アイ対策会議が終わった後、デカードは私たちに声をかけた。
「ユウ。それから三人の巫女たちよ」
各々返事した私たちに、彼は神妙な面持ちで切り出した。
「これからのあなたたちの処遇について話があるのだ」
メリッサには予測が付いていたのか、驚きもせずに答える。
「私たちの警護体制について、でしょうか」
「さすがはメリッサ殿。今からその話をしようと思っていたのだ」
「はあ? 警護? そんなもの必要ですの?」
一番年若いイプリールは、隊長の意図が理解できずに噛みつく。
「私たち以上の個人戦力なんてありませんのよ。より弱き者に警護なんて務まるものですか」
性格的に彼女が疑義を呈することは予想できていただろう。
デカードは肩をすくめながらも弁解する。
「それは確かにそうなのだが……もしものことを考えると、どうしてもな」
アイに精神を犯す力があることは、緑のスタジアムの事件で証明済みである。
私からも改めて説明させてもらったばかりだ。
現状、声の届かない遠距離から攻撃すべしという暫定的な方針はあるものの、決定的な対策があるわけではない。
もし精神汚染の影響が、三巫女に及んでしまえば……。
彼としては、その最悪の可能性を考慮せざるを得なかったのだろう。
その辺りのことを彼が噛み砕いて説明すると、アマンダは納得したようだった。
「つまりあたしらは最大戦力にして、最重要護衛対象でもあるってわけかい」
「そういうことだ。核兵器にも匹敵する個人戦力を、みすみす化け物に渡してやるわけにもいかないのでな」
「確かに。万が一私たちの一人でも彼女の手中へ落ちてしまえば、大変なことになってしまいますね」
「すまない。しばらく不自由をかけることにはなるが」
「むむむ……。仕方ないですわね」
警護が付くということは、行動に強い制限を受けるのは自明である。
イプリールは不服そうにしながらも、自身の力の恐ろしさはよく理解しているのだろう。渋々といった表情で彼の判断を受け入れた。
「待ちな」
話がまとまりかけたところで、しかし反対の手を上げたのは意外にもアマンダだった。
いや、少し考えれば当然か。
「うちの孤児院はどうするんだい? そんなに長いこと空けてはおけないよ」
子供好きな彼女の唯一にして最大の心配材料だった。
これもデカードは予想していたのか、一つの案を示す。
「部下から優秀なTSPを何人か、護衛に付けておく。一般スタッフも増員しておこう。それでどうか納得してはもらえないだろうか」
「ち……わかったよ。国の一大事だからね」
「ただし!」と、アマンダはすごい剣幕で付け加える。
「あの子たちにわずかでも危険が及べば、あたしは黙っちゃいないよ。すぐにでも飛んでいくからね!」
「あ、ああ。わかっている。子供たちには指一本触れさせないつもりだ」
「ちゃんとわかってるんならいいさ。しっかり頼むよ」
「う、うむ」
三巫女リーダー格の我が子を想う意志の迫力に気圧されながらも、デカードはどうにか頷いた。
母は強いというか。どことなく私の母さんの姿を彷彿とさせる胆力がある。
うん。なるほどね。話はわかった。
でもなぜ私も一緒に呼ばれたのだろうか。
デカードに尋ねてみる。
「えっと。私は? 一応四人目の巫女なんて呼ばれてますけど、正確には巫女でも何でもないのですが」
「ユウ。君は現状唯一精神汚染への耐性が確認された人間だ。しかも腕が立ち、三人からの信頼も厚い」
そこで私は、彼の意図を察したのだった。
「三人の巫女の身辺護衛、そのリーダーを任せたい。24時間常に彼女たちの側で身をお守りするのだ」
「なるほど」
「食事の世話などもすべて任せる。やってくれるか」
「わかりました。拝命します」
今度こそ友を守ってみせる。固い決意を胸に私は頷いた。
三人の反応は、一人を除いては好意的だった。
「よろしくな。ユウ」
「思いがけない共同生活ですね。歓迎しますよ」
「ふーん。アルシアを守れなかった腰抜けに、そんな大役が務まるかしらね」
「こら。イプリール!」
アマンダが強く嗜めるも、イプリールは今度は主張を止めなかった。
私をじろりと睨んで。でもそれは長くは続かなくて。
視線を揺らし、言いにくそうに口をもごもごしてから言った。
「私がユウの手を煩わせることなんて、絶対にありませんことよ。むしろ逆。この私が不甲斐ないユウを守って差し上げますわ」
「イプリール……」
「だからユウ。あなたは肩の力を抜いて、精々美味しいご飯でも作っていればよろしいの」
彼女の不器用な優しさはこの場にいる全員に十分伝わった。
アマンダはやれやれと肩をなで下ろしている。
私も自然と口からお礼の言葉が出て来た。
「ありがとね。イプリール」
「ふん、ですわ」
彼女はぷいと顔を背けたが、白い肌が耳まで真っ赤になっているのを見逃さなかった。
これ以上何かを言ったら本気で怒るだろう。
「おっほん」
デカードがわざとらしく咳払いする。
目の前で女子同士にイチャつかれるのは、本当に苦手らしい。
「とにかくだ。これから君たち四人には、事件解決まで共同生活を送ってもらう」
