フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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50「世界はかくも都合良く、そして素晴らしく完璧に回っている」

[現地時間4月28日 23時34分(日本時間4月29日 13時34分) アメリカ セントルイス近郊]

 

 どうする。どうすればいい。

 一度日本へ戻るか。手段はどうする。ユウへはどう説明するんだ。

 さしもの鬼も人の親だった。

 ひどく焦燥し、絶望的な気分でハンドルへ項垂れかかるユナ。

 そんな彼女へと、突然その声は届いた。

 

『おかあさん。きこえる? おれだよ。ユウだよ』

『ユウ……!? え。あんた、どうやって』

『いまね、がっこうのね。ミズハせんせいのたすけをかりてはなしかけてるの。クリアおねえちゃんもいっしょだよ』

『ん。ユウは無事。心配しないで』

 

 同時にその場にいて、頭の中へ声の届いていたシェリルは驚きの余り、目が点になっていた。

 なぜならそれは、インフィニティアが幼い彼へ自ら協力したことの証明に他ならなかったからだ。

 ユナも困惑し、後部座席の彼女へ目を向ける。

 

「おい。どういうことなんだこれは」

「私にもわからない……。ただ……」

 

 あの人も根は子供好きの優しい人だから。きっと何か思うところがあったのではないかと……そう思う。

 シェリルは素直にそう伝えた。

 

「んん? なんだ。急に元気になってよ。面白いことでも始まったのか?」

「ちょっとあんたはややこしいから黙ってな」

「おぉい!」

 

 騒がしいセカンドラプターの口を塞ぎ、念話を続ける。

 能力者本人からの声が届いた。

 

『突然失礼します。TSG副首領、インフィニティアです』

『ご存じ主婦のユナだ。あんた、人の子に手出したら承知しないよ』

『はい。誓って』

『そんなことしないよ。ね。おこらないであげて。おかあさん』

『わたしちゃんと、見てるから。だいじょぶ』

『わかったよ。はあ、調子狂うねえ。いつの間にすっかり仲良しみたいで』

 

 人の心がわかるから、あの子が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。

 愛する我が子を疑うほど、人がひねくれてはいない。

 

『私としても、トゥルーコーダの暴走は看過できない事態でして。敵味方を超え、一時的に協力体勢を取るべきと判断しました』

『てことは、世界を滅ぼすつもりじゃなかったと。あくまで今の事態は想定以上なんだな?』

『少なくとも私は。彼はどこまで考えているか、わかりませんけど……』

『トレイターか』

『ええ……』

 

 そこへ驚きしきりだったシェリルも加わる。

 

『すまない。実は訳あって……星海 ユナと行動をともにしていた』

『まあ。それは!』

 

 奇しくも星海親子に各個篭絡されていた事実に、二人とも思わず苦笑いしてしまう。

 

『……今まで黙っていて、申し訳ない』

『そうだったの……。道理でね。ACWプラントに乗り込むって聞いたときは驚いたのよ』

『その辺り、後で話したいが……こうして辛うじて生きている』

『無事で何よりよ。じゃあ、ユウくん』

『はーい』

 

 後を継いでユウが代わる。

 

『おかあさん。あのね』

『あのな。ユウ。実はあんたにお願いしなくちゃいけないことが……』

『しってる。わかってるよ。おかあさん。かくへーきがわるいんだよね』

『どうしてそれを』

『おれね、ばしょをつたえるためにきたの。ずっとがんばってるおかあさんのちからになりたいんだ』

 

 子供の単純で真っ直ぐな言葉ほど、今のユナには突き刺さった。

 なんて健気で、眩しいのだろうか。手の汚れた自分には似つかわしくないほどに。

 どうしてこんな優しい子をフェバルにしようとしているのか。あんまりではないか。

 けれど、この苦悩は母の胸の内にのみ留めている。

 どうしても伝えたくないことは、決して伝わらないようになっている。

 だからユウは何のことかわからず、ただ悲しそうにするだけだった。

 

『おかあさん。やっぱりくるしいの……? いたい?』

『ああ。ちょっと、怪我しててね。でも嬉しいよ。ありがとう。ユウ』

『うん』

 

