フェバル〜TS能力者ユウの異世界放浪記〜   作:レストB

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1「惨劇の始まり」

 緑のスタジアムは厳かな、しかし温かい和の空気に満ちていた。

 年末も近い寒空の時節、百周年平和記念式典が催されようとしている。

 

 アルシア・ハーマインは――今日、『歌姫』となる。

 

 万人の前で歌を披露する。子供のときからの彼女の夢が叶う日が来るのだ。

 

 彼女はずっと貧乏だったらしい。

 俺はこの世界に来てからの約半年、そのほとんどを彼女と一緒の部屋で暮らした。

 無一文だった彼女は、着の身着のままで俺の借りていた安アパートに転がり込んできた。

 ちょうど俺が女でいるときに、「泊めてくれ!」と威勢の良い挨拶とともに。

 そのときのことは記憶を掘り返すまでもなく、今でもはっきりと覚えている。

 なぜいきなり訪ねてきたのかと問えば、さっき初めて見かけたときにピンときたのだと彼女は答える。

 人の好さそうな顔をしていたからだと。

 こう言っておけば断らないだろうと、彼女は悪びれることなく朗らかに笑った。

 もちろん私は断らなかった。

 当然家賃などは払えない。何も要らないと私は言ったけれど、せめて代わりにと彼女は自前の歌を披露してくれた。

 毎日、彼女の歌を聞いた。

 天才とは、彼女のような人を指すのだろう。この世のものとは思えないほど美しい歌声だった。

 天性の癒し声。

 本人の性格とは似ても似つかないと言ったら、彼女は怒るだろうか。笑うかもしれないな。

 そんな彼女だから、きっと遅かれ早かれ世に見出されていたに違いない。

 あまり日も経たないうちに、有名なスカウトの目に留まった。

 そこからはあっという間だった。一気にスターダムへと上り詰めた。

 そして今日、大舞台で。彼女は平和の象徴『歌姫』となる。

 帰ったらささやかなお祝いをしよう。

 本人は派手にやるのは好まないから、彼女の大好きなショートケーキを手作りして、そしておめでとうを言ってあげよう。

 

 ――何かがおかしいとは、思っていたんだ。

 

 あいつの寄越した世界は――偶然の一致と片付けるには、あまりにも地球にそっくりで。

 何かあるはずだと身構えていたのに、特筆すべきことは何も起こらなかったから。

 このまま何もなければ良いと願っていた。

 

 ――その日までは。

 

 

 ***

 

 

 固めかしい平和式典だと言うのに、入場券は即時完売。高倍率の抽選が行われるほど満員御礼の大人気で。

 およそ一万人もの大観衆が押し詰めていた。

 恥ずかしいからいいと彼女は言っていたけれど、俺はこっそり後部座席のチケットを手に入れていた。

 せっかくの晴れ舞台なのに、行かないなんて選択肢はないだろう。チケットを入手できたのは運がよかったな。

 さて。お偉いさんの退屈な話がしばらく続いて辟易していたものの、話が終わりそうな空気になってきた。

 いよいよ周囲には静かな期待が高まっている。

 

 舞台から、光と音が消えた。

 

 純白にドレスアップされたアルシアが、壇上に姿を現した。

 美しいブロンドの髪を靡かせて、彼女は堂々とした足取りで中央へと歩み出る。

 観客席からうっとりと溜め息が漏れた。

 スポットライトを一身に浴びて、優雅な所作でお辞儀をしてみせる。どこに出しても恥ずかしくない完璧な『歌姫』だった。

 彼女の中身をよく知る俺は、可笑しくて吹き出しそうになった。

 あのやんちゃ姉御のアルシアが、ここまで上手くやるなんて。

 絶対どこかでボロを出すと思ってたのに。今日は雪でも降るんじゃないか。

 

 そして、彼女は歌い始めた。

 平和への祈りの歌を。

 家賃代わりに、俺が何度も聴かせてもらったあの歌を。

 

