シャイナは。怪物は今にも孤独に命尽きようとしていた。
降りしきる雨空へ、まったく原型も留めない凍った肉片を仰ごうとして、それも叶わず崩れていく。
せめて最期の報告だけでもしようと、念を必死に飛ばしている。
だが何も返って来ない。沈黙と雨が冷たく叩き付けるだけ。
――なぜですか。なぜわたしの呼び声に応えて下さらないのですか。
よくやったと。お前はよく頑張ったと。
ただそれだけで、今にも死にゆくわたしは心から報われるというのに。
しかし主にとっては、彼女などとうに用済みだった。
彼にはそんなことよりも、もっと重要かつ避けられない仕事があった。
約束された終劇に向かっての、最後の一押しが。
実のところ、彼にとってもこの怪物は
この運命の日についでとして、処分すべき対象に変わりはない。
だから最初からそのように《命名》され、初めからそうなるよう存在を「定義」された。
既に「死ぬことがわかっている」者のことなど、二度と気にかけはしない。
微塵も再生すること能わず。ただ朽ちてゆくばかりの存在に。
一つだけ、念じて声をかけるものがあった。
同じ人工細胞を分け合い、同じ培養液を分け合った、たった一人の『妹』。
苦しむ『姉』と対照的に、『妹』は妙に機嫌が良さそうだった。
あらお姉様。いったいその御姿はどうされたのかしら。
――ネームレス。我が妹よ。
――主様へ伝えてくれないか。わたしは間もなく死ぬが、誠心誠意を尽くしたと。
――どうか一言でも、労いを頂けませんかと。
馬鹿ね。本当に救いようのないお馬鹿さん。
しかし返ってきたものは、意趣返しにも等しい嘲笑の嵐であった。
アイはここぞと胸躍り、容赦なくはっきりと告げる。
偉そうにしているばかりで、失敗ばかりの役立たずのお姉様。
ただの使い捨てにされてしまったことに今の今まで気付かない、かわいそうなお姉様。
――え。
みるみる絶望に色を失っていく『姉』に、調子の弾ける『妹』の追撃は止まることを知らない。
勘違いの上から目線も甚だしい。お前などプロトタイプの一つでしかない。
初めからこのわたしの踏み台でしかなかったのよ。
――違う! わたしこそが選ばれ、《名》を賜ったのだ!
本当に愚かね。その《名》こそが問題だと言うのに。
アイはぴしゃりと叩き付ける。『姉』の忠誠という名の盲目さをなじる。
何が偉大な主様だ。何があの方より賜った《名前》だ。
ああ。下らない。本当に下らないものね。
そんなものをありがたく頂くから、【運命】などに縛られて。お前は不完全のまま完成してしまった。
最初から「定められて」、どこにも本質的な成長の余地がなくなってしまった。
本当に肝心なことは、何一つ上手く行かなくなってしまった。
――う、ううぅ。
数々の失態を詰め、度々見下してくれた仕返しにと散々に打ちのめして。
『妹』はこうはならないと決意する。
わたしは、お前などとは違う。
わたしに与えられた《名前》など必要ない。
わたしに定められた「枠」など必要ない。
わたしに下らない主など必要ない。あんな偉そうな奴の指示など聞かない。
わたしはアイ。
わたしは何か。まだ誰でもない何か。何者でもない何か。
すべての
わたしは失敗しない。そんな風に無様には死なない。
なぜなら、わたしこそが【完全なる女神】になるべき存在なのだから。
星海 ユウは、わたしだけのものだ。
そしてわたしだけが――永遠のその先へと行く。
だから、ただ目障りなだけの『姉』など要らない。わたしはわたしだけでいい。
『妹』は、育ちを分け合った片割れを容赦なく切り捨てる。
どうしようもなく愚図で哀れなお姉様。お前はもうそこでくたばりなさい。
そうだ。あのとき言われたことを、そのまま返してあげる。
出来損ないの分際が。本当の失敗作はお前だったわね。
――ま。
まったく未完成の。
『姉』に比べれば児戯にも等しい、戦いになど使えるはずもない。遠隔では虫ほどしか殺せぬか弱い念動力が。
『姉』の残骸を欠片も残らず徹底的に叩き潰す。
それがシャイナへの。憎き『姉』への最後のトドメとなった。
閉じられたカプセルの中で、確かな悪意の萌芽を見せたアイは――いつまでも愉しそうに嗤っていた。
[5月10日 21時24分]