 今はただ、そう言うしかない。

 いつかこの子がもう少し大きくなったとき。真実を受け止められるだけの強さを得たときには、ちゃんと話そう。

 だがそもそも、そんな時間は残されているのだろうか。

 畳みかけ続ける厳しい現実に。らしくもなく、弱気になってしまうけれど。

 

 そして、一息吐く暇もない。

 

 すべての駒が揃ったとき、まるで図ったように運命の刻はやって来る。

 

 

 ***

 

 

[現地時間4月29日 0時00分(日本時間4月29日 14時00分)]

 

 

 ***

 

 

 復讐者トゥルーコーダは、ついに一つの決断を下した。

 

 トレイターは手ぬるい。なぜあんなヤツの国など無事で済ませている。

 能力で迎撃される程度の中途半端な数など、もう撃たない。

 

 星海 ユナ。お前がどうしても僕の手から逃れようというのなら。

 お前にも同じ地獄を見せてやる。愛する者たちを皆殺しにしても足りない。

 ともに死ぬなら、それでもいい。死んでしまえ。

 

 世界なんてもう、どうだっていい。

 アメリカ、そして日本など。この手で焼き尽くしてくれる!

 

『彼』はまったく破滅的な気分で、子供じみた妄想を実行へ移した。

『彼』には実際それができてしまった。過ぎた力があり、ゆえに止まることができなかった。

 この世に残存する核兵器のうち、大半を。実に1万発もの飽和攻撃を。

 

 世界各国のミサイル基地から、両国へ向けて一度に解き放つ。

 

 

 ***

 

 

 カーテレビに緊急ニュースが舞い込む。

 誰もが世界の終わりを痛感し、恐怖に慄く。

 

 いざそのときになるまで、星海 ユナはずっと考えていた。悩んでいた。

 きっと最初から答えなんて一つしかなくて。そうするしかないのだろうとわかってはいた。

 だから、あの手記を読んだとき……なんて底意地が悪いのかと思ったものだ。

 

 悔しいな。

 

 大人には、たとえわかっていてもそうするしかないときがあるのだと。

 

 運命。運命、か。

 

 すべてはお膳立てされていて。最初からそうなることが決まっていたかのように。

 なんて世界はかくも都合よく、そして素晴らしく完璧に回っているのだろうか。

 

 ……くそったれめ。

 

 ユナは頭を抱え、何度も己に言い聞かせるよう、深く息をして。

 

 そして……『ただ削がれる』ことを決断した。

 

 

 ***

 

 

 誰かは、そして別の誰かは思い描いていた。

 

 お前なら必ずそうするだろう(どう成し遂げるのかまではわからないが)。

 

 お前は予定通り、必ず世界を救うだろう(君なら予定通り、きっと世界を救ってくれるだろう)と。

 

 さらに続くその先へと、地獄への片道は丁寧に舗装されている。

 

 

 ***

 

 

 星海 ユナは一人車の外へ向かい、祈るように通信機のスイッチを押してみた。

 念話ができたとしても、どうしても子供には聞かせたくない話があるのだ。

 それは実に都合よくそして素晴らしく、そのときに限って問題なく付いてくれた。

 

『タク。私だ』

『ユナさん! やっと繋がった! どうしましょう!? 着弾までもう時間がありません!』

『知ってるさ。なあタク、落ち着いて聞いてくれ。土壇場でピースは揃った。揃ってしまったんだ……』

『それは……! くっ、本当は喜ぶべきなんでしょうけど……』

『……ああ。あいつに代わってくれるか』

『……わかりました』

 

 ほんの少しだけ間があって、頼みの男が出る。

 ベンサム・デイパスは、オリジナルの【火薬庫(マイバルカン)】保持者である。

 

『ユナ。代わったゾ』

『ベン。前に話していた件だが……とうとうそのときが来ちまったらしい』

『ああ……。そのようだナ』

『あんたには数え切れないほど助けてもらった。あんたの力がなければ、私は一人軍隊としてここまで戦い抜くことはできなかった。感謝してる』

『いいってことヨ。改まって水臭いじゃネエか』

『あんたと出会えて本当によかった。楽しかったよ』

『オレもサ』

『悪いな――世界のために死んでくれるか』

 

