フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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74「5月10日⑦ 世界を裏切り、己を裏切り、すべてを裏切った者の真実」

 孤児院の「仲間」たちが次々に泡を吹いて倒れていくのを、二人は目の当たりにしていた。

 

「ウィル。大丈夫?」

 

 死線を潜り抜けたばかりで顔を真っ青にしながら、ミライがどうにか答える。

 

「【干渉】で逃れた。咄嗟のことで、僕とお前しか守れなかった……。何かとんでもなくやばいものが貫いていったよ」

「そっか……」

 

 誰にもここから先の未来が視えないと、彼女はそう感じていた。

 何が起こるのかまではわからなかったけれど。こうなることだけは知っていた。

 

「やっぱり。今日がそのときだったんだね……」

 

 ヒカリは無残に散ってしまった子供たちの冥福を祈り、静かに涙を流した。

 ミライはただ黙って隣に立ち、萎れた彼女の肩を支え続けている。

 

 

 ***

 

 

「なぜだ。どうしてこんなイカれたことを?」

 

 ユナは当然の疑問を口にする。

 苦しみながらすべてやり切ったという顔をしている男の前で、もうこいつと戦おうなんて気にはなれなかった。

 

「……こう言えば、わかってもらえるだろうか。【運命】だからさ」

「【運命】だと?」

 

 虚を突かれたような、しかし二人にとっては最も道理ある答えに、彼女は眉をひそめる。

 

「TSPは遅かれ早かれ、今日までにすべて死に絶える。そういう、【運命】だったんだよ……」

 

 彼には視えてしまっていた哀しい真実を、ずっと苦しかった胸の内を努めて淡々と伝える。

 しっかりと事実を伝えることが最後の仕事だと、己にそう言い聞かせるように。

 

「だからってなぜ、わざわざあんたが始末する必要があるんだい」

「……唯一の真なる到達者の話は、聞いているだろうか」

「聞いたよ。インフィニティアからな。あいつも今は行方不明だけどさ」

 

 その原因が自分にもあることを知っており、ユナは密かに胸を痛めていた。

 

「悪いな。私の救助に付き合わせちまったみたいで」

「彼女は生きているよ。だからもう、いいんだ」

「そうなのか?」

「ユウが救ってくれたよ。あの子は僕にとっての英雄なんだ」

「そうだ。あの子は無事なのか!?」

 

 立派に元気な生命反応があることから、まず無事なのは頭でわかっているが。それでも心配なのが親心。

 ただ彼女にはもう、目の前のこの男があの子を手荒に扱うようには到底思えなかった。

 予想通り、彼は困ったように苦笑いして首肯する。確かに与えてもらった温かな優しさを思い返しながら。

 

「ここの奥でぐっすり眠ってもらっているよ。あれは本当に優しい子だな。人の痛みがわかるあの子には、彼らの死は辛過ぎるからね」

「そうか……。ならいいんだ」

 

 なぜ彼がわざわざ匿うような位置に陣取っていたのか、その理由も知ることができた。

 

「星海 ユウ。君の子供こそが唯一の真なる到達者さ。間違いない」

「本当にそうだって言うのかよ……」

 

 自然に口を衝いて出て来たのは、驚きでも否定でもなく、ただ静かな納得だった。

 

「君は驚かないんだな」

「フェバルなんだとさ。【神の器】とかいうたいそうな力をお持ちだと、うちのタクが突き止めてくれたよ」

 

 ユナは手短に、フェバルという存在について彼へ説明した。

 インフィニティアよりかいつまんで聞かされていた、正直要領の掴めなかった話よりもずっと深い真実を、彼もついに知ることとなった。

 

「【運命】に呪われし奴隷か……。道理でな」

 

 彼もまた深く納得する。

 だからあの子の未来は昏く覆われていて、どこにも希望が見えなかったのだと。

 まったく本当にひどい話だ。この世界は何から何まで、実に救いようがない。

 

「で、ユウがその真なる到達者とやらであることと、あんたの凶行には何の関係があるんだい」

「死せるTSPの中にあって、この日を確実に生き延びる者。【運命】を覆すだけの可能性を持った未来の勇者。それが星海 ユウという存在だ」

「うちの子も立派になったもんだよ。まったく」

 