ビュートシティ郊外に専用の施設を用意した。それなりの広さで、リラクゼーションも完備してあるという。
「さすがに巫女様の住まう御屋敷には遠く及ばないだろうが」
三人の巫女はVIP待遇を受けており、デカード隊長とは比べ物にならない給金をもらっている。
アメスペリア政府も、歩く戦略兵器を手懐けるための投資は欠かさない。
過去、巫女と敵対したり、蔑ろにしたり、操り人形にしようと試みた国は必ず滅びを迎えていた。
巫女が死んだとき、次の巫女が必ず世界のどこかに生まれる。
それが物心付かない赤ん坊のうちは、前世の恨みがこびり付いたままであるからだ。
新たな彼女が産声を上げたその日、破壊現象によって国が滅びる。そんなことが何度もあったという。
結局巫女というものは抱え込んで厚遇するのが最善であると、歴史は学んできたのだ。
「わざわざ郊外ですの? ここ本部でなく?」
「市中に身を置くのは、バイオハザードに巻き込まれる危険が高まるからですね」
「その通りだユウ。アイの厄介な性質を考えると、事に当たるのは少数精鋭が望ましいと判断した」
「もっとも、私たちがそこにいようがいまいが、敵はバイオハザードを引き起こすかもしれませんですけどね」
メリッサの推測に、底冷えするような戦慄が走る。
そうだね。確かにあいつならやりかねない。
己の力を拡大するためだったら、平気でやるだろう。
「なあに。ノコノコ姿を現しやがったら、この足で消し飛ばしてやるさ」
巫女の加護足を叩きながら、アマンダが自信たっぷりに言った。
ちょっとがさつだけど、こういうときは頼もしい人だ。
イプリールも同調し、控えめな胸を張る。
「私もですわ。この手でひねり潰してやります」
「うふふ。敵も馬鹿でなければ、目立った事を起こしにくいでしょうね」
そう。それが厄介なの。
一度事件を起こせば警戒される。そのことはあいつもわかっていた。
だからあいつは――アイは、最初のチャンスを最大限に利用した。
一万人も集まる舞台をわざわざ待って、大胆に強襲を実行に移したのだ。
最小の行動で最大の餌を得るために。
今はきっと、密かに力を蓄えようとしている。
まだ私にも巫女にも力では敵わないことを理解しているから。
「ユウ? 顔が怖いですわよ」
イプリールが不安そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
「……あ、ううん。何でもないの」
「気を張り詰め過ぎですわ。さっきわざわざ親切にも言ってやったことをもうお忘れかしら」
私の頬をつねって広げてくるので、「ごめんなひゃい」と気の抜けた返事になってしまった。
イプリールは「よろしい」とどことなく嬉しそうに笑っている。Sなのかな。
デカードは姦しい私たちを眺めて溜息を吐きながら、話し合いを締めた。
「捜査の網は綿密に広げておく。引っ掛かったときが君たちの出番だ」
警護部隊はそのまま攻撃部隊をも兼ねているのだという。
名前もそのまま『アイ対策チーム』だ。
「相互協力し、人類の敵を潰してくれ。以上だ」
「了解です」「ラジャーですわ」「任せときな」「わかりました」
***
郊外にはシェルターのような建物があしらわられていた。
周囲は見晴らしの良い田園地帯で、半径2キロまでは民家の一つもない。
これならアイが人に紛れることもできないだろうし、迫ってきてもすぐにわかるだろう。考え得る限りは最良の対策だ。
私たちが到着すると、既に他の人員は配置に就いているようだった。
まず一人、よく知っている男が私たちの前に現れる。
「というわけで、おれがアイ対策チームの護衛副リーダーに任命された。捜査部隊の副リーダーも兼ねてるから、いつもいるわけじゃないけどな」
「君がいてくれると心強いよ。ガッシュ」
気心知れた仲に手を取り素直に喜びを示すと、彼は妙にどぎまぎしていた。
後ろで誰かの舌打ちが聞こえたけど、何だろう。別に変な気はちっともないんだけどね。
「もちろんおれだけじゃないぞ。隊長の言ってた通り、攻撃部隊も兼ねてるからな。実力者を揃えてある」
彼が呼ぶと、数名が前へ出てきた。
うち二人は今さら紹介するまでもなく顔が割れていて、ある意味で有名だった。
「あ、氷炎カップルだ」「バカップルですわ」「よ、お似合い」「うふふ」
「うるせえ……」
「まあまあ。事実だし?」
アシュレイ・ブレスフォードとエリザベス・ヴァイスマンは、それぞれ【炎使い】と【氷使い】である。
髪の色もわかりやすく赤と青。能力が正反対の二人は、以前は事あるごとに衝突していたと聞いている。
ただ私がこの世界に来て二人を知る頃には、すっかりなりを潜めていた。
二人が付き合っているのは周知の事実である。
残りのメンバーもそれぞれ簡単に自己紹介してくれた。
「以上です。巫女様たちのプライベートには立ち入りませんが、風呂やトイレを除いて監視はさせて頂きます。必要なことですから、悪く思わないで下さい」
と、ガッシュが締める。
こうしてアイ対策チームが発足し、また巫女たちとの共同生活も幕を開けたのだった。