"Gladly, sir.(喜んで)"

 

 時間がない。もう話すべきことはない。

 

 リルスラッシュ、ハンドガン、バトルライフル、予備の食糧にもう一台の車両。

 ユナは時間と容量の許す限り、一つ一つを武器庫から取り出していく。

 もう二度とこの力を使うことはできないから。

 

 あの日より彼女が思い描いていた、核への対抗策。

 答え合わせの時間だ。

 

 ・すべてあるいは最低でも大半の核兵器を対象に取る(ターゲッティング)

 ・対象に取ったものに対し、他の能力を繋げて適用する(チェイン)

 ・誘導操作をする(オペレーション)

 

 この三つの力を揃え、最後に誘導先を決める必要がある。

 

 海洋、地下。宇宙といってもそこまで遠くは無理だ。どこも確実に安全とは言い切れない。

 人類が造り出してしまった災厄のエネルギーの総量は、地上を何度焼き尽くしても余りある。

 半端な場所へ放っても、どんな壊滅的な被害をもたらすかわからない。人の住めない星になるかもしれない。

 

 たった一つだけ、極めて確実性の高い投棄先があった。

 

 繰り返そう。ベンサム・デイパスは、オリジナルの【火薬庫(マイバルカン)】保持者である。

 武器や軍事利用目的と見なされるものであれば、「どんなものでも」収納することができる。

 

 たとえそれが……核兵器であったとしても。

 

 ユナも、インフィニティアも、ベンも。そして当のユウも知る由のないことであるが。

【無限の浸透(インフィニティ=ペネトレーション)】、そして【火薬庫(マイバルカン)】は。

 心の繋がる力と、あらゆるものを出し入れする力。

 すなわち、各々がユウの持つオリジナル――【神の器】の一側面を切り取って劣化させたものである。

 奇しくもそれらは神の手に導かれるように。

 まだ幼く満足に力の振るえない彼の先達として、【運命】に呪われた親子の下で行使されることとなった。

 

【神の器】は、己へのダメージと引き換えにあらゆる攻撃を内側へ引き受けることができる。

火薬庫(マイバルカン)】もまたしかり。簡易実験は既に繰り返し為され、効果のほどは実証済。

 

 つまりベンサムは、すべての攻撃を一身に引き受けて。確実に死ぬことになる。

 だが人一人の命で世界が救えるなら、安いものだろう。

 

 それが彼女たちの導き出した結論だった。

 

 大人たちはずるくて汚いから。責任と結果だけを持っていく。

 残酷な決断の背中を押しているなど、子供たちへは決して伝えることはしない。

 

 ユウは存置された、そして既に発射されてしまった核兵器の場所をリアルタイムで正確に把握していた。

 フェバルとして規格外のキャパシティが、それを当たり前のように可能としていた。

【無限の浸透(インフィニティ=ペネトレーション)】 が、彼の持つ情報イメージを正確にヒカリへと伝える。

 ヒカリは受け取った位置情報を【光あるもの】で繋げ、ミライへ手渡す。

 ミライはユナが開いたアクセス――無限の武器庫へと【干渉】を作用させる。

 数多の核兵器が、異空間へと消えていく。

 

 後に出会うことになる三人――運命の子たちの共同作業は、完璧に遂行された。

 

 そして、影の主役である彼は。

 ただ独り地下深く隔離された部屋へと赴き、そのときを静かに待っていた。

 人類の業を背負い、彼の内側で致命的な何かが弾ける。

 跡には死体すら、何も残らなかった。

 

 

 ***

 

 

 その日、そのとき。奇跡が起こった。

 核兵器という災厄は、知られざる何者かの手によってこの地球上からほとんど(・・・・)が消え去った。

 過ぎた力は滅びを招く。決してもう二度と造ってはならないという苦い教訓と大きな痛みを残して。

 後の歴史書には、そう記されている。

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