フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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63「怪物はついにお前を見つけ出す」

[5月8日 15時18分 東京 海岸]

 

 主の指令を受け、シャイナは海に消えたユウたちの捜索を続けていた。

 主は言っていた。【運命】が彼を生かそうとするのならば、この程度で死ぬはずがないのだと。

 だから、日本でもどこへでも流れ着いているに違いないと。

 

 そして、ついに見つけた。

 

 星海 ユウと。小さい女と。大きい女。

 

 少しずつ離れた位置で、三人仲良く流れ着いて気を失っている。

 

 ようやく。ようやくだ。

 

 シャイナは歓びに打ち震え、歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべ。

 嬉々として右腕を硬化させ、数々の者を葬ってきた肉色の刃をもって、小さなユウへと全力で斬りかかった。

 

 しかし。ところがである。

 

 当然、彼の生命をまったく損なうべき凶刃は。

 まるで何かに護られているかのように、突如として生じた分厚い空気の壁に弾かれてしまった。

 

 くっ。なぜ。

 

 ならばと、【不完全なる女神】の力の一つ――『封函手』による念動力で一思いに彼を叩き潰すことを試みる。

 ところがこれもどういうわけか通じない。

 力場は不自然にも逸れ、隣の砂を激しく巻き上げるに留めた。

 

 なぜだ。

 

 彼女は立ち上る苛立ちに身を任せ、やたらめったらと彼を斬りにかかる。

 秒間数回にも及ぶ高速の連撃は、本来なら一太刀一太刀が彼の小さな命などとうの灰燼に帰している。

 

 なのに。なのにだ!

 

 すべて空気の壁に弾かれてしまう。

 

 なぜだ。なぜだ。なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ!

 

 もう目の前にいるのに。すぐそこに倒れているのに!

 

 ほんの無力な、ちっぽけなガキでしかないのに!

 

 なぜ。なぜ殺せないのだ!

 

 あらかた様子を見守っていた主が、ついに見かねて彼女を諫める。

 

『無駄だ。やはり【運命】は正しく彼を導いているようだな』

 

 まったく不愉快でもなく、そうなることが当然のように彼は言い放った。

 単なる空気の層も、密集すれば非常に強力な盾となる。

 しかし気体分子がバリアのように密集することなど、しかもそれが幾度となく連続で発生するなど。

 たとえ物理的に理論上はあり得ても、確率的には天文学的レベルであり得ないはずなのだが。

 彼に付与された【運命】は、それほどまでに凄まじく強力だった。

 彼がフェバルになるその日までは、いつ何時でも絶対に彼を護る。

 あらゆる因果を多少不自然に捻じ曲げてでも、【運命】は彼を生かそうとするだろう。

 だから危ないのだと。彼はしもべに警告する。

 

『もうやめておけ。これ以上、下手に星海 ユウを刺激するな。お前が必死に彼を殺そうとすればするほど、結果は惨めにもかけ離れていく。ついには、【運命】はお前の方をこそ滅ぼそうとするだろう』

 

 お前のいなくなることが、最も自然に星海 ユウが生き延びる道だと判断されればな。

 主の身を案じる言葉に、彼女のささくれだった刃がぴたりと止まる。

 まだ駒として役立ってもらわねば困るのだと。

 彼女へ言い聞かせるように、彼は労いの言葉をかけていた。

 

『もう十分だ。あの方がなお絶対であることが確認できただけでも、僕は満足だ。お前はよくやってくれたよ』

 

 シャイナはその言葉だけで報われたと感じ、その場に傅き首を垂れている。

 決して目の前にいるわけではないのだが、彼女なりの忠誠心の顕れだった。

 

 ――それでは。如何様にいたしましょうか。残る女二人ならば、殺しても構わないのですか。

 

『そうだな――いや待て。星海 ユウを傷付けるのに、これほど使える小娘もいまい』

 

 クリアハートは、彼が生まれたときから家族同然に育ってきた仲だ。

 今回発生したイレギュラーではあるが、その絆の深さは両親にも匹敵する。

 つまりは、失えばそれだけ喪失感も大きいということ。

 彼女を彼の目の前で死に至らしめることこそが、今生絶望への第一歩となるだろう。

 気を失っているうちにすべてを済ませてしまっては、もったいないではないか。

 

 ――承知しました。では、彼女は一緒に回収いたします。

 

『よろしい。それと、ああ――そこの女は好きにしろ。どうせ今日この時が命日だ』

 

 堂々たるお許しを得たシャイナは、再び獰猛な笑みを浮かべ。

 ミズハを宙へ吊し上げると、すべての腹いせを込めて。袈裟懸けに斬り付けた。

 それから、まるでストライクのピンを弾くように。

 持てる最大限の念動力でもって、彼女を盛大に海へと吹っ飛ばす。

 

 幾分すっきりした彼女は、ユウとクリアを肩へ担ぎ。

 跳ねる足取りで、主のもとへ帰還するのだった。

 

 

 ***

 

 

[5月8日 15時24分 青い海]

 

 原初のユウは。

『彼女』は、どこか物悲しい感情を湛えている。

 

『いやあ。しかし。あなたって、本当に底意地の悪いことをするよね』

 

 誰かが見つけてくれるものと期待していたけれど。よりにもよって最悪の最悪。彼らだなんて。

 やはりあの子たちに待ち受ける運命は重く、そして昏い。

 それから血塗れで帰ってきたミズハを眺めて、今度は苦笑いする。

 

『送り出した手前、こうもすぐダイレクトに送り返されると。反応に困ってしまうね』

 

 ミズハさん……インフィニティアか。さてどうしたものか。

 うん――アキハちゃんにはよろしくと、言われてしまったからね。

 

『こうしてまた海へ落ちて来たのも何かの縁。せめて、やれるだけのことはやってみようか』

 

『彼女』は微笑み、海の底へ沈みゆくミズハを力で包み込む。

 

『ユウ。随分奇妙な巡り合わせにはなってしまったけれど。君と出会ったことで、君の優しい気持ちのおかげで。たぶん、この人の運命は変わったんだね』

 

 それは『彼女』とアキハだけが知っている、今回(・・)初めての奇跡だった。

 ユウが心優しい彼女を説得して、凶行を思い留まらせなければ。そして船旅に同行させることがなければ。

 本来、彼女は活性化したACWに殺されていたのだ。

 5月8日15時24分。まさに今、この時に。

 アキハちゃんもきっと、愛するお姉ちゃんを助けるために。頑張って頑張って辿り着いた、奇妙な結論なのだろう。

 まさか決め手は敵の殺意にアシストさせるとは。生来のトラブルメーカーな彼女らしい、ぶっ飛んだ収束である。

 

 こうして深く傷つき、本来であればただ死を迎えるばかりだったミズハは。

『彼女』の癒しの力によって、その命を辛うじて永らえさせる。

 しかし全盛期なら一瞬で済むことでも。ほのかな残滓の力ではあまりに儚く、心許ない。

 ミズハが目覚めるまでいったいどれほどかかってしまうのか、悲しくも結局二度と目覚めることはないのか。

 既に【運命】の定めるところから外れてしまった以上、それは『彼女』にも、もう誰にもわからない。

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