『今日 空は青く綺麗に澄み渡り 街には明るい調べが聞こえます

 あんな悲しいことがあったなんて まるで嘘のようです

 けれども 忘れてはなりません

 ちょっと思い出してみて下さい 想いを馳せてみて下さい

 あの日 確かにわたしたちは引き裂かれました

 あの日 わたしたちは平和を失いました

 世界には 恐怖と憎しみが溢れていました』

 

 フェバルである俺には、日本語の歌詞として理解できてしまうけれど。本来は現地語の綺麗なメロディの歌だ。

 彼女の背後では指揮者とオーケストラも協力して、美しくも儚い旋律を生み出している。

 聴衆たちは目を瞑り、祈りを捧げながら、心地良く聴き入っていた。

 

『人々は武器を手に取り 誰かを傷付け また 誰かに傷付けられました

 たくさんの血が流れました とてもたくさんの血が流れました

 惨劇は終わりが見えません 恐怖が恐怖を呼び 憎しみが憎しみを呼び

 絶えることのない痛みが 消えることのない叫びが 世界のどこまでも覆っていました

 それでも いつかは終わりが来ると信じて 笑って生きられる日が来ると信じて

 わたしたちは わたしたちは……』

 

 そして――。

 

 いよいよサビに差し掛かろうというときだった。

 

 突如、アルシアが頭を抱えた。 

 

『うっ……あ、あっ……!』

 

 スピーカーを通じて呻き声が届く。明らかに悶え苦しんでいた。

 主役の混乱に演奏は困ったように行き場を失い、音を止めてしまう。

 場内に不安が広がった。

 

 アルシア!? どうしたんだ……!?

 

 心配だ。

 今はただの一観客に過ぎないことも忘れて、飛び出そうとしたとき――。

 

 彼女はのけぞり、全身がビクンビクンと引き攣るように震えた。

 彼女の身体が突然膨れ上がった……ように見えた。

 錯覚だったのかもしれない。

 いや、人が膨れ上がるわけなんてないし。きっとそうに違いないはずだ。

 

 でもそのとき。

 確かに――確かに感じたんだ。

 

 何か恐ろしいものが。とてつもなくおぞましいものが。この場に降りて来たような。

 人間の本能に恐怖をこびり付けるような、何かが。

 やがて呻くのを止めたアルシアは、頭からゆっくり手を放した。

 もう震えは見られない。

 そして、ゆらりと顔を上げて――。

 

 目が合ったような気がした。

 

 数多くの観客の中で。確かに、俺だけを。

 俺を見つけて、わずかに瞳を細めて――くすりと微笑んだ。

 妖艶な笑み。

 何かを企んでいるような。何か面白いものを見つけたかのような。

 いたずらでも始めるかのような。

 

 ぞっとするような。

 

 何かがおかしい。

 あんなの、いつもの彼女が見せる笑みじゃない。まるで……。

 

 彼女は大舞台に両手を広げて舞う。

 まるで悲劇の演者のごとく、優雅に、そして可憐に。

 見る者すべてに、自らの肢体を魅せ付けるように。

 すると、どういうことだろうか。何が起こったというのか。

 指揮者はでたらめな指揮を取り始めた。

 弦楽器が金切り声を上げる。ピアノが滅茶苦茶に叩かれ始める。

 すべての楽器は、すべての演奏者は、本来果たすべき役割を放棄した。

 美しくも哀しい旋律は、おどろおどろしい魔王曲へと。禍々しい狂艶歌へと、瞬く間に変貌する。

 

 なんだ……? 何が起こっているんだ……!?

 

 動揺が走る。激しい混乱の最中――。

 

「そして……」

 

 アルシアは、何事もないかのように歌を続けた。気持ち良さそうに歌い始めた。

 聴く者すべてを魅了する、天使の声で。

 

 だが、そこにいたのは……。

 

『そして ここから始まる』

 

 歌詞が、違う。

 

 それにまるで――歌声が脳に直接響いてくるようだ。

 

『さあ おまえたち 今こそ遠い約束を果たすとき』

 

 突然、あらゆるスポットライトが、けたたましい音を立てて砕け散った。

 ガラスの破片が雨のように降り注ぎ、方々から悲鳴が上がる。

 平和の式典は、一瞬にして惨劇の舞台へと姿を変えた。

 

