少しだけ遅れて来たアリスは、変わり果てたミリアの姿を見たとき、顔を真っ青にして崩れ落ちた。
「ひどい……。何かの魔法で、完全に石にされちゃってる……!」
「どこだ! どこにいる! ちくしょう! ミリアを元に戻せ! 戻せよ!」
辺りを見回しながら怒り心頭に叫ぶも、仮面の女からの返事は当然ながら来ない。
「くそっ!」
やり場のない感情で、近くにあった木に拳を力任せに叩き付けた。
木は激しく揺れ、小鳥たちが逃げ出す。
だが嘆いている暇はない。嘆くよりも先にやることがある。
俺はアリスに向かって言った。
「何とかして元に戻す方法を探そう! ミリアはまだ生きてる!」
自分にも言い聞かせるようにそう提案する。
全身が石化しているとはいえ、身体は砕かれずにそのまま残ってる。
まだ死んだと決まったわけじゃない。元に戻せる方法があるかもしれない。
助けられる可能性がある限り、諦めるな。
「ええ! 絶対生きてるわ!」
アリスの声が震えていた。でも目は諦めてはいない。
俺と一緒の気持ちだろう。
「ここじゃどうしようもない。サークリスへ急ごう。まずはイネア先生に相談してみよう!」
「そうね!」
アリスは空を見上げて、大声で愛鳥を呼ぶ。
「お願い! アルーン! 今すぐここに来て!」
それから息を大きく吸い込むと、強く指笛を吹いた。
森の木々に染み渡るように、高音が広がっていく。
頼れるアルーンは、主の必死の呼びかけにはすぐに呼応してくれた。
遠くから急いで飛んできて、彼女のすぐ横にさっと降り立つ。
俺は誤って砕かないように細心の注意を払いながら、石と化したミリアを乗せた。
移動中、空から落ちないように、お腹の部分を後ろからしっかりと抱きかかえる。
石になってかなり重たくなっているので、元々の力と気力強化のある男のままでいた方が良いだろう。
「サークリスまで全速力で急いで!」
アリスの命令に、アルーンは任せろと力強く鳴く。
行きでの空の旅を楽しめるようなゆったりした飛び方とはまるで違う、弾丸のような飛行で空を駆け出す。
気付けば、ものの少しの時間で大森林を抜け出し、遥か視界の彼方へと追いやってしまった。
飛び始めてからしばらく、俺たちはずっと黙っていた。
お互い何かを話すような気分には、とてもなれなかったのだ。
ただ、目の前のミリアを黙ってずっと見ていると、嫌な予想ばかりして気が滅入りそうだった。
とうとうアリスに話しかける。
「どれくらいで着けるかな」
「今が朝の早い時間だから、昼過ぎには着くと思う」
それっきり、またお互い沈黙してしまう。重苦しい空気が漂う。
ふと気になった。
俺が炎龍と戦っている間、二人の方はどうなったのだろうかと。
ろくな答えが返ってこないだろうなと思いつつも、みんなの安否が気になる。
やはり迷ったが、最後まで聞かずにはいられなかった。
「結局そっちはどうなったんだ?」
アリスは辛そうに俯いた。
「忙しくて誰がやられたかなんて確認できなかったけど、たぶん数十人は亡くなったわ。演習は即刻中止。しばらくは休校でしょうね……」
「そうか……」
トランプ大会の楽しい光景が脳裏に蘇る。
あの中にいた誰かとは、もう二度と会えない。
余計に気が滅入ってしまって、今度こそもう何も言えなかった。
***
やがて、道中の中間地点を過ぎようかという辺りまで来て。
地上がとんでもないことになっているのに気が付いた。
「アリス。下を見てくれ」
俺に言われて見下ろしたアリスの顔が、みるみるうちに青ざめる。
「うそ……。滅茶苦茶じゃない!」
眼下に広がっていたのは、線路が数箇所に渡り爆破され、ずたずたになっている光景だった。
サークリスとオルクロックとを高速で繋ぐ、唯一の道だ。
「誰がこんなことを……」
言いながら予想は付いていた。仮面の集団に違いない。
他にこんな真似をする奴も、できる奴もいない。
大森林にいる俺たちにまで手を回したのだから、ついでに途中のここで破壊工作をするのは造作もないことだろう。
だが、彼らがやったには違いないとしても、腑に落ちないところがあった。
鉄道の爆破なんて目立つことをすれば、当然大きく警戒される。
後に首都の戦力を呼ばれる展開は避けられないだろう。
短期的には奴らにとって有利になるのかもしれないが、長期的には明らかに不利になる。
これまで仮面の集団は、中央に決して目を付けられないように、もっと秘密裏に動いてきたはずだ。
それがなぜ、今になって――。
まさか。
俺は恐ろしい可能性に思い当たってしまった。
あの線路の状態では、復旧にはしばらく時間がかかってしまうだろう。
その間、サークリスと他の町との連絡はほぼ完全に絶たれてしまう。
もし、そのしばらくで十分だとしたら?
敵の狙いが当面の間だけサークリスを孤立状態にし、何かを為す邪魔をされないようにすることにあるのだとしたら。
考えてみれば、今はちょうど首都で合同軍事演習がある。
交通の便を絶ち、奴らにとっての敵対戦力を削るなら、このタイミングが最適だった。
狙いがとにかく邪魔者を消すことにあるのなら、今さらになって俺たちを本気で狙ってきたことにも納得がいく。
仮面の集団が掲げる正体不明の「計画」は、考えていたよりもずっと完成に近づいているのかもしれない。
俺は未だ見えない目的地の方角を見つめた。
一体、サークリスで何が起ころうとしているんだ……?