 母は精一杯の皮肉を込めてそう言った。トレイターもいたく同意する。

 彼にもいつかはわからないが、ただそうなることだけは知っているのだ。

 

「やがてくる未来。あの子は己と宇宙の未来を賭けた壮絶な戦いに臨むことになる」

「何だって!? そいつは一体どういうものなのよ」

「我々が既に対峙してきた脅威。君たちにも深手を負わせたそいつのことは、よくご存じだろう?」

「ああ。嫌というほどにな」

 

 これからみんな殺されるとしたら、そいつの可能性が最も高いのではないかと恐れているくらいだ。

 

「けどあんな奴がどうしたってのよ。確かに強いが、それだけだ」

 

 この地球であるから脅威というだけで。

 フェバルや星級生命体に比べれば、よほど大したことはない。

 しかし男の口から語られたさらなる真実は、まこと衝撃的だった。

 

「あれには……どうやら妹がいる。永遠に完成することのない、名も無き恐ろしいラストナンバーが」

「なに……!?」

「そいつはまだひどくか弱く、強靭な姉とは比べ物にならないほど脆い。しかしそれはヒトを喰らい、TSPの力をも喰らい続け、無限に成長する怪物だ」

「なんだって! そんなやばいのがいるってのか」

「ああ。本来、すべてのTSPは。例外なくそいつの犠牲になるはずだったのさ……おそらくはね」

 

 この日、すべてのTSPが死ぬのが明らかに「定められた」ことならば。最も自然な帰結としては「そうなる」。

 この残酷な真実を図らずも知ってしまったとき。視えてしまったとき。彼は思ったのだ。

 

「人はせめて、人としての尊厳をもって死ななければならない。死後に渡ってまでも冒涜され、ただ糧として利用されることなどあってはならないのだ……」

 

 最初こそはまず救うことを考えた。幾夜も眠れぬほど真剣に思い悩んだ。

 けれど【運命】の『光』はあまりに絶対的で。どうしようもないことは明らかだった。

 だから彼は苦渋の末、ついに決断した。

 どうしても我らをこの日を越えて生かすことができないのならば。命を救うこと叶わぬのならば。

 大筋として結果を変えることはできなくとも。ほんの少しだけでも、何かを捻じ曲げることはできないだろうか。

 彼は不遜にもこの世の真理を相手取り、決して譲れぬ野望を抱いた。

 僕らは死ぬが、どうか人のまま死なせてやりたい。

 だから。せめて彼らを楽園へ連れて行こう。恐るべき怪物の手も届かない。

 現世という縛りを超越した、天国と言う名の楽園へ。

 それこそが……トランセンデントガーデン(超越の庭)の真なる意味だ。

 自由経済支配圏の確立など、とんでもない大嘘だよ。

 

 TSGとは、最初からTSPという存在を人として終わらせるために創られた組織であったのだと。

 

 彼だけが惨たらしくも哀しい真実に辿り着いていた。

 いつか世界を救うためには、おそらくそうするしかなかったのだと。

 

 今にも泣きそうな顔ですべての真実を吐き出す男に、その壮絶なる覚悟と事の顛末に。

 ユナは散々少しくらいは言ってやろうと思っていた苦言だとか、怒りだとか、恨み言だとかも一切忘れて。

 慰めの言葉さえ、何も言ってやることができなかった。

 

 お題目は立派にも、あらゆるTSPを救うことを掲げておきながら。非能力者人類への怒りの鉄槌を騙りながら。

 純粋に明るい未来を信じていた少年兵たちも、裏事情を知りながら狂信者を演じ切った『炎の男』も全部利用して。

 私たちQWERTYさえも、密かな野望のための舞台役者としてみんな巻き込んで。

 すべては、この日このときに。

 ただ人の手でTSPを死なせてやるためだけにそうしていたと言うのだから。

 