『わたしはここにいる わたしがここにいる』

 

 本来なら逃げ惑うはずの人々は、逃げたいはずの人々は――なのに、動くことができなかった。

 聴くもおぞましいメロディに、壇上で壊れた旋律の上で舞い続ける『歌姫』に、あろうことか聴き入っている。

 みんなだけじゃない。俺にまで。

 まるで魂まで吸い込まれてしまいそうな、奇妙で甘美な感覚が纏わりついてくる。

 

 どうして。何が起きてるんだ。

 わからない。アルシアが何をしているのか、わからない。

 

 ただ、何かをされている。とても恐ろしいことをされている。そのことだけは理解できる。

 気をしっかり持たなければ、誘惑に負けて理性が蕩けてしまいそうだ。

 歴戦を経た俺が必死に抵抗して、辛うじて正気が保てるレベルだった。

 無自覚で無防備な大衆が、彼女の発する魔性の魅力に抗うのは、恐ろしく困難に違いなかった。

 

『安心なさい おまえたち もう偽りの殻に身を包むことはない』

 

 どこかで誰かの悲鳴が聞こえる。

 声が。重なって。折り重なって。

 何が起こって……!?

 

『おいで わたしにすべてを見せて すべてをさらけ出して』

 

 そして――弾けた。

 

『わたしが安らぎを与えよう わたしが救いを与えよう』

 

 人が。弾けた。

 

 隣の観客の口が、縦に引き裂かれる。目前では、別の誰かの手足が裂けていた。

 さらにうねうねと肉が蠢きながら、捻じれていく。

 周りの見える限りの人たちすべてが同じように千切れて、人の形を崩していった。

 裂けたところから肉がめくれ上がって、みるみるうちに膨れていって。

 とても見ていられなかった。直視できなかった。

 血と腐った肉と嘔吐物とをドロドロにかき混ぜたような、強烈な異臭が鼻につく。

 凄惨な光景も相まって、あまりの気持ち悪さに吐き気が込み上げてくる。

 目を逸らそうにも逃げ場はない。どこもかしこも血と肉の狂乱の嵐だ。

 ある者は異形の怪物へと、ある者は蠢く血肉の塊へと。成り果てていく。

 何の歌なのか。もはや歌なのか。

 それは止まらない。ますます狂気に満ちた調子で、破壊的な旋律を盛り上げていく。

 

『さあおいで ひとつになりましょう』

 

 その言葉に、ゲル状に溶けた大量の血肉がぴくりと反応を示した。

 まるで意志を持ったように波打ち始める。

 先ほどまで普通の人だった怪物たちは皆、理性を失っていた。

 壇上の人物を崇め立てるように、しきりに獣のような唸り声を上げている。

 

『痛みもない 苦しみもない』

 

 血肉は自ら望むようにして、彼女の元へと吸い寄せられていく。

 数千もの「ヒト」の質量が、一点へと――中心の彼女へと集中していく。

 

『わたしたちは アイになるの』

 

 その妖しくも美しい歌声を合図に、血肉は喜びに震えて、彼女へ群がるように飛びついた。

 まるで本能的に、根源的な欲望のままに、彼女を貪ろうと食いついた。

 

 アルシアは――彼女は。

 

 胸を開いて。すべてを受け入れた。

 

 純白のドレスが人の血と肉に彩られて、真紅に染まり上がっていく。

 アルシアは恍惚とした表情で、変わり果てた彼らを一身に受け止めて「飲み込んでいった」。

 人ならざる所業だった。

 飲み込まれて、彼女に溶け込んで。

 ひとつになっていく。融合している。

 

「あ、あ……」

 

 あまりにも突然の出来事で。あまりにもおぞましい出来事で。

 俺はショックからただ声を失い、立ち尽くすことしかできなかった。

 夢でも見ているのだろうか。そうだと思いたかった。

 

 これは、なんだ。ここは、なんだ。

 地獄絵図だ。

 

 アルシアが――。

 いや、あれは……本当にアルシアなのか?

