フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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真プロローグ
前編「星海 ユウを探す者たち」


 黒髪で中肉中背、可愛らしい顔をしている。今日ちょうど十六歳になる少年。

 それが、エーナが【星占い】によって得た情報だった。

 彼女はどんなことでも占えるが、こんな風に大雑把にしか情報を得られない場合が多々あるのがこの能力の弱点であった。

 彼女は電柱の陰に立ち、狙いの彼が通りがかるのを辛抱強く待っていた。

 彼を忌まわしい運命から救い出すために。

 やがてそれらしき人物が通ったので、意を決してすっと陰から身を現す。

 クールを装い、ミステリアスな雰囲気を醸し出すように。

 現代日本には似つかわしくない黒装束と物々しい杖は、まさに闇の魔法使いといった出で立ちである。もしくはコスプレ女。

 

「星海 ユウね」

 

 ところが彼は、一切何の反応も示さない。

「あくまで無視を決め込もうというつもりね」と、彼女はそう判断し。

 ならば無理に迫るまでと。努めて怖そうな表情を作り、ずいと詰め寄る。

 

「星海 ユウ。私の話を――」

「え、僕ですか。人違いですよ」

「え!? あらそう……そうなの。ごめんなさいね」

 

 シンプルに人間違いだったらしい。

 彼女は気恥ずかしい気持ちで、すごすごと彼を見送った。

 

 うぅ。またやっちまったわ……。

 いけない。いけない。こんなことでは。

 フェバルが覚醒し、終わらない残酷な旅を始めてしまう前に死なせてあげる。

 彼女が無理にでも作った生き甲斐として始めたことだが、未だ成功例はゼロ。

 フェバルになる運命は実は覆せないのではないかと、内心恐れてしまっている彼女であるが。

 あえて現実は直視しない。

 してしまったら、きっと耐えられないから。壊れてしまうから。

 よーし。次こそ失敗しない。気を引き締めるのよエーナ。

 

 しばらくして、占いの特徴をすべて満たす男が再び現れた。

 今度こそ間違いないわ。

 彼女は意気込み、男の行く手を塞ぐように電柱の陰からぬっと飛び出す。

 先ほどよりも心なしか勢いがあった。

 

「待っていたわ。星海 ユウ」

「誰ですかそれ」

「え……また違うの?」

「知りませんよそんな人」

「あ、そう。そうなの。いえ、何でもないの。すみません」

 

 彼女は申し訳なく道を開け、そそくさと元の電柱の陰まで律儀に戻っていった。

 男は彼女に一瞬ばかり怪訝な目を向け、もう気にしないで行ってしまった。

 

 それからも、何度も何度も。それらしき人が道を通った。

 毎度次こそはと気を取り直し、彼女は一生懸命声をかける。

 

「星海 ユウ。覚悟しなさい」

「何だ急に。知らねえよそんな奴」

 

「星海 ユウ。ついに現れたようね」

「すみません。人違いだと思います」

 

「星海 ユウ。とうとうやって来たわね!」

「知らないです」

 

「星海 ユウ、よね?」

「違います」

 

「星海 ユウ、のはず……」

「残念ですが」

 

「星海 ユウじゃ、ありませんか?」

「ごめんなさい」

 

「もしかして、星海 ユウ?」

「ごめん。知らないっす」

 

「あの……星海 ユウ様で、いらっしゃいますでしょうか?」

「いいえ。違いますけど」

 

「星海 ユウ。星海 ユウ。星海 ユウ。星海 ユウ。星海 ユウ……」

「こっわ」「近寄らんとこ」

「…………」

 

 エーナはいらいらしていた。

 探し人はすぐ見つかると思っていたのに、一向に現れる気配がないからだ。

 異世界人の彼女にとって、地球の日本という国は色々と常識外だった。

 

 人無駄に多過ぎるのよ、この星!

 しかもどこもかしこも黒髪ばっかりじゃないの! おかげで該当者多数にもほどがあるわ!

 というか、どうしていつまで経っても来ないのよっ!

 星海 ユウは今日この辺りを通るって、【星占い】にはそう出てたはずよ!

