「ぜひ聞かせてよ」
「言ってたもんね。期待してもいいのかしら」
アリスと二人で期待の眼差しを向けると、ミリアは少し困ったように頬を掻いた。
「そこまで期待されると、ちょっと自信ないですよ」
「まあとにかく言ってみなよ」
「ほらほら!」
促すと、彼女はこほんと一つ息を吐いて、一瞬間を置いてから提案した。
「即席のお風呂を魔法で作りませんか? 女子のみんなが入れるような、大きいやつです」
意外な切り口だった。
確かに演習の間はお風呂なんてないけど、そんなこと当たり前だと思ってまったく気にしてなかったよ。ないなら魔法で作ってしまえというのが、非常に魔法文明らしいというか。
地球という枠に嵌まっていた私には、中々出てこない発想だった。
「えーと。私は水魔法が得意だから入れる担当で、アリスは火魔法が得意だから沸かす担当で、ユウは割と何でもできるからその他で」
「その他って……」
場所成らしたり浴槽を作ったりとか、一番大変な奴じゃないのか? それ。
思わずちょっと顔をしかめたら、ミリアはふふ、と笑った。
「もちろんその他の作業は私たちも手伝いますよ。出来上がったら、女子のみんなを呼びましょう。きっと喜んでもらえますよ」
話を聞いていたアリスの表情が、ぱあっと明るくなった。
「なるほどね。そんなこと考えてたんだ。面白いじゃない! やろうやろう!」
「いいね。やろう。でもお風呂が出来上がったら、みんなを呼ぶ前に一番に入ってもいい?」
「あー、そういうこと?」
「うん。やっぱり私、その、アレだしね。それに、男子が覗かないように目を光らせる係も必要だろうし」
「いいですよ。見張りよろしくお願いしますね」
私が男でもあるということを理解しているミリアは、あっさりと申し出を了承してくれた。
「任せてくれ。覗こうとした奴は全員半殺しにするから」
そう言ったら、アリスがやたらと面白がった。
「爆炎女のユウが言うと、ほんとにやりそうに見えるもんね。そこら辺頼りになるわ」
「一年前のあだ名を引っ張り出して来ないでよ、もう。さすがにもう言われてないから」
魔法コントロールが完璧になってから久しくなった今、爆炎女というあだ名は既に死語と化していた。
「あ、今はアーガスの女だっけ?」
「そのあだ名はもっと気に食わないっ!」
たまらず声を荒げてしまった。
そんな私を見て、アリスは憎たらしいくらい腹を抱えて笑っている。
襲撃事件で流れになったとは言え、魔闘技の決勝でアーガスと楽しそうに良い試合をしたことは語り草となっていた。
その後も二人で仲良く魔法の訓練してるところが頻繁に目撃されて、非公式にあいつの彼女扱いになってしまっているのだ。
別に本当に付き合ってるわけではない。私もあいつのことは好きだけど、そういう意味で好きなわけじゃないし。
もちろん、私の正体を知ってる向こうにも全然その気はないんだけどな。
まあよくある冷やかしのネタだけど、アーガスファンクラブの女性を敵に回してしまったのが面倒と言えば面倒だった。
アリスとともに私のことを笑っていたミリアは、落ち着くと計画の続きを述べ出した。
「それでですね。お風呂から上がったら、男子も入れてクラスのみんなでトランプ大会しましょう」
「いいじゃんいいじゃん! あれ、ほんと楽しいもんね!」
二人は、トランプブームの影の立役者である私の方を、にこにこしながら見てきた。
表の立役者は、今トランプと聞いて大はしゃぎしているアリスだ。
経緯を思い返しつつ、私も一緒になって笑うしかなかった。
どうしてこうなったのか。
もちろんトランプなんて、元々この世界にあるわけない。
きっかけは些細なことだった。
あるときアリスが「何か地球の面白い遊びないの?」って言うから、馴染みやすいだろうと思って、魔法でトランプを作ってみた。ついでに色んな遊びを教えてあげたんだ。
そしたらアリス、すっかり気に入っちゃって、知らないうちに広めたらしい。
まず女子寮で大流行。気付けば学校中で行われ始め、半年経った今ではサークリス全体に普及してしまった。
勢いは留まることを知らず、町の外にまで羽ばたこうとしている。
