フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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53「空、途絶えて」

[現地時間4月30日 9時03分(日本時間5月1日 1時03分) アメリカ ロサンゼルス国際空港]

 

 ユナは現在、日本への帰途に就いている。

 セントルイスから始発の国内便でロサンゼルス国際空港へは無事到着し、羽田への乗り継ぎ便を待っているところだった。

 日本からアメリカへ向かったときは特別に超能力対策がされた軍用機を利用できたが、今回は通常の民間航空機を利用するしかなかった。

 というのも、行きのルートを知ったトゥルーコーダがここでも七面六臂の余計な活躍をしてくれたからだ。部下を使って特別軍用機を次々と破壊してしまったのである。

 こういうとき、普段の彼女ならば安全な移動手段が整うまで待ちを選ぶところなのだが。

 時間があまり残されていないかもしれない、黒幕がNAAC周りに潜んでいるかもしれないという余裕のなさが、事実上選択肢を狭めていた。

火薬庫(マイバルカン)】を失ったユナは、実に久しぶりに完全な手ぶらとなっていた。当然だが、武器の類を機内へ持ち込むことはできないからである。

 銃器もリルスラッシュ等も、今は別働のセカンドラプターに預けている。

 そんな彼女の顔つきは、死相ではないかというほど暗くどんよりしている。大怪我を着替えて誤魔化してどうにか搭乗できたが、ついに血の匂いまでは消せなかった。

 だが体力の消耗ばかりが原因ではない。移動中、タクからとんでもないことを聞いてしまったからだ。

 

『は? アリサんが、死んだ?』

『ACWによる誤射で、ということみたいです。今日はどこかしこも核の話ばかりなので、ネットニュースの一行だけでしたよ』

『嘘だろ』

『僕もあの人が死んだなんて、まだ信じられませんよ……』

 

 誤射。誤射だって。

 そんなふざけた「偶然」なんて、あるはずがない。これは一環の流れだ。

 ベンと同じく、アリサんも『削られて』向こう側へ行ってしまったのか。

 

「くそ。私は遠い空の向こうで、何もできないってのかよ……」

 

 歯がゆい思いを抱えながら、9時50分――搭乗時間を迎える。

 ロサンゼルス空港から東京羽田までは、約12時間のフライトとなる。

 セントルイスからの国内便でもそうしたように、トゥルーコーダがいつ仕掛けてきても問題ないよう、タクが付きっきりでソフト戦をサポートするつもりだった。

 日本時間は深夜であり、既にカップラーメンとエナドリをキメ込んでいる気合いの入れようである。

 心強い相棒を信頼しない彼女ではない。その幾ばくかの安心感がそうさせたのか。

 死闘からの事件や考えること続きで疲れ果てていたのもあるだろう。ベンとアリサの死のショックが大き過ぎたのもあるだろう。

 重傷からの回復のため、丸一日寝ることもできず極限状態にあったユナは、ついに深い眠りへと落ちてしまった。

 

 背もたれにかかる彼女の隣に別の客が来ても気付けないほど、まったく無防備に。

 

 

 ***

 

 

[日本時間5月1日 8時32分 太平洋上空]

 

 ちょうどフライトも半分ほど過ぎて、日付変更線を跨ごうかというところだった。

 突如として機体の激しく揺れる衝撃に、ユナはやっと目を覚ます。

 

「う……まずった。うっかり寝入ってしまったらしい」

 

 身体の修復は進んできたが、まだ調子はまったくと言っていいほど戻っていない。

 

 ガクン!

 

「なんだ?」

 

 再度、機体が激しく揺れる。

 上空の荒れによる揺れではとても収まらない、説明の付かない。

 何やら深刻なトラブルが機体を襲っていることに、彼女は遅ればせながらようやく気付いた。

 

 奴に攻撃されているのか?

 タクはどうした。一体何をしている。

 

 連絡を取ろうとしたとき――。

 

「無駄だよ」

 

 彼女のすぐ隣で、鈴のような声色の英語が響く。

 細く小さな手が伸びて。痛いほど、跡が残るほど強く、ユナの手を掴みかかっていた。

 人を射殺さんばかりの強い憎しみのこもった瞳が、下から彼女を挑戦的に睨め上げている。

 肩まで銀色の髪を伸ばした、本来であれば可愛らしい少女だった。

 それが今や豹変し、殺気立てて表情を歪めている。

 

「はじめまして。ぼくがトゥルーコーダだ」

「な!?」

「ふふ。みんなぼくのことは、男の子だと思っているらしくてね。カーラスもそうだったな」

 