 

 彼女は苛立ちのまま、力任せに隣の電柱を殴り付けた。

 許容性の圧倒的な低さが、幸いにも余計な破壊をもたらすことはなかったが。

 そこへよりにもよって小さな子連れの親が通りかかって、思い切り見られてしまう。

 

「ママー。変な格好したお姉さんが、電柱殴ってるー」

「しっ。見ちゃいけません!」

「…………くっ」

 

 それからもエーナは、やけくそ気味に声をかけて回った。

 気分は悲壮な飛び込み営業そのものである。

 

「星海 ユウ。哀しいわね。これもまた運命なのよ」

 

 哀しいのはどっちかわからないが、涙ぐましく体裁だけは整えようとしている。

 だが男は視線一つ向けずに歩き去ろうとするので、すぐに演技も崩れた。

 慌てて引き止める。

 

「ちょ、無視しないでくれるかしら!」

「ああ!? そいつ誰よ?」

「あ、いや……その、ですね。人を……探して、まして」

「ちっ。人探しなら他当たれや」

「ひゃい……」

 

 ガチめな人にガン飛ばされると、つい委縮してしまう彼女である。

 いざ戦えば本人の方がずっと強くても、怖いものは怖いのだ。

 でもエーナさんはめげない。めげないのである。

 

「星海 ユウ。ここがあなたの死に場所よ」

「えっと。何かの撮影ですか?」

「ええ……? また違うのおおぉ!?」

「あー……」

 

 彼は目を逸らし、早足で去っていく。

 散々はずれを踏みまくり、またまたそれっぽい奴と来ればもう。

 エーナの目はもはや血走っていた。

 

「星海 ユウ。貴様かあぁぁぁあ!」

 

 あからさまな危険人物に、一目見た途端駆け足で逃げようとする男。

 かえって本人である証拠だと誤解した彼女は、無駄にフェバルの脚力を披露する。

 

「おい待てやこらぁあ!」

「わあぁ! 知らねえよそんなヤツよぉぉぉ!」

 

 バタバタと大慌てで逃げ去っていく男に、まったく嘘を吐いている雰囲気はない。

 くうう! ということは、またしくじってしまったのね……。

 悔しげに下唇を噛み締めながら、見送るしかないエーナ。

 ついに彼女のテンションは最も危険な領域に突入する。電柱の影から突進をかます謎のコスプレ女がそこにいた。

 

「星海 ユウ。ちぇすとおおおおおおお!」

「わ、なんだこのやべえ女!」

「ちぇすとおおおおおおおおおおおお!」

「うわぁ! オレはその何とかユウってヤツじゃねえよっ!」

 

 エーナには哀しいことに星海 ユウの見分けがまるで付かなかった。

 可愛いというのが一応最大のヒントなのだが。

 異世界人の彼女には、童顔の多い日本人の「可愛い」基準がどうにもはっきりしない。

 ゆえに数撃て戦法でひたすら声をかけ続けるしかなく。

 数え三桁を迎えた頃には、ついに電柱の地縛霊のようになっていた。

 

「星海 ユウゥ……」

「ユウうぅぅぅ」

「ホシミ ユウ、カモシレナイ……」

「ホシミ ユウ、チガウ……」

「ホシミ ユウ?」

「アーユーユウ?」

 

 などと投げやりな気分で、ひたすらそれっぽい人に声をかけるマシンになっている。

 ところで魔法使いそのものの奇抜な格好をした彼女は、当然ながら実に目立った。

 道行く人々の中には物珍しさから、彼女の写真をしれっと撮っていく者までいたのだが。

 ただ一目明らかにやばい奴なので、誰も近寄ることだけはしなかった。

 

 やがて日も落ちかけ。

 冷たい好奇の視線に晒され続けて、エーナさんは世の中の厳しさにしくしくと泣いていた。

 

 星海 ユウ。

 

「うっう……どこ……どこなの……?」

「なあオイ。アンタ」

「ふぇぁ?」

 

