翌朝。アリスに耳元で元気な声をかけられて叩き起こされた。
「おっはよー! 起床の時間よ!」
「ん……もうちょっと寝かせてよ……お母さん……」
「うふふ。寝ぼけてる」
「何なんですかね。この時々見せる狙ったような可愛さは」
段々意識がはっきりしてくる。
目をこすって大きくあくびをした。
結局あんまり寝られなかった。ちょっと寝不足だ。
「おはよう。アリス、ミリア」
「おはよう」
「おはようございます」
サバイバル訓練では、朝食から夕食までをすべて自分の力で得ることになっていた。
といっても、私にとってはもう楽勝なので張り合いがない。
最低限自分の分と、もし二人が失敗した時のためにあげる食べ物を午前中にさっさと確保しておく。
あとは二人が苦戦するのを眺めたり、時々アドバイスをしたりして過ごした。
気付けば夕方になり、アリスもミリアもそれなりの戦果を上げていた。
結局またも他の班より妙に豪華な夕食になった。
それから、昨日作ったお風呂のお湯を入れ直して、女子のみんなで入浴する。
私は遠慮しようとしたが、アリスが強引に引っ張る形で、クラスのみんなと触れ合うことになってしまった。
そうなったらそうなったで、もう普通にはできるようになったんだけどね。
代わりに今日の見張りはミリアがやってくれた。
私がやった昨日よりも覗きの挑戦者は増えたという話だけど、お仕置きはより悲惨なものになったらしい。最後は誰も彼女の方を見ようともしなかったとか。
うん。やっぱりミリアだけは敵に回しちゃいけないね。
その後には、第二回トランプ大会が開催された。
今日は趣向を変えて各ゲームにレートをつけ、それぞれで順位を競うということをやった。
私は大富豪部門に参加し、三位に終わった。
どの世界にもゲームの上手い奴はいるもので、ほぼ同レートで迎えた直接対決でそいつらに見事負け越してしまった結果である。
ちなみにアリスは二十六位。まだまだ修行が足りない。
ミリアはポーカー部門で文字通りのポーカーフェイスを駆使し、圧倒的な実力で一位を勝ち取っていた。すごい。
そんな楽しかったはずの演習も、この日の深夜には惨劇に変わってしまうのだった。
***
就寝時間になった私たちは、おやすみをしてこの地で二度目の睡眠を取ることになった。
でも、やっぱり今日も寝られない。
どうしてなんだ。いつもならぐっすり寝られるのに。
だがこの日に限っては、寝付けなかったことが正解だった。
辺りの空気にほんのわずかだけど、違和感があったんだ。
気になった私は、アリスとミリアを起こすことにした。
「なに?」
「なんですか?」
急に起こされて眠たそうにしている二人に、申し訳ないと思いつつ尋ねた。
「ちょっとさ。嫌に空気がピリピリしてないか? 何か遠くから、大きな魔力が近づいて来てるような」
二人もすぐに魔力を探ってくれた。
ミリアは首を横に振ったが、続くアリスは私に同意する。
「すみません。私にはちょっとわからないですね」
「言われてみると変ねえ。確かに火の魔力を感じるわ」
火の魔力か。
私もそこまではわからなかった。さすが火魔法が得意なだけのことはある。
これは……確実に何かいるな。
「ごめん。ちょっとだけ男に変身してもいい? 気を探って確かめたいんだ。大したことなかったらすぐ女に戻るから」
「まあいいよ」
「わかりました」
許可を得て、少しの間だけ男に変身する。
テントの中だから誰かに変身を見られる心配はない。
すぐに気力探知を始める。精神を集中して、辺りの目ぼしい生物反応を探る。
魔力探知は、魔法の種類や使用を察知できる利点があるが、気力探知に比べると汎用性と精度においてはかなり劣ってしまう。
まず魔力は、どんな生物でも持っているわけではない。
あくまで魔力自体は魔素などといった外界の要素由来であるため、それのみをもって個体の識別までをすることは不可能だ。
対して、気力は生命力などといったより基本的で――私のような数少ない例外を除き――すべての生物が持っている固有の情報である。
だから原理上、それのみによって個体の識別が可能なのだ。
さらに魔力と比べると、気力は外界要素によるノイズがかかりにくいので、鋭敏に察知することができる。
魔力探知だと直接見なければ何となくでしか対象のことがわからないが、気力探知ならば離れていてもかなり正確に位置や気の大きさがわかる。
ゆえに男になって気を探ること。これが一番確実な方法だった。
調べ始めた瞬間、ぞっとした。
ライノスの気がこっちにまっすぐ向かって来ている! しかも数は二十!
これだけでも相当やばいが、それどころの問題じゃない奴がいた。
上空から猛スピードで何かが迫っている。
恐ろしく強大な気だ。まもなくここに到達する。
アリスの情報と合わせると、こいつが火の魔力を持っているとみて間違いなかった。
空を飛んで、火の魔力を持つこの辺りの生物と言えば――。
火の鳥ボルケニック、炎龍ボルドラクロン。
このどちらかだ。いずれにしてもろくなやつじゃない!
俺は慌てて跳ね起きた。
「アリス! ミリア! やばい! とりあえずこのテントから出るぞ!」
「え?」
「どうして?」
「いいから急げ!」
自分でも驚くほどの鬼気迫る声でそう言うと、事の深刻さを理解した二人は何も言わずにすぐ従ってくれた。
緊急も緊急だ。もちろん服装なんて気にしてる場合じゃない。
だけど、ただのお泊りではなく野営訓練ということで、服が昼間のままなのは幸いだった。
いきなり抜け出すことに躊躇いがない。
俺はノータイムで女に変身すると、二人と一緒にテントを飛び出した。
次の瞬間、とんでもないことが起こった。
猛烈な炎が舞う。
それが、ついさっきまで私たちがいたテントを、一瞬にして焼き尽くしてしまったのだ。
明らかにピンポイントで、狙い澄まされた攻撃。
――あと五秒出るのが遅かったら、三人とも死んでいた。
あまりのことに、私を含め三人とも驚愕で目を見開き、固まってしまう。
だがこれをやった脅威がすぐ近くにいるわけで。茫然としているわけにはいかない。
キッと鋭く見上げると。
頭上には、絶望を告げる森林の支配者――。
ボルドラクロンが、その深紅の巨体を悠然と羽ばたかせていた。