ここまで広まってしまったのは、トランプ自体の作りやすさ、手軽な遊びやすさと、知る限りこの世界にこれまで類似物がなかったことに尽きると思う。
アリスが上手く広めたから、一応出所は不明ってことになっていて。
そこはまあ安心したけど、自分としては、小さなきっかけで一国の文化に多少なりとも影響を与えてしまったことに驚きを禁じ得なかった。
もう手遅れだが、以後異世界の物事をひけらかすのは気を付けよう。そう思った事件だった。
それにしても、あんなに人見知りだったミリアが、自分からこんな積極的な提案をするようになるなんて。
きっとコミュニケーション能力抜群のアリスの近くにずっといた影響が大きいんだろうけど、人間って成長するものだね。
って、私も全然他人のこと偉そうに言える立場じゃないんだけどね。彼女を見習って、私も成長していかないとな。
その後、ミリアの計画に従ってばっちりお風呂を作り上げた。
私が一番に入って湯加減を確かめた後、アリスとミリアが手分けして女子を呼んで、みんなでわいわい野外風呂に入っていった。
例のアーガスファンクラブ会員を除けば、女子生徒はみんな、見張りを務める私に頼もしいとお礼を言ってくれた。
これだけ女子が移動すると、やはり男子も感付く。
私は立ち入り禁止の柵を魔法で作り、腕を組んで仁王立ちしつつ、周囲に睨みを効かせることにした。
持ち前の男勝りな目つきの効果もあって、大抵の人は引き下がってくれた。
が、それでも覗きに行こうとする勇者が三人ほどいた。
男の心理としては多少の理解を示しつつも、しっかりとお仕置きして晒し者にしてあげた。
それからはびびって誰も来なくなったよ。よしよし。
トランプ大会は、いくつかのグループに分かれて行われた。時々人の交代を行いつつ、各テントにゲームが割り当てられる。
私がアリスに教えて広まったゲームは、大富豪、神経衰弱、ページワン、ブラックジャック、ポーカー、豚のしっぽなどだ。
やっぱり一番人気は大富豪で、テントを四つも使う盛況ぶりだった。
「革命よ! あっはっはっは! 来たわね。あたしの時代が!」
ドヤ顔で革命を決めたアリスに対して、私はクールに切り返した。
「やはりキャリア半年の素人ではそんなものだな。革命返し」
「うぎゃあああーーーー!」
アリスが絶叫した。
どうせ一番弱い3とかしか残ってないんだろう。
「なんでそんなに強いのよ~!」
「当たり前だよ。誰が教えたと思ってるの?」
それにこっちは、中学卒業まで一緒に暮らしてた従兄のケン兄から直々に鍛えられてるからね。
ケン兄は多種多様なゲームの達人なんだ。将来はプロゲーマーになるとか言ってたし、間違いなくなるだろう。
親戚の家は、もう思い出したくもないくらい嫌いだけど、ケン兄だけは別だ。
昔は一時期いじめられてたこともあったけど、それがなくなってからは、ずっと気の良い兄ちゃんだった。
この世界に来るまでは、離れて暮らすようになっても時々メールとかで連絡取っていたくらいだ。
「くー! 今に見てなさいよー!」
「くっくっく。待ってるよ」
悪役の捨て台詞のような台詞を放った彼女に、私は待ち受ける強ボスなノリで返した。
人は敗北を知って強くなる。負けず嫌いのアリスなら、いずれは追いついて来るだろう。
そんなこんなで楽しんでいたら、本来眺めているだけの監督生であるはずのカルラ先輩も交じってきて、さらに場は盛り上がった。
やがて就寝時間になったので、お開きになった。
「おやすみ」
三人でそう言い合って、寝袋に潜り込んだ。
***
なぜかこの日は眠れなかった。
ぐっすり眠っているアリスやミリアを起こさないように、そっとテントを抜け出して、飛行魔法で木の上に登る。
大きめの枝に座り込んで、夜空を見上げた。
満天を埋め尽くす星々と、幻想的にゆらゆらと淡く輝く青い月が見える。
「綺麗だな」
この世界の月は青い。
月はかなり真円に近付いていた。もうすぐ満月だ。
遠くで、ライノスの吠える声がいくつも聞こえた。
普通はこんな夜中に吠えるものじゃないんだけど、どうしたのだろうか。
でもそれっきり声は止んだので、あまり気にしなかった。
しばらく夜空を眺めていたら、寒くなってきた。明日もあることだし、そろそろテントに戻って無理にでも寝ようか。