フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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「術式魔法の母 エイミー・グレイシア 1」

 惑星エラネルの田舎町ナボック。

 アリス魔法教室は、この日も子供たちの笑顔と温かな賑やかさに満ちていた。

 

「今日の授業はここまで。みんな、よく復習しておくようにね」

「「はーい」」

「よしよし。いい子たちね」

 

 性別も年齢も人種もまちまちの生徒たちを見渡して、アリスはニコニコとしている。

 アリス魔法教室は比較的規模が小さいこともあり、学年制とはしていない。

 当初は単一クラスと個別指導の形式であったが、地元で評判になり、生徒数が増えるとそのままでは立ち行かなくなってきた。

 そこで5年前、サークリス魔法学校の新卒業生から教師として一名採用した。

 イリーナ・ベッセルライトは、かのサークリス決戦においてイネアの演説に聞き惚れ、魔法の道を志した当時のティーンであった。

 現在は習熟度別に初級、中級、上級の3クラスに分け、自習時間も多めにとることで個別指導とのハイブリッドを採用している。

 アリスは基本的に初級クラスの担当である。

 親しみやすさと包容力から子供たちに好かれ、ぜひそのままでとイリーナともう一名に力説されて、大事な学問の入口を担っている。

 

「レクは的当てよ」

「わーい」「やったー!」

 

 子供たちの口々に喜ぶ姿が見えて、彼女はほっこりする。

 レクリエーションとして、放課後は簡単な魔法を使った遊びを行っており、生徒には人気だった。

 

 防御障壁を備えた専用のグラウンドにて、十分安全に配慮してレクは行われた。

 年長者が年少者に手取り足取り教えてあげている様が、あちらこちらに見える。

 助け合いの精神をアリスが常に説いてきたのもあり、人に教えながら自分も学ぶ文化が自然に生まれていた。

 系統立てられた軍隊式教育を施されるサークリス魔法学校よりも、自主性と互助精神を重んじる緩やかな学びの場となっている。

 生徒たちは親元から通う学生もいるが、大半は寮生である。

 寮は孤児院に近いのが実態だった。事情があったり身寄りのない子供たちは、そこで温かな愛を受け育つ。

 だからみんなアリスを母のように慕うのだ。

 ミリアとかいう親友のお節介焼きが外交がてら、不幸な子を救い上げては引き渡してくるので、いつの間にやらそれなりの数になってしまった。

 ミリア曰く、「ユウならほっとかないでしょうから」と。にやりと笑って。

「まったくその通りでしょうね」と、アリスも笑って同意する。

 そんなことを半ばボランティアのようにしているから、普通はお金が足りなくなるのだけれど。

 そこは名門オズバイン家(アーガスの家)がパトロンとなり、運営資金を出してくれている。ありがたい話だった。

 総じて上記のような性質から、教室と言いつつも、皆家族同然の繋がりがあった。

 和気藹々とした風景に、アリスがうんうんと頷いていると。

 

「アリス先生ー!」

「わっと」

 

 いつものように元気いっぱいに飛び込んできた白銀髪の生徒を、しかと胸の内に抱きとめる。

 しかし持ち前の包容力と裏腹に、その生徒にははっきり硬めの感触が返ってきたはずである。

『世界の壁』グレートバリアウォールにも匹敵するほど、その胸は平坦であった。

 

「今日も元気いっぱいね。エイミー」

「はい! アリス先生のことは、世界で一番大大大好きですから!」

 

 曇りの一点もなく目をキラキラさせて、鼻息荒くきっぱりと言い切る彼女は。

 エイミー・グレイシア。最近14歳になったばかりの、伸び盛りの魔法使いだ。

 どこがとは言わないが、成長期を迎えて控えめながら既にアリスよりも豊かである。

 アリスにとっても小さいときから手塩にかけて育ててきた第一期生の一人であり、目に入れても痛くないほど可愛がってきた。

 そんな彼女は最年少で上級クラスを修了し、研究者の卵となり。

 今も特別生として在籍しつつ、未成年ながら中級クラスの教師も務めてくれている。

 学問に関してはアーガスにも劣らない素質を持った、超が付くほどの天才と言えよう。

 学問に関しては、と但し書きが付くところに、生まれの不公平を感じないでもないけれど。

 