 まったくとんでもない絵を描いてくれたものだと、ユナはこの無力な男のスケールに圧倒すらされていた。

 恐るべき壮大な仕掛けを成し遂げた彼は、しかし今許しを願うように力なく項垂れ、ひたすら懺悔を続けている。

 あまりにも誠実で、元々は虫も殺せぬほど優しく穏やかな男の本来の姿だった。

 

 裏切者は、真実の目的を語る。

 

 核なき世界では、もはや地上に人類の住む場所がなくなるほど焼き尽くされることはないだろう。

 TSPなき世界では、非能力者と能力者による深刻な人種対立など、理論上起こるはずがない。

 やがてくる未来において、地球が悪意によって壊滅的なダメージを受ける危険性を持つ要素は著しく軽減された。

 果たして今を生きる子供たちの未来が、これで守られたのかはわからない。

 これが運命の巨大な壁に一欠片でも傷を付け、世界を変える一撃となったかどうかも、残念ながらこの目で見ることは叶わないだろう。

 

「僕も、そして君も。おそらくは今日、死ぬからさ」

「やっぱ、そうなのか」

「ああ……」

 

 だがやれるだけのことはやった。もう十分だ。もう、いいだろう。

 僕はたとえ地獄へ落ちようと構わない。この残酷で決して誰にも許されない仕事をやり切ったのならば。

 

「僕の話したかったことは。これがすべての真実だ」

 

 星海 ユナは、ついにすべてを最後まで騙し切った男に感服していた。

 

「つまりトレイター。あんたは、あんたって奴は。最初からTSPの自由と権利のためになんか戦っちゃいなかったってわけだ」

「その通り」

 

 色々な不可解だったことにも、ようやく合点がいった。

 十分な頭のあるはずの彼の行動が、高尚な理念とはあまりにもちぐはぐで。

 TSPの救済を掲げておきながら、実際はまるで逆の方向へ向かっているようにしか思えなかった。

 そりゃそうだ。

 すべてのことはただシンプルにTSPを選別するためのブラフであり、彼には見極めるだけの機と時間さえあればよかったのだから。

 

「ただ一つ、確証が持てなかったからな。いや、どうしても認めたくなかったと言うべきか」

「なるほどな。気持ちはよくわかるよ。だから『炎の男』をけしかけて」

「最後の確認をしてもらったよ。彼は正しくその時に死んだ。【運命】の絶対性は、いよいよ疑いようがなくなってしまった」

 

 だからもう決して止まるわけにはいかなくなった。その先何が起こるのかわかっていても、最後まで走り抜けるしかなかった。

 そうしなければ。待っているのは彼らがただ惨たらしく無意味に殺され、死してなお未知の怪物に喰い荒らされるだけの未来だ。

 

「呆れた。とんでもないペテン師だな、あんた」

「ようやく、肩の荷が下りた気分だよ。どうかな。決して許されはしないが、ご納得は頂けただろうか」

「ああ……負けたよ。私の負けだ。あんた、本当にすごい奴だよ」

 

 トレイター。世界最悪の犯罪者の一人として、その悪名を歴史に残すだろう。

 だが世界の誰があんたを憎もうとも、その隠された真意を知らずとも。私だけは認めてやるよ。

 どんなフェバルにだってできなかった、あんたの執念の一撃を。何があってもやり遂げる人の覚悟と意志の力を。

 本当に、勇気をくれる。いいものを見せてもらった。

 とことん負けず嫌いが性分の星海 ユナは、一つも戦う力を持たぬ男に、ついに一度も銃を向けることなく完敗を喫した。

 なのにどこか。結果だけ見れば、どこまでも残酷でただの一つも救いようがないのに。なぜだか。

 まったく清々しく、してやられた気分だった。

 

 

 ***

 

 

「まさか」

 

 アルの依り代ケイジは、『Project Integer』の総仕上げが意地の一撃によって完全に破綻したことを悟った。

 彼はこの地球に生まれついて初めて、心の底から動揺していた。

 

 ただの矮小な人間だと思っていた。

 己どもの運命を恨み、世界へ挑もうとも。いかに非能力者と殺し合おうとも一向に構わないと。

 たった一人のイレギュラーごときが。所詮は人間一人などに何ができるものかと見下していたものが。

 よもやここまで、大それたことを考えていたとは。

 

