しい子の心が。

 罪悪感に苛まれ続けることに、到底耐えられそうもなかったのだ。

 

 元々どこかで止まらなくてはいけないと考えていた。

 彼が本気でどこまでやるつもりだったのか、その一番深いところまではついに教えてくれなかったけれど。

 それでも幼馴染の彼を信じていた。彼の信念と良心を信じていた。

 彼となら上手く状況をコントロールできると。あの人が真に世界の破滅を願っているわけではないと。

 世界を変えるために。望まぬ形で特別な力を持って生まれてくる子供たちの未来を変えるために。

 彼らを守る道の先にある――あの忌まわしい運命の光に抗う力を持った、真なる到達者を見つけるために。

 そう思い、心を鬼にして戦ってきた。

 既に新たな保護区ガーデンは出来上がりつつある。世界に災厄の火を付けてでも、当初の目標はある程度達成されつつある。

 そのためにたくさんの人を殺し、たくさんの仲間と子供たちを犠牲にした。

 私たちはきっと地獄へ落ちるだろう。それでも構わなかった。

 今はどんなに恐れられても。恐れられるからこそ。断固とした実行力と抑止力が世界の新しいバランスを作る。

 でも何者かのせいで、大きく計画は狂ってしまった。最悪の形で、状況は制御不可能になった。

 復讐に暴走するあの子を止めることも、慰めてあげることもできなくて……。

 このままでは、本当に取り返しの付かないことになるかもしれなくて。

 

 トレイター。ごめんね。

 最後まで付き合うって言ったのに。

 私、もう……。

 

「そうね……。私の……先生の負けよ。ユウくん」

 

 新藤 ミズハ――インフィニティアは、涙を流しながら小さなユウを強く抱き締めていた。

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