「ああ~、アリス先生のいい匂いがします~」

 

 平らな胸に顔を押し付け、服の上からクンカクンカして。にへらと幸せに浸る様を見て。

 アリスは苦笑いした。

 

 この子、とってもあたしを慕ってくれるのだけど。

 ちょっとばかし愛が重たいのよね。

 

 ほっとくといつまでもすりすりしているのを眺め下ろし、思い直す。

 

 ……いや、まあまあ結構かしら。

 

 まったく。いつからこうなってしまったのか。

 幼子のときは無邪気にとてとて付いてきて、ただただ可愛かったものだけれど。

『将来はアリス先生の立派な像を建てます!』なんて意気込んでいるのは、どこまで本気なのやら。

 

 アリス魔法教室は後に聖アリス魔法学院へと改称され、アリスは『伝説の先生』として祭り上げられるのだが。

 当然今の彼女は知る由もない。

 

「どう? 研究は順調かしら」

「ぼちぼちって感じですね」

 

 たっぷり成分を補給できたのか、ようやく顔を離してにこっとするエイミー。

 言葉のわりに胸を張って言うので、単に謙遜しているだけで順調なのだろうとアリスは察する。

 

「私は生まれつき魔力が少ないので。だからずっと考えてたんです」

 

 ほら、すぐ嬉しそうに成果を言ってきたわねと。

 アリスは愛する生徒のさりげない得意話を楽しく聞いている。

 

「直接身体に魔素を取り入れて魔法を使うんじゃなくて。何か別の手段で代替できたらって」

 

「えへへ」と、花のような笑顔を振る舞って。

 腰に付けた装置を手に取り、見せびらかす。

 銀色の筒のようなものの先端に穴が付いており、手元の方には押下式のスイッチが付いていた。

 

「一応、最近のちょっとした成果なんですけど。ほぼ術式だけで組んでまして」

 

 エイミーがスイッチを押すと、アリスは目を見張ることになった。

 なんと彼女自身が魔法を使うことなしに、小さな火が先端の穴より噴き出したではないか。

 だがゆらゆらと炎がはためいていたのはほんの10数秒ほどで、すぐに消えてしまった。

 機械文明で言うところの着火装置なのだが、術者に依存しない式によって機能を実現した点に独自性があった。

 

「とまあ、まだまだ出力や持続性に問題があって。理論もちっとも完成してないですし。実用にはほど遠いんですけどね」

「いやいや。すごいじゃない!」

 

 アリスはすっかり感激して手を叩き、今度は自分から彼女を強く抱き締めていた。

 エイミーは最愛の師から目一杯の賞賛と愛情を浴びて、腰砕けのふにゃふにゃになっている。

 そういうことをさりげなくするから、かつてのユウは心底救われたし、エイミーにとっても崇拝の対象になってしまったのだが。

 アリスは永遠に自覚しないだろう。

 幸せで脳が蕩け、とても見られない顔になっているエイミーへ、アリスはまたかと呆れ笑いしつつ呼びかける。

 

「ねえ。エイミー」

「ほへぇ?」

「エイミー。戻って来なさい」

「はっ!」

 

 やっと我に返った彼女に、アリスは先生として温かな一言を授けた。

 

「世の中の発明はね。始めはどんな役に立つかもわからない小さな灯から始まるものよ」

「は、はい」

「ですから、これは最初の偉大なる一歩なのです。よくやりましたね」

「はいっ!」 

 

「これからも励みなさいね」と嬉しい言葉をもらい、若き天才少女はますます感激してやる気に燃えていた。

 

