フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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72「5月10日⑤ 始まりの場所 異相世界 新宿駅」

 道中上手く敵をやり過ごしながら、静寂の東京を西へとひた進んでいく女ガンナーたち。

 降りしきる雨粒が肌を濡らし、いつの間にやら増えてきた擦り傷にしみるが、戦闘への熱がすぐに痛みを忘れさせる。

 活動的だが脆い『できそこない』に対し、鋼鉄製でタフなACWが一両も確認されていないことは行進にとって好材料ではあるが、不気味ではあった。

 今日まで眠っていたユナは知らないことだが、セカンドラプターとシェリルはこの日を目前にして突如ACWが活動を低下させた事実を確認している。

 どこかへ姿をくらましてしまったとはっきり言ってしまってもいい。

 入れ替わるようにして、赤目女の活動は最盛を迎えていた。使い捨て総動員されている印象すら覚えるほどに。

 散発的な戦闘は続き、何度も足止めを食らいつつも、着実に目的地は近付いていく。

 時刻は20時48分。どうやら間に合った。

 ユナが先導する形で進んできた道のりにも、ついに終着点が見えてきたようだ。

 彼女の捉える生命反応が、確実にその場所に二人がいることを示している。

 

「なるほど。こっちの世界では無事なままってわけかい」

 

 すべての事の始まり。

 昨年12月1日、TSGが蜂起した「火の金曜日」事件の舞台になった場所。

 

 思えばあのときもユウと一緒だったな。

 たった半年前のことだってのに、随分と遠くまで来たように思えるよ。

 

 それからも度々テロの標的にされ、現実世界では使い物にならないほど徹底的に破壊されてしまった。

 立入禁止の無人駅となり、今もなお復旧工事が計画中という魔の新宿駅。

「異相世界」において、在りし日の姿は健在であった。

 駅の街頭ビジョンには、どこかの都市群が分割表示されている。

 ユナは目敏く、そこに映っているものがTSP保護特区『ガーデン』の数々であると気付いた。

 生前のタクに見せてもらった街の映像とそっくりであったからだ。

 

「それより、わらわら集まってきてんだが!」

 

 セカンドラプターは焦り混じりに二人へ注意を促した。

 赤目女たちも、三人を追い詰めようと取り囲むように徒党を組んで新宿駅へ詰めてきている。

 

「どうやら敵さんも目的地を察したらしいな」

「どうする? さすがにもう逃げ回るわけにもいかねーよな。中にテメエのガキがいんだろ?」

「そうだね。まいったよ」

「このままでは連れ込んでしまうことになるな……確かに」

 

 意図したものではないが、俗にトレイン行為とされるものと同等になってしまう事実にシェリルが顔をしかめる。

 セカンドラプターは少し考え、快く決断した。

 

「よしユナ。ここはオレらで引き受ける。テメエはさっさとケリ付けに行って来い!」

「それしかない、な。誰一匹入れないから……行ってきて。ユナさん」

「恩に着る。あんたたちなら量産型に遅れは取らないだろうけど、くれぐれも例の怪物には気を付けるんだよ」

「「わかってる!」」

 

 セカンドラプターもシェリルも、戦う女の良い顔をしていた。

 まだ具体的な道筋は見えないが、一矢報いてやろうと。決して諦めてはいない。

 そんな二人の様子を見定めたユナは、明るくはない未来が待ち受けていると薄々知ってしまっていても。

 それでも二人を固く信じ、前へ進むことにした。

 JR南口から、一人駅構内に突入していく。

 トレイターはユウを後方へ配置し、地下にて自分が来るのを待っている。

 

 

 ***

 

 

 いくらか時は遡る。

 小さなユウは見知った心の反応から、頼もしい母たちが救出に駆け付けてくれていることに早くも気付いていた。

 

「ほんとだ。すごいねおじさん。おかあさんこっちきてるよ」

「そうか。君にはわかるんだったね」

「うん!」

 

 真打ちヒーロー登場には嬉しそうに瞳をキラキラさせており、自分を助け出してくれることを今か今かと心待ちにしている。

 

「あ。でもおじさんのこと、うっちゃだめっていわないとね」

 

 どんなときでもこちらへの配慮は欠かさない、無垢な優しさはそのままに。

 

「大丈夫さ。君のお母さんは話のわかる人だから」

「そうだよね。おじさんもちゃんとじじょーはなさないとだよ。ぜったいだからね」

 

 やけに心配して真剣に怒るようにそう言うので、トレイターは何も言い返せなくて苦笑いしていた。

 因果応報の結末として、自分が彼女に撃たれて死ぬことも当初は覚悟していたが。

 聡い(・・)彼女が己の非力さを知っているのならば、無手の自分を問答無用で撃つことはするまい。まず対話に持ち込めるだろうという自信はあった。

 だとしたら、何が自分へトドメを刺すものか。己の未来へ昏い確信を持ちつつも、彼はそのときまで諦めるわけにはいかなかった。

 

「ところでユウ。お腹は空いていないかい。喉は乾いてないかな」

「ごはんはね、がまんするの。おかあさんたちがんばってるから。かえってみんなでいっしょにたべるの」

「いい子だね。でもお水くらいはいいんじゃないかな。お母さんも君の喉がカラカラで倒れたら心配するだろう」

「うーん。たしかにそうかも。ありがとうおじさん」

 

 彼にペットボトルを差し出されて、ごくごくと美味しそうに飲むユウ。

 よほど喉が渇いていたことは確かなようだ。

 そして飲んでからしばらくは、元気にそわそわしていたユウであったが。

 

「あ、れ……」

 

 急にふらつき始める。強烈な睡魔が襲ってきていた。

 危うく倒れ込んでしまうところ、トレイターは彼を片腕で受け止める。

 

「坊や。君は悪意がないことに対しては、本当に脆いな」

 

 ああ、そうだ。

 確かにこれは――君を守るためにしたことだから。

 

 すやすやと眠りに落ちた幼子に、彼は慈愛の瞳を向けている。

 

「人を疑うことをまるで知らない。まったく危なっかしいよ」

 

 それがいつか致命的な弱点にならなければいいけれど、とつい余計な心配までしてしまうほどに。

 

 トレイターは彼を抱きかかえ、無人の改札を越えて駅のホームへと向かっていく。

 ちょうどいい椅子を見つけると、そこへ小さな体をそっと寝かしつけておく。

 

「少しだけそこで眠っていておくれ。これからすることは、君には刺激が強過ぎるだろうからな」

 

 人の痛みがわかる子に、余計な苦しみを与えたくないのだ。

 君がまた目覚めたときには、すべて終わっているといいと願って。

 もう一度、最後に改めて呟く。

 

「ありがとう。ミズハを助けてくれて。僕をひとりぼっちにしないでいてくれて」

 

 まだ非力でか弱い唯一の真なる到達者は、彼にとっては紛れもなく真の救世主だった。

 

 ――さあ。最後の仕上げといこう。

 

 戦うことのできない最後の戦士は発つ。

 再び改札を出て、地下通路を死地に向かう堂々たる様で歩み進んでいく。

 この辺りがいいだろう。ここがいい。

 脇に配置された大型サイネージには、無数の『ガーデン』が映し出されている。

 すべてを裏切り投げ捨ててようやく得られた、確かな成果がそこにある。

 トレイターはここで、星海 ユナがやって来るそのときを待っていた。

 

 

[5月10日 20時55分]

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