 

 理解を超えた何かが、嗤っている。

 

『そう みんな アイになる みんなみんな アイになる』

 

 なおも続く狂乱の宴は、さらに異常な熱を帯びて。

 ついに指揮者が弾け飛ぶ。演奏者までもが血肉の糧と化す。とうとう魔王曲も壊れた。

 人種も性別も超えて、あらゆる人が飲み込まれる。喰われる。

 

『アイになる アイになるアイになるアイになる』

 

 彼女が心から愉しそうに口ずさむ。もはやまともな歌の体を為していない。

 まだ辛うじて残っていた一人、また一人と理性を失い。

 おどろおどろしい血肉の塊と、化け物へと変貌を遂げて――。

 

『うふふ ふふふ きゃはははははははは』

 

 赤黒い血と肉の絨毯を敷き詰められた壇上で、彼女はけたたましく狂ったように嗤い続けていた。

 

「止めろ! その歌を止めろっ!」

 

 止めないと。これ以上は!

 強く意を固めたとき、やっと身体が動いてくれた。

 あまりのことに気圧されていて、それまでは動けなかったのだ。

 気力強化を最大までかける。

 立ちはだかる異形の怪物たちの壁を突っ切って、一足に壇上まで躍り出た。

 

「アルシア! 君は、なんてことを……!?」

 

 惨禍の中心で。俺は対峙した。

 異変を引き起こした「彼女」と。

 まるで人と思えない、化け物の上に人の皮を張り付けたようなおぞましい笑みに。

 俺は、直感した。

 

「お前……アルシア、じゃないな?」

「ふふふ」

 

 アルシアの姿をした何者かは、問いには答えない。

 俺を突き刺すように見つめて。くすくすと嘲けて笑う。

 

「やっと。見つけた」

「見つけた……!?」

 

 瞬間、「彼女」は細く長く捻じれた。

 人の顔を失い、形を失い。鮮やかなピンク色の――液状と化し。

 俺に向かって、一直線に伸びてきたのだ!

 まったく人の動きではなかった。およそ生き物の自然な動きではなかった。

 完全に不意を突かれた俺は、為すすべもなく「それ」に纏わりつかれてしまう。

 

「うぶっ、あ、あっ……!」

 

 べったりと。重く、生暖かく。人の匂いに満ちた液体が絡み付いて。

 身動きが取れない! 這い上がってくる!

 口を塞がれ、耳を塞がれ、目を覆われて。全身を丸ごと飲み込まれてしまった。

 

『わたしはアイ』

 

 頭の中に、甘い囁き声が響いてくる。

 

『ユウ。わたしとひとつになりましょう』

『あ、お。おお……!』

 

 頭が。変だ。おかしくなりそうだ!

 いけない。気を、しっかり持て! 追い払え!

 

 必死の抵抗を嘲笑うかのように、理性の中枢が急速に犯されていく。

 

 うう。ダメだ。考えが、溶けて。

 心が、溶けていくっ!

 

『うふふ。怖くない』

 

 ああ。恐ろしいのに。おぞましいのに。

 なんだ。この気持ちは!?

 

『わたしに委ねて。すべてを』

 

 アイが、流れ込んでくる。アイが、入ってくる。

 

 ああぁ! 入ってくるうぅ!

 

 気持ちいい。恐ろしい。ああ、恐ろしい!

 幸せだ。幸せを感じているんだ。

 心が、蕩けていく。安らいでいく。ああぁ……!

 

『よしよし。いい子』

 

 ――ねえ。いくらでも甘えていいの?

 

『ふふ。いいのよ』

 

 つらいことも。もう何も考えなくてもいいの?

 

『いいの。さあおいで』

 

 アイ。アイ……!

 

『ダメ! そんなこと、させない!』

 

 別の声が、邪魔をする。

 ああ。もう少し。

 あともう少しだったのに。

 誰だ。

 

 ユ、イ……?

 

『あーあ』

 

 全身を包み込んでいたモノが、するすると離れていく。

 そのとき私は、どうしようもない喪失感を覚えた。

 

 満たされていたのに。

 

 あれ……私?

 

 ――ああ。ユイか。ユイが女にしてくれたのか。

 

 あれ。どうして。

 

 次第に狂った心が落ち着き、思考がクリアになっていって。

 

 一気に青ざめた。

 

 私はなんて恐ろしいことを考えていたの!? あのまま「あれ」に身を委ねてしまいたいだなんて!

 自分が当たり前のようにそう思い込んでしまっていたことが、到底信じられなかった。

 まさか。精神支配の力でも持っているというの!?

 危なかった。ユイが弾いてくれなかったら、あっという間にやられていたところだった……!

 

「残念。邪魔がいるの」

 

 さほど残念でもなさそうに。

「彼女」は不敵な笑みを浮かべて、私を舐めるように観察していた。

 

「お前は……アイ、なのか?」

 

 蕩ける意識に、甘く囁きかけてきた言葉。

 それがお前の名なのかと。確認を込めて問う。

 

「アイ……そう。わたしは、アイ」

 

 自分で自分の名を確かめるような、ちぐはぐな調子の返答だった。

 

「おい――」

「あなたは、ユウ」

「どうして、私の名を?」

 

 またしても問いには答えず、あからさまに愉快な顔で嗤う。

 

「今はまだ。そのうち、食べてあげる。じっくりと。ねっとりと」

 

 心の底から震え上がりそうだった。

 たった今「彼女」に襲われて、触れられて。その恐ろしさを身をもって知ってしまったから。

 

 すると、アイの――アルシアの肉体が、蠢き始めた。

 白く綺麗だった彼女の肌が、血色を増して。異常に増して、ピンクに色かかっていく。

 艶や光沢まで現れ始め、流動性の物体を凝り固めたような。ゼリーの表面のようなぬめ肌と化していった。

 ただし首から上だけは。顔だけはなぜか、元のヒトとしての白さを完璧に留めている。

 さらに背中が大きく割れて――同じくぬめりとした半透明の翼が生えてきた。

 朱く血で染まったドレスを巻き付けて。

 胸を高らかに張り、背に異形の翼を生やし。アルシアの美しい顔を持つ彼女。

 穏やかな緑だった瞳は血のような真紅へと変わり、すべてを獲物か下等生物を見るような目で見下していた。

 

 化け物……。

 

 そう表現するしかない。恐怖の体現が、目の前にいた。

 中途半端に人の形を残していることが、かえって生理的な嫌悪感を喚起する。

 あまりに異様な姿に、私は凍ったように固まりついてしまっていた。

 一体化しているユイから、激しい焦りが伝わってくる。

 

『何してるの!? 止めなくちゃ!』

『でも、こいつは……!』

 

 ずっと感じていた。

 すっかり変わり果ててしまったけれど。

 ヴィッターヴァイツの能力とは、質が違う。

 ただの【支配】じゃない。

 アルシアの気だった。アルシアの心だった。

 正真正銘、アルシアなんだ!

 彼女そのものが変質させられているんだ!

 

『もうあいつは、アルシアじゃない。ここで止めないと大変なことになるよ!』

『わかってる! くそっ! わかってるっ!』

 

 一瞬にして一万人もの命を奪った。その大半は喰らってみせた。

 惨劇を引き起こしているのは、間違いなく「彼女」だ。

 しかもたった一人の仕業で。

 なんて恐ろしい。こんな奴を野放しにするわけにはいかない。

 

 でも、でも。「彼女」は……!

 

 そんな「俺」と「私」の葛藤を見透かすかのように。

 アイはアルシアの顔をひけらかして、くすりと微笑む。

 

「しもべたちよ」

 

 呼びかける声に応じて。

 待機していた元人間たちが――異形たちが、私に向かって一斉に襲い掛かってきた。

 動揺していた私は、悠然と翼で舞い上がるアイを追いかけることができない。

 

「待って! アルシアを! アルシアを返してっ!」

「ここから。始まる」

 

 きゃははははははははははは……。

 

 まともな返事はなかった。

「彼女」はスタジアムの天井を突き抜けて、飛び去っていく。

 ただ去り際に、狂ったような高笑いを残して。

 それが壮絶な死闘の始まりだった。

 

 アイが、目覚めた。

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