 確かにごく少数の例外を除き、あらゆるTSPは本日5月10日をもって死ぬことが確定している。

【運命】の一なる信奉者たるアルが、この地上にあえてのさばらせた『異常』をわざわざ放置しておくはずがなかった。

 発生から後片付けまでを完璧にこなしてこその計画。

 TSPとはそのように緻密に計算してデザインされた、極めて安全な『異常生命体』であったのだ。

 彼らの死体はすべて『できそこない』によって回収され、やがてそこに眠るI-3318の餌となり、糧となるべきもののタネとなるはずだった。

 このラストナンバーのみが持つ【侵食】は人を喰らって初めて、無限に成長する力であるゆえに。

 星海 ユウと同じく際限のないポテンシャルを秘めしものの、理想的な成長にはどうしても大量かつ良質な餌を必要とするのだ。

 特殊能力許容性を操作して付随的に生まれたTSPどもは、うってつけの餌となるはずだった。

 だが残念なことに、そのほとんどは既に手の届かぬ楽園へと去ってしまった。

 

「トレイター。あの男、やってくれたな」

 

 まさか確実に死ぬことを逆手に取り、あえて自らの手で「より自然な形で」始末し。世界も運命をも騙し通すとは。

 ガーデンの真の意味するところは、人の手で与えられる死による救済であったなどと。

 これほどの絵を大胆に描き、実行する奴がいるとは夢にも思わなかった。本当にイカれているとしか言いようがない。

 

 見事だ。やられたよ。まったく忌々しい。

 

 やはり今回(・・)は、あまりにもイレギュラーが多過ぎる。

 しかし冷静になってみれば。計画の大筋については問題ない。

 I-3318はまったく無事であることだし、最も強力な『女神の五体』のタネはとうに確保している。

 既にACWの脳髄へ加工した者については、一切影響を受けるものではない。

 そして運良く攻撃から逃れてしまったわずかなTSPについては、『できそこない』を使って確実に回収することができる。

 つまり、餌となる元がすべてなくなってしまったわけではない。ある程度は残されている。

 当初の想定よりも、成長図がいささか劣ったものにはなってしまうが……ほんの誤差に過ぎないはずだ。

 I-3318は予定通り、翌日未明には最も成長に適した新天地へ向けて発射される手筈となっている。

 やはり大きな支障はない。人のすることには、どうしても限界はあるのだ。

 

 ああ。だが認めよう。

 トレイター。お前は敵であると。

 お前は今日確実に死ぬが。このまま一刻でも生かしておいて、良い事は一つもない。

 

「愚かにも世界の理へ挑んだ裏切者よ。さらばだ」

 

 致命の弾丸が、再び放たれる。

 

 

 ***

 

 

 トレイターは突然、胸を押さえて苦しみ出した。

 真っ赤な血痕が、服を通じてじわりと染み出していく。ゆっくりと崩れて落ちていく。

 

「どこだ! どこから撃たれた!?」

 

 ユナは慌て驚き、倒れ込んだ彼へ駆け寄って抱き起こした。

 

「おい、しっかりしろ! 死ぬんじゃないよ!」

 

 言いながら、もう助からないことを彼女は察してしまった。

 心臓が撃ち抜かれている。

 トレイターは今にも絶えるほど弱々しく、泣き顔で力なく笑っていた。

 

「いいんだ……いつか来るその時が……来たというだけの、こと……」

「まだだ! あんた、これからじゃないか……!」

 

 重苦しい使命感に苛まれながら生き続け、これからやっと本当の人生が始まるところだったのに。

 真実は、深いところでずっと通じ合っていた。

 かけがえのない戦友をただ目の前で失ってしまうことが、ユナにはどうしても許せなかった。

 

「最後に、伝えたいことが……ある……」

 

 トレイターは、己の罪深く戦い続けの人生の最後に。

 すべてが終わって、ようやく泣くことができた。

 それは決して哀れな自分への感傷のためではない。

 これから未来を生きる人の子の英雄のために。

 ただあの子の幸せを願って。涙するのだ。

 

 

[5月10日 21時12分]

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