 涙でぐにゃぐにゃになった彼女に声をかけてきたのは、溌剌とした雰囲気を湛える金髪の女だった。

 同じ金髪と言ってもカピカピで苦労マシマシの未亡人感(実際そうなのだが)漂うエーナに対して、しっかりと手入れされ整えられたミディアムヘアが美しく映えている。

 エーナは知る由もないが、かつてこの女に手入れという概念はなく、雑に伸ばしてくしゃくしゃにし放題だった。

 それが噓のようだ。大人になったということだろう。

 三十路で肉体加齢の止まってしまったエーナよりもやや若い印象で、しかしどこか自信に満ちた余裕と色気を感じさせる。

 青と金色の瞳のオッドアイが、陰りのない生気に満ちて爛々としている。

 魔法使いコスで見るからに怪しいエーナに対して、こちらもモデル顔負けの美貌と存在感を放っており、どちらも現代日本の道通りには別の意味で浮いていた。

 

 とりあえず、エーナの思ったことには。

 

 星海 ユウ、じゃないわね。

 

 思考がそこから離れられなくなっている、哀れなエーナさんであった。

 

「私に何の用かしら」

 

 今さら取り繕ったところでもう遅いのだが、安いプライドを捨てられない女に。

 モデル顔負け女は、純粋な親切心から声をかけていた。

 

「いやな。何があったのか知らないけどよ、随分人生辛そうな顔してるからさ」

 

 ほらよと、水色のハンカチを取り出して優しく差し出す。

 

「使いな」

「うぅ。ありがとう。身に染みるわ……」

 

 そしていきなり無遠慮にちーんと鼻をかんだので、「うわ。きったねえなコイツ」などと内心思われているのだが。

 エーナさんはそんなことまったく気にしない(できない)女なのである!

 

「ところで。ずっと挙動不審にしてるけどよ、人でも探してんのかい?」

「ええ。可愛い男の子でね。星海 ユウって言うのだけど」

 

 モデル顔負け女の目が、はっと見開かれる。

 

「アンタ。今、星海 ユウって言ったのか!?」

「ええ。それが何か? あなたもしかして彼を知っているの!?」

 

 藁をも縋る勢いでしがみ付いてきたエーナに、彼女は「うわ。しかもうぜえなコイツ」と顔をしかめてしまう。

 知っていると言えば知っているが、正直に言った。

 

「いや、オレもずっと探してんだよそいつ。死んだ戦友(ダチ)からの頼みでな」

 

 なるほどなるほど。事情はわからないが。

 ともかく、ようやく話の通じそうな相手が現れたらしい。

 エーナはこれもまた天啓と思い、探し人の特徴や出現情報、簡単な背景を共有することにした。

 ただし余計な敵愾心は持たせないように、殺そうとしていることだけは慎重に隠して。

 それは一見すると実に荒唐無稽で、普通ならよほどの馬鹿か良い子しか信じないような話であったが。

 偶然にも彼女が保有する情報と正確に合致していたことから、むしろ彼女には高い信憑性をもって受け入れられた。

 

「そうかアイツ、この辺に暮らしてたのかよ。しかも今日が誕生日だって? すげえ偶然だなオイ」

「そうよ。今日この日のうちに、彼は異世界へ旅立つことになっているわ」

「なるほど。するとあんまし時間はねえな」

 

 彼女は思案し、ここは待機と捜索に分かれようと提案する。

 

「アンタ、絶対そこにいろよ。オレもちょっくら人聞きに探してくるわ。そっちのが早いかもしれねえ」

「ええ。願ってもないことだわ」

「くっく。ついでにサプライズケーキでも持ち寄ってやるか。きっと喜ぶぜ」

 

 随分ギリギリになっちまったが。

 やっと死んだ戦友(ダチ)の約束を果たせそうだと、彼女は嬉しそうに口角を上げている。

 それが彼の持つ【運命】である以上、旅立ちは避けられないだろうが。

 せめてここに気に掛けるヤツがいることくらいは知ってもらいたい。

 それに一度面識さえできれば、『神の穴』で改めて会いに行けるかもしれねえからな。

 

 そんな訳知り顔の彼女に、エーナはようやく気になって尋ねた。

 

「今さらなんだけど。あなた、何者なの?」

「オレか? オレはセカンドラプターだ」

 

 言語が自動翻訳されてしまうエーナには、"the"の妙味が伝わることはなかったが。

 ただあまりにも堂に入った名乗りに、目をぱちくりさせていた。

 

