フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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「小さなユウとエスタとアーシャ」

 緑針樹の森。

 樹々に含まれる強力な神経毒を恐れ、この名も無き世界に蔓延る巨大生物が近寄ることのない人類最後の聖域。

 ユウは父エスタと狩りに勤しんでいた。

 と言ってもまだ5歳の小さな彼は父に付いていき、見て学びながら山菜やきのみ(もちろん緑針樹以外からだ)を集めるだけの役割なのだが。

 

(しーっ!)

(うん!)

 

 父に指示されて、ユウは息を殺して黙り込んだ。

 木々をかき分けた向こうでは、シカによく似た小動物が一頭、まったく無警戒に草を齧っている。

 ユウはどきどきしながら父エスタの雄姿を見守る。この一撃に間もなく訪れる冬の食糧事情がかかっているのだ。

 エスタは慎重に音もなく弓をつがえると、ゆっくりと引いて力を溜めていく。

 まだ小動物は気付いていない。そのままでいてくれとユウは祈る。

 そして目一杯引き切ったところから撃ち放たれた弓矢は、見事小動物の急所を正確に射抜いた。

 

「やった!」

 

 ユウのガッツポーズが弾けたが、その笑顔はいつまでも続かない。

 小動物が苦しみながら痙攣して、その命を終えようとしている様をまざまざと見せ付けられたからだ。

 これは生きるためにしていることだけど。命のやり取りって、どうしても残酷なのだ。

 

「お祈りをしようか」

「そうだね」

 

 せめて両手を合わせ、父子は感謝を捧げることにする。

 逞しく鍛えられた身体で小動物を脇に抱えると、エスタは朗らかに笑った。

 既に同様の狩りを幾度も行い、蓄えは十分である。

 

「これで今年の冬も何とかなりそうだ」

「おとうさんすごい。いつもありがとう」

「可愛いユウとアーシャがいるからね」

「えへへ」

 

 エスタは幸せだった。

 ひとりぼっちではない。守るべき大切な家族がいるから。

 責任感もあるし、毎日が楽しい。何より寂しくはなかった。

 

「もうすこしおおきくなったらね、ユウもおとうさんといっしょにかりするんだ」

「それは楽しみだなあ」

 

 この子が自分のことを自分の名前で言うのは、完全に母の受け売りである。

 アーシャと三人で仲良く狩りをするのは、すごぶる楽しそうだった。

 

「よし。今度簡単な武器から教えてあげよう」

「わーい!」

 

 父子仲良く連れ立って、集落に帰ってくる。

 集落と言っても跡のようなもので、生きている家ももう一つしかない。

 ただし周囲には、侵入者を防ぐ罠を何重にも張ってある。

 集落の中心の広場まで歩いていくと、最後の一人の姿が見えた。

 背中まで伸びた薄いピンクの髪を揺らし、鼻歌をるんるん気分で歌いながら、一人の若い女性が焼き魚をひっくり返している。

 当人にも意味のわかっていない謎のメロディは、かつて恩人に教わって気に入ったものだ。

 母アーシャは持ち前の野生の勘で、二人が挨拶するよりも先に気付いて振り返った。

 

「おーい。さかな、焼けたよー!」

 

 彼女の舌足らずで快活な声がよく通る。

 集落の近くには清らかな川があり、彼女はそこで槍を用いて狩りをするのが好みだった。

 少女時代は素手で獲っていたのだが、星海 ユウに文明の利器を教わってからはより優れたハンターとなった。

 

「ただいま。アーシャ」

「ただいまー。おかあさん」

「ユウ。いい子できたか?」

「うん。ほら、たべものもいっぱいだよ」

 

 簡易な造りの背負い袋を下して成果を見せびらかすと、子は母の豊満な胸に包まれていた。

 愛情いっぱいに抱き締められ、ユウの鼻腔を母の甘い香りが満たす。

 隠すものもなし、貫頭衣の隙間から柔らかいところもまろび出ているのだが。

 ここは文明とはほとんど無縁の世界。誰も気にする者はいなかった。

 

「よくやった。えらい」

「へへ」

 

 生きる上で、食べ物がちゃんととれるのはえらい。うちの子は立派。

 野生に育ったアーシャは、物事をシンプルに考えるタチだった。

 

「僕もほら」

 

 子が十分愛を受けたと見てから、エスタも自分の獲物を改めて見せ付ける。

 肉。うまい。アーシャの瞳が輝いた。

 

「やるな。エスタよしよし」

 

 エスタも揉みくちゃに愛されて、さらに熱烈なキスまで加わると幸せいっぱいだった。

 愛情を振りまくのが母の仕事だと、彼女は本能的に理解していた。

 自然の生活は毎日が命懸け。そのことを三人は理解しており、こうして生きていることを常々喜び合うのだ。

 群れの長のような気分で三人の成果を並べると、アーシャは満足気に頷く。

 

「食べ物とれた。うれしい。今日もみんなぶじ。うれしい」

「はは。そうだね」

「ぶじがいちばんだよね」

 

 ちなみに小動物は血を抜いてから干して、保存食にする予定だ。

 冬になると川が凍り付き、食べられる植物もめっきり見かけなくなってしまう。

 しばらくはきのみや保存肉中心の生活になるだろう。

 

 さて。目の前には焼き魚があるが、すぐには食べない。

 食事を始める前に、三人は生きる術を教えてくれた恩人に感謝の祈りを捧げるのだ。

 それが神への祈りにも似た、家族の習慣となっていた。

 

「ユウ。僕たちは元気にやってるよ」

「うちのユウ、いっしょ」

「?」

 

 小さなユウはきょとんとしながら、とりあえず父と母の祈りに合わせて目を瞑る。

 このユウは自分とは違うのらしいけれど、まだ小さな彼にはよくわからなかった。

 祈りを済ませた三人は、勢いアツアツの焼き魚にかぶりつく。

 

「「うまうま」」

 

 家族全員の温かな団欒に囲まれて、焚き火の煙がゆっくりと空へ立ち昇っていく。

 

 

【】

「」

《》

 

 

 ――――

 

 

 名も無き世界の残存はわずか三名であり、星海 ユウと関わった最後の人類はやがて死に絶える。

 自然の成り行きに任せておけば、繋がりは途絶える。何も手を施す必要はない。

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