 アハハハハハ、と狂ったように笑う銀髪の少女。

 15歳だったというカーラスよりは明らかに年下で、小学校高学年と見紛うクリアに並ぶほど印象が幼い。

 その髪のまったく手入れのされていない様子と。くまの深く深く刻まれた、この世のすべてを恨むばかりの鋭い目つきが。

 いかに彼女が復讐へと駆り立てられ、すべての心と時間を捧げたかをありありと物語っている。

 

「考えたさ。お前たちを出し抜くにはどうするか。この姿も存外役に立ってくれたよ」

「あんた、裏方だろう? のこのこ姿なんか現して、どういうつもりだい」

「いよいよ打つ手がなくなったとき、人間が最後にすることと言ったら。もう一つしかないだろう」

 

 特攻さ。お前たちの国の大好きな。

 

 その言葉はあえて言わず、胸の内にだけ秘めて。

 彼女は不俱戴天の仇に決然と挑みかかる。

 

「ぼくには直接お前を殺す力はないから。本当はこの手で絞め殺してやりたかったけれど、よく我慢したよ」

 

 確実にお前を仕留められる位置に届くまで。

 何一つ逃げ場の存在しない、この太平洋のど真ん中まで。

 

「茂野 タクマ。あいつにも最大の敬意を表しよう。悔しいけど、最後まで勝てなかったよ。ソフト戦(・・・・)ではな」

 

 だから。

 

「ぼくも一緒に死んでやる――地獄へ落ちろ。星海 ユナ」

 

 ――まずい。

 

 なまじ事情を聞いていたことと、思った以上に幼い姿が判断を遅らせた。

 誤解を解く時間もない。

 そう思ったときにはもう、トゥルーコーダは頭が割れんばかりに叫んでいた。

 何にも憚ることなく、己の命すら顧みず。能力を全開で発動させる。

 その凄まじい出力は、一度に脳を焼き切っても構わないほどのものだった。

 あらゆる計器が瞬時に弾け飛び、機体のあちこちから火花が上がり始める。

 

 もはや躊躇っている場合ではなかった。

 銃の持たないユナは、一瞬の苦渋の末、一撃で彼女を仕留めるため首をへし折りにかかる。

 決意さえすれば、それは哀しいほど容易かった。か弱く小さな少女の首は、屈強な女戦士の暴力を前にいとも簡単に致命的な音を鳴らした。

 トゥルーコーダは、虚ろな目で口を半開きにしたまま、ざまあみろと力なく笑って短い生涯を終えようとしている。

 

 ――まずい。本当にまずい!

 

 確かに首はきっちりへし折ったのだが。一向に能力が止まる気配はなかった。

 死にも勝る執念が、死せる少女を衝き動かしていた。意識を失おうとも、発動を決して止めようとはしないのだ。

 

 間もなくエンジンはまったく動力を失い。ジェット機は錐揉み回転で急降下を始めた。

 視界が目まぐるしく回る。阿鼻叫喚が一挙機内に広がる。

 誰もがわけもわからず、突然死の淵に飛び込む最中。

 

 一つの人影が、機体の薄い窓を突き破って空へ飛び出した。

 

 ユナが落ちていく。

 無情にも自由落下する身体は、重力に従って次第に加速していき。

 分厚い雲のベールを突き抜けていくと、下には何もない一面の海が絶望的に広がっていた。

 

 彼女は無意識に虚空からパラシュートを取り出そうとして――直ちにそんなものはもうないと悟る。

 彼が生きていれば、いかようにも対処できる事態だったのに。状況は最悪だ。

 

「ちくしょう!」

 

 因果応報なのか。

 これが仲間に指示して惨たらしく死なせた人間の、報いだってのか。

 

 ――まだだ。

 

 こんなところで終われない。諦められるか!

 

「死んでたまるかああああああーーーーーーーーっ!」

 

 ユナの絶叫が、嫌に澄み渡る青空へ溶けていく。

 

 目一杯手足を広げ、《バースト》を用いて全力で耐えにかかる。しかしあまりに心許ない。

 超高度の自由落下において、海面はコンクリートのように固くなり、激突の際は終端速度――時速200kmにも到達する。

 それでも万全な状態のユナであれば、辛うじて無事耐えられたかもしれない。

 だが深刻なダメージから回復の途上にあった彼女では、身に纏う気の防御も実に弱々しいものだった。

 

 見渡す限り陸地などどこにも存在しない、死の大海原が迫る。

 

 そして為すすべなく一人の人間が海面へと叩き付けられ、水しぶきとともに暗い海の中へと沈んでいった――。

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