「ありがとうございます! よーし。アリス先生、見てて下さいね。私、もっともっと頑張っちゃいますからね!」

「ええ。ずっと見守っているわ」

 

 アリスは最近、よく思うのだ。

 

 もしかしたらこの子こそが、ユウが守ってくれた大切な未来の一つなのではないかと。

 

 あの大変な戦いを無事乗り越えて、自分が故郷ナボックへ生きて戻り。そして魔法の先生にならなければ。

 エイミーは。この子は間違いなく幼くして亡くなっていただろうから。

 彼女の母は父に捨てられ、小さな彼女を一人で育ててきたけれど。不治の病で帰らぬ人となってしまった。

 どうかよろしくお願いしますと、教室を開いたばかりのあたしにすべてを托して。

 この子はしょっちゅう寂しがって、昔はよく空の向こうへ一緒に紙飛行機を飛ばしたものだ。

 厄介なことに。彼女の魔法使いとしての素質は、極めてピーキーだった。

 頭脳面には最初から光るものがあったけれど、実践面がとても……それはもう大変に危うかった。

 生まれ持った顕在魔力量は少ない割に、潜在値だけはやたらすごくて。しかも出力制御がまったく壊れていた。

 本人が意識的に魔法を使おうとしなくても、それに類する現象を勝手に引き起こしてしまうことがあったの。

 そのため、大怪我や死に繋がりかねない暴走がたびたび起こった。かつての爆炎女も真っ青ね。

 何年もかけて制御を教え込んで、ようやく人並みの生活を送れるようになったけれど。

 そのくらい危なっかしくて、ものすごく手を焼いた子だった。

 でももう大丈夫。ちゃんとすくすく育っている。

 これからこの子の才能は、大輪の花を咲かせようとしている。

 

 ユウ。あなたが切り拓いてくれた。

「閉ざされた未来」の向こう側に、この子がいる。

 

 確かに普通の意味で優れた魔法使いとは言えないけれど。そんなことは本当の優劣には関係ない。

 アーガスの特別指導の下、若干14歳だと言うのに。めきめきと研究面で頭角を現してきている。

 体内に取り込んだ魔力要素、いわゆる魔力をリソースとして行使する直接魔法に代わり。

 大気中の魔素を濃縮した液体や、魔石といった別の魔力要素をリソースとして行使する新たな形式の魔法。

 

 術式魔法。

 

 いつかそう呼ばれるべきものの基礎を確立しようと、そのために生涯をかけて挑もうとしている。

 術式魔法が実用化すれば、夢のまた夢とされてきた自動魔法機械も実現するでしょう。

 もしもそれが成ったのなら。

 

 ……現状、魔法というものは。魔法使いと呼ばれる才あるあたしたちの特権である。

 でもそうではなくなる。

 魔力の制御に散々苦労した彼女自身や、そもそも魔力を持たない人たちであっても。誰にとっても。

 理論と使い方さえ学べば、気軽かつ安全に魔法を取り扱える時代がやってくる。

 

 常識が変わる。世界が変わる。

 

 いつかこの子が、この世界の未来をまるっきり違うものにしてくれるかもしれないと。

 何となくだけど、そんな予感がしていた。

 この子はきっと成し遂げるでしょう。それも大いに道のりを愉しんで。

 寂しいかな、あたしに直接教えられることは段々少なくなってきているのだけれど。

 実際、もう自分でも研究の中身には付いていけない地点まで彼女は先へ進んでしまっていて。

 だからモチベーターにしかなってやれないのを、ちょっぴり切なくも思っているのだけれど。

 それでもあたしは、これが先生として彼女にできることだと前向きに捉えていた。

 せめてこの子がずっと笑顔でいられるように。幸せであるように。

 あなたの人生の先輩であり、大好きな先生であり続けることはできるものね。うんうん。

 

 アリスはニコニコと、愛する生徒の成長を見守っているのだった。

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