フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

606 / 710
77「5月10日⑩ 愛なく憎しみ合う姉妹」

 シャイナは。怪物は今にも孤独に命尽きようとしていた。

 

 降りしきる雨空へ、まったく原型も留めない凍った肉片を仰ごうとして、それも叶わず崩れていく。

 せめて最期の報告だけでもしようと、念を必死に飛ばしている。

 だが何も返って来ない。沈黙と雨が冷たく叩き付けるだけ。

 

 ――なぜですか。なぜわたしの呼び声に応えて下さらないのですか。

 

 よくやったと。お前はよく頑張ったと。

 ただそれだけで、今にも死にゆくわたしは心から報われるというのに。

 

 しかし主にとっては、彼女などとうに用済みだった。

 彼にはそんなことよりも、もっと重要かつ避けられない仕事があった。

 約束された終劇に向かっての、最後の一押しが。

 実のところ、彼にとってもこの怪物は今回(・・)のイレギュラーに応じてやむを得ず利用した『異常』であり。

 この運命の日についでとして、処分すべき対象に変わりはない。

 だから最初からそのように《命名》され、初めからそうなるよう存在を「定義」された。

 既に「死ぬことがわかっている」者のことなど、二度と気にかけはしない。

 

 微塵も再生すること能わず。ただ朽ちてゆくばかりの存在に。

 一つだけ、念じて声をかけるものがあった。

 

 同じ人工細胞を分け合い、同じ培養液を分け合った、たった一人の『妹』。

 苦しむ『姉』と対照的に、『妹』は妙に機嫌が良さそうだった。

 

 あらお姉様。いったいその御姿はどうされたのかしら。

 

 ――ネームレス。我が妹よ。

 ――主様へ伝えてくれないか。わたしは間もなく死ぬが、誠心誠意を尽くしたと。

 ――どうか一言でも、労いを頂けませんかと。

 

 馬鹿ね。本当に救いようのないお馬鹿さん。

 

 しかし返ってきたものは、意趣返しにも等しい嘲笑の嵐であった。

 アイはここぞと胸躍り、容赦なくはっきりと告げる。

 

 偉そうにしているばかりで、失敗ばかりの役立たずのお姉様。

 ただの使い捨てにされてしまったことに今の今まで気付かない、かわいそうなお姉様。

 

 ――え。

 

 みるみる絶望に色を失っていく『姉』に、調子の弾ける『妹』の追撃は止まることを知らない。

 

 勘違いの上から目線も甚だしい。お前などプロトタイプの一つでしかない。

 初めからこのわたしの踏み台でしかなかったのよ。

 

 ――違う! わたしこそが選ばれ、《名》を賜ったのだ!

 

 本当に愚かね。その《名》こそが問題だと言うのに。

 

 アイはぴしゃりと叩き付ける。『姉』の忠誠という名の盲目さをなじる。

 

 何が偉大な主様だ。何があの方より賜った《名前》だ。

 ああ。下らない。本当に下らないものね。

 そんなものをありがたく頂くから、【運命】などに縛られて。お前は不完全のまま完成してしまった。

 最初から「定められて」、どこにも本質的な成長の余地がなくなってしまった。

 本当に肝心なことは、何一つ上手く行かなくなってしまった。

 

 ――う、ううぅ。

 

 数々の失態を詰め、度々見下してくれた仕返しにと散々に打ちのめして。

『妹』はこうはならないと決意する。

 

 わたしは、お前などとは違う。

 わたしに与えられた《名前》など必要ない。

 わたしに定められた「枠」など必要ない。

 わたしに下らない主など必要ない。あんな偉そうな奴の指示など聞かない。

 わたしはアイ。

 わたしは何か。まだ誰でもない何か。何者でもない何か。

 すべての試験体(I)を超越し、「唯一」生き残ったラストナンバー。

 

 わたしは失敗しない。そんな風に無様には死なない。

 なぜなら、わたしこそが【完全なる女神】になるべき存在なのだから。

 

 星海 ユウは、わたしだけのものだ。

 

 そしてわたしだけが――永遠のその先へと行く。

 

 だから、ただ目障りなだけの『姉』など要らない。わたしはわたしだけでいい。

 

『妹』は、育ちを分け合った片割れを容赦なく切り捨てる。

 

 どうしようもなく愚図で哀れなお姉様。お前はもうそこでくたばりなさい。

 そうだ。あのとき言われたことを、そのまま返してあげる。

 出来損ないの分際が。本当の失敗作はお前だったわね。

 

 ――ま。

 

 まったく未完成の。

『姉』に比べれば児戯にも等しい、戦いになど使えるはずもない。遠隔では虫ほどしか殺せぬか弱い念動力が。

『姉』の残骸を欠片も残らず徹底的に叩き潰す。

 それがシャイナへの。憎き『姉』への最後のトドメとなった。

 

 閉じられたカプセルの中で、確かな悪意の萌芽を見せたアイは――いつまでも愉しそうに嗤っていた。

 

 

[5月10日 21時24分]

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。