 

 ***

 

 

 その頃、ユウのバイト先では。

 

「星海君。今日次の時間帯に入るはずの子が、来られなくなっちゃってさ。代わりに入ってくれるかい」

「いいですよ」

「いやー助かるよ」

 

 今日も夜遅くまでバイト三昧だった。

 

 

 ***

 

 

 午後9時。まだユウは来ない。

 11月10日。この日の夜の気温は、例年よりもやや低く一桁台にまで落ちる。

 秋から冬に移りつつあるこの季節は、吹き付ける風も冷たかった。

 

「うう、寒いわ。風邪引いちゃう」

 

 もうかれこれ半日以上は突っ立っているのだ。

 肝心の魔女コスであるが、伝統的な造りで布地の質が古いのか、防寒性についてはやや心許ない。

 涙目で寒さに震えていると、飲み帰りの酔っ払いの男が通りかかった。

 彼はエーナを見かけると、馴れ馴れしく声をかけてきた。

 

「へい、姉ちゃん。綺麗だねえ。なに。コスプレ?」

「あなたに用はないわ。消えなさい」

「へっへ。そうカタいこと言わずにさあ。よかったら僕と一発よろしくやってくかい? なーんちゃって!」

 

 その軽薄な言動に。

 ただでさえ寒い中待ち続けて機嫌が悪かったのに、ますます気を悪くした彼女は。

 ついに持っていた杖から刃を出して、軽く脅しかけた。

 

「消えなさい。痛い目に遭いたくなかったらね」

「ひ、ひいっ! 助けてーー!」

 

 一目散に逃げ出していく男の背中を見つめながら、彼女は深く溜め息を吐く。

 

 もういやこの星。早く帰りたい……。

 

 結局エーナは夜の11時を過ぎるまで、電柱の陰で一人寂しく待ち続けたのだった。

 

「そう言えばあの人、まだ探しているのかしら……」

 

 もう一人の戦果が上がってくることを、何とか心の支えにしながら。

 

 

 ***

 

 

 一方、セカンドラプターは。

 ひたすら近辺で聞き込み回るという、持ち前の足を使った地道な捜索を続けていた。

 ユウというのはありふれた名前だが。星海はジャパンじゃ珍しい苗字だから、自ら名乗っていれば目立つはずだ。

 とは言えそもそも名乗る場面も少ないだろうが、急に降って湧いたチャンス。絶対に諦めるわけにはいかねえ。

 発音が上手いとは言えないが、今は日本語を話すことができるのも大きい。

 この国、英語をちゃんと話せるヤツが多くはないからな。

 辛抱強く聞き込みを続ければ、幸運にも彼らしき人を知る者がちらほらとヒットし始める。

 やれ迷子を送り届けてもらっただの、重い荷物を持ってもらっただの。いつも愛想よく挨拶してくれるだの。

 はずれのないお人好しエピソードが耳に入ってくる。

 赤の他人の印象に残るほどやっているということは、相当だろう。

 

「ユナのヤツからは度を過ぎたいい子だって聞いてたが、そのままですくすく育ったらしいなどうも」

 

 何にしても良い事だ。

 家庭環境が悲惨なせいで、擦れて育ったわけじゃないってのは。

 

「苦労してきたんだな」

 

 ついに見つけ出したボロアパートの標識に目を細めながら、彼女は同情的に呟いていた。

 古びたワンルーム、301号室。そこが彼の住処である。

 親を亡くし、今は一人暮らしの苦学生ってとこか。

 ストリート育ちの自分からすればまだ恵まれているが、あれほどの家族愛からの落差は凄まじいもんだろう。

 ぶっちゃけ金なら腐るほどあるしな。

 異世界に旅立つってんじゃなかったら、生活支援の一つでもしてやったところだが。

 

「留守、だろうな」

 

 気の読める彼女にはもう、結末は見えていた。

 念のためチャイムを鳴らすが、案の定出てこない。

 

「しょっちゅうバイトしてるって話だったな。それか」

 

 ひとまず家は突き止めた。

 できればあの女より先に見つけたかったが、そいつは敵わなかったか。

 

 セカンドラプターはドア横の壁に寄りかかり、思案する。

 

 さてここからだ。どうする。

 

 このまま待っているというのも、普通なら確実な手段のはずだが。

 何となく、それでは会えないような気がする。

 

 異世界仕込みのガンスリンガーは、ちょっとした会話からあっさりと真実に到達していた。

 その名前はある有名人そのものだった。

 

「あれがエーナ。噂の『新人教育係』か」

 

 あれは確かにこの世に絶望した者の――フェバルの目だ。

 

 フェバルというワードを話すときだけ、あの女は妙に哀しげだった。

 伝え聞き、知っている情報から察するに。

 あの女はユウがフェバルになることを恐れ、慈善のために殺そうとしているのだ。

 そしてどうも、アイツは知らなそうだったが。

【運命】が「確定」している以上、殺害はまず失敗に終わる。

 アイツがフェバル候補者を殺せた試しは、実際にゼロと聞く。

 だからユウが「やがてくる未来」に到達する前に、うっかり殺されちまうことはないだろうが。

 ともあれ何かするつもりなのは間違いないからな。ひどいことはされるかもしれねえ。

 

 数々の異世界での死闘が、彼女の脳裏を過ぎる。

 

 下手に戦ったらクソ強えからなフェバル。何度死にかけたかわからん。

 にしちゃ、あのエーナってのは随分緩いというかふざけたヤツだが。人は見かけによらないからな。

 オレはヤツらと違って、この身と命は一つなんでね。戦場は無謀と勇敢なヤツから死んでいくのさ。

 だからいったんは仮想敵だとしておくが、様子見だ。警戒するに越したことはない。

 

 ここでセカンドラプターは、したたかだった。

 

 何より使えるしな。

 アイツがいれば、ユウを特定することができる。

 

 さあ、勝負所はいつだ。考えろ。

 バイトが終わるとしても、まだしばらくは先のはず。

 エーナの能力は【星占い】。推察するに、「確定した」世界情報を知ることのできる力だ。

 アイツが占ったことであれば、アイツがユウと会えることは「確定」している。

 つまり勝負はバイト帰り。夜の遅い時間。

 あとは介入のタイミングが重要だな。

 

「んー。バースデーケーキを買う時間くらいはありそうか?」

 

 と、あくまでも素敵なサプライズを諦めないでいたところへ。

 何者かが階段を上がってくる。

 

 

 ***

 

 

 ある一人の女が、この日やっとのことで回復を果たし。

 東京の海をぬらりと上がって、地上へ復帰した。

 水も滴る良い彼女の見た目は10年前当時のままで、生命活動を停止していたことで加齢も免れていたようだ。

 今日まで命を護り癒してくれた『彼女』には、心よりの感謝をしつつ。

 ただこれからの現実を思うと、気が重い。

 

「はあ……。仕事もなくなっちゃってるだろうし。そもそも死んだ扱いになってそうよね」

 

 でも負けないわ。トレイター。

 まずはユウくんを探さなくっちゃね。

 もう10年も経ってるから、随分大きく立派になっているでしょうけど。

 ここにもあなたの味方がまだ生きてるんだってこと。ちゃんと伝えなくっちゃ。

 あの人が、最期まであなたを愛していたように。

 あなたがアキハを愛してくれた、そして私を助けてくれた恩に報いるためにも。

 とは言え。

 

「さっぱり当てがないのだけど。どうしたものかしらね」

 

『彼女』は「足元を振り返るといいことがあるかもしれないよ」とか、またふわっとしたこと言っていたけれど。

 そうね。まずは足元――自分のことをどうにかしましょう。

 少しでも身分の証になるもの……遺留品の手掛かりはないかしら。

 望みはまったく薄いだろうとは思いつつ。

 かつて住んでいたポロアパートへ、そこを再スタート地点にしようと歩き出す。

 

 

 ***

 

 

「はあ~。やっと着いた……。海生活で衰えた足にはしんどかったわね」

 

 それでも歩ける状態まで回復させてくれた『彼女』には、感謝なのであるが。

 彼女はそこで目にした珍しい風体の人物に目を瞬かせる。

 ボロアパートの301号室。

 かつて自分の部屋だったところのすぐ横の壁に、モデル顔負けの美人が寄りかかっている。

 

「あら。外国の方ですか」

「ん。おう、もしかして邪魔したか。悪いな」

 

 奥の部屋の住人だったりするのだろうかと、セカンドラプターは道を譲る仕草を見せる。

 しかしセカンドラプターのすぐ隣で、彼女はぴたりと立ち止まっていた。

 

 星海。

 

 そこに掲げられた標識が目に留まり、彼女は――インフィニティアは目を疑った。

 

 こんな珍しい苗字を持っているのは、あの子の可能性がものすごく高い。

 私が住んでいた部屋にあの子が。何という偶然。

【運命】が彼を嫌うのならば、これはいかなるものの導きか。

『彼女』が言っていたのは、そういうことだったの。

 

「星海……」

 

 ポツリと漏れたその声を、セカンドラプターは目敏く聞き逃しはしない。

 

「ほう。アンタもここの住人を探してたってわけかい」

「え、あなたユウくんのこと知ってるんですか?」

「いや、オレも名前だけだ。会ったことはねえんだよ」

 

 そこでふと、セカンドラプターは引っ掛かりを覚える。

 

「ん。待てよ。その声、どっかで聞いたことあるような……」

 

 それも決して忘れられない、大事な場面で。

 そうだ。世界の命運をかけたあの局面、頭の中に響いてきたあの女の声とそっくり同じじゃねえか――!

 すべてが繋がり、ピンと来た彼女は。たまらず絶叫に近い声を張り上げていた。

 

「ああーーー!? テメエ、もしかしてインフィニティアか!?」

「えっ。まさか、その名を知ってるってことは……!」

 

 彼女もまた脳内の記憶を辿り、その威勢の良さが決め手となって確信に至る。

 

「ええっ!? もしかしてあなた、セカンドラプターなの!?」

 

 実に10年もの時を経て。

「やがてくる未来」に備えてきた知られざる戦士たちは、ついに巡り遭う。

 

 

 ***

 

 

 午後11時過ぎ。

 ようやく人通りのまばらになった深夜の通りと、残されたのはあとわずかな時間。

 エーナは寒さに震え、鼻水をすすりながら、今か今かとそのときを待っていた。

 

 ビークール。ステイクールよエーナ。

 こういうのは、第一印象が大事だもの。

 

 またもしも「逃してしまった」ときのことを考えて。

 そんなことをくよくよ考えてしまうほど、まったく成功できない自分に心底嫌気がさすのだが。

 

 次よ。次にここを通りかかる条件合致の人物が、間違いなく星海 ユウのはずよ。

 

 そしてついに。そのときが来た。

 

 エーナはもらったハンカチに最後とばかり、盛大に鼻水をぶちまける。

 そしてこの日一番の演技力でもって、電柱にもたれかかったままでそこに佇む。

 ミステリアスな魔女エーナに精一杯なりきる。

 しかし彼もまた異様な雰囲気の自分を見かねたのか、そそくさとその場を通り抜けようとするので。

 内心かなり慌てつつも、冷静な振りをして立ちはだかった。

 

「星海 ユウね」

「えっ!?」

 

 あまりに素直で、わかりやすく動揺した反応。

 防犯灯の光に映えて、今彼の顔がくっきりと見える。

 女の子かと見紛うほど男らしさとは無縁で、可愛らしい顔付き。

 なるほどわかってしまえば、確かにこれこそが答えだ。

 彼女のセンスにも訴えかけてくる。

 

 今日出会ったターゲット候補の中で、明らかに一番かわいいもの。

「どうしてこの人は、俺の名前を知っているんだ!?」って感じの、滅茶苦茶わかりやすい顔をしているもの。

 

 やっと。やっとよ。このときをどれほど待ったことか!

 

 今日だけじゃない。この地球という星に来るまでも、随分と苦労を重ねた。

 数々の艱難辛苦を想い、つい心の内で泣きそうになるエーナ。

 いけないわエーナ。気を引き締めて。最後くらいはきっちり決めるのよ。

 努めて妖しげに。クスリと、ほんのり笑みを浮かべて。

 

「その反応。当たりね。やっと見つけた」

 

《バルシエル》

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