フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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「星海 ユウが初めて女の子になった日 ― Second Happy Birthday to "Yu" ―」

[5月10日 23時59分]

 

「う……!」

 

 たたらを踏んだ母は気合いで踏ん張り、致命となるはずの銃撃をなんと耐え凌いでいた。

 

 自ら胸にかけたあるものへ視線を向け、心の内で深く感謝する。

 礼を言う。レンクス。

 それさえなければ、銃弾は心臓をぶち抜く軌道を辿っていた。即死だったはずだ。

 感傷と思い出として身に付けていたネックレスは、無駄に頑丈で。銃弾をわずか肺の方へ弾いていたのだ。

 無意識にでもそこへ当てようと、彼女は生きるための執念を発揮していた。

 

 どうやらツキは……まだ見放しちゃいかなかったらしい。

 

 最愛の旦那が致命の初弾から彼女を庇い、レンクスが二発目から彼女を護ったのだった。

 

 見ればユウは明らかに呆然としていて、なぜ自分がそんなことをしでかしたのかもわかっていない様子。

 上手く操ってけしかけられたに違いない。かわいそうに。

 あんたが自分の意思で、そんなものを振り回すはずがないじゃないか。

 今度こそ正しい狙いは外さずに。追撃をもらう前に、素早く彼の手の銃だけを弾き飛ばす。

 そこでやっと、彼の意識がはっきりとしてきたらしい。

 

「え……おか……あ、おれ、どうして。なんで……」

 

 わけもわからず、ただなぜか両親を撃ってしまったことだけはしっかり記憶されていて。

 深い混乱と動揺のままに、感情いっぱいに目から涙を溢れさせようとしている、哀れな子を前にして。

 母としてすべきことなど、一つしかなかった。

 歩み寄り、その両腕でしかと抱き締めてやる。

 

「おかあさん。おれ、おとうさんを。おかあ、さんも。なんで。おれ……なんで……」

「大丈夫だ。ユウ。落ち着け。大丈夫だ。あんたは、何も悪くない……!」

 

 精一杯の愛で、うわ言のように後悔と懺悔を繰り返すユウを包んでやる。

 

 

 ***

 

 

 ケイジは遠方より事の顛末を観測し、さすがに苛立ちを抑え切れなかった。

 

 まったく。どうしたことだ。いけないじゃないか。

 あれで「予定通り」死なないなんてことが、あっていいはずがないじゃないか。

 本当に今回(・・)のことは、どうかしている。

 

 だから。念のため用意しておいたライフル銃でもって。

【運命の弾丸(バレット=オブ=フェイト)】をもって、連続でトリガーを引き荒らす。

 

 母ではなく、子を目掛けて。

 

 

 ***

 

 

「ぐ、ああ、あぁあ……!」

「おかあさん、おかあさん……! やた、やだ、いやだぁ……!」

 

 心の読めるユウには、痛いほどわかってしまうのだ。

 目の前で次々と凶弾を食らい続ける母が、急速に死へ近付いていくのが。

 ユナはただ必死に子を庇い、一心不乱に銃弾の雨を受け続けている。

 いくら死なないことがわかっているからと、庇わない選択を取れるはずもなかった。

 そんな母親失格のことなど、できるはずがなかった。

 ただここでも幸運なことに、お守り代わりに背負っていたリルスラッシュが、彼女の中心線だけは護り通していた。

 シュウとレンクスに加え、ルイスの遺したものまでもが、彼女を即死の悲劇からだけはどうにか守り抜こうとしている。

 

 なんだ……?

 

 なぜかはわからない。突如として、銃弾の雨がぴたりと止んだ。

 

 再び静けさの中、風雨の叩き付ける音だけが寂しく響いている。

 小さなユウは、罪悪感と恐怖と、迫り来る喪失感に苛まれて。

 ひたすら泣きじゃくっていた。おかしくなりそうだった。

 そんな彼の瞳の奥に、彼女は『心の世界』をうっすらと見出す。

 

 そうか……。

 

 ユナにも、やっとわかった。

 やりようはあった。たった一つだけ、あったんだ。

 この子をひとりぼっちにしない、冴えたやり方が。

 

【運命】の妨害をすり抜ける、唯一の手段が。

 

 母は最愛の子をさらに力強く、ぎゅっと抱き締める。

 

「大丈夫だ。ユウ。あんたを、ひとりぼっちにはしない」

「おかあ、さん……?」

 

 そして、全身全霊をもって祈りを捧げる。

 この想いが、願いが。すべて漏れなく伝わるように。

 ユウはただされるがまま、母にしがみ付いてずっと泣いている。

 ようやく腕の力を緩め、母は優しく目を細めた。

 

 これでいいはずだ。これで届くはず――。

 

 ――!?

 

 咄嗟のことで、母は子を突き飛ばしていた。

 

 ただ健やかなること、無事を願い。儚げに微笑んで。

 

 直後――重厚な金属の塊が、無慈悲に彼女を跳ね飛ばす。

 

 それはまったく不自然極まりない、無人のトラックだった。

 そこまでして。どうあってもこの日、親子は死をもって引き離されるのだと。

 それは「決定」された事項であるから。

 

【運命】は、必ず収束する。

 

 そして、父の乗っていた車をも盛大に巻き込んで。

 衝撃音とともに、血肉の惨たらしく弾け飛ぶ様を。

 自らの頬にまで飛び散る母だったモノを、小さなユウはまざまざと見せ付けられてしまった。

 

「あ、あ……」

 

 自ら父と母を確かに撃ち抜いてしまった感触に、わなわなと手が震え止まらず。

 それは未来永劫消えないトラウマとして、男の子の彼に刻まれてしまった。

 そして頬にこびり付いた血痕と、肉片と。いつまでも消えない、鼻に付く生臭さに。

 

「うわあああああああああああああぁぁあぁぁぁぁああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

 暗闇の空に、幼子の絶叫がこだまする。

 

 5月10日23時59分。

 星海 ユナと星海 シュウの両名。

 星海 ユウの両親は確かに、記録上「交通事故」によって死んだ。

 

 

 ***

 

 

[心の世界] 

 

 現実の星海 ユナは無残に死せども、この『世界』の内側に確かな爪痕を残していた。

 すべての記憶と想いを込めて、飛び込んだ先に待っていたものは。

 彼女に呼応する形で精神体を具現化させた、意外かつ当然の人物だった。

 

 クリアハート。

 

 一足先に現実での戦いを終え、同じようにすべてを愛する『弟』へ込めて。そこに留まっていたのだ。

 もう一人の協力者が必ず来てくれると信じて。

 

『ユナさん、遅い。わたし、ずっと待ってたのに』

『悪いね。クリア。今まで忘れてしまっていたのも、ごめんな』

『仕方ない。そういう風にしたの、わたしだから』

 

 ユナはもう一人の大切な『娘』の頭を撫でて、微笑みかける。

 

『実は一番ユウのこと溺愛してるの、あんたかもしれないね』

『もち。お母さんにも、誰にも負けない』

 

 彼女はほとほと感心して、笑ってしまう。

 あんたもほんとすごい子だよ。誇りに思う。

 ほとんど何も知らずして、真っ先に「正解」へ辿り着いていたってわけかい。

 

『悪い記憶は、ぜんぶ閉じ込めておこう。この子にはまだ早い、から』

『ああ。そうだな。それがいい』

 

 ユナはクリアの手を取り、強く頷き合う。

 やってやろうと。【運命】に一泡吹かせてやろうと。

 一人では足りなくても、二人ならきっと届く。

 これが最後の一仕事、大勝負だ。

 

『私たちはもう、記憶だけの儚い存在だ。長くは維持できない。直接はずっと側にはいてやれない。けれど』

『ん。ユウ。お前をひとりぼっちには、しない……!』

 

 二人のすべてを込めた願いと祈りが練り上げられて、一つの確かな存在を形作っていく。

「彼女」はユウ自身をベースとし、母の容姿と強さ、優しさを受け継ぎ、『姉』の溺愛ぶりと優しさをも受け継いで。

 

 フェバルの【運命】は、極めて強力に星海 ユウを孤独にしようとする。

 繋がりを断ち切り、深く関わった者を悲惨のうちに殺そうとする。

 でも「彼女」は、ユウの能力自体から生じたもの。本質的に決して分かつことはできないもの。

『心の世界』の存在であれば。

 たとえどんなに永い時を経ても。たとえどんなに遠くへ行ったとしても。

 

 そして、永劫とも思える「繰り返し」の果てにようやく辿り着いた――本当の奇跡が起こった。

 

 

 ***

 

 

 あり得べからざる「先祖返り」を起こし。

 

 この日このとき、初めて女の子になったユウは。

 

 まだ生まれ付いたばかりで、明確な自我の芽生えもなく。

 ただわけもわからず、ひどく苦しむ小さな胸を痛めながら。

 惨たらしく親しい者たちを死なせてしまったトラウマを、知らずのまま己の内へ封じ込め。

 小さな「彼女」は、幼き身には過大な力と忌まわしい記憶を封じる鍵となり。

 無自覚に『弟』のユウを庇い護るように自らを抱きすくめ。

 いつまでも降りしきる雨空の下、滂沱の涙とともにこの世に産声を上げた。

 

 

 ***

 

 

 こうしてみんなは……【運命】に殺された。

 

『姉』はあなたを守るため、悪いものを引き連れて。あなたから見えなくなってしまった。

 あなたはよりにもよって自らの手で父を殺め、母もまた危うく殺しかけた。

 色々なことが積み重なって、どちらも殺してしまう最悪だけは回避されたけれど……結局は、目の前で無残に殺されてしまった。

 

 それがあなたの【運命】で、避けられないことだったんだよ。

 

 ただこの残酷な真実を知るには、あなたの小さな心にはまだ早過ぎるから。

 そのことがずっと、あなたの優しく純粋な心に暗い影を落としてしまうから。

 今すべてを知ることは、確実に『黒』の未来へ繋がってしまうから。

 いつか大きくなったら、そのときに思い出して欲しい。

 それは決して消し去ってはならない、大切な記憶。

 やがてくる未来に立ち向かうため、あなたはいつか知らなければならない。

 あなた自身のことと、この宇宙を覆う【運命】。

 それがいかに残酷で、いかに強大であるかを。

 けれど、あなたには可能性があること。たくさんの想いや願いが託されていること。

 そして、【運命】と対峙するだけの強い力と心を秘めていることを。

 

 でも今はまだ、思い出せなくていい。今はたくさん泣いていい。

 あなたが何も知らず、心優しいままに育つこと。

 それこそが母の、そして『姉』の願いであり、祈りなのだから。

 

 たとえあなたが忘れてしまっても。

 大切なあなたのことを、みんな愛しているから。

 

 大丈夫。ひとりぼっちなんかには、ならないよ。

 この広く果てしない宇宙の旅の中で。

 いつでも。どんなときでも。

 

 あなたには、もう一人の「私」がいる。

 

 

[5月11日 0時00分] Timer Stop

 

 Now FabL Main Story with TS has started, and Second Happy